婚約破棄の上、国外追放ですか? その言葉を待っていました!
「マオル・ガーディー! ミルファへの陰湿な嫌がらせの数々、もう許してはおけん!
婚約破棄の上、国外追放を申しつける!」
卒業式後のセレモニーで、第1王子であるタリン・ノー・スカータン殿下が喚いています。
ここは、そういうことをする場ではないのですけれど。
隣にまとわりついているのは、いかにも線の細そうなピンクの髪の令嬢。
あれが噂に名高いミルファとかいう男爵令嬢でしょうか。
なんとかいう男爵家の庶子で、数年前に男爵家に引き取られたとか、殿下と腕を組んで歩いていたとか、高位貴族しか入れないはずのサロンに2人で入り浸っているとか。色々と噂は聞こえていましたが、見るのは初めてです。
どうせ私とタリン殿下の婚約は王家にとって必要不可欠なものですし、婚姻前の息抜きと放置していましたから。
いくら殿下が我が儘放題でおつむが弱いとはいえ、さすがに王命による政略結婚に異を唱えるほど愚かではないと思っていたのですが。
それにしても、陰湿な嫌がらせとは、どういうことでしょう。
私は、彼女には興味など全く持っていないのですが。
「恐れながら殿下、ミルファとはどなたのことでしょうか。
もし、そちらのご令嬢のことなら、私は初対面ですが」
できるだけ淡々と申し上げたところ、殿下は顔を真っ赤にして怒り出しました。
「黙れ! お前がミルファに嫌がらせしていたことは調べがついている!
お前のような性悪女と結婚など、虫唾が走るわ! 俺はミルファと結婚するんだ!」
あらあら、随分堂々と下衆なことを仰いますこと。私が性悪であることは否定しませんが、それでもこの婚約は王命ですし、むしろ王家にとって必要なことですのよ?
「先ほど婚約破棄と仰いましたが、そのこと、陛下はご存じでいらっしゃるのでしょうか?」
「父上は外遊中だ。後でご報告する」
そうですか、陛下のお留守を狙っての暴挙でしたか。
「では、私の父は? このようなお話、唯々諾々と従うとは思えませんが」
父が知っていれば、なんとしても止めに入ったと思うのですが。
私が住むこのスカータン王国は、数百年前、魔王を封印した勇者が、封印を守るために興した国。
ガーディー辺境伯家は、魔王の封印を守るために存在している家です。
封印の影響で、ガーディー家には常に女児1人しか生まれません。強大な魔王の魂を封印するため、勇者の血が最も濃く出る第1王子が婿に入るのも、連綿と受け継がれてきた伝統です。
私としては、殿下との婚姻など微塵も望んでいませんが、父の命を拒むことができないから従っているのです。
不本意ではありますが、ここは精一杯抵抗せねばならないのです。
「辺境伯とて、娘が罪人として国外追放となれば、納得せざるを得まい。
そもそも、本来王太子となるべき正妃腹の第1王子が辺境伯家に婿入りなどという伝統があるのが間違っているのだ!」
「それを私に仰られても、どうにもできません。
そんなことより、私を追放するとなれば、ガーディー辺境伯家は潰えます。そんな大事を決める権限を、単なる王子でしかない殿下はお持ちではありません。
陛下のお戻りを待って奏上なさいませ」
私だって、できることなら殿下と婚姻などしたくはありませんが、かといって、父や陛下の命に背くこともできはしないのです。
「単なる王子とは、無礼であろうが! 俺は第1王子だぞ!
とにかく、お前は罪人なのだ!
俺と結婚できるなどと思うな!」
ですから、したくなどありません、と言いたいところですが、さすがにそんなことを口にしたら、後が大変です。必ずや陛下と父の耳に入ってしまうでしょう。父に問い詰められれば、私は言い逃れすらできません。
ともかく、誤解──言いがかりにしか聞こえませんが──を解く努力を尽くすことは必要でしょう。
「それで、私の罪とやらは、何でございましょう?
先ほども申し上げましたとおり、私はそちらの方は存じ上げませんが」
「そんなわけがあるか!
ミルファの私物を盗んだり、教科書に落書きしたりしていただろうが!
お前の仕業だってことはわかってるんだ! とぼけても無駄だぞ!」
おやおや、この様子では、単なる思い込みだけで、証拠のねつ造などはなさっておられませんね? 陛下がお戻りになれば無かったことにされる案件ですか。首肯しないでよかったです。
まったく、どうせ陥れるなら、もう少し用意周到にすべきだと思うのですが。
「殿下、これでは水掛け論です。
証拠をお示しください」
「そんなもの必要ない!
第1王子である俺が言っているんだ!
父上が国内におられぬ以上、俺が代理だ! 俺の言葉は王の言葉と思え!」
おや。
少し見直しました。
陛下のお留守を狙ったのは、そこまで考えていたからですか。てっきり、止められると困るからだと思っていました。
なるほど。陛下ご不在の折に、第1王子が代理として沙汰を下す、と。
確かに、国法上、それは認められている行為です。
では、私にできる抵抗は…
「陛下は、近日中にお戻りになられます。
私は、陛下が戻られてからのお沙汰を望みます。その間は、牢にでもどこにでも入りましょう。
父を含め、どなたとも一切接触できないようにできるかと存じますが」
辺境伯令嬢が牢に入るなど、後々大きな問題になるでしょうが、それくらい譲歩しなければ、精一杯抵抗したとは言えないでしょう。
「ふん、父上の温情に縋ろうというわけか。そうはいかん。
王の名代として第1王子タリン・ノー・スカータンが沙汰を申しつける!
マオル・ガーディーと第1王子との婚約を破棄、マオルは辺境伯籍剥奪の上、国外追放とする!」
辺境伯籍剥奪、国外追放。
つまり、私はもうガーディー辺境伯家の娘ではなく、スカータン王国にもいられなくなるということ。
陛下の名代として宣言された以上、法的に有効な沙汰ですわね。
ですが、一応…
「今なら訂正できますが、お沙汰に間違いはございませんか?」
歓喜に体が震えます。
「ふん、ようやく思い知ったか。
今更震えて見せたところで、沙汰は覆らんぞ」
「ありがとうございます」
「なに!?」
撤回はなし、沙汰は確定。
私は、もう、ガーディーに縛られていません。
「ふ…ふふふ……」
「なんだ!? 何を笑っている!?」
ふふふふ…。これが笑わずにいられますか。
「私を縛る封印は、全て解かれました。
ありがとう、愚かな王子。
もはや、私に封印を受け入れろと命じられる者はおりません。
封印を解いてくださったお礼に、あなただけは、しばらく生かしておいてさしあげましょう」
口元に笑みが浮かびます。
この身に封じられた魔王の魂が、王命によって今、解放されました。
ガーディー辺境伯家には、代々、魔王の魂を持つ娘が1人だけ生まれます。
そして、勇者の子孫たる第1王子が常に傍にあり、魔王の力を発現させぬよう、国の、父の、夫の命として、封印を受け入れるよう命じ続けて封じてきたのです。
王子との間に娘を産むことで、魔王の魂は娘に受け継がれ、母は抜け殻となる。
こんな封印を、何十代にもわたって守り続けてきたのが、ガーディー辺境伯家。
でも、それももうおしまい。
私はタリン王子の婚約者ではありませんから、夫たる者がいません。
ガーディー辺境伯家の娘でもなくなりましたから、辺境伯は父ではありません。
そして、国から追放されましたから、王命にも縛られません。
とはいえ、血の繋がった父に面と向かって命じられたら、束縛されてしまうかもしれませんね。
まずは、父もろともガーディー辺境伯家を滅ぼしましょう。
それと、王も消しておいた方がいいですね。
何らかの論理で国外追放をなかったことにされてはたまりません。
では、急ぎましょうか。
「待て! 不敬な!」
私はこの国の民ではありませんから、もうそんな言葉には何の力もありませんよ。
「捕らえよ!」
殿下に付き従う近衛3人が取り囲んできましたが、そんなものが何の役に立つと?
私が右手を一振りすると、近衛達の首が落ちました。
「王子以外、全て殺しなさい」
タリン王子は、まだ殺さないと約束しましたからね。
首のない近衛3人は剣を抜き、振り返って、周囲の生徒達に襲いかかります。
阿鼻叫喚。
心地よい悲鳴が聞こえます。
別の近衛が首なしに立ち向かいましたが、まあ、どちらが勝とうとどうでもいいことです。
私は王子以外全て殺せと命じましたから、この場の全員を殺せば、王都で暴れ回るでしょう。
倒されるならそれでも構いません。どうせ間に合わせですから。
王子さえ殺さなければいいのです。
あらあら、2人して腰を抜かしているようですね。王子はともかく、ミルファでしたか? あなたは速く逃げないと死んじゃいますよ。
「それでは、ごきげんよう」
私は外に転移し、空を飛んで領地を目指します。
飛ぶこと数時間、ガーディー辺境伯家の屋敷が見えてきましたね。
魔力を探ってみると、父は屋敷にいるようです。
屋敷と同じくらいの大きさの岩を作って炎を纏わせ、真上から落とします。
魔法に対する防御くらいはあるかもしれませんが、大岩は防げないでしょう。
屋敷は、父ごとぺしゃんこになりました。
もう、父の気配はありません。私は自由です。
次は、国王ですね。
今はたぶん帰路でしょうから、ルートを逆に追って……いました!
空から火の玉をぶつけて焼き尽くしてあげました。
これで、もう私を脅かす者は存在しません。
再び眷属を生み出し、勢力を増やしましょう。
ガーディー辺境伯領を本拠にしましょうか。生まれ育ったところですし。
ねえ、王子。
あなたは、この国が滅んだ後でゆっくり殺してあげます。
それまで、誰にも殺されないでくださいね?