魔法使いの色恋沙汰
「あの子をお前の弟子にしてほしい。」
「……っ!……かはっ...…」
注文を終えて、水を口にしたタイミングで先生からいきなり突拍子の無い言葉が飛び出した。
俺は驚いて水を吹き出しそうになったが、高級レストランだったこともあり、ギリギリ耐えた。
よだれが垂れそうだったので、ハンカチで口を吹き、落ち着くために軽く深呼吸し、座席の背もたれにどしっともたれかかった。
先生の様子を見ると、ムカつくことに何もなかったかのように同じく、水を口にしていた。
(……まぁ、ここから一つ一つ聞いてくのは慣れてるしな…)
俺は話が長引き、これから出てくるだろう食事をゆっくりと味わえないということが確定したと感じ、ため息が出た。
「……聞きたいことがいくつかあるので、答えてくれますか?」
「もちろん。答えられることは答えよう。」
「まず、あの子は何なんですか?」
「名前は真実の「真」に知識の「知」で、「真知」。
年齢は今年で10歳だ。」
「10歳にしては小さな子ですね。苗字は?」
「真田だ。」
「ということはこっちの世界の子供ということですよね?
魔法使いにはなれないでしょ?」
「いや、マチには魔法使いの血が半分、流れている。」
「うそでしょ!?ひょっとして、こっちとのハーフってことですか!?」
先生から信じられない言葉が出てきて、俺は思わず、声を大きくした。
というのも、現在、魔法使いが現実世界の住人と結ばれるのは禁止されているからだ。
秘密裏ではあるが、公式に魔法使いが現実世界で生活できるようになったのは魔法世界と現実世界の間で「異世界交友条約」が交わされた10年前からである。
「異世界交友条約」には「異世界人(魔法使い)と現実世界の住人との間の性的干渉を禁じる」という項目があるのだ。
これは魔法使いの存在が現実世界にとってはまだ非常にデリケートなものであるために交わされたものだ。
そもそも魔法というのは「血」によって発動するものであり、魔法使いの血をひいていないと使えない。
現実世界と魔法使いの子供は魔法使いの血が混じることになるため、魔法が使えてしまうのだ。
この事実を悪用する人間が現れたり、魔法使いの存在が明らかになってしまう可能性が高くなってしまうことから、こういった条約があるのだ。
これに反した者は現実世界に与えた影響度にもよるが、人間側は魔法によって記憶を消されるだけだが、魔法使いは現実世界へ入ることを永久に禁じられ、且つ、魔法世界の牢獄へ長期間、投獄されることになる。
魔法使いの刑が人間よりも重たいのは、元々は魔法使いの血が原因であるかららしい。
「…前菜でございます。」
俺が驚いていると、前菜が運ばれてきた。
先生は俺が驚いて唖然としているのを見てもピクリともせずに前菜が置かれるのを待っていた。
それを見て、またまたイラついたが、俺も高級レストランで騒ぎたくなかったので、店員がいなくなるまで先生を軽く睨み付けながら、待った。
「…ちなみに、男側ですか?女側ですか?」
「魔法使い側は男だ。」
「まぁ、そうでしょうね。
魔法使いの女がこっちの男を捕まえられるとは思いませんし。」
「お前はひどいことを言うな。」
「だって、マリアさんみたいな人ですよ?
難しいでしょ~」
「マリア君は優秀だろう。
一部の男性には好まれそうな性格をしているじゃないか。
それに魔法使いの女性が皆、マリア君のような性格をしているわけではないだろう。」
「先生のマリアさんの印象も大概ですね。」
俺は先生のマリアの話が少し面白かった。
先生の回答を聞いて、おおよそを察した俺は前菜を前菜を口にした。
「…そう言えば、ハーフの子って、どういう扱いになるんでしたっけ?」
「……これからの一生を魔法世界で生きることになっている。」
先生が珍しく少しだけ言いよどんだように感じた。
「まぁ、そうなるでしょうね。
それで、おれにあの子の先生になれということですか…」
「そう言うことだ。お前、師弟免許持ってるだろ?」
「いや…持ってますけど…」
師弟免許とは魔法使いが弟子を持つための免許の事で、現実世界で言うところの教員免許のようなものだ。
とりあえず、納得した俺は返事は置いておいて、一旦、前菜を食べるのに集中することにした。
「……というか、言い方悪いかもしれませんが、そう言うイレギュラーな子を俺みたいな普通の魔法使いが世話してもいいものなんですか?
それこそ公式機関の人が監視する必要があると思うんですけど。」
前菜を食べ終えて、ハンカチで口を吹いた後、俺は先生に聞いた。
「それは問題ない。むしろ、お前にしかできないことだ。」
「…?どういうことですか?」
「あの子がハーフであることを公にはしないようにする必要があるからだ。」
俺はすごく嫌な予感がした。
「…あの子の父親は誰ですか?」
「私だ。」
「……このエロじじいが……」
悪びれもせず、答える先生に思わず、頭を抱えながら、小さく悪態をついてしまった。
「仮にも先生に「じじい」とはひどいな。」
「……独り言なんで、気にしないでください…
てか、「エロ」はいいんですか…」
「人並みに性欲はある方だからな。否定はせんよ。」
「もう……ホント……なんなんすか……」
尊敬する先生の性欲の話なんて、全く聞きたくなく、大変なことをしでかしているにも関わらず、本当に何も気にしていない様に落ち着いている様子に呆れることしかできなかった。
(……でも、この人は遊びで女性とお付き合いするタイプじゃないはずだろ……)
(どっちかと言うと真面目で硬い人だし…)
(ていうか、そもそも、それ以前に魔法使いのルールには厳しくて、ルールを無視する俺をしょっちゅう叩きのめしてきた人じゃないか……)
(何より条約を交わすためにずっと頑張ってきたのは先生自身だ…)
(そんな人が自ら作ったルールを何も考えずに破ったとは思えない……)
色々と考えている内に冷静になってきた俺はフゥと大きく深呼吸をした。
(……それにしても、本当に言葉が足りない人だな……)
「…こちら、スープになります。」
続いて、スープが運ばれてきた。
「……話は分かりました。
要は条約を結んでから、特に大きな問題もなく、魔法使いがこっちに来れる数も増えてきたところに魔法使いの責任者が条約を違える真似をしてしまったことがばれたら、条約破棄ってことで今後は魔法使いがこっちに来ることもできなくなるし、今いる魔法使いもあっちに強制送還ってことですね。」
俺は高級レストランだとか気にせず、スープを一気に飲み干して、先生に迫った。
「それだけで済めばいいが、最悪の場合、魔法世界と現実世界の戦争にもなりかねん。
それだけは避けたい。」
「……そんなのやるしかないじゃないですか……」
「…そうか。悪いが、頼んだ。」
先生は落ち着いたペースでスープを一口、口にした。
先生は決して嘘はつかない人で、本当に俺に対して申し訳ないと思っていて、悪気が無いのは分かっているのだが、言葉とは裏腹な態度に正直、辟易していた。
頭を抱えながら、しばらく、黙っていたが、俺にはどうしても聞きたいことがあった。
「……ひょっとして、先生はあの子の母親と会うために条約を結んだんですか?」
今まで俺の質問に対して、直ぐに返答していた先生が初めて、止った。
「………その通りだ。長くなるから、全ては説明できないがな。」
「そうですか。どうせ、15年前くらいに奥さんに出会って、そっから恋に落ちてとかでしょ?」
先生は驚いて、目を見開いた。
久しぶりに先生の感情が露わになったのを見て、俺は少し嬉しかった。
「驚いたな。どうして分かるんだ?」
「だって、俺が先生から卒業したのが15年前で、そっから先生が頻繁にこっちの世界に行ってるって聞いてましたし。
変だと思ってたんですよ。
先生、こっちの世界の事はそんなに興味なさそうだったのに急にどうしたんだろうって。
まさか、女性関係とは思ってませんでしたが。」
「なるほど。流石だな。
お前は俺の事が何でも分かっているな。」
「全く分かっちゃないですよ。
てか、子供の頃から20年近く付き合ってますけど、多分一生分かんないっすよ。」
「そうか。」
先生は何故か嬉しそうに微笑んだ。
そんな先生を見て、俺も何故だか嬉しかった。
「…本日のメインになります。」
「……相変わらず、上手いですね。ピエールさんの料理は。」
俺は全ての料理を食べ終えて、食後のコーヒーを飲んで、一息ついていた。
「そうだな。ピエールの料理は魔法世界でもトップだったからな。」
この高級レストランは魔法使いが経営しており、シェフの一人であるピエールは俺の魔法学校の先輩にあたる人だ。
魔法使いが座る席には魔法使いの結界魔法が使われており、外部に音が漏れないようにしてくれているのだ。
だから、ここでは魔法使いの話はオープンにできるのである。
「そう言えば、あの子はどうやって10歳まで魔法使いだってばれずに過ごしてきたんですか?
大人しそうな子だったから、それでかなとは思ってるんですが。」
俺はこれから弟子になるであろうマチの人柄を知っておこうと、先生に聞いてみた。
「…正直なところ、私も分かっていない。」
「えっ?」
「あの子の存在を知ったのはつい1週間前なんだ。」
「えぇぇ~~...…まさか認知しないつもりだったんですか……」
先生の無責任な発言に俺はかなり引いた。
「お前の態度も分かるが、聞いてくれ。」
流石の先生も焦ったのか、本当に珍しく説明してくれるようだ。
「時間がある時はなるべく、あの子の母親と電話をするようにしていてな。
いつも他愛ない話をしていたんだが、1週間前に電話した時にだ……………」
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「まだまだ寒いが、体調は大丈夫か?」
「大丈夫やって。ホンマに心配しいやねぇ。」
「愛する人の健康を憂うのは当然だろう。」
「あはは。相変わらずおもろいこと言うわ。この人は。」
「フフ。そうか。お気に召したなら何よりだ。
しかし、明日から3月に入るな。
もうじき暖かくなり、桜が咲き始めるだろう。」
「そうやねぇ~一緒に見れたらええね。」
「ああ。頑張って時間を作るよ。」
「ホンマに?期待してるわ~~
……って、明日から3月って言った!?」
「あ、あぁ。明日は3月1日になるな。」
「あかん!!明日、娘の誕生日やん!プレゼント買わな!!!」
「……娘?」
「……あっ……えぇ~~っと………あなたの子供です……」
「………………………ほ、ホンマに?」
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「………という、会話があってだな。」
「恐ろしくしょうもないばれ方ですね。
あなたの奥さんもかなりの変わり者でしょ。」
「……まぁ、否定はしないが、あの子も悪気があって隠していた訳ではない。
私は全てを話していたからな。
私の立場、魔法使いとの子供を産むという意味、自分の子供が魔法使いであること……
全て知った上で…全て知っているからこそ……私に迷惑がかかると思い、黙っていたんだ。
10歳まで隠し通せたのはあの子の努力のおかげだ。」
先生は表情は悲しみ……よりも自らの不甲斐なさを悔いているような顔で、本当に今まで見たことが無い顔だった。
「その後、直ぐにあの子の元に行き、マチの今後の事を話し合った。
そして、このままマチを現実世界で生活させるにはあまりにもリスクが高いと判断した私達はマチを条約通り18歳まで魔法世界で育てることにしたのだ。」
俺は聞きづらいことを聞いた。
「……奥さんは反対しなかったんですか?
だって、最低でも8年間会えなくなるんですよ?」
「あの子は笑っていたよ。
「10年間、世話させてもらったんだから、今度はあなたに8年間世話してもらうわ」とな。」
なんというかっこいい母親だろうか。
そして、なんという無責任な父親だろうか。
世話してもらうと言ってもらった矢先に、あろうことかこんな俺に娘を託すとは……
(……まぁ、先生の子だってばれるのが、一番やべぇしな。)
(先生も10歳にして、初めて娘に会うことが出来て、もっと話したいことがあるだろうに。)
(……そう考えると、一番辛いのは先生か……)
俺はマチの先生になる覚悟を決めたのだった。
「…ところで、昨日の夜中に駅の前にあの子……マチが一人で居たんですけど、不用心じゃないですか?
実際、酔ってた俺に絡まれたんだから。
結構、危なかったと思いますよ?」
高級レストランを出て、先生の車でAoWに戻っている時に俺は運転している先生に聞いた。
「あぁ。話には聞いていたが、やはりお前だったか。
マリア君に預けていたんだが、トイレに行っている最中にマリア君の結界が破られていて、焦ったそうだ。
お前が無効化したんだな。」
「あぁ~「おねぇちゃんに見えなくしてもらってる」ってマリアさんが結界はってたのか。
それは悪いことしましたね。
……というか、俺のせいで大変なことになっていたかもしれないんですね。
あぶねぇ……」
「私も話を聞いた時は背筋が凍ったよ。
しかし、大事にならないでよかった。
……恐らく、これからもこういった不測の事態が起こると思うが……」
「マチを隠すという意味では俺の魔法無効化技術が役に立ちそうではありますね。
なるほど。それで俺を選んだわけか。
流石、先生。俺の事が良く分かってるじゃないですか。」
俺は先生にちょっとした、遊び心で先生の言葉を借りて言った。
すると、先生は真剣な声色で言った。
「それは違う。
お前という人間がマチを正しく導いてくれると信じているからだ。」
俺は先生の言葉を聞いて、目を伏せて答えた。
「…そんな大層な奴じゃないですよ…俺は…」
つづく。