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ハイム道具屋の日常手記  作者: 夜眠
第1章:龍王祭の騒動
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41話:魔道具の誤解

「だ、ですが! あなた方なら、この状況を改善できるような魔道具 を持っているはずですよね!?」


クリスは興奮した様子で立ち上がった。


その瞳には、飢えた獣のような渇望の光が宿っている。その目は、かつて問題解決の糸口が見えた時の蛇人族の店主と瓜二つだった。


ロルは小さく溜息をつき、展示棚へと歩み寄った。そして三つの魔道具を取り出すと、二つのソファの間に置かれたローテーブルに並べた。


「実を言いますと、今手元にある魔道具の中に、あなたを救えるものは一つもありません」


体が硬直したクリスを無視して、ロルはテーブルの上の三つのアイテムを淡々と紹介し始めた。


置かれたのは、一つの眼鏡、一本のスプレー、そして六角形の万華鏡だ。


「一つ目は『話題メガネ』。今ある中では一番実用的でしょう。スマホのアプリであらかじめ話題を登録しておけば、会話中に話題が尽きた際、レンズにランダムで表示してくれる優れものです」


「素晴らしいじゃないか! 買う、買わせてもらおう!」


「ですが、先ほどのクリスさんの反応を見る限り、効果は薄いでしょうね。話題があったとしても、それを広げる会話術がなければ全ては水の泡ですから」


「……一理あるな……」


「二つ目は『緊張緩和スプレー』。名前の通り、スプレーの催眠効果によって一時的に緊張という感情を奪い去ります。重要な舞台を控えた多くの人々が愛用している魔道具 です」


「それだ! 今の私に最も必要なものだ! 買うぞ!」


「ですが、催眠の効果には個人差があります。劇的に効く人もいれば、本来の機能を超えてしまう人もいる。合法な魔道具の中では、かなり違法に近い存在です。所持するには試験を受けて免許を取得しなければなりません」


「試験まであるのか……それは、仕方のないことだ……」


「最後は『陽気な万華鏡』。中を覗き込むだけで、使用者は30分間、絶対的なポジティブ状態を維持できます」


「前の二つに比べれば弱そうだが、十分だ! 買う!」


「ですが、それではクリスさんの『仕事モード』と同じく、偽りの自分に過ぎないのではないですか?」


「……仰る通りだ……」


わずか数分の間に三連撃を浴び、クリスはソファの上で丸まってしまった。空虚な目で力なく笑うその姿に、ロルも少しばかり同情を覚えた。


「ですから言ったのです、手元に助けられるものはないと。それ以上に、あなた方は魔道具そのものに対して大きな誤解をしています」


「誤解?」


「魔道具とは、問題の根本を解決する宝具ではなく、一種の『ブースター(加成器)』なのです」


ロルは立ち上がり、三つの魔道具 を元の場所へ戻しながら説明を続けた。


「例えば『風速の靴』。このアイテムの意図は、使用者の走る速度を上げることです。しかし、それは実際に本人の足が速くなるわけではなく、元ある基礎能力を強化しているに過ぎない。最初がゼロ、あるいはマイナスなら、いくらブーストしても良い結果は得られません——」


言いかけて、ロルは言葉を止めた。


依頼人に説教をするのはロルのスタイルではないし、それは業務の範疇外だ。依頼人にはそれぞれの考えがある。彼はただ、相手の最終的な意思を確認すればいい。


ロルはソファに戻り、再び営業用の笑みを浮かべた。


「話が逸れましたね。あなたの話に戻しましょう。緊張のあまり『仕事モード』に入ってしまうとのことですが、一体どれほどの緊張なのですか?」


そう問われた瞬間、クリスの視線が泳ぎ、不安げに自分の指先を弄び始めた。


「実は……私は女性と視線が合うだけで、体が震え、息苦しくなり……酷い時にはそのまま気絶してしまったことすらあります」


鏡がなくても、今の自分の顔が苦笑いに引き攣っているのがロルには分かった。心の内の溜息が止まらない。


「……それで本当に対丈夫なんですか? それはもう、ただの緊張じゃなくてPTSDの類でしょう。女性恐怖症と言ってもいいレベルです」


強敵だ。


これは決して簡単な依頼ではない。ただ会話が苦手なだけだと思っていたが、もはやその次元を遥かに超えている。


「いっそ方向転換してはどうですか? 今のご時世、なにも彼女を作ることだけが全てではありません。多様な生き方もありますし」


軽い冗談のつもりだったが、返ってきたのは地這うような囁き声だった。


「……3回だ」


「3回?」


「この100年間に、私が告白された回数だ……」


「この100年、女性とまともに世間話をしたことがない」というヒントと合わせれば、答えは明白だった。


「……すみません。深く考えずにあんなことを言ってしまって。本当に申し訳ない」


「いいえ、構わないんだ……」


二人の間に沈黙が流れる。ロルは、自分までこの消沈した空気に染まりそうになり、無性に「ライラの耳をモフりたい」という衝動に駆られた。


しばらくして、ロルは激しく頭を振り、無理やり気合を入れて突破口を探した。


「と、とにかく! 解決策を見つけるには、まず原因を突き止めるのが先決です。クリスさん、よく思い出してください。女性に対して恐怖心を抱くようになった、何かきっかけがあるはずです」


クリスも気を取り直し、腕を組んで考えを巡らせた。


「そうだな……私の300年の人生の中で、まともに女性と会話をしなくなってから、かれこれ200年は経つ。だから、確信は持てないのだが——」


その後のクリスの言葉は、ロルの耳には入ってこなかった。


大きく深呼吸をし、自分に「冷静になれ」と言い聞かせる。プロのサービス業者として、あるまじき行為だと分かっていたからだ。


だが、我慢の限界だった。ロルは勢いよく立ち上がり、相手を指差して叫んだ。


「あんた、僕をからかってるのか!? それが原因に決まってるだろうが!!」


「本当に申し訳ない!!!」


二人の声がハイム道具屋に響き渡る。ロルは、まだ何もしていないのに、心身ともに疲れ果てていた。


「いいですか。今のあなたの状況は、うちのような店よりも、もっと専門的な機関を頼るべきです」


クリスは消沈して同意するかと思いきや、意外にも激しくそれを否定した。


「い、嫌だ! それだけはダメだ! 私は……許されないんだ……」


彼は拳を強く握りしめた。その表情は先ほどの消沈とは違い、底知れぬ無力感に満ちていた。


いかなる種族であれ、家庭環境や人生経験によって、その人にしか分からない悩みがある。

クリスにも、彼にしか分からない苦境があるのだろう。


ロルはしばらく悩み抜いた末、重い溜息を吐いた。


「……分かりました。原因がはっきりしている以上、この依頼、お引き受けしましょう。まずは、女性との交流をイチからやり直すところから始めます」


期待に満ちたクリスの視線を直視できず、ロルはスマホを取り出した。自分にどこまでできるか、本当に自信がなかったからだ。


「ありがとうございます! もしかして、伝説の『マッチングアプリ』ですか!?」


「違います。そんなものをいきなりやったら、あなたは十中八九、無様に死にますよ。まずは基礎の基礎。私の妹を相手に会話の練習をしてもらいましょう」


再びライラを呼び、今回の依頼内容を説明したところで、第一回のテストが幕を開けた。

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