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ハイム道具屋の日常手記  作者: 夜眠
第1章:龍王祭の騒動
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44話: 友達

「それほど絶望する必要はありませんよ。……ところで、昨日『彼女が欲しい』と言っていましたが、実はそれが本当の理由ではないですよね?」


コインを投入しようとしたクリスの手が止まり、硬貨が床に落ちて高い音を立てた。彼は信じられないといった様子でロルを見つめた。


「……凄すぎます。ロルさん、どうすればあなたのように鋭くなれるのですか?」


「魔王不動産で働くエリートが、中町区の外縁にある小さな店で働くアルバイターに向かって『凄い』なんて言わないでください。私は傷つきますよ」


消沈しかけていたクリスだったが、ロルの言葉に思わず「ぷはっ」と吹き出した。


「ははは! 確かにロルさんの仰る通りだ。……私は、フォン・デア・アストカルム家の三男です。魔王不動産は、我が一族の企業なのです」


最初の告白だけで、十分すぎるほどの衝撃だった。


もし嘘でなければ、目の前の竜人は正真正銘の「富二代」……いや、「富百代」というべき資産家だ。


ロルの表情に変化はなかったが、代わりに手元のコインを再び筐体に投入した。


「フォン・デア・アストカルムの名を冠して生まれた子供は皆、一族の企業を拡大し続ける責任を負っています」


(なんて覚えにくい苗字なんだ……)とロルは心の中で毒づいた。


「二人の兄は、共に非常に優秀な竜人です。恋愛小説を好む私など、彼らの前ではあまりに平凡で無力でした。だから私は、理想の自分を演じ、必死に模倣し続けてきたのです。幸いと言うべきか、その偽りの姿は成功してしまいました」


本来の自分は家族に認められず、偽りの自分ばかりが評価される。


それは、どれほど苦しいことだろうか。


おそらく仕事場でのクリスは、効率を重視し、冷淡で、極めて有能な「フォン・デア・アストカルム」の名に相応しい完璧な人物だと思われているのだろう。


その裏側にある、お喋りで情緒豊かで、必死に努力するクリスの本性に気づく者は、誰一人としていなかったのだ。


「家族に認められたことは嬉しい。ですが、毎年『龍王祭』の時期になると、部下たちが皆、楽しそうに休暇を申請するのです。彼女と遊ぶだの、妻と過ごすだのと……」


クリスは複雑な眼差しで床のコインを拾い上げ、筐体に投げ入れた。吐き出す言葉は、溜息のように漏れた。


「……私は、彼らに嫉妬しているのでしょう。龍王祭を一緒に過ごせる相手がいる彼らに。私には本性を見せることすら許されず、女性とまともに話すことすら困難だというのに」


言葉が終わると同時に、彼は三つ目のぬいぐるみを獲ることに成功した。ロルは筐体の操作に集中しながら、ずっと気になっていたことを口にした。


「ですが、私の前では随分とあっさりと本性を見せていますよね」


「中町区の外縁にある小さな店の店員が、何を言ったところで誰も信じないでしょうからね」


「……正しい判断ですね」


彼の合理的な判断に同意しつつ、ロルは会話を続けた。


「孤独だったのですね。……そんな時、偶然にも教会で『依頼達成率100%』の道具屋の噂を聞き……藁にもすがる思いでやってきた、というわけですか」


(エイヴァかブートのどちらかだな)と、ロルは何故か確信した。


なるほど、正規の治療ルートを選ばなかったのは、フォン・デア・アストカルム家の人間として「弱み」を見せることが許されなかったからだ。


「結果として、あなたは家族や会社の期待には応えられたが、心を通わせる友人は一人もできなかった」


ようやく自分も一つ目のぬいぐるみを獲り、ロルは全ての状況を整理した。


そしてまず、クリスの間違いを正すことから始めた。


「いいですか、あなたは依頼の内容を根本的に間違えていますよ。今あなたに必要なのは『彼女』ではなく、『心を許せる友人』でしょう。遊ぶのも話すのも、それさえいれば解決する話です」


そう指摘され、クリスは呆然とした。そして獲ったばかりの三つ目のぬいぐるみを抱え、納得したように頷いた。


「……確かに、その通りです。ですが、心を許せる友人など、そう簡単に作れるものであれば、私はこれほど——」


「何を言っているんですか。今、目の前に事情を知っている奴がいるじゃないですか」


言葉が終わる前に、ロルは彼の話を遮った。自信に満ちた笑みを浮かべ、取り出したぬいぐるみを持ったままクリスを直視する。


その暗示的な言葉に、クリスは息を呑み、手の中のぬいぐるみを床に落とした。


二人の間に沈黙が流れる。


ロルは何も言わず、ただ視線で彼に「言葉にする勇気」を促した。


クリスの口がパクパクと動き、何度も言いかけては止まった。そして最後には、ようやく勇気を振り絞った。


「ロルさん……。私と、友達になっていただけますか?」


「いいですよ、クリス。連絡先、交換しましょうか」


待ち望んでいた問いかけに、ロルは笑ってスマホを差し出した。それを見たクリスの目尻には涙が浮かび、声は震え、嗚咽が混じっていた。


「格好良すぎる……。私も、ロルさんのような人になりたい……!」


「やめてください。最近、私の周りの男たちはどうしてこう……」


ロルは呆れながら彼の肩を叩いた。


ぬいぐるみ対決は最終的に三対一で、クリスの勝利に終わった。


二人は受付カウンターへ向かい、クリスは余ったぬいぐるみをポイントに交換し、景品棚の前に立った。


今度はクリス自ら勇気を出し、この100年間ずっと渇望していた願いを口にした。


「ロルさん! 私と一緒に、龍王祭に行ってくれませんか!」


「あ、すみません。その日は既にライラと約束があるんです」


膨らんでいた勇気が一気に萎み、クリスは涙目で苦笑いを浮かべた。


「……ですよね。ロルさんのようなお方が、誘われないはずがない……」


「ですが、約束しているのは夜からです。午前中なら空いていますよ。一緒に行きますか?」


「……も、もちろんです! ありがとうございます!」


クリスはようやく、心からの笑顔を見せた。景品棚の白い光に照らされたその笑顔は非常に眩しく、ライラにも引けを取らないほどの美形だった。


(……なんだか、今ここで突然ラブソングが流れ出しても違和感がない雰囲気だな)と、ロルは得体の知れない恐怖を感じた。


だが、彼がこれほど喜んでいるのなら、これで依頼達成と言っていいだろう。


クリスが仕事の調整のために電話をかけにいく間、ロルもライラに電話を入れた。受話器の向こうから、ライラの驚愕の声が響く。


『依頼が解決したの!? 兄さん一人で!? どうやって!?』


「ああ、詳細は後で話すよ。だから今回の報告書は私が書くから——」


『……そうなんだ。兄さん一人で……』


自慢げに話そうとしたロルだったが、電話越しのライラの声に元気がなかった。ロルは浮かれた気分を抑え、心配そうに尋ねた。


「ライラ? どうしたんですか? 声に元気がありませんが」


『えっ? 何でもないよ。ただ、兄さんは凄いなって思っただけ……』


ライラは質問には答えず、話題を逸らして自分の居場所を告げた。ロルもそれ以上は追及できず、噴水広場で待ち合わせる約束をして電話を切った。


スマホをしまい、ロルはクリスに手を振った。


「クリス、ライラと合流します。ついでに夕食でもどうですか?」


「ええっ!? これが噂に聞く『友達とご飯を食べる』というやつですか!?」


「いや、そんな大層なものじゃないですから……」


二人は出口へと向かい、エレベーターに乗り込んだ。


「とにかく、女性恐怖症については、また時間が空いた時にでもゆっくり克服していけばいいですよ」


「はい! 頑張ります! これからもよろしくお願いします、ロルさん!」


「あまり期待しないでくださいね。私の能力にも限界がありますし……」


二人は噴水そばのベンチに座り、ライラを待った。


先ほどライラが「友達に会いに行く」と言った時、ロルの目には彼女の耳が興奮で微かに揺れているのが見えていた。遊びたいのなら、マリーナも文句は言わないはずだ。


(どうしてあんなに頑ななんだ?)


思春期の妹の考えが分からずロルが悩んでいると、ふと傍らのマンホールの蓋が目に留まった。


「そうだ、クリス。魔王不動産の業務には建設も含まれていましたよね。下水道も、あなた方の担当範囲内ですか?」


「もちろんです。下水道が企業に開放されて以来、魔王不動産はいち早く開発権を勝ち取りました。おかげで今の エイブダム 中町区の住宅は、広大な下水道を有効活用して配管を引くことができているのです」


ロルの脳裏に、数週間前に チョコ が語った犯人の供述がよぎった。


「では、最近何か工事の予定はありますか?」


そう尋ねると、クリスは困惑した表情を浮かべた。


「……なぜそのようなことを? エイブダムの新法規では、龍王祭の路面への影響を防ぐため、下水道に関連する全ての工事は祭りの一ヶ月前から全面的に停止しなければならないと定められています」


「え? そんなに厳しいんですか?」


「ええ。龍王祭の商業価値は年々高まっていますから。当日、地下でトラブルが起きることを望む企業などありませんよ」


ロルがスマホで調べると、確かに二年前に施行された新法規が存在した。しかし、それはチョコの話とは真っ向から矛盾する。


「本当に、一つもありませんか?」


「少なくともこの付近の工事は私が責任者です。この一ヶ月、作業員が地下に潜る予定はないと断言できます」


疑問は残るが、クリスが嘘をついているようには見えなかった。


あのバイリーという植物族の女も初犯だったというし、物音に過敏になりすぎて、何か別の音を足音と聞き間違えたのかもしれない。


しばらくすると、ライラが小走りで駆け寄ってきた。ロルはその件を一旦思考の隅へ追いやり、三人で近くのラーメン店へと向かった。


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