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星と丸の王国  作者: 藤木美佐衛
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第6話 すっぴんと髭

 −未知流−


 買い物に行って簡単な化粧道具も手に入れたけど、私はほとんどすっぴんで過ごした。日本で暮らしていた頃は、化粧をしないで仕事に行くわけにはいかなかった。ここの人たちとは初めから寝起きのすっぴんで出会ったし、慶太は気の置けない間柄なので必要性を感じなかった。今はすっぴんで過ごせる喜びを毎日噛み締めている。


 私たちは慣れないまきでの調理に苦労しながら厨房で働いた。薪を使っての調理は、キャンプ以外経験がない。慶太と私は思い出話に花を咲かせたり、ジョークを言い合ったりして難しい火加減と闘っていた。


 食材や調味料は日本と大きく違うが、調理法は煮る、焼く、蒸す、炒める、揚げるが基本だ。これはどんな世界でも変わらないだろう。形は違うが、オーブンのような器具もある。もちろん火力は薪だけど。


 ☆○


 この教会は、ほぼ左右対称に造られている。

 礼拝堂を囲むようにして回廊があり、左右の回廊沿いに談話室や個人の居室、執務室、図書室、応接室が配置されている。礼拝堂の天井が高いので、普通の二階建て家屋くらいの高さに見えるが二階部分はない。


 二階部分がないので、幸いにも回廊の周りにある各部屋は窓の他に天井にも明かり取り窓がある。この世界に来て一番の違和感が屋内の暗さだ。昼間でも薄暗い。屋外に出ると太陽さんありがとうと思う。


 陽が沈んだら灯りは蝋燭だけなので、夜の暗さは怖いくらいだ。スイッチを押すだけで、パッと明るくなる電気の有り難みを改めて感じる。


 ただ、夜の星空は圧巻だ。地球では味わえなかった感覚だ。

「手が届きそうだなぁ」

 教会の前の石段に腰掛けて、慶太と二人で星を見た。

「月はどこ?」

「月は地球の衛星だから、ここにはねぇんじゃね?」

「そっか、ここ地球じゃないんだったね」

「そもそも銀河系でもないかもな」


 部屋の天井の明かり取り窓からも星は見える。ベッドに横たわって星を見るのも楽しみの一つだ。


 浴場、洗面所、トイレ、それに厨房と食堂は教会の後方にある。厨房からは裏庭に出ることができる。勝手口のようなものか。庭には花や果実のなる木が植えられ、野菜が育てられている畑もある。そこで収穫したものが、食卓に並ぶのだ。


 談話室は大小二部屋あり、昼間はボランティアさんたちの休憩所になるし、教会に訪れた人たちの憩いの場にもなっている。夜は私たち職員が利用している。


 前司教のウェイドンさんは八十五歳でここでの最高齢だけど、今の司教はルイードだ。ウェイドンさんは隠居といった形か。私たちは長老と呼んでいる。


 ウェイドンさんとルイード、料理番のジュール、ルイードに次ぐナンバーツーの地位にあるノーディンの四人は独身でこの教会に住んでいる。ノーディンがルイードよりも年上なのに地位が下なのは神に仕えてきた年月がルイードよりも短いかららしい。

 先日、彼が私たちの受け入れに反対だったことがわかった後、少しわだかまりが残っている。


 ルイードの居室は最高責任者としての執務室も兼ねていて、古いけど大切に使われてきたと思われる大きな執務用デスクと書類棚、ソファセットがある。部屋の中に寝室に繋がるドアがある。寝室は私たちの居室と大して変わらない広さしかない。


 トイレや浴室は、他のみんなと共同だ。贅沢な暮らしは神の教えに背くものなのかも知れない。

 教会のナンバーツーと孤児院の院長を兼務しているノーディンもルイードと同じような執務室と寝室を与えられている。


 隠居した長老は、私たちの居室の倍くらいの広さの部屋に住んでいる。ジュールの部屋は私たちと同じ広さだ。二人とも慎ましい生活に特に不満はないようだ。


 他の二人は家族があり教会の外から通ってきている。

 ナディシアの家は教会のそばにある。夫は健在だ。息子さんが二人いて、二人とも王宮勤めらしい。公務員というわけだ。彼らは王宮の敷地内にある官舎で暮らしている。


 エンゾは長老に次ぐ年齢だが位はノーディンよりもさらに下になる。やはり神に仕えた年月の関係らしい。奥さんが亡くなった事がきっかけで、神に仕えるようになったと聞いた。

 娘さんと息子さんがいて、娘さんは隣の街に嫁ぎ、子どもが三人いる。エンゾにとっては孫になる。息子さんは、他の教会で修行中だ。だから、エンゾは教会から少し離れた家で目下一人暮らしだ。


 こんな情報を私たちは談話室での会話で手に入れた。



 –慶太−


 着る物は手に入ったが、面倒なのは髭剃ひげそりだ。日本では電気シェーバーを使っていた。カミソリもT字型しか使ったことがない。ここにそんなものはない。


 床屋の持つようなカミソリは慣れずに口の周りが傷だらけになって、未知流に死ぬほど笑われた。

「怪我人見て笑うか、普通?」

「ごめんごめん、なんかツボった」


 高校生でも髭は伸びる。俺は仕方なくカミソリを使うのは週に一度くらいにして、その他の日は無精髭ぶしょうひげを伸ばすことにした。


 未知流はこっちにきてずっとすっぴんだ。まぁ、それほど見られない顔でもないからいいけど、なんか俺って男として見られていないのか?


 教会の朝は早い。

 電気のない世界の掃除や炊事は、重労働だ。生まれた時から便利なモノに囲まれて育った年代だ。改めて家電の有難みを感じていた。元の世界に帰ったら、ルンバとレンジと洗濯機と冷蔵庫を綺麗に磨いてあげようと思った。帰れればの話だが。


 しかし、日本で会社勤めしていた時に比べると、ストレスが断然違う。すし詰めの満員電車。上司からのプレッシャー。取引先との接待ゴルフや飲み会。そんなことから解放されて俺はどんどん健康的になってきている。十八年若返ったせいもあるが。


 今頃、元の世界で俺のことはどんな扱いになっているんだろう。失踪?神隠し?ニュースになるほどはないだろうけど、どうでもいいや。知ったことか。

 ただ、両親や妹、友人達のことは流石さすがに気になった。心配してるだろうな。捜索願いとか出されてるのかな。

 


 夕食と入浴を済ませてから、俺たちはよく談話室で話した。

 談話室にはテーブルと椅子が置かれている。食堂や礼拝堂の硬い木製の椅子ではなくて、座面も背もたれも柔らかくて座り心地がいい革張りだ。これにカラオケセットがあればカラオケ店の部屋のような感じだ。


 ナディシアが用意してくれたお菓子を持ち込んで食べることもあった。長老のウェイドンさんが、時々ニキ酒という葡萄酒ぶどうしゅに似た酒を振る舞ってくれた。ニキは葡萄に似た果物らしく、味も葡萄酒にそっくりだった。


「これはわしのとっておきで、八十年ものじゃ。わしよりも若いがの」

 ウェイドンさんは、普段はとても厳格でとっつき難い老人だが、酒が入ると陽気なお爺さんに変貌する。同じ話を何度も繰り返すのは、日本のご老人達と変わらない。


 アーマ神のおきてでは妻帯や肉食、飲酒は禁止されていないようだ。しかし、ウェイドンさんは独身だ。生涯を神に捧げたのだと、酒が入ると口にする。


 十七歳の俺は日本なら飲酒はできない年齢だが、この国の法律では十五歳から許されるらしいので、それに甘んじることにして、老人の振る舞い酒に酔いしれた。


 こんなふうに俺たちは、激変した日常をそれなりに受け入れて暮らしていた。


 

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