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自死が絶望の先にあるものだと言ったのは誰だろう。死はいつでも自分事なのに、人の言葉を繋ぎ合わせるだけのそういう慰めには嫌気も甚だしい。僕にとって、死とは全てを完了するための、自分の世界を確定させるための最後の経由地であった。言うまでもなく、絶望のために仕方なくそれを迫られるというのは、何よりもいたたまれないものである。しかし、僕の絶望というのは現実のぼやけた世界そのもので、その中に落ちている輝きを見つけるのに踏ん切りがついたら、もう僕の絶望なんてのは何処にも見えなくなる。

それと同時に、僕は全く新たな美しさに手をかける。それは夭折の美しさ。元々僕は美しくあるために生まれた。そのため自死というのは僕の場合は美しさであり、英断的な救いであった。僕は内面に隠してきた、現実よりも広大な世界の中に棲むだろう。そこには僕の愛するものだけがある。

愛は優しさでは無い。

愛は欲では無い。

愛に飽きは来ない。

ただ美しい安らぎの地で、残された人達の届かない悔やみを遠目に見るだけである。現実を見ろという人は、この世というものを捉えきれていない。目に見える世界は意図も容易く変化し、いま僕らのいる環境は少なからず作られたものである。それらを全て排除した時に残るものこそが真実である。真実には理由がなかったりする。だがそれでいいのだ。

僕は難しいことを言いたい訳では無くて、これはただ色々な難しいことを理解した上で原点に還ろうと言う話である。入り組んだ構造を理解した者の営むシンプルな構造は、何においても一番本質に近い。しかし、何も知らない人の目にはそれはただの幼稚なものとして映る。努力はそんな色眼鏡をぶち破る。僕は弛みなく自己を理解し続けた。至った結論は、自死即美であった。

だが僕は若いということに強くこだわる。若いからこそ自死は美しくある。シワだらけのくたびれた体の自死というのは、ただひたすらに醜いだけであるから、僕は早めに決断を迫られていた。これは何度も僕がほのめかしてきたことだった。


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