燃え尽きる
戦争は長引きました。
砂漠の国は、簡単に諦めてくれません。だからエルクとノーマンも、飛行機に乗って、爆弾を落とし続けるしかありませんでした。
しかし、敵も馬鹿ではありません。主に激しく戦っている場所を避け、奥の方の工場を使い始めました。壊された工場を直すより、自分たちの陣地の奥の方なら、攻撃されないだろうと考えたのです。
「そういう所を狙うのが、俺たちの任務って訳だ」
「新型機万歳。乗り手の負担を考えて欲しいものだ」
二人の乗る機体は、敵に見つけられにくい飛行機です。夜の間に入り込んで、敵のレーダーをかいくぐって、奥の工場に何度も爆弾を落とします。
その道中で、普通に暮らす人の姿も見えました。当たり前に暮らす、夜の中でも生活する人たちの明かりが見えました。
それでも二人がやるしかありません。今日も夜空を飛んでいきますが、あまり顔色は良くありませんでした。
「……長距離飛行は疲れるな」
「言うなよ。話し相手がいるだけマシさ」
「だな」
この飛行機は『敵に見つからない』事を優先して考え、作られました。
だから、全く速度を出すことが出来ませんし、動きも全体的に遅いです。乗り心地も良くありませんでした。
なので、敵の奥の方にある工場に行くまで、ものすごくゆっくり飛ぶことになります。見つからないので気楽ですが、その間二人は町の光を見続けていました。
「はぁ……早いとこ仕事を終わらせよう。そして国に帰ろう」
「そうだな……見えたぞノーマン。準備してくれ」
「へーへい」
いつも通り工場を見つけた二人の飛行機は、爆弾を落とす準備に入ります。低く飛んで、狙いを定めて、がこりと爆弾を投下したその直後でした。
ピーッ ピーッ
飛行機が悲鳴を上げ始めました。危険を知らせる、嫌な泣き声でした。
エルクは慌てて、操縦桿を握りしめます。ノーマンも急いで弾薬庫の蓋を閉じて、相棒に叫びました。
「ミサイルアラート! ロックオンされてる!」
「わかってる! チャフは!?」
「最低限しかねぇ……なぁ、この機体避けれるのか?」
「…………やってみる!」
エルクはびっしょりと汗をかきました。この飛行機は素早く動けないのです。二人を乗せた飛行機に向けて、地面から一つ、尾を引いて飛んでいく光がありました。
地上からの流れ星……そんなロマンチックなものではありません。爆薬をたっぷりと詰め、工場を燃やされた、怒りと憎しみを込めた光――ミサイルです。
あれに当たったら、こっちまで流れ星になってしまいます。必死の形相でノーマンは叫びました。
「撃ってきた! 回避しろ!」
「うおおぉおぉおぉおおっ!」
けれど――この機体は『見つからないように忍び込んで、見つからないように帰ってくる』飛行機です。
敵に見つかってしまった時点で……逃げ切る能力も、ミサイルを避ける能力もないのです。
やがて、激しい衝撃が飛行機を包みました。頑丈なはずの窓ガラスが砕け、エルクのお腹に突き刺さります。頭がぐらりと揺れましたが、操縦桿だけは離しません。何とかまだ飛んでいる飛行機に感謝しつつ、息を整えてエルクは話しかけます。
「食らった……でも、まだ飛べる。何とかここから、基地に帰らないと」
「………………」
「ノーマン? おい、ノーマン?」
必死にエルクが話しかけるのですが、後ろの席にいるノーマンは答えてくれません。一度だけ振り向いて叫びましたけど、それでも……もう、ノーマンは何も答えないのです。
「くそ……」
足元がぐらりと揺らぎました。ミサイルを喰らった機体が、ガタガタと震えていました。黒煙を吐く飛行機は、もう隠れる事も出来ません。下にいる敵の対空砲が、無数の火薬を吐き始めました。
涙で滲んでいるからでしょうか。エルク華やかな光にも見えました。爆薬を詰めた炸裂する光は、ボロボロの飛行機に当たったら砕け散ってしまうでしょう。
「ここじゃ……すぐ撃墜されてしまう」
エルクは機体を別の所に移動させます。町はダメです。敵の花火に焼かれてしまいます。だから彼は、いつも通る空を変えて……海の上を目指して飛んでいました。
胸から血がドクドク流れて、指に力が上手く入ってくれません。エンジン音もおかしくなって、機体の中は焦げ臭くなっていました。
そうして彷徨っていたからでしょうか。水平線の方が、少しずつ明るくなっています。夜が明けて、朝になろうとしているのです。
「もう……これじゃ帰れないな」
飛行機はもうボロボロ。自分の体は血を流し過ぎた。地図をもって案内してくれる、ノーマンは答えてくれません。
エルクはそっと、飛行機を朝日の方に向けました。ずっと彼は、この辺りを旋回し続けています。まるで、わざと町から遠ざかるように。
「今更こんな事しても、遅すぎるけど……」
せめて、壊れた飛行機の残骸が、建物を壊さないように……ぼんやりとそんなことを考えたのでしょう。エルクは海の上を、黒い飛行機で飛び続けました。
一際大きく、機体が揺れます。
エンジンに引火したのでしょう。いよいよ炎は大きくなり、ついにエルクの言うことも利かなくなってしまいました。ゆっくりと太陽が顔を覗かせます。それが、エルクの見た最後の景色でした。
黒い飛行機は炎に包まれます。
太陽が昇ったその空でも、負けない光を放ちながら、海の上に一つ、流れ星が落ちて行きました……