22話:ライラの視点
(ライラの視点)
「では、今から交代で窓辺で周囲を観察する。ここには魔力の流れを検出する装置がある。もし犯人が本当に違法な魔道具を使っているなら、奴が道具を起動した瞬間、このストップウォッチが反応するはずだ。
何か見つけたら、必ず他の二人にも知らせろ。決して一人で追いかけるな。まずは私から始める。30分ごとに交代だ。ジムの営業終了30分前になったら、三人で一緒に張り込む。ライラと祭さんは先に休んでいてくれ」
注意点を言い終えると、ロルは夜の闇に溶け込む魔道具『環境マント』を羽織り、窓辺の椅子に座って、じっと通りを眺めた。
ライラは、窓の外で珍しく真面目にしている兄さんの姿を見て、少し安堵した。
やっぱり、さっきの店長が、必死に兄さんの手を握って何度も礼を言う姿に、プレッシャーを感じたんだろうか。
普段の兄さんは、いつも「どうでもいい」という顔をしていて、空が落ちてきても笑ってうたた寝できそうなのに。
でも、本気になればできないことなんてない。だからこそ、今のこの姿はライラにとってこの上なく頼もしく感じられた。
「じゃあ、今のうちに最後の確認をしておこう」
ライラはソファのそばへ行き、様々な魔道具が入った斜め掛けバッグを持ち上げた。
兄さんには魔力がないから、魔道具も事前に魔力を注入しておかないと使えない。
今回は急な出発だったため、兄さんはあまり魔道具を持ってきていなかった。
ライラはすぐに、バッグの中の魔道具全てに魔力を補充し終えた。これで、何かあった時にすぐ使える。
あとは待つだけだけど、今のうちに夏休みの宿題を終わらせようかな?マリーナさんが出した課題もあるし、でもここは他人の家だし、やめておこう。
問題はどうやって時間を潰すかだけど、兄さんみたいにスマホに夢中になるわけでもないし――ん?祭さん?
祭は刀を抱きかかえ、リビングの隅の床にしゃがみ込んでいた。黒い狼の耳は力なく垂れ、尻尾も元気がなく地面に張り付いて、全身を縮めている。
そういえば、さっき準備をしている時から、祭さんはずっと黙り込んでいた。
何かあったのだろうか?
「祭さん、どうしたんですか?さっきから元気がなさそうですが、何か悩みがあるなら私に話してくれませんか?」
「いえ、私……ただ、どうすればいいのか分からなくて……」
まさか自分が話しかけられるとは思っていなかったのか、祭は驚いた様子で、口調も途切れ途切れだ。今朝の、あの厳格な態度とはあまりにかけ離れている。
「えっと、張り込みなら、ただ周りに注意していれば大丈夫ですよ。観察用の魔道具の使い方が分からないとかですか?」
「いえ、それは使えます……他の部分のことです……」
その言葉で、ライラは祭の言いたいこと、いや、祭の気持ちを大体理解できた。
彼女は祭の隣の場所を指し、優しく尋ねた。
「祭さんの隣に座ってもいいですか?」
「……どうぞ?」
祭は少し戸惑っていたが、拒否はしなかった。これは実はライラのわざとだ。
誰かと腹を割って話したい時は、正面ではなく、同じ方向を向いて並んで座るのが一番いい。そうすれば、相手は自分が「同じ陣営」の仲間だと感じてくれる。
マリーナさんがそう言っていたのだ。効果も確かだ。
「祭さんが悩んでいる点を教えていただけますか?」
祭は長い間沈黙していたが、ライラも特に催促しなかった。やがて、祭はか細い声で口を開いた。
「……実はライラさんのお兄さんに、大きな衝撃を受けたんです」
「兄さんが?」
「あなたのお兄さんに対する最初の印象は、私が一番軽蔑する人たちでした。軽薄で怠惰で、いつも『できない』と口にするくせに努力せず、言い訳ばかりしている」
――あはは、兄さんが散々に言われてる。でも、怠惰なのは間違ってないですね。
「だけど、実際には何もできていないのは私の方で……」
「できている?任務のことですか?」
「初めて一人で任務を遂行するので、私の頭の中には犯人を捕まえて任務を完了することしかありませんでした。私ならできるとも思っていましたし、私は……チョコ隊長に一目置かれたくて……」
祭はそう言いながら、窓辺にいるロルに視線を向けた。ライラもそれに倣って窓の外を見た。
あ、兄さん、寝てるみたい。
「でも、もし今日私一人だったら、絶対にこんなにうまくはいかなかった」
彼女は言った。
「私がやるべきことは、任務を完了するだけじゃなくて、市民の悩みを解決することなのに。その点、あなたのお兄さんは私よりもずっと先を考えていた……私は自分のことしか考えていなかったんです……」
どうりでさっき店長が必死に礼を言っている時、祭が罪悪感に満ちた顔をしていたわけだ。
自分が正しいことをしたと思っていたのに、結果的に誰かを傷つけてしまう可能性がある――それこそが一番辛いのだろう。
兄さんが、今回の任務はチョコさんから祭さんへの試金石だと言っていた。祭もそう思っているからこそ、任務で活躍できなかったことが、彼女をひどく落ち込ませているのだろう。
でも、祭さんは初めての任務なんですよね?ライラはミスするのは当然だと思いますよ。
ただ、祭さんにとっては、そうは思えないのかもしれない。
「チョコ隊長に憧れているから、私は一生懸命勉強して、必死に自分を鍛えてきたのに、何も意味がありませんでした。結局、全然役に立たなくて、チョコ隊長に迷惑ばかりかけているんです」
そう言って、祭はさらに身体を小さく丸め、膝に顔を埋めた。
「……やっぱり、私はあの白い制服には似合わないんだ」
自分は、兄さんみたいに他人の苦しんでいるところを見抜くことはできないから、祭さんが具体的に何を悩んでいるのかはっきりとは分からなかった。
ただ、祭の言葉を聞いているうちに、ライラはふと数ヶ月前の記憶を思い出した。
「……数ヶ月前、私が初めて学校に行った時、授業の内容が全く理解できなくて、すごく挫折したんです。それで兄さんに『もう行きたくない』って言ったことがあって」
祭はわずかに顔を上げ、目に驚きの色を浮かべた。目の前のこの少女は、他人から見れば、自ら逃げ出すようなタイプには見えないからだ。
「あの時、私は兄さんに『(勉強が)もったいない』とか言われると思っていたのに、あっさり同意してくれたんです」
ライラは、その時の兄さんが、優しく頭を撫でながら「全然大丈夫だよ」と笑ってくれたのを今でも思い出せる。
「えっ……?」
「分かります、普通なら怒られますよね。でも兄さんは、『十分に休んでから行けばいい』って言ってくれたんです」
あの時、兄さんは何も叱らず、ただ優しく笑っていただけだった。
「実は、兄さんは私が失敗を恐れて逃げているだけだと、とっくに見抜いていたんです。普段は人の気持ちなんて全然分からないくせに、こういう時だけ人の考えを見抜くなんて、本当に嫌な兄さんです」
今、窓の外で死にそうな顔をしている兄さんを見ていると、思わずため息が出そうになる。
「その後、二日間休んでから、もう一度学校に行きました。そしたら、今度は前ほど嫌だとは感じなくなり、友達もできたんです。あの時、私は誰かに助けてもらわないと、その一歩を踏み出すことさえできなかった――」
彼女は祭の方を振り返り、心からの笑顔を見せた。
「だから、私は祭さんがあの状況で、すぐにその一歩を踏み出せたことが、もっとすごいと思うんです。祭さんは逃げることを選ばず、実際にやったことのないことを試した。その点は、すごく格好いいと私は思います!」
祭は一瞬呆然とし、その目には次第に光が宿った。ライラがこんなことを言ってくれるとは思わなかったのだ。
「誰だってミスすることはあります。私は、祭さんがしたことは決して無意味なことではないと思いますよ。だって、祭さんはご自分の努力で、連邦警察に合格したんでしょう?」
ライラの言葉を聞き、祭の曇っていた瞳は次第に色を取り戻していった。
「それから、尊敬する人に一目置かれたいって思うのは、すごく普通のことだと思いますよ。私だって、誰かに頼りにされたいって思っていますし……」
そこまで言って、ライラは自分が少し話しすぎたことに気づき、照れくさそうに髪を触った。
「ごめんなさい、私ばっかり勝手に喋っちゃって」
「そんなことないです」祭は静かに首を振った。「ライラさん、話してくれてありがとう。こんな風に言ってもらえたのは、初めてです」
祭は手の中の刀を撫でながら、静かに微笑んだ。
その笑顔は、ライラの目には本当に可愛らしく映った。
「私も思ったことを言っただけです。そうだ!祭さん、私より年上なんですから、ライラって呼び捨てで構いませんよ」
「……分かりました。ライラも、私のことは祭で」
「うん。祭、連絡先を交換しない?」
「……はい、よろしければ」
二人は連絡先を交換した後、ライラは立ち上がり、祭に向かって手を差し伸べた。
「よし、そろそろあの困った兄さんを起こしに行かないと。祭もこっちに来て、一発睨みを効かせてプレッシャーをかけてあげてください」
「やっぱり、あなたのお兄さんは怠け者タイプなんですね」
祭はライラの手を握って立ち上がった。二人は顔を見合わせ、思わず一緒に笑い合った。




