第25話 王妃と兄
–未知流−
ジョルテロア国王の私室も半端なく広かった。私の1LDKマンションの五倍くらいはありそうだ。窓が広くて陽当たりも良く、さっきの食堂や謁見室よりもずっと明るかった。国王の私室だから、一番良い部屋なのかも知れない。
十人くらい座れそうなふかふかのソファセットが一セット、もう少し小さめのソファセットが一セット。シャンデリア、猫足のテーブル、書棚、飾り棚、書き物机、カーテン、絨毯、広いバルコニー、とにかく全てが上品で素敵だった。昔から読んでいた物語に出て来た数々がそこにあった。
ベッドは無かったが、扉が三つあるのでそこが寝室と浴室とクローゼットかな。
寝室を見てみたい。天蓋ベッドかなぁ。
浴室のバスタブは猫足かなぁ。
クローゼットには煌びやかな衣装が詰まってるのかなぁ
「どうぞ、こちらへ」
大きい方のソファセットに案内され、お茶を出された。
センスのいいティーカップに入っていたのは香りの良い紅茶のような飲み物だった。
☆○
「はぁ、肩凝った」
お付きの者を下がらせて、三人きり(壁際に一人の騎士がいるが)になると、国王陛下は背伸びをした。
「国王なんてなるもんじゃない」
「陛下はいつから国王に? 三十五歳で国王って普通ですか」
慶太が尋ねた。
「まだ一年も経たないんだ。前国王と兄が事故で亡くなって、いきなり俺が国王陛下だ」
ジョルテロア現国王陛下は、ロンデン王国前国王の第二王子として生まれた。兄は次期国王としての教育すなわち帝王学を学んで来たが、第二王子はその予定もつもりも全くなかった。馬車の事故で前国王と兄がいっぺんに亡くなり、仕方なく即位した。
「お陰で俺は、父からこの国の事とか政治のことを何も教わらずに国王になった」
この人は正直な性格なのだろう。
「今はただ周りの者たちの言いなりだ」
先程の謁見室での側近とのやりとりを思い出して、ついニヤついてしまった。
周りの人達は、まだ半人前以前の国王を育てているところなのだろう。
日本史では何ていったか。摂政?関白?
どっちも天皇の補佐役が実権を握っていた筈だ。ここではどうなんだろう。
「前国王が即位したのが十年前と聞きましたが」
「そうなんだ、祖父が長く支配していたからね。父も、たった九年間しか在位してない」
「そうだったんですね」
その時ドアをノックする音がした。
「あ、来たかな。入れよ」
「失礼します、陛下。あ、お客様でしたか?」
「何だ、ミーナか。丁度いい、紹介しよう」
美しい女性が入って来た。
「妻のミーナだ。こちら、異世界から来たケイタとミチル」
(妻⁉︎ 王妃か⁉︎)
私たちは、さっと立ち上がった。
「初めまして。ミーナです」
ミーナは綺麗な青い瞳を何度か瞬きして、戸惑ったような顔で挨拶した。
「あの、わたくし、こんな格好で‥‥‥すみません」
ミーナは艶やかなブロンドの髪を軽くうなじで一つに結び、薄いピンク色の装飾の少ないドレスを纏っていた。別に悪いとは思わないが、客に会う格好ではないのだろう。
「大丈夫、君はいつも綺麗だ」
日本人には言えない台詞だ。
「お初にお目にかかります。ケイタです」
「初めまして、ミチルです。え?王妃様ですか」
「そうなるな。でも同級生だ、タメだよ」
同級生が四人集まった。
「あの、異世界と仰いました?」
ミーナ王妃は、ジョルテロアの隣に座って私の方を向いて訊いた。
「はい、地球という星の日本という国から来ました」
私は、さっきの説明をまたしないといけないのかと少しうんざりした。
「待て待て、その話は後だ。もう一人来る。また同じ話をしないといけなくなるぞ」
(結局するんだ)
再びノックの音がした。
「入れ」
「やぁ、お招きありがとう。おや、王妃も一緒でしたか」
今度は凄いイケメンが入って来た。ふわふわの金髪、瞳の色はブルーグレー。真っ白なシャツに紺色の短い上着とズボン、長いブーツを履いている。
背は慶太よりも高そうだ。
思わず見惚れてしまった。慶太もじっと見つめている。
「こんにちは、オーティス」
ミーナが先に挨拶した。
「ご機嫌麗しゅう御座います。王妃様」
「何だよ、堅苦しいな、早く座れよ」
私は、オーティスという名前に聞き覚えがあったが、どこで聞いたか思い出せなかった。
–慶太−
「オーティス 、この二人が昨日話した異世界人だ」
「初めまして、ケイタです」
「ミチルです」
「幼馴染みのオーティスだ。タメだぜ。これで三十五歳が五人だ」
「そうなのか。凄いな」
何がすごいのか分からなかった。
どうやら国王は、俺たちが登城するのに合わせて友達を呼んでいたようだ。
「あ、それからケイタはホントは三十五歳なんだけど、今は十七歳に若返ってるらしいぜ」
疑われる前に、国王が説明してくれた。「そっか」と、やはりすんなり受け入れた。何故?
「私たちは三歳くらいから、家が隣り同士だったんで仲良くしてるんですが、お二人は?」
「俺たちは、何歳だったっけ?」
「確か八歳だよ、ジョリー」
オーティスは、ジョルテロアをジョリーと呼んだ。
伯爵家の長男のオーティスが八歳の時、同じく八歳のジョルテロアと出会った。
ある日、ジョルテロア第二王子を乗せた王宮の馬車の車輪が、森の中で溝に嵌って立ち往生していた。その森はオーティスの家の近くにあり、オーティスの遊び場だった。
いつものように、森の中で木登りに興じていたオーティスは事故を目撃し、走って家に帰り、家人や使用人を数人連れてきて、馬車を救った。
乗っていたジョルテロア第二王子は、同じ歳のオーティスとすぐに仲良くなった。王宮に招いたり、お忍びでオーティスの家に行ったり森で木に登ったりして遊んだ。
「それからずっと親友なんだよ」
「まさか、こいつが国王になるとは思ってなかったけどな」
二人は本当に仲が良さそうだった。国王に敬語を使わないですむ仲って相当だよな。
「そろそろ異世界の話を聞かせてくれよ」
「そうだったな。さっきの話をまたお願い出来るか?」
「はい、喜んで」
暫くの間、俺たちの世界の話をして、いろいろ質問に答えた。
三人は、俺たちの服にも興味を持って、触ったり引っ張ったりした。特に俺のスニーカーと未知流のジャージのファスナーに驚いたようだ。
俺が持って来たカバンの中には携帯電話が入っていたので、それにも興味津々だった。
「でんわ?」
「遠くの人と話せる?これで?」
そもそも固定電話もない時代だ。電話の仕組み自体から説明したら長くなるのでそこら辺は端折った。
未知流が厚かましくも寝室や浴室が見たいと言い出したが、国王は快く案内してくれた。
「わぁ、やっぱり天蓋付き〜」
「猫足〜」
未知流は小学生みたいにはしゃいでいた。
確かに寝室は、ただ寝るだけにこんな広さいるか?ってくらい広くてオシャレだったし、ベッドも大きかった。もちろん起きてそのままじゃなくてきちんとベッドメイクされていた。その係がいるのだろう。
浴室には、洋画で見るような猫足のバスタブがだだっ広い部屋に置かれてあり、床のタイルや洗面台の鏡の豪華な装飾には目を見張るものがあった。
「お二人にはお子様はいらっしゃるのですか」
未知流が訊いた。
「息子が二人と娘が一人いるよ。今、あの子たちは何をしてるんだ、ミーナ?」
「息子たちは剣術の稽古、娘は家庭教師が来ておりますわ」
(剣術!カッコいいな)
「そうか。いつか紹介するよ。オーティスのところは一男一女だったよなぁ」
「そう、ヤンチャ盛りで困るよ」
「お前に似たんだろ」
「三十五歳でミチルもケイタも独身なのか」
「俺たちの国では、珍しくはないです」
俺たちは日本の晩婚化と少子化の件を話した。
三杯目のお茶を飲み干して、そろそろお暇しないといけないかな、と考えていた時、オーティスが浮かない顔で言い出した。
「ジョリー、こんな時に、お前に愚痴を言っても仕方ないんだが、母上の容体が良くないというのに、マリエンヌに連絡がつかないんだ」
「マリエンヌ!」
「クリスタン卿の?」
「えっ、妹を知ってるのか」




