彼らの日常
その日の夜、今日もまた爆撃機が基地を飛び立ちました。
飛行機は真っ黒くて角張った、大きなブーメランのような形の、変な形の飛行機です。いくつかの黒いブーメランが群れを成して、夜の闇を低空で飛んでいきます。今は砂漠の上を通過して、目的地を目指していました。
「エルク。機体の機嫌はどうだ?」
「順調。大した新型だよこれは。開発した奴は勲章物だ。さっさと仕事を終わらせて帰ろう、ノーマン」
その飛行機は二人乗りでした。操縦士のエルクと、爆撃手のノーマン。二人は静かなエンジン音の飛行機の中で、ぽつりぽつりとお喋りします。この機体は、緊急の時か味方の基地の上ぐらいしか、無線で喋る事が出来ないのです。
「今回はどこに爆弾を落とすんだ?」
「知らない。この国の文字が読めないんでね」
「そりゃ大変だ。墜落したら生きて行けそうにない」
「その前に俺たちは、流れ星になって消えちまうかもしれないぞ」
「はは、困るなそれは。まだ両親に孫を抱かせていない」
「お前彼女もいないだろうが」
「馬っ鹿お前、それはこの戦争が終わった後作るんだよ」
お喋りしながらでも、賢い機械がある程度自動で空を飛んでくれます。暗闇に忍び込む飛行機は、目的の場所を見つけました。
二人の国と戦争中の相手の国……敵の工場の所に辿り着きました。今も動き続けている工場は、きっと仲間たちを殺す武器や兵器を作っているに違いありません。そんなひどい事を許すわけにはいかない。敵を睨んだ二人は、静かに役目に取り掛かりました。
「OK……弾薬庫を開く。速度を落としてくれ」
「ラジャー」
操縦士が飛行機を操り、爆撃手がカメラ越しに狙いを定めます。ちょうどよい場所にエルクが機体を運び、高度と速度を調整します。爆撃手は息を合わせて、敵の工場へ爆弾を落とすのです。やがて丁度良い場所を通過すると、ノーマンがカチリとボタンを押しました。
がこん。と機体から何かが剥がれるような音がします。少しだけ軽くなった機体を操るエルクは、静かに相棒の報告を待ちました。真っ黒い塊が、飛行機から落ちて真っ直ぐ落ちて行きます。まだ動いている工場めがけて。
やがて……彼らの足元で、小さな火花が上がります。流れ星が落ちたどころの話ではありません。落とした塊はごうごうと炎を広げて、建物一つを包んでいきます。「よしっ」と、ノーマンは拳を握って言いました。
「目標に直撃。これなら隣にも落としていい」
「わかった、移動するぞ」
機種を上げて、鉄のヒラメは移動します。そしてもう一度ノーマンが、機体に積まれた爆弾を落としました。
同じように炎を広げて、夜の街を燃え上がらせます。ふぅ、と一息ついた所で、ノーマンは言いました。
「よし、今回の作戦は完了。帰投しよう」
「……あぁ」
誰にも見つけられないまま、爆弾を落とした二人は飛行機を操り、基地へ戻ります。
これが自分たちの仕事。自分の国のための事。こうやって敵の工場に爆弾を落として、戦争を終わらせるのが仕事でした。
「ふーっ……」
「エルク、どうした? 疲れたのか?」
「いや……実は俺の親父、工場勤務でさ……ちょっと、嫌な事考えちまった」
操縦手は爆弾を落とした後、ふと想像してしまったのです。
もし、あの工場に父親がいたなら……そんな突拍子もない事を。
爆撃手はしばらく黙って、その後おどけて言いました。
「オイオイ、ここにお前の親父さんはいないって。親父さんにだって、下にある国の文字は読めないだろう」
「そりゃそうだ」
「なら、いるわけがない。それに、俺たちは悪くないだろ? 爆弾を落とされたくないなら、さっさと参ったって言えばいいんだ。諦めずに戦って、人を殺し続けている下の国が悪いんだ。俺たちがやらなきゃ、結局誰かがやるし、誰かが死ぬしかない」
「……それは」
「それ以外にないさ。俺たちは……間違っていない、その筈だ」
ノーマンはそれ以降、何一つ言わなくなってしまいました。操縦士のエルクも気まずくて何も言えません。何かをここで話したところで……戦争も、現実も、何も変わる事は無いのだから。
だから、何も考える事はしません。考えてしまったらもう、飛べなくなってしまいそうで。
だから、何も聞くこともしません。自分たちが落とした爆弾の音や、炎がごうごうと燃え広がる音も。
だから……自分たちは、何も見ていません。ただ遠くにある光を見ただけ。そこで生きている人の事は、見えていません。見ては、いけないのです。理解してはいけないのです。今爆弾を落とした場所に、人間がいた可能性など、考えてはいけないのです。
こんな憂鬱な事なんて、誰だってやりたくありません。
けれど誰かがやらなければ、戦争は終わらないし、いつか自分の番が来てしまうかもしれない。
だから、これは仕方ないのです。爆弾を落とされたくないのなら、先に爆弾を落とすしかない。仲間が、家族が、国が、町が、すべて焼かれてしまう前に……
「……早く、戦争を終わらせよう」
「……そうだな」
今日も爆弾を落とし切った飛行機たちは、ジェットの尾を引きながら飛んでいきます。
いつとも変わらない光景、いつも通りの任務。
早く事が終わらないかなと、爆撃機に乗った彼らは帰って行きました。