45話:あと一日
いよいよ明日は「龍王祭」だ。
普段から多様な要素が入り混じる街並みだが、今はさらに他八カ国からの観光客も加わり、人声が沸き返り、色とりどりの光に包まれている。
道路は車で埋め尽くされ、そのほとんどが市外からの旅行者だ。エイブダムの地元民は、この時期に車を出すのが自業自得であることを熟知しているため、大抵は他の移動手段を選ぶ。
ロルも一度ひどい渋滞を経験してからは、今回は賢明にもキャンピングカーを橋の下の駐車場に停めていた。駐車料金の請求書を何枚か余分に受け取るリスクを負ってでも、あの経験を二度と繰り返したくはなかったのだ。
目的地へと向かう道中、ライラの瞳はキラキラと輝き、時折振り返っては周囲の賑わいを眺めていた。
観光客に混じって、街道の両脇には普段見かけない屋台が並んでいる。商人たちは祭りに乗じて一儲けしようと、あちこちで威勢のいい呼び込みの声が響き渡っている。
ライラは見たこともない食べ物の屋台に目を奪われ、その香りに思わず唾を飲み込んでいた。
それもロルにとっては無理のないことだった。前年は二人とも多忙を極め、祭りの前の雰囲気を楽しむ余裕など全くなかったのだ。
そう思うと、ロルも明日の 龍王祭が楽しみになってきた。
歩みを進めると、街並みの一部が黒く優雅な鉄柵に変わった。その隙間から、今回の目的地が見えてきた。
それは白い石材で築かれた教会だった。敷地は広く、整然と並ぶ柱には精巧な彫刻が施されている。ゴシック様式の尖塔が青い空へと伸び、街の中で格別に厳かで壮大に見えた。
芝生の庭園では、普段より多くの、多様な種族の子供たちが追いかけっこをして遊んでいる。その光景を見ているだけで、自然と心が和んでくる。
「ロルさん! ライラさん! 来てくれたのですね!」
「王子様〜! あたし、ずっと待ってたのよお〜っ!」
教会の入り口で、二人の人影が同時に手を振って迎えてくれた。体格こそ対照的だが、どちらも牧師服を限界までパツパツに押し広げている二人——エイヴァとブートだ。
エイヴァは巨体を揺らしながら、一直線にロルに向かって突進してきた。
「だから、くるなって言ってるだろ!」
結局ロルはエイヴァの奇襲を避けることができず、その抱擁の中に強引に引き込まれ、宙に浮いたままぐるぐると回された。
エイヴァのターゲットがライラに移った後、ロルは再び脱力して地面に手をついた。
「ロルさん、大丈夫ですか?」
ブートは丸々とした体を揺らして膝をつき、優しく背中を叩いて彼を支え起こした。
「……大丈夫です。まさか、ブートさんの協力相手がエイヴァの教会だったとは」
「ええ、世間とは本当に狭いものですね」
実際、昨日になってようやくロルは、ブートの協力している教会がエイヴァのいる場所だと知ったのだ。
今日の依頼は非常に急なものだった。
エイヴァから直々に電話があり、一日ボランティアとして手を貸してほしいと頼まれたのだ。
ブートの教会と協力体制をとって以来、教会に集まる子供の数が急増し、人手が全く足りなくなっていた。それでエイヴァも自分の人脈を頼ったのだろう。
友人の頼みであること、そしてこの渋滞ではキャンピングカーをハイム道具屋まで走らせることもできないため、ロルはこの依頼を引き受けた。
エイヴァとブートに案内され、二人は子供たちが遊ぶ庭園へ向かった。
ライラの姿は、瞬く間に多くの子供たちの視線を引きつけた。子供たちは嬉しそうに彼女の周りに集まってくる。
「ライラお姉ちゃん! 今日も一緒に遊べる?」
「ええ、みんなは何をして遊びたい?」
「私、お姉ちゃんに絵本を読んでほしいな!」
「違うよ! どう考えても鬼ごっこだろ!」
「喧嘩はダメだよ。お姉ちゃんが全部順番に付き合ってあげるからね」
ライラは膝をついて子供たちと視線を合わせ、手慣れた様子で一人一人の気持ちに配慮していく。
「それじゃあ、まずは鬼ごっこから始めましょう。ブートさん、その間に絵本を何冊か持ってきてもらえますか?」
ブートが教会の中へ入っていくのを見届けると、ライラは立ち上がり、元気よく声を張り上げた。
「それじゃあ、お姉ちゃんが行くよー!」
「わああっ! 逃げろー!」
「言っておくけど、ライラお姉ちゃんの足はとっても速いんだからね!」
ライラが動き出す前から子供たちは大騒ぎになり、地元の子供たちがブートのところから来た子供たちの手を引き、満面の笑みで一斉に駆け出していく。
エイヴァと一緒に傍らのベンチに座り、頬杖をつきながらその光景を眺めていたロルは、少しばかり驚きを感じていた。
(ほう、すごい人気だな)
子供たちの歓声に包まれながら走り回るライラ。
彼女が子供に好かれることは知っていたが、これほどまでとは思わなかった。
それに引き換え、自分はどういうわけか子供に本能的に避けられる傾向がある。
胸の呪いの気配のせいかもしれない。先ほども一人の子供がじっと自分を見つめた後、嫌悪感を露わにして逃げていった。
子供の反応はあまりに率直すぎて、ロルの心には涙が流れた。
「当たり前じゃないのお〜。ライラちゃん、普段から放課後にクラスメイトと一緒に手伝いに来てくれてるんだからあ。ここにいる子供たちは、ほとんどみんな彼女のことを知ってるわよお〜」
エイヴァの言葉に、ロルは呆然として「初耳だ」という視線を向けた。
ロルの反応に、エイヴァも驚いたように自分の口を抑えた。
「あらら〜? 王子様、知らなかったの? ライラちゃん、言ってるものだと思ってたわあ」
「……いえ。彼女、あまり学校の話はしてくれないので……」
「あまり」というより、ほとんどゼロに近い。
入学当初に「学校なんて行きたくない」と零したのを除けば、それ以降、彼女が自分から進んで話すことはなかった。
ライラにはライラなりの考えがあるのだろうが、それでもロルは、ただ優秀な成績表の数字を見るだけでなく、彼女が学校でどんな風に過ごしているのかを知りたいと思うのだ。
……ただ、問い詰めて嫌われるのも怖い。
一応は兄なのだ。知りたいと願うのは決して間違いではないはずなのだが。
このもどかしい感覚は、言葉にするのが本当に難しい。




