50話:龍王祭の当日
龍王祭、當日の早朝。
ロルはキャンピングカーの天井をじっと見つめていた。その目の下には、ひどく深い隈が刻まれている。
「……全く眠れませんでした」
生気のない言葉と共に漏れたのは、重い溜息だった。昨日の失言に対する後悔が、胸を締め付けている。
ガタン、ゴトン――ガタン、ゴトン。
いつも通り、一日の始まりを告げる列車の音が頭上を通り過ぎていく。しかし、隣にある空っぽのベッドが、今日という日の異様さをロルに突きつけていた。
いつもならそこに、毛布を丸めて眠っているはずの姿がない。
ロルは再びスマートフォンを手に取り、昨夜ライラから届いたメッセージを眺めては、また大きな溜息をついた。
それは、自分自身の不甲斐なさに対する嘆きだった。
昨日、ライラの姿が人混みに消えてから一秒も経たないうちに、自分は後悔していた。違法な魔道具を使ってでも時間を巻き戻し、あの失言を繰り返した自分自身を八つ裂きにしてやりたいほどに。
自分の苛立ちを他人にぶつけるなんて、それこそ未熟な子供のすることだ。自分は大人だというのに、こんな不適切な振る舞いをしてしまうなんて。
しかし、時間は決して戻らない。取り残されたロルにできたのは、残りの段ボールを運び終え、エイヴァ に泣きついてライラにメッセージを送ってもらうことだけだった。
謝罪の言葉はとうに送っているが、前向きな返信は一向に届かない。
夜になれば少しは怒りも静まるだろうと思い、仲直りのために『ハメルンデザート』のケーキまで用意して待っていたが、キャンピングカーの中にあの灰色の髪の少女が戻ってくることはなかった。
その後、探しに行くべきか車の中で焦燥に駆られていた時、ようやくライラからメッセージが届いたのだ。
【ライラ:今夜はマリーナさんのところに泊めてもらいます】
その一言だけで、ロルは事の重大さを悟った。
泣いているライラを見たマリーナが、今頃どんな顔で触手をうごめかせ、私をバラバラにする準備をしているか……想像するだけで背筋が凍る。
その恐怖もさることながら、何より自分を恐れさせているのは、ライラと出会って以来、これが初めての「本当の喧嘩」だということだ。どう対処すればいいのか、全く見当もつかない。
(「ごめん、全部私が悪かった」……そう言いたくても、一体何が「間違い」だったのか。それが分からなければ、きっと許してもらえないだろうな)
昨日の衝突は、確かに自分の態度が悪かったことも原因の一つだろう。だが、それが問題の本質だとはロルには思えなかった。一晩中考え抜いた結果、態度の悪さを除けば、自分は間違ったことは言っていないという結論に至ったからだ。
ライラに一度くらい友達と遊びに行ってほしいという願いに、嘘偽りはない。
だからこそ、あんなにも強く拒絶されたことが、鋭い棘のように胸に刺さっている。
(なぜライラは頑なに学校の話を避けるのか?なぜ、本当は行きたいはずなのに、私の提案を拒絶し続けるのか?)
思考の泥沼に沈んでいたその時、新しいメッセージが届いた。ロルは弾かれたように端末を掴む。
【ライラ:エイヴァ姐に教会のお手伝いを頼まれたので、朝は戻りません】
このメッセージを見て、一瞬でも安堵してしまった自分自身に、ロルは心底失望した。
昨日、喧嘩の件は当然エイヴァにも伝えてある。お節介な彼のことだ、責任を感じてライラと話し合う機会を作ってくれたのだろう。
事態が好転するのをただ座して待つのは、本来の自分の流儀ではない。だが、ライラのこととなると、どうしてこうも勝手が違うのだろうか。
ライラはかつて言っていた。「女の子が怒っている時は、どんな理由であれ、まずは気持ちを落ち着かせてあげなきゃダメだ」と。
今はこの絶望的な状況の中で、エイヴァが牧師としての手腕を発揮し、彼女の心を解きほぐしてくれることを祈るしかなかった。
(……そういえば、今夜の約束はどうなるんだろう?)
真面目なライラの性格からして、中止だと言ってこない限り、約束は生きているはずだ。
夜の六時ちょうどに、アレンパ広場の時計台の下で待ち合わせる。それが二人の約束だった。
(まさか、こんなギスギスした状態のまま合流することになるのか……?)
そう考えただけで全身から力が抜け、昨日の自分を抹殺してやりたいという衝動が再び湧き上がる。
(……なんで昨日、あんなこと言っちゃったんだよあああああ!)
ロルは寝袋の中で悶絶しながら唸り声を上げた。どうすることもできず、このまま眠って、目覚めた後の自分に丸投げしてしまいたい。
だが、今日はライラとの約束以外にも、別の龍人族との約束があることを思い出し、両手で自分の頬を叩いて気合を入れた。
「……エイヴァ、牧師としての実力を見せてくださいよ」
無力な祈りを捧げながら、ロルは上着を羽織り、魔道具が詰まったショルダーバッグを肩にかけた。そして重い足取りで、キャンピングカーの外へと踏み出した。




