2話 非日常的な部室
「三日月! お前また遅刻ギリギリじゃねーか!」
教室に入った瞬間、上坂翔真の大声が炸裂した。
「……翔真、朝からうるさい」
「うるさいは褒め言葉だ! 誰かがツッコまないとこのクラスは崩壊するんだよ!」
冬はうんざりしたように椅子に座る。隣には乃亜がいて、相変わらず余裕げな笑みを浮かべている。
そこへ井神 愛がノートを抱えて現れた。
「翔真くん、声大きい。授業始まるから席ついて」
彼女は穏やかな口調だが、時計をチラッと見て眉をひそめる。
「……あと30秒でチャイムよ。急いで」
「ひいいっ! その冷静な時間管理こわいっ!」翔真が慌てて座る。
チャイムが鳴り、教壇に立つのは白上猫乃先生。
「はい、今日も数学いくわよ。昨日出した宿題、答え合わせするから」
黒板に数字を書き連ねる白猫先生。そのスピードと迫力に、教室中がザワつく。
「……やっぱスパルタだ」冬が小声でつぶやくと、乃亜がクスクス笑う。
「でも人気あるんだよな、猫乃先生。なんでだろ」
授業が終わると、漫画研究部の部室へ。
そこには部長、山田部長(※本名)がすでに座っていた。
「よお、三日月に翡翠。遅かったな」
「部長部長、今日は何やるんですか」翔真が元気に尋ねる。
「“部長部長”って二重だな……まあいい。今日は新入部員歓迎用の漫画冊子作りだ」
愛が真剣にスケジュール表を確認する。
「印刷は一週間後ですね。冬くんは原稿担当、乃亜くんはイラスト担当。翔真くんは……」
「俺はツッコミ担当だな!」
「……作業の話」
「うおぉおん!?」
笑いに包まれる部室。だが、その瞬間廊下から悲鳴が聞こえた。
「やめてください! それは私の鞄です!」
冬は反射的に立ち上がる。乃亜も無言で左頬に指をかけた。
「またか……ほんと、やになるな〜」
傘立てから傘を取り出し、冬は即席必殺を構える。
乃亜の口元には獰猛な笑み。
「よし、ぶん殴ってぶん殴ってぶん殴る準備はできた」
部室の空気は一気に非日常へと切り替わった。
廊下に出ると、制服姿の女子生徒が大人しそうな鞄を必死に取り返そうとしていた。
その腕を強引に引っ張っているのは、見知らぬ男。どう見ても校外の不審者だ。
「おい、離せよ!」
男が怒鳴ると同時に、生徒は涙目で叫んだ。
「た、助けて!」
冬は大きくため息をつく。
「……やっぱり今日もか」
そうつぶやき、傘を高く掲げた。
「即席必殺・ジャベリンピンポイント!」
傘は鋭い音を立て、男の手元に一直線に突き刺さる。反射的に男の手から鞄が離れた。
「今だ!」
冬の合図と同時に乃亜が自分の左頬を引っ掻く。
血がにじみ、その目が獰猛な光を放つ。
「ぶん殴って、ぶん殴って、ぶん殴る!」
一気に距離を詰め、嵐のような拳が男に浴びせられる。
ドンッ! ガシャァン!
男は廊下のロッカーに叩きつけられ、完全に戦意を喪失。
「お、お前ら何なんだよ……!」
「ただの高校生だよ」
乃亜がにやりと笑って拳を引いた。
冬は女子生徒に鞄を返しながら、スマホで警察に通報する。
「はい、不審者一名確保。場所は〇〇高校の廊下です」
やがて先生や警備員が駆けつけ、男は連れて行かれた。
安心した女子生徒が深く頭を下げる。
「ありがとうございました……!」
「気にするな。こっちの日常みたいなもんだから」冬が肩をすくめる。
その様子を見ていた翔真が叫ぶ。
「お前らの日常感おかしいだろ! ツッコミが追いつかねえ!」
「……翔真くん、声大きい」愛が冷静に指摘する。
「そこ!? 今そこツッコむ!?」
結局、部室に戻った冬と乃亜は疲れ切って机に突っ伏した。
山田部長が呆れ顔で言う。
「……お前ら、本当に漫画みたいな日常だな」
「……いや、非日常だから」冬が苦笑し、乃亜は顔の傷を軽く押さえる。
そのとき、校内放送が鳴り響いた。
『校長先生からのお話があります』
一同の表情が一瞬で固まる。
「……終わったな」
「今日も3時間コースだ」
こうして、非日常的な事件は解決したが、日常的な苦行が待ち受けていたのだった。




