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ハイム道具屋の日常手記  作者: 夜眠
第1章:龍王祭の騒動
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42話:100%の危機

仕切り直しとして、今度はライラがクリスの正面に座った。


一対一で女性と対話する場面をシミュレートするため、ロルは二階へ移動して席に着く。


二人の会話は、ロル和ライラのスマホを繋いだ通話状態にしているため、ロルは二階にいながら下の状況を確認できるようになっていた。


「私の……名前は……クリス・フォン・デア・アストカルム……クリスと……呼んでくれて構わない……その方が……効率的……だから……」


先ほどと全く同じ自己紹介だが、安定感は微塵もなかった。一文字ずつ絞り出すようなたどたどしい話し方は、聞いているロルまで苦しくなってくるほどだ。


「分かりました、クリスさん。私はライラ・マフィロです。ロルの妹です。苗字が同じですので、クリスさんも私のことは名前で呼んでくださいね。よろしくお願いします」


さすがは人当たりの良いライラだ。相手の状態に左右されることなく、穏やかな口調で自我介紹を返した。


その温和な空気に感染したのか、クリスの口調が突如として流暢になった。


「よろしく、ライラさん」


ロルが(案外あっさりと治ったのか?)と期待した、その直後だった。


「——して、本日はどのような物件をお探しかな?」


「えっ? 物件?」


「ストップ、ストップ! なんで今の状況でその質問が出るんだよ! お前のロジックはどうなってるんだ!?」


ロルはたまらず二階から駆け下りてクリスの隣へ詰め寄った。クリスも慌ててロルに身を寄せ、小声で必死に弁解する。


「い、いや、違うんだ! 説明させてくれ! こうして向かい合って座っていると、どうしても普段の仕事の場面を思い出してしまって……つい、うっかり——」


ロルがライラの方を見ると、彼女は困惑したような微笑みを浮かべていた。テーブルの上にはタブレットも置かれている。


確かに、雰囲気だけ見れば商談の場そのものだ。クリスが職業病を発動させてしまうのも無理はない。


「……仕方ないな。ライラ、彼の隣に座ってくれるか?」


「もちろん。クリスさん、失礼しますね」


ロルの要求に従い、ライラは何の躊躇もなくクリスの隣に腰を下ろした。途端にクリスは全身を強張らせ、その姿はアンデッドのモンスターよりも硬直していた。


不安は募るばかりだが、ロルは再び二階へ戻り、対話を継続させた。


緊張しきったクリスに配慮して、今度はライラから話題を切り出す。


「クリスさんは、何か趣味や好きなことはありますか?」


「女、私の興味を引くことに成功したようだな」


今度はロルが二階の階段を滑り落ちてきた。体の痛みも無視して、すぐさまクリスを店の隅へと引っ立てる。


「お前、脳みそが沸騰してるのか!? なんだ今の寒すぎるセリフは! なんでわざわざ恋愛小説でしか使わないような、現実で一番言っちゃいけないセリフを選ぶんだよ!」


「……だって、私は恋愛小説が好きだから……。あの中に出てくる『社長』は、強くて格好いい……私の理想の姿なんだ……」


クリスはきまり悪そうに頬を掻いた。ロルは手近な魔道具を彼の頭に投げつけたい衝動に駆られた。


なるほど、クリスの言う「仕事モード」とは、小説に出てくる「俺様系社長」の模倣だったわけだ。確かに、彼の仕事の内容には意外にもマッチしていたのかもしれないが。


「あんなのは物語の中だから許されるセリフだ! 普通、そんなこと言った瞬間に一発退場なんだよ!」


「そんなバカな……!」


その後も同じようなやり取りが何度も繰り返された。


時間の都合で翌日も練習することになったが、上達するどころか、翌日のクリスは昨日よりも退歩しているようにさえ見えた。


これでは迅速な解決どころか、長期戦を覚悟しなければならない。


この二日間、階段を何度も往復し続けたロルは、肩で息をしながら、力盡きたようにソファに倒れ込んだ。


「もう……諦めたくなってきた……。お前、ある意味すごいよ……私の100%だった依頼達成率が、まさかここで潰えることになるとはな……」


「……本当に申し訳ない……」


クリスも同じように、魂が抜けたような姿でソファに沈んでいた。


クリスの緊張を和らげるため、休憩に入ると同時にライラは二階へ戻っていた。すると、通話の向こうから彼女が優しくロルを呼んだ。


『兄さん、今のやり方だと少し良くないんじゃないかな?』


「……どういう意味だ?」


『今の状況は、お喋りというより、もう試験を受けているみたい。学校にもいたわ、普段はすごく頭がいいのに、いざ試験となると緊張して実力を出し切れなくなっちゃう人』


ライラは少し責めるような態度でロウルに言った。


『兄さんが一つ一つ間違いを指摘するから、クリスさんは余計にプレッシャーを感じて、空回りしているのかも。……何か、別の方法に変えてみたら?』


ライラの指摘を受け、ロルはクリスに目を向けた。


彼は泣きたいような顔でソファに丸まっていたが、その瞳の奧には、まだ諦めたくないという執念のような光が残っていた。


「……ありがとう、ライラ。少し焦りすぎていたみたいだ。すみません、クリスさん。私の配慮が足りませんでした」


「いいえ! ロルさんのアドバイスはどれも適切なものばかりです。私が、私が不甲斐ないばかりに……」


ロルは反省を胸に、今にも消え入りそうなクリスの肩を掴んだ。


「態勢を立て直しましょう。……出かけますよ」


「え?」


クリスが反応する間もなく、ロルは彼を強引にキャンピングカーへと連れ出した。自分のリュックを背負ったライラが乗り込むのを確認すると、ロルは中町区に向かって車を発進させた。

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