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魔法使いの挨拶


「…というわけで、これからこの人がマチの先生になる。

 失礼のないようにな。」


昼食を食べて、校長室に帰ってきた後、先生は自席に座るやいなや、俺達よりも先に帰ってきていたマチに唐突に宣言した。


「待って待って。だから、先生はいきなりすぎなんだって。」


先生の言葉にポカンとしているマチを見て、代わりに俺が分かりやすく説明してあげることにした。


「え~と、そう言えば、自己紹介してなかったね。

 俺の名前はケントと言います。

 君の名前を教えてくれるかな?」


マチは恥ずかしそうにモジモジしていた。


「…真田マチです……」


「ありがとう。これからよろしくね。マチ。」


そう言って、俺はマチの頭を撫でようとした。


すると、マチはビクッとして、マリアの後ろに逃げ込んだ。


(あ、あれ~~~距離感ミスったか?

 てか、子供の世話なんてしたことないしな~)


マチに逃げられて、俺はかなり傷ついた。


「あなたの煙草臭い手で触られたくなかったんですよ。

 手を洗ってきてください。」


「ま、マジっすか!?手洗ってきます!」


マリアにひどいことを言われたが、実際そうなのかもしれないので、俺は急いで手を洗いに行こうとした。


が、部屋を出ようとした俺の手をマチが掴んだ。


「ちゃ、ちゃうよ!!

 ……ちょっと、驚いただけ……男の人とほとんど話したことなかったから……」


マチの言葉にホッとした俺は改めて、マチの方を向いた。


「そかそか。なるほどな。

 これから長い付き合いになるし、少しづつ慣れていってくれたらいいよ。」


「…うん……」


「じゃあ、話を戻して、俺がマチの魔法使いの先生になります。

 よろしくお願いします。」


俺はマチが掴んでくれた手を握手に変えて、お辞儀した。


「よ、よろしくお願いします。」


マチも俺にお辞儀をしてくれた。


「で、これからの事なんだけど……

 マチはどれくらい話を聞いてるかな?」


「……魔法の国に行って、魔法使いの修業をするって聞いてる……」


「そうそう。しばらくお母さんに会えなくなるけど、大丈夫そう?」


「……大丈夫。うち、もう10歳やし。」


「おけおけ。まぁ、今すぐあっちに行くわけじゃないから、安心してよ。」


マチが素直に答えてくれるいい子で、より安心した俺はふと気づいた。


「……マチ、ごめん。ちょい待ってて。」


俺は先生に近づいて行って、小声で聞いた。


「…先生。俺がマチの先生になるのは良いんですけど、もしかして、マチが18になる迄ですか?」


「できればそうして欲しいが、流石に8年もお前に迷惑を掛けるわけには行かないからな。

 1年間の修業の後、魔法学校に入学させる迄と考えている。」


「…了解しました。1年ですね。」


軽率にも期間について考えが及んでおらず、少し後悔したが、今更、断ることはできなかった。


(…そう言う大事なことは早くに教えてくれよ……

 というか、俺が聞かなかったら、8年間拘束するつもりだったのか…)


俺は先生の言葉足らずなところにやきもきしたが、自分の考えが足りていなかったところもあるので、何も言えなかった。


「……1年間となると、今の仕事先に事情を話して、辞めますんで、その時間はちゃんとくださいよ。」


「もちろんだ。

 但し、今日からマチは預かってもらう。」


「なんでですか?

 仕事辞めるまではマチのお世話は難しいですよ。」


「いや。こちらでマチを匿うよりはお前に預けていた方が安心なんだ。

 何せここは国家機関の中心だからな。

 申し訳ないが、頼むよ。」


先生の言葉の意味は分かるが、あまりにも俺に任せすぎではないかと思った。


(…俺の事、信用しすぎだろ………)


俺はマチの手前、態度には出さなかったが、不安でいっぱいだった。


ただ、やるしかないこの現状を全てを受け入れ、再び、マチの方に近づいて行った。


「よし!!

 じゃあ、今日からマチは俺と一緒に生活をしてもらいます!

 ということで、早速、俺んちに帰りましょう!」


「…うん。わかった。」


返事少なめだが、マチはえらく物分かりが良かった。


(本当に10歳にしては大人しい子だな。)


「てか、このまま普通に帰っても大丈夫なんですか?

 マチがここの人達に見られたらダメでしょ?」


「ダメに決まってるでしょう。

 もちろん私があなたの家まで送りますよ。」


「あぁ、マリアさんの結界で隠すのか。

 そりゃそうですよね。」


「間違っても結界を無効化しないようにしてくださいね。

 どうやらあなたは無意識で無効化してしまうみたいですし。」


「き、昨日はどうもご面倒をお掛けしました…

 仕事のくせが抜けてないみたいで…」


「言い訳は聞いてないですから。

 あなたにまた迷惑かけられるのは勘弁して頂きたいんで、頼みますよ。」


「…はい。以後、気を付けます…」


今回はこっちが迷惑かけられてるはずなのだが、マリアのSっぷりには反発出来なかった。


「……二人ともすまないが、少しだけマチと話をさせてくれないか。」


ふと先生が思い立ったように席を立った。


「承知しました。では……」


マリアは丁寧にお辞儀をして、部屋を出た。


俺も察して、マチに背中を軽くポンと叩いた。


「じゃあ、外で待ってるから。」


マチに笑いかけて、俺も部屋を出たのだった。




(…超絶気まずいんだが……)


校長室の前で、マリアと二人、黙って待つのは中々の苦痛だった。


(…しかし、10歳で初めて父親に会ったり、急に魔法世界に行くことになったりで滅茶苦茶、波乱万丈だってのに文句ひとつ言わずに、マチは本当に物分かりの良い子だな…)


(…いや、違うか…

 訳が分からな過ぎて、どうしたらいいのか分かんなくて、とりあえず、周りの大人に従うしかないんだろうな…)


(…先生も実の娘と折角会えたのに、1週間しか一緒にいることが出来ないってのはきついよな…

 …できたら、この少しの時間で色々分かり合えたらいいけど…

 …でも、先生じゃ無理だよなぁ……)


正直なところ、マチの先生になることに納得はできていなかった。


俺には魔法世界と現実世界のいざこざの中心になるであろうマチのお世話という重責に耐えられそうにないからである。


ただ、先生が頼ることが出来るのは俺以外いないことも分かっているし、現時点で俺しかできないことだということも分かっている。


…要は、俺達3人とも選択肢が一つしかないのだ。


(…中々に詰んでるよな…この状況……)


俺は思いを馳せながら、自嘲気味にフッと笑った。




「…あなたには一応、お礼を言っておきます。」


「えっ?」


「今から、お礼を言ってあげるんですよ。

 この私が、あなたに。

 言葉も分からないんですか、あなたは。」


「いやいや、そう言うことじゃなくて…」


急にマリアがお礼だとか言い出して、俺は唖然とした。


何故か睨み付けるような表情ではあるが、あのマリアが…感謝という言葉が全く似合わない、あのマリアが、お礼をするというのである。


俺は天地がひっくり返ったような気がするほど驚いてしまった。


俺の様子を見て、呆れたようにマリアはため息をついて、話し始めた。


「あなたのおかげであの子が笑ってくれましたからね。

 マチさんはここに来てから一度も笑ってくれなかったんです。」


「そうなんですか?」


「当然でしょう。

 突然、父親が現れて、しかも、その父親とも母親とも長い間別れることになったんですから。」


「…まぁ、そりゃそうですよね。」


「だから、校長はあなたにまず、マチさんを笑わせることをお願いしたんですよ。」


「いや、それにしても無茶ぶりが過ぎるでしょ。

 俺だって、お笑い芸人じゃないんだから。」


「何を言っているんですか。あなたはピエロでしょう。

 人を笑わせるのが得意じゃないですか。」


「もうすごいですね。

 お礼すると言っておきながら、これだけ悪意の言葉をかけられる人間を僕は知りませんよ。」


「冗談はさておき、校長はお別れの前にあの子の笑顔をどうしても見たかったんですよ。

 だから、お礼を言わせてもらいます。」


マリアは俺の方を向いて、頭を下げて言った。



「…ありがとうございました。

 …マチさんをどうかよろしくお願いします。」



マリアはお礼を言ってすぐに頭を上げて、それからは黙りこんだ。


俺はマリアのこれまで聞いたことのない感謝の言葉よりも、その後のお願いの方が心に刺さった。

 

(…いよいよ、やるしかなくなったな…)


俺は校長室の前でこれからの事を考えながら、マチを待ったのだった。




「…待たせたな。」


しばらくして、先生がマチと二人で部屋を出てきた。


先生はいつもと変わらない表情だったが、ほんの少しだけ名残惜しそうだった。


マチは先生の手を握って、何を考えているのか分からない様子で俺の方をジッと見ていた。


そして、先生は俺の肩をポンと叩いた。


「…マチを頼んだ…」


先生はそれだけ言って、マチの手を離して、校長室へ戻って行った。


(本当に言葉足らずな人だよ…先生は…)


俺は少しおかしくなって、笑ってしまった。


「じゃあ、帰りますか。」


そうして、俺達はAoWを後にしたのだった。


つづく。


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