52話:心がざわつく理由
數時間後、ロルは確信した。
アレンパ広場は到底一日で回りきれる場所ではないと。
晝食を済ませた後、ロルは一軒のぬいぐるみ店の前にしゃがみ込んでいた。
ショーウィンドウの中には、人と同じくらいの大きさの茶色のテディベアが置かれている。高級な生地が使われているのだろう、その柔らかさはガラス越しにも伝わってくるようだったが、価格もまた目玉が飛び出るほど高価だった。
ロルが苦悩の色を浮かべてテディベアを見つめていると、同じくテディベアを手に取っていたクリスも彼の異變に気づいた。
「ロルさん? 何か悩み事ですか?」
「……考えていたんです。ライラにプレゼントを贈ろうかと」
「それは素晴らしいアイディアじゃないですか! どうして迷っているのですか? もしかして、お金の問題ですか!?」
クリスの手が即座に財布へと伸び、ブラックカードの端がちらりと覗いた。ロルは慌ててその手を押さえた。
「その心配はいりません。……ただ、彼女がそのプレゼントを受け取ってくれるかどうかが不安で――」
言いかけて、ロルは言葉を飲み込んだ。せっかく遊びに来ているのだから、自分の個人的な悩みを友人に押し付けるべきではない。
「いいえ、忘れてください。この話はまた機会がある時に。せっかくの休日ですし……クリス?」
話題を変えて別の店へ向かおうとした瞬間、ロルは両手をクリスに強く握りしめられた。龍人族の力は諸種族の中でも最強クラスだ。魔力を持たないロルに抗えるはずもなかった。
普段は迷いがちなクリスの緑色の瞳が、今は珍しく強い意志を宿して輝いている。
「ロルさん!ご自身で仰ったはずです――友達の悩みを聞くのも、友達の務めだと! ……私たちは、友達ではないのですか!」
声は震えていたが、その眼差しはどこまでも真摯だった。ロルは一瞬呆気に取られたが、やがてふっと溜息をついた。
溜息を聞いてクリスは全身を強張らせていたが、それでも繋いだ手だけは決して離そうとしない。その姿に、ロルはついに笑い声を漏らした。
その言葉は、確かに自分がメッセージで彼に送ったものだったから。
「……はは、そうでしたね。歩きながら話しましょう」
その言葉を聞いた瞬間、クリスは安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになっていた。
二人は最終的に六階のテラスにある、比較的リーズナブルなドリンクスタンドを見つけた。それぞれ飲み物を手に取り、欄干に並んで寄りかかりながら、下の階を行き交う人々を眺めた。
「実は、私とライラは本当の兄妹ではありません。たまたま同じ『漂流者』に拾われた縁で、兄妹として振る舞っているだけなんです」
その告白に、クリスの手から飲み物が滑り落ちそうになった。幸い、龍人族の反射神経で地面に落ちる前にキャッチできたが。
ロルは彼が呼吸を整えるのを待ってから、話を続けた。
「色々あって、去年ようやくエイブダムに辿り着きました。私の方が年上ですから、仕事を見つけて、ライラが学校に通えるようにしたんです」
ライラを守るために必死だったあの頃を思い出すと、不思議と懐かしさが込み上げてくる。まだ一年前のことだというのに。
今のような穏やかな生活は、当時の自分には想像もできなかったことだ。
(……本当に、マリーナさんには感謝しなきゃいけませんね)
「その選択を後悔したことは一度もありません。兄として、彼女にはできる限りのことをしてあげたいと思っていますから」
そこまで言って、ロルはついに後悔の色を顔に出した。
「昨日、喧嘩をしたんです。ライラと出会って以来、初めての喧嘩でした」
ロルはドリンクのカップに映る自分の影を見つめた。その表情には、なぜあんなことをしてしまったのかという懊悩が滲んでいる。
「教会の手伝いをしていた時、偶然彼女のクラスメイトに会ったんです。彼らに遊びに誘われて、私も彼女に行ってほしいと思った……。でも、それが喧嘩に発展してしまった。私は、一体自分のどこが間違っていたのか、分からなくなってしまったんです」
事情をできるだけ簡潔に説明したが、言葉にすればするほど、ロルにはライラの考えが分からなくなった。脳をフル回転させても、答えには辿り着けない。
「時々、思うんです……。私が無力だから、ライラは他人の誘いを断り続けているんじゃないかって。そう考えると……正直、想像以上にこたえます」
言葉にして初めて、ロルは昨日の自分の激しい感情の正体を理解した。ライラが学校のことを話さないのが不満だったのではない。それは単に気分を沈ませる要因に過ぎなかった。
彼が激昂した真の原因は、ライラの強い拒絶によって、「自分はライラに『より良い生活』を与えられていない」という事実を突きつけられたからだ。
この百貨店に並ぶ煌びやかな商品の数々、そのほとんどを自分は買ってやることができない。
最近は依頼が増えて生活は以前ほど苦しくはないが、ライラにアルバイトを辞めさせて、友達と遊びに行かせてやれるほどの余裕はない。
ライラは優秀だ。彼女はもっと多くの、もっと素晴らしい経験をするべきなのに、自分が与えられるものはあまりにも限られている。
ずっと認めたくなかったこの「無力感」こそが、ロルの感情を爆発させた主因だったのだ。
(……本当に、馬鹿げていますね)
その事実に気づいた瞬間、ロルは再び溜息をつき、飲み物を一口啜った。微糖で注文したはずなのに、喉が焼けるほど甘ったるく、かえって喉の渇きを覚えるほどだった。




