中
マリエを迷子にさせたということで、フィオーリはグランとシルワにさんざんお叱言をくらった。
それでもすぐにけろりとするのは、長所なのか、短所なのか・・・。
とりあえず、翌日は、神殿の灯火式の飾りつけの手伝いをしに行くことになった。
風邪を引いて寝込んだ司祭に代わって、灯火式の式典をシルワは引き受けてきた。
そのことをシルワは仲間たちには黙っていた。
それぞれに祝日を楽しみたいだろうという気遣いだったが、皆の意見は正反対だった。
グランはそんな大変なときに黙っているのは水臭いと言って怒った。
フィオーリは、そんな滅多に関われない楽しそうなことには、是非にも関わりたいと言った。
それなら、こっそり手伝いに行こうとミールムが言い出して、そうすることになった。
手伝いに現れた仲間たちにシルワは驚いたけれど、喜んでくれた。
フィオーリはグランの作った仕掛けを、木や屋根の上に設置する役目を引き受けた。
グランがたった一晩で作り上げた仕掛けは、とてもそうは思えないほど凝ったものだった。
グランの指示に従いながら、仕掛けを設置していく。
足場の悪い危険そうなところでも、身の軽いフィオーリはけろりとしてやってのけた。
マリエは皆の邪魔にならないように、ひとりぽつんと精霊の人形を作っていた。
人形作りは故郷にいた頃にもよくやっていた。
端切れやボタン、小さな石やビーズ。
あちこちから集めた素材を作って、小さな人形を作る。
それは、大精霊につき従って世界に灯を灯した、灯火の精霊の人形だ。
同じような材料を使って同じように作っても、ふたつとして同じ顔の人形にはならない。
個性豊かな小さな人形を、いくつもいくつも、マリエは作った。
「うわあ。
精霊がいっぱい、っすね。」
ふいにそう声をかけられて、マリエは顔を上げた。
にこにこと見下ろしていたのはフィオーリだった。
「それ、木に飾りませんか?」
「あ。そうして頂けるなら・・・」
マリエは作った人形をごっそりとフィオーリに渡そうとした。
人形は両腕にかかえるほどにたくさんあった。
フィオーリはそれを受け取ろうとはせずに、マリエを見て、にこっと笑った。
「飾るのは聖女様っすよ。」
「え?
・・・でも、わたくし、木に上ったことは・・・」
マリエは庭園の木を見上げた。
庭園の木々は一番低い枝でも、手の届かない高さだ。
木登りはしたことがないけれど。
フィオーリはあんなに簡単そうに上っているから、もしかしたら、自分にもできるだろうか?
フィオーリはへへっ、と笑った。
「そこは、だいじょーぶ、っす!」
と思ったら、いきなり、マリエを抱え上げる。
小柄なフィオーリのどこにこんな力があったのかと、マリエは驚いた。
「え?あの?」
「人形、落っことさないようにね?」
ていっ、と、いきなりフィオーリは、木の一番下の枝に飛び上がった。
「へ?うわっ!」
マリエは一瞬、自分がどうなったのか分からなかった。
周りにはさっきまでなかった木の葉がざわざわと揺れる。
見下ろすと意外に地面は遠くて、くらりとめまいがしそうだった。
「大丈夫っすか?」
フィオーリはけろりとしてそう尋ねた。
「心配しなくても、おいら、落としませんよ。
ほら、人形、好きなところに飾ってください。」
「・・・あ。はい・・・」
マリエは恐る恐る手を伸ばして木の枝に人形をぶら下げる。
その間、フィオーリはマリエがやりやすいようにじっと支えてくれていた。
「じゃ、次、っすね?」
マリエが人形を飾るや否や、フィオーリは、ぴょーんと飛んで、隣の木の枝に飛び移った。
「はい、どうぞ。」
「あ。はい。」
そんなことを繰り返して、庭園中の木々に人形を飾り付けていく。
両腕に抱えるほどあった人形を全部飾り付けると、庭園は、小さな精霊でいっぱいになった。
「ををー、これは、なかなか、壮観、っすね。
あわてんぼうの精霊が、うっかり先に降りてきたみたい、っす。」
あわてんぼうだの、うっかりだの、日頃そう言われているのはフィオーリ自身だ。
マリエはおかしかったが、それはひとまず、黙っておいた。
「じゃ、ついでっすから、もうちょっと上、行ってみます?」
フィオーリはそう言うと、ぴょんぴょんと木の枝を飛んで、そこから神殿の屋根に飛び移った。
足場の平たいところにマリエを下ろすと、落ちないようにするためか、マリエの腕を掴む。
「どうっすか?
いつもと違うところから見るのも面白いでしょ?」
マリエは恐る恐る身を乗り出して、神殿の庭園を眺めてみた。
いつもは見上げる木々の梢が、ずらりと目の下にある。
ほんの少し、背中はぞくりとしたけれど、吹き渡る風は、意外に心地よかった。
飾り付けられた精霊たちも風に揺れて、なんだか楽しそうに見える。
「はい。面白いです。」
マリエがそう答えると、フィオーリは楽しそうに笑った。
「今日の灯火式はね、ここから花火を打ち上げるんっすよ。
さっきまでその仕掛けを作ってたんっす。」
屋根の上の仕掛けを指さして、フィオーリはにこにこと説明した。
「グランさんのお手製っすけどね。
綺麗だと思いますよ。」
それから、なにかいいことを思いついたように、あ、と小さく言った。
「そっか。そうしよ、っと。」
「は、い?」
マリエが尋ねると、悪戯を思いついた子どものような顔をして、にやぁ~っと笑う。
「ふっふっふ。そ、れ、は、ヒミツ、っす!
また後のお楽しみね~。」
そう言うと、いきなりマリエを抱き上げて、屋根の上で踊るようにくるくる回り始めた。
「えっ?あの、フィオーリさん?」
「あっはは~、たのし~っすね~。
聖誕祭、おめでとう~。」
「いや、あの、フィオーリさん?」
フィオーリはどこまでも嬉しくて楽しくて仕方ない、というようだ。
「ちょっと、フィオーリ、危ないだろ!」
怒った声がして、姿を現したのはミールムだった。
「マリエも困ってるじゃないか。」
「へ?
あ。聖女様、すいませんっす。」
フィオーリは悪びれもせずに言うと、マリエを抱えたまま、そこに止まった。
「まったく、マリエの姿が見えないって、みんな心配して探してるってのに。
何とかと煙ってのは、よく言ったもんだ。」
ぶつぶつ言うミールムに、にたっと笑ってみせる。
「それはすいません。
でも、聖女様にはおいらがついてるから、大丈夫っす。」
「あんたがついてるから、みんな余計に心配なんだろ?
まったく、昨日だって、マリエを迷子にしたってのに・・・
少しは懲りるということを知らないかな・・・」
「あ。あ、ははははは・・・
それは、また今度~~~・・・」
「は?今度って、なに?
ちょっ、フィオーリ?!」
叫ぶミールムをそこに残して、フィオーリはいきなり屋根の上を走り出した。
尖った棟をだだっと走ると、そのまま急こう配を滑り降りる。
マリエの耳元で風がぴゅうぴゅうと鳴った。
「聖女様、ちょーっと、しっかりつかまっててくださいね~~~?」
「え?は、はい。」
あわててマリエがフィオーリの首にしがみつくと、そのまま、ぴょーんと屋根の上から飛び降りた。
「え?ええっ?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。」
「ええっ?!」
「大丈夫、だいじょーぶ。」
フィオーリは、木の枝に、ぴょい、ぴょいと飛び移りながら、あっという間に地面に降りてしまう。
しっかりした地面におろしてもらって、マリエは正直ちょっと、ほっとした。
「こらっ!フィオーリ!」
屋根の上からミールムの怒った声がする。
「お説教は、また今度~。」
フィオーリはにこにこと手を振ると、マリエの手を握って走り出した。
読んでいただきまして、有難うございました。