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魔法使いの出社


「…うしっ!」


俺は洗面台の前にスーツ姿で立っている自分を眺めながら、ネクタイをキュッと締めて小さく気合を入れた。


時計を見ると、午前9時頃。


先生からのメールには「昼食に高級レストランをごちそうします」と書かれていたので、そろそろかと玄関へ向かった。


革靴を履いて、玄関のドアを開けると、晴天の空がお出迎えしてくれた。


3月初旬の少し肌寒い風と強めの日差しが丁度良く、心地よかった。


(…はぁ...…行きたくねぇな…)


気を入れて外に出て、気持ちの良い空気を吸っても、俺の心は晴れなかった。


そうして、足取り重く、目的地へと足を進めたのだった。




(…やっと、着いた……歩くとやっぱ遠いな…)


俺は駅から20分程歩いた国道沿いの雑居ビルの前に到着した。


目的地のビルはどこにでもある何をしているのか分からないようなビルで「AoW」という社名が玄関入口の横の壁に描かれている。



ここはかつて俺が働いていた魔法使いのための組織「Association of the Wizard」、略して、「AoW」の本社である。


「AoW」は国家機関ではあるが、大っぴらにすることはできない秘密機関のため、こうした見た目、目立たない雑居ビルに居を構えている。




俺は汗をかいてしまったので、いつものようにビルの横にある喫煙所で一服することにした。


「…ふぅ...…半年ぶりくらいか……」


俺はぼそりと呟いて、煙草を吸いながら、汗が引くのをゆっくりと待った。




「お待ちしておりました。賢人様。」


「…ぶっ!ごほっ...!」


いきなり背後から声を掛けられて、俺は咳き込んだ。


慌てて俺は煙草を消して、灰皿に押し込んだ。


「……マリアさん……ご無沙汰してます。

 とりあえず、いつも背後から来るのやめてもらっていいですかね?」


「できるだけ煙草の煙を吸いたくないので、後ろから挨拶させて頂きました。

 それに社員以外の人が我が社の喫煙所にいることに嫌悪感もあったので、あえての対応になっています。」


「…相変わらずですね…まぁ、僕が悪いのかもしれないんですけど…」



このいきなり声を掛けてきて、非常に失礼な女性は先生の秘書をしているマリアである。


見た目は金髪眼鏡で可憐な美人であるが、表情がいつも厳しく、端的に言ってドSな人だ。


俺が先生に迷惑を掛けることでマリアの仕事の量も増えてしまったので、マリアは俺の事を疎ましく…というより、俺にムカついている節がある。



「では、早くこちらへ。」


ぶしつけな態度でマリアはさっさとビルの中に入って行った。


俺はビルを見上げて、はぁと小さくため息をつきながら、マリアについて行った。




ビルの中は外見とは裏腹にとても清潔感があり、最新鋭のセキュリティシステムが完備されている一流企業のオフィスさながらであった。


しかし、一般企業と異なり、いくつもある部屋の前には「魔法機器開発部」、「魔法企画部」、「魔法法規部」等、見慣れない事業部の名前が乱立していた。


そんな中をマリアに連れられ歩いていると、マリアはふと立ち止まった。


「そう言えば、あなた、いつも歩いてきますけど、どうして、転移魔法を使わないのですか?」


マリアは「転移室」と書かれたドアの前で俺に聞いてきた。


「いや、転移の魔方陣使うのって、なんか会社辞めた俺が使うのははばかれて…

 別にいいとは僕も思ってるんですけど、なんていうか、辞めた会社の自販機で飲み物買うみたいな罪悪感があるんすよね。」


「…まぁ、自動販売機の云々は会社のルール次第ではあるそうですが、転移魔方陣に関しては使用できる者が限られれていますし、特別ルールもないですし、別に使ってもらってもいいですよ。

 毎回、臭い汗をかいて、毎回、喫煙室で更に臭くして、入ってきてもらうよりかは100倍マシです。」


「…マジきついっすね…今度と来るときは考えときます…」


親切で言ってくれているのか、言葉通りの悪態を突きたいだけなのか、知り合ってから数年は経っているが、未だにマリアの事は分からない…



 

コン、コン...


「失礼します。」


マリアに連れられて、これまでの事業部とは明らかに毛色の違う「校長室」と書かれた部屋に入った。


「失礼しま~す。」


そう言って、部屋に入ると、直ぐ目に入ったのは小さな少女が来客用の椅子に足をブラブラさせながら、座っている姿だった。


「あれ?昨日の?」


そう。昨日、飲み会の帰りに声を掛けた少女がそこにいたのだった。


「よく来てくれたな。賢人。」


訳も分からず、戸惑っていると、奥に座っていた先生がいつもの笑顔で俺を迎え入れてくれた。


「あ、あぁ。ご無沙汰してます。先生。

 相変わらず、お若いですね。」


「まぁ、魔法使いは普通の人と違って、長命だからな。

 まだまだ現役だよ。」


戸惑いながらも俺はいつもと同じ挨拶を交わして、少女の前の席に座った。


少女が興味津々な顔で俺の顔をジッと見つめてくるので、ニコッと笑顔で返した。


「こんにちわ。」


少女は小さくうなずくだけで、黙ったまま、ただただずっと見つめてきた。


沈黙が生んだ気まずい空気に耐え切れず、俺は先生に顔を向けた。


「…で、この子は?」


当たり前の疑問を先生に投げかけると、先生は真剣な面持ちで俺に言ってきた。


「うむ。早速だが、この子を笑わせてくれるか。」


「はい?」


「だから、この子を笑わせて欲しいんだ。」


俺は頭を抱えた。


(……先生はいつもこうだ…目的しか言わない…)


(…目的には理由が必ずついてくるんだよ...…理由をキチンと説明してくれよ…)


俺は少女の手前、頭によぎった不満を先生にぶつけるのは辞めた。


そして、スーツの上着を脱いで、すぅと大きく息を吸って、立ち上がった。



「マジシャンケントのイリュージョンショー!!」


どうにでもなれと、少女にいつもの営業スマイルを向けた。


「はい!じゃあ、早速ね!やってきますけどね!」


やるぞと決めたものの、そう言えば、手品道具を何も持ってきてなかったと思い、何かないかとポケットをまさぐったが、何もなかった。


(まぁ、どうせ子供だし…)


そう思い、俺は少女の前に両手を持って行った。


「親指を見ててね~親指がぁ~~~...ほら!!切れちゃった!!」


俺は誰でもできる親指切り取り手品を少女に見せつけた。


……


一瞬の沈黙の後、少女は初めて口を開けた。


「…つまんない…」


「…ぷっ...」


少女に一蹴された俺を見て、マリアがバカにしたように噴き出した。


俺は恥ずかしくて、顔を真っ赤にした。


(さ、流石にダメか……これは俺が悪かったな……せめてトランプでもあれば……)


「え、えぇ~~、あぁ~~、つ、続きましては~……」


あれこれ考えて、焦っている俺に少女が声をかけた。


「…昨日の花火、できないん?」


「えっ?あ、あぁ。あれね~やってもいいんだけど~」


俺はチラッと先生の方を見た。


先生は何もかも分かっている様子で、手でOKサインを出してくれた。


俺はそのサインを見て、ニヤっと笑った。


「お~し!それじゃあ、マジシャンケントのイリュージョン花火ショーの始まりだ!!」


そう言って、広げた両手の全ての指の先から線香花火のような火花を魔法で出した。


ほぉ~~と花火を見て、少女は昨日と同じく真ん丸な目をキラキラさせた。


そんな嬉しそうな少女を見て、俺はテンションが上がって、一旦、花火は消して、指をパチッと鳴らした。


すると、カーテンが締まり、電気が消えて、部屋は真っ暗になった。


そんな中、俺は両手の人差し指から火花を出して、二つの星のマークを描いた。


描いた星をクルクルと舞い上がらせて、流れ星のように少女の顔の前にゆっくりと持って行った。


花火に照らされた少女の顔を確認すると、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


(これで目的は果たせただろう)


ホッとした俺はこの小さな部屋で火花をあんまり派手に動かすのは危ないと思い、さっさとフィニッシュにかかることにした。


少女の前の二つの星を空中に上げて、小さくはじけさせた。


はじけた一つ一つの火花を星の形にして、流れ星に見立てた。


少女はその流れ星を見て、おぉ~と小さく感嘆の声を上げていた。


流れ星をふっと消して、再び、指をパチッと鳴らし、カーテンを開いて、電気をつけた。


「はい!これにて、マジシャンケントのイリュージョンショーはお開き!

 ありがとうございました~~」




パチパチパチパチ


少女は楽しそうな笑顔で拍手してくれた。


「めっちゃきれいだった!!もっとやって!」


「ちょっと、この部屋でやるのは危ないから、また今度な。

 一酸化中毒になっちゃうよ。」


そう言って、俺は先生の後ろにある窓を開けて、換気を行った。


少女は口を尖らせて、ちょっと不満げではあったが、永遠におねだりするような子では無いようで大人しくしてくれた。


「ふむ。火花の一つ一つを星型に形成するとは。

 中々できることではあるまい。

 腕は落ちていないな。」


先生も満足したようだった。


「本当に子供だましな技術ですけどね。」


マリアはいつも通りだった。


「とりあえず、これで先生の要望には応えましたけど、ひょっとして、今日はこれだけですか?」


「そうだな。ありがとう。助かったよ。

 じゃあ、昼食に行くか。」


「えっ?ホントにこれだけ?」


「あぁ。詳しくは食べながら話そう。

 マリア君、マチを頼む。」


「承知しました。マチさん、行きましょうか。」


唖然としている俺を他所にマリアは少女の手を取った。


少女は言われるがまま、マリアと部屋を出る直前、俺の方を向いて、手を振った。


「ほなまたね。おじちゃん。」


「あ、あぁ。またね。」


俺は咄嗟に手を振って、少女を見送った。



「……で、本当になんなんですか?一体。」


マリアと少女が部屋を出た後、直ぐに俺は先生に問いだたした。


「詳しくはご飯を食べながらと言ったろう。」


そう言って、先生は立ち上がって、外に出る準備を始めた。


「……分かりましたよ。じゃあ、上手い飯、よろしくお願いしますよ。」


俺は諦めて、何もかもを先生に任せることにした。



つづく


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