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娘が中学校を卒業した。卒業式では、多くの生徒がそれぞれの進路の高校の制服を着て式に望んだ。娘もそうだ。その姿に、やけに感動してしまった。
「卒業、おめでとう。」
「ありがとう。」
「お祝いに、お寿司でも食べに行こうか。」
「それは嫌。お父さんとご飯食べているところなんてお友達に見られたら恥ずかしくて高校に行けなくなっちゃう。」
「あぁ、そう。」
娘の笑花は反抗期真っただ中だった。でも、それはそれで良かった。むしろ、ここまで無事に成長してきてくれたことが全てだ。できれば笑花にはこのまま普通の人生を歩んで欲しい。普通に高校、大学に行って、結婚して子供を産んで幸せな家庭を築いて欲しい。そう、普通であって欲しいのだ。思えば自分はとんでもない人生を歩んできた。そう思うと、ふと、涙が出てきた。
「どうしたのお父さん、泣いちゃってさ。」
「ううん。なんでもないよ。」
「へんなのー」
「お母さんにも、見せてやりたかったなぁ。」
「またお母さん?ほんと好きだよね、もうずっとお母さんの事ばかり言ってるもん。」
「あぁ。そうだね。」
笑花が少しムッとした表情をした。
「お父さん、ちょっと散歩に行ってくるよ。」
あの子に母はいない。ひとり親になってから10年、自分なりに一生懸命に子育てをしてきたつもりだ。それだけに、娘が義務教育を終えたということが、こんなにも感慨深いものになるとは思わなかった。それにしても笑花の言う通りだ。自分は、あれからずっと粋花の事ばかりを考えてしまっている。これが恋心だと言ってしまえばその通りだが、もう粋花はいないのだ。そろそろ前を向かなければならないことはわかっていた。それに、ずっと前に死んでしまった母親のことを、未だに引きずっている父親のことを娘はどう思うか。そんなことはわかっていた。
どぉぉぉぉん
いきなり近くから大きな音が聞こえてきた。おそらく音の現況と思われる場所からは煙が立ち込めていた。だいぶ近くだったから見に行くと、どうやら軽トラが壁に衝突したようだった。中には自分よりも少々若いと思われる女性が1人見えた。大丈夫だろうかと心配していると、中の女性が車から出てきて、周囲を見渡した。そして、私を見つけた途端、私の方に走ってやってきた。
「なぁ、あんた、とりあえず着いてきてくれ。」
「え、?ええ??」
女は手を引いて走りした。しばらく走り続けて、山の中に入ってきてしまった。
「いやー、悪いね、これ、受け取って。」
と言って女は3万円を手渡してきた。
「え、あ、はい。」
「つまり、黙っていてってこと。この時間だし、あんたの他に誰も見てないはず。だから、あんたがこのお金で黙っててくれれば、それでいいんだよ。あたしはまだ捕まる訳には行かなくてね。頼むよ。」
「誰かに追われてるんですか?」
「まー、そんなとこだね。いろいろ悪いことしちゃって。」
「悪いことって?」
「最近は結婚詐欺にハマってるんだよ。」
「なるほど。」
「なるほど、確かにお綺麗な方だな。ってか?」
「ええ。その通りです。」
「話がわかるやつじゃねえか。そうだ、あたしさ、この街には人を探しに来てて、長田一って人、知らない?」
「長田一?」
「うん、おさだはじめ」
「…」
「…」
「それ、僕です。」