8. ペットの嫌いなもの
替えの下着や服、化粧品を新しく買ったキャリーバックに詰めていく。
明日はお楽しみの温泉旅行。
自分独りだって温泉は素晴らしいものだけど、それをキナコと一緒に味わえるならきっと格別だ。
大きめのバックに思ったよりも余ってしまったスペースには、帰りにたくさんお土産を詰め込むつもりだ。
キナコは先程から、最近有料になったスーパーのレジ袋をせっせと折り畳んでいる。
「ほら、ほらこうして、レジ袋がきれいな三角形にまとまるんですよ。これに汚れた服とかを入れて帰りましょうね」
意外と家庭的な知識を見せてくるキナコ。これはこれで、味があってかわいいです。
「ふふ、なんかキナコのそのレジ袋の畳み方、おばあちゃんみたいだね。キナコばあさんの豆知識だ」
「あ、確かに昔おばあちゃんに習ったやり方かもしれないです。必ずこうやって畳んでおいて、ゴミとかまとめるのに使ってたんだあ。なつかしいなあ」
ほほう、キナコはおばあちゃんっ子。
メモメモ。
もっとたくさん、キナコのことを知りたくなってしまうなあ。
「キナコの実家はどのあたりなの?」
話の流れに便乗し、ちょっと勇気を出して個人情報を聞いてみた。
もしかして私みたいに天涯孤独かもしれないと思うと、ちょっと聞くのが怖いけど。
「わたしは高校生のときまでは長崎県に住んでたんですよ。実家は両親と一緒におばあちゃんも住んでます。今年のお正月は帰らなかったから、来年は帰ってあげたいなあ」
ふ、普通だね……。
この間知った本名もそうだが、おそらくキナコには、特に何も私に隠すような生い立ちは無いみたいだ。
出会いがこんな感じだったせいで、私が無駄に慎重になりすぎているみたいだな。
「長崎かあ。九州の方言しゃべるキナコ、かわいいんだろうなあ。方言女子ってやっぱりかわいいし、こっちに来てからも結構男にモテたんじゃない?」
私の言葉に、キナコは少し目を伏せ、暗い感じに笑った。
……んん?
「うーん。田舎者と思われて悪い人に騙されたりするのもいやだから、敬語っぽくしゃべってごまかしてるんですよ。それに、男の人にモテるのはちょっと……」
うーん、また何か地雷を踏みそうになったかも。
明るい感じでごまかそう。
私はバックを閉じながら、キナコにぐいぐいとすり寄った。
「ねえ、ちょっと長崎のしゃべり方やってみて? 聞きたいなあ。キナコの方言聞きたいなあ」
「そ、そがんいわれたっちゃ、なんもしゃべれんよ?」
ちょっと恥ずかしそうに目を反らしながら、キナコはちゃんと乗ってくれる。
か、かわわわわ! かわいいっ!!
世界初の方言ペットの誕生だあ!
あまりの愛らしさに、撫で撫で祭りを開催していると、キナコの表情もすっかり明るくなっていた。
キナコはもしかしたら、恋愛絡みっぽい話が嫌いなのかも。
さっきの、モテるだモテないだの話もそうだし、以前に私が好き好き言いまくったときもそうだった。
すごく気になるけど、ちょっと気をつけたほうがいいかな。
「ねえキナコちゃん。私の前では方言も隠さないでよかよかよ? よかばいよかばい?」
「うーん、偽物の方言、違和感ばりばりで気持ち悪いです」
うへへ、気持ち悪い、いただきました!
この本当にちょっと嫌がる感じの顔が、これまたかわいいんだよね。
明日の準備の最後の仕上げに、ハンドバッグに入れるお財布の中身をチェックしておく。
電子マネーやクレジットカードはなんとなく好きではないので、今日のお財布には現金がたっぷりだ。
「キナコも忘れ物ないか確認しておいてよ? 明日は早く出発したいんだからね」
キナコは準備を進める私を尻目に、床にだらしなく転がっている。
「いいんですよ、わたしはポケットに入るものだけでも荷物は十分なんだから。それよりつばめちゃん、わたしもう眠くなってきたし、早めに寝ましょうよ。明日が楽しみだなあ」
キナコは大きなあくびをして、そのまま立ち上がろうとしなかった。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、結局キナコはソファーで丸くなって眠っていた。
困ったな、キナコは結構、何をやっても起きないから。
とりあえず、ほっぺたをつんつんと指先で押してみる。
すべすべのお肌の感触が指から伝わって、ちょっといやらしい気持ちになってしまった。
閉じられたまぶたの下の、長い睫毛がとってもきれいだ。
キナコの寝息に合わせて、胸の膨らみが少しだけ揺れる。
やわらかぷりぷりのキナコのおっぱい。
正直、服の上から見ているだけでもムラムラしてくる。
「キナコはペット、キナコはペット、キナコはペット……」
最近は、キナコに対してふしだらな感情が芽生えるたびに、念仏のように繰り返している。
キナコとの幸せな生活にズブズブに沈んでいくにつれて、どんどん自分の心の中から、キナコ以外の色々な存在が消えていくような感覚がある。
最近は自分の視界に、キナコ以外が全然入ってこない。
あらゆることを、キナコとしたい。
猫のように可愛がることも、恋人のように接することも。
「キナコはペット、キナコはペット、キナコはペット……」
自分に同性愛の気があるというのは、自分でも驚きだったが、さすがに自分の気持ちもここまでくるとごまかしようがない。
キナコがかわいすぎるのがいけないのだ。
でも、一番大切にしたいのは今のこの幸せな生活。
キナコの最近のそぶりから考えると、きっと私とのこのおままごとみたいな、ペットと飼い主という関係性は気に入ってくれているのだろう。
だけど、恋愛関係は全く望まれていないように思える。
キナコが、あの伏し目がちな暗い笑顔をときどき見せるのは、きっとそういうことだ。
下手に下心を見せれば、きっとキナコは私から離れて行ってしまう。
だけど今キナコを失ったら、私は間違いなく、おかしくなってしまうだろう。
先代の猫のキナコのときですら、自分の全てを失ったような気持ちだった。
今のキナコを失ってしまえば、きっと私は。
だから、現状維持こそが最善。
今のこの幸せを、少しでも、1日でも長く。
「キナコ、ほらちゃんとお布団に行こう? こんなところで寝たら、体が痛くなっちゃうよ?」
呼びかけても、キナコは起きない。
肩を揺すっても、キナコは起きない。
今なら何をしても大丈夫では? という考えもよぎり、キナコの唇を見つめてしまったが、万が一目を覚ましてしまったら、というリスクを思うと、髪を撫でることだけ、ひたすら繰り返すしかなかった。
眠ったままのキナコの、ふわふわのきな粉色の髪は、きれい過ぎて少し心が苦しくなる。




