前
聖女たちの一行がその街を通りかかったのは、聖誕祭ももうすぐ、という頃だった。
大きな街道沿いで、行き交う旅人も多く、住民は開放的で活気のある街だ。
亜人種の旅人も多く、普通に道を歩いていても、冷たい視線をむけられることもない。
一行は久しぶりに宿をとって、その夜はその街に滞在することにした。
宿に荷物を置くなり、フィオーリはマリエの手を引っ張って誘った。
「聖女様、街の見物に行きましょうよ?」
「え?でも・・・」
仲間たちの顔を見回すマリエに、仲間たちは快くうなずいた。
「いってらっしゃい、聖女様。」
「おお。行っておいでな。」
「なにかお土産、よろしくね。」
「ほら、みんな、そう言ってますから。
ほら、早く。
荷物なんていりませんよ。
今日は雨は降りません。」
例のリュックを背負おうとするマリエをぐいと引き寄せる。
「え?・・・でも・・・」
「いいからいいから。」
にこにことそう言いながら、半分強引にマリエを引きずって行った。
***
ふたりがまずむかったのは、市場だった。
市場は、祝祭のための買い物をする人たちで大賑わいだった。
「うへ~、人、多いっすね。
これは、はぐれないように、気を付けないといけませんね。」
フィオーリはそう言うと、ぎゅっとマリエの手を握った。
「聖女様、おいらの手、放さないでくださいね?」
うなずいたマリエににこっとしてから、フィオーリは辺りをきょろきょろと見回した。
「それにしても、いろんな店、ありますねえ。
うまそうなものも、いろいろ売ってますよ?
聖女様、なんか食べたいもの、ありませんか?」
「・・・あの、よく、分かりません・・・」
見たことも嗅いだこともない食べ物を売る屋台が、あっちこっちにある。
困ったような顔をするマリエに、フィオーリは、そんなら、と胸を張った。
「おいらに任せてもらってもいいっすか?
おいら、こう見えて、うまいものには、鼻、効くんっすよ。
大丈夫。もしも聖女様のお口に合わなくても、おいらが全部平らげますから。」
そう言うと、いきなり手近な屋台に足を止めた。
「すんませーん、リング焼き、一個くださーい。」
「へい、リング焼き、ひとつね?
おや、そっちの可愛いお嬢ちゃんはいらないのかい?」
「おいらたち、半分こ、するんっすよ。
いろんなもの、食べたいっすからね~。」
「ひゅ~ひゅ~、この寒いのに、お熱いことだねえ~。
ほんじゃ、箸、ふたつ、つけといてやるよ。」
「助かります~。」
軽妙なやりとりをして、フィオーリは何やらソースのかかった食べ物を買ってきた。
「はい。聖女様の分のお箸、っす。」
そう言って箸を割って渡す。
マリエはそれをまじまじと見て、首を傾げた。
「これは・・・いったいどうすればよいのか・・・」
「あ。知りません?」
フィオーリはにこっと笑うと、渡そうとした箸を使って、器用に食べ物を一口大に切り分けた。
「んじゃ、はい。あーん。」
一切れ、口の前に差し出されて、思わずマリエは口を開く。
ぽい、と口のなかに放り込まれた食べ物に、マリエは思わず満面の笑みになった。
「おいしーい。」
「でしょ?」
フィオーリも同じ箸を使ってぱくりと食べた。
「うん。うまいっす。」
「フィオーリさんは、美味しいものをよくご存知なのですね?」
「ホビットはみんな食いしん坊っすからね。」
フィオーリは得意げに言うと、使わなかったほうの箸を大事にポケットにしまった。
「こっちの箸は、予備にとっといて、っと。
聖女様、お箸、使えないなら、おいらが食べさせてあげます。」
「助かります。」
マリエはぺこりと頭を下げた。
油で揚げた肉に、串に刺さった腸詰。
砂糖がけの果物に、ふわふわと甘い焼き菓子。
フィオーリは本当に美味しいものをたくさん知っている。
野菜のたくさん入った汁物に、綺麗な飴細工。
細く切った芋を揚げたのや、具のたくさん入った生地を丸く焼いた食べ物。
聞いたことのないような食べ物も、フィオーリの選ぶものに、はずれはなかった。
ふたりは時間も忘れて、次々と、美味しいものを食べ歩いた。
「ふあ~、しっかし、よく食べたなあ。」
「わたくし、そろそろ、お腹いっぱいですわ。」
「そうっすか?
じゃあ、ちょっと、腹ごなしに、歩きますかねえ。」
フィオーリはそう言うと、マリエの手首をつかんで、ぐいぐいと歩き出した。
「ミールムへのお土産は、さっきの飴細工にするかな?
けど、ミールムにだけ買って帰ったら、シルワさんもグランさんも文句言いそうですねえ。
ここは全員に買って帰りますかね?
けど、三つもあるんじゃ、細工に時間、かかりそうだなあ。
ちょっとおいら、先に行って頼んでますから、聖女様はゆっくり来てください。」
フィオーリはそう言い残すと、手を振って、そのまま行ってしまった。
さっき飴細工を買った店なら、マリエにも分かっている。
今歩いている通りを真っ直ぐに行くだけだし、流石に迷うはずはない。
はずだったのだけれど・・・
気が付くと、マリエは道に迷っていた。
***
多分、道で出くわしたパレードに見とれているうちに、来たほうと行くほうを間違ったのだ。
そう気づいて引き返したけれど、行けども行けども、飴細工の店はない。
もしかして、きょろきょろと見回したときに、うっかり角を曲がってしまったのかもしれない。
そう思ったけれど、はて、どこの角を曲がってしまったのか、もう既に定かではなかった。
道に迷いやすい自覚は、あった。
しかし、流石に真っ直ぐ行くだけの道を、迷うとは思わなかった。
・・・困りました・・・
雑踏の真ん中で立ち止まると、急ぐ人たちと、あっちやらこっちやら、ぶつかってしまう。
仕方なく、マリエは、またとぼとぼと歩き出した。
冬の日暮れは早くて、そろそろ辺りは暗くなり始めた。
屋台の灯りは明るいけれど、遠くの街並みは闇に沈んで、景色も分からなくなっていく。
それでも、足を止めるわけにはいかなくて、マリエはしょんぼりと歩き続けた。
誰かに道をきこうにも、どう尋ねたらいいのか分からない。
宿の名前も飴細工の店の名前も、ちゃんと見ていなかった。
宿、というだけでは、この街にはたくさんあるだろうし。
飴細工の屋台も、いくつも見かけていた。
・・・じょ、さまー・・・
ふ、と、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、マリエは顔を上げた。
藍の深くなっていく空に、ぽっかりと背の高い時計塔が見えた。
「聖女、さまーーー!!!」
時計塔の屋根のてっぺんに上って、そう叫ぶ人影がある。
両手を口の横に当てて、四方八方に向かって、人影は、何度も何度も、そう叫んでいた。
「フィオーリさん?
フィオーリさんーーー!!!」
マリエも精一杯の声を張り上げて、そう叫んだ。
ついでに腕をちぎれんばかりに左右に振った。
すると、くるり、と人影はこっちを向いて、ぴたり、と止まった。
「見つけたっ!!!」
距離はかなりあったはずだ。
けれども、その瞬間、確かにマリエはフィオーリと目が合った。
マリエは雑踏を避けて、道の脇に寄ろうとした。
もう大丈夫。
ここで待っていれば、きっとフィオーリが迎えに来てくれる。
あの時計塔からここまで、どのくらいかかるのかは分からないけれど。
フィオーリは、きっと、来てくれる。
それまで、自分はどこにも行かずに待っていよう。
そのときだった。
時計塔のほうを指さして、誰かが叫び声を上げた。
つられて見上げたマリエは、思わず息を呑んだ。
両手足にマントをくくりつけたフィオーリが、モモンガ―のように、時計塔の上から飛んだのだ。
「えっ?あのっ?フィオーリさんっ?」
おろおろおたおたするけれど、できることはなにもない。
きょろきょろうろうろしていると、フィオーリの笑い声が聞こえた。
「今行きますから、待っててください、聖女様~。」
「いえ、あの、そんな近道をなさらなくとも、わたくし、ちゃんと待っておりますから・・・」
あわててそう言ってみても、その声はフィオーリには届かなかった。
うひゃひゃひゃひゃ~とフィオーリは笑っている。
楽しくて楽しくて仕方ない、と言うように。
高いところの風は強いのかもしれない。
すい~すい~と気持ちよさそうに滑空しつつ、みるみるこっちに近づいてくる。
「街のみなさ~ん、聖誕祭、おめでとう~っす~~~。」
にこにこと手を振りながらそんなことを言っている。
驚いていた人々も、聖誕祭の余興かなにかだと思ったのか、あちこちから拍手が沸き起こった。
「拍手ご喝采、有難さんっす。
はっ。はらよっ。ていっ。ほっ。」
気をよくしたフィオーリは、ますます調子に乗る。
気合を入れるたびに、くるっ、くるっ、と文字通り、宙返りした。
おおーというどよめきが辺りから立ち上り、さっきより一段と大きな拍手が巻き起こった。
「あ、すんませ~ん。
その辺の人、ちょっと、場所、あけてくださいっす~。」
いよいよ近づいてきたフィオーリが指さすと、慌ててマリエの周囲にいた人々は場所をあけた。
建物の壁に軽く足を着いて勢いを殺しつつ、フィオーリは無事に着地に成功する。
割れんばかりの拍手喝采のなか、フィオーリはマリエの前に膝と片手をついた。
「お迎えに上がりました。聖女様。」
目を丸くして、マリエはフィオーリを見下ろした。
どう反応していいか分からない。
とりあえず、凍り付いたように立ち尽くしていた。
フィオーリはくすっと笑うと、やや芝居がかった調子で、そのマリエの手を取って、甲に口づけた。
わあっ、という歓声と、ひゅうひゅう、と冷やかす声とが同時に沸き起こった。
それから、さっきよりもよりいっそう大きな拍手が巻き起こった。
フィオーリ君は、書いていて、とにかく楽しいです。
読んでいただきまして、有難うございました。
明日はクリスマスイブ!
さて、聖誕祭編は間に合うでしょうか・・・