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【完結】百合なペットと二人暮らし  作者: くもくも
1章 私のペットは女の子
3/17

3. ペットがいる生活

 結果から言うと、私はこの生活にわずか2日でどはまりしていた。


 日曜日は、キナコとだらだらと過ごした。

 めちゃくちゃに幸せだった。


 寂しくない。

 邪魔でもない。


 キナコは本当の猫のように、気の向くままに私にすり寄ってみたり、部屋中を歩き回ったりしていた。

 ロフトは結構気に入ってくれたようで、リビングでくつろぐ私を、上からニヤニヤと見ているときもあった。


 何より、至高の時間だと思うのは、やはり髪を撫でているときだ。

 太ももの上にキナコの頭を乗せて、ふわふわの髪を撫でていると、私の心までふわふわしてくる。

 キナコの髪はなんだかいい匂いがするし、手触りもすごく癒される。


 異常な関係だとわかっていながらも、キナコとの時間は、前任の猫のキナコを失って、寂しさに押し潰されていた私の心をぽかぽかに温めてくれていて、私はとにかく難しいことは考えず、今を幸せに過ごすことに決めたのだった。




 月曜日、私の仕事ぶりは非の打ち所がないレベルだった。

 全て必要なことは早々に済ませ、定時の10分前から、今か今かと終業時間を待っている。


 フロアに終業のチャイムが鳴ると同時に、私はバタバタと席を立った。


「お先に失礼します!」


 うちの職場は、まあまあ厳しい仕事もたくさんあるが、ほとんど毎日定時で帰れるというのが一番のメリットだ。

 ただしお給料はそれなり。


 しかも我が家は、その職場から歩きで20分ちょっとという近場に借りているので、とにかくアフターファイブには時間の余裕がある。


 ほとんど走るようにして家路を急いだ。



 キナコに会いたい。早くキナコに会いたい。


 アパートの階段を駆け上がって、流れるように鍵を取り出し、扉を開ける。


「ただいま! キナコお待たせ! はあ、はあ!」

「わあ! つばめちゃんお帰りなさい! 早かったですねえ。どうしたのそんなに慌てて」


 なんとキナコは、わざわざ玄関まで出てきて私を迎えてくれた。

 ただいま、と言える相手がいる幸せに、思わず涙が出そうになる。



 手洗いうがいを済ませた私がソファーに腰掛けると、キナコは待ってましたとばかりに横に来て、私の膝に頭を乗せてくる。


 なんだよもう、かわいいなあ。かわいいなあ。


 本当に猫みたいで、自然にそのきな粉色の髪を撫でてしまう。

 

「そういえばキナコ、ちゃんとお昼ご飯食べた?」

「食べてなーい。お腹ペコペコですよ」


 キナコは私に撫でられながら、ソファーで足をプラプラさせている。

 部屋着から覗く細い足はすごく綺麗で、少しドキリとした。


「なんで? お金渡しておいたんだし、ちゃんと食べなきゃ不健康だよ」


 なにせこのキナコ、ほとんど無一文だったのだ。

 いわゆるヒモみたいだが、ご飯代で1000円だけは一応渡しておいたのに。


「だって、コンビニのご飯とか美味しくないし。今日は暑かったから外も出たくなかったし」


 もう、本当にわがままな猫だな!

 明日からはお弁当にしてみるか。2つ作れば私も会社に持っていけるし、ついでだ、ついで。



 お腹を空かせたキナコを満足させるため、急ぎつつ、ボリュームもあるように、冷凍ご飯でチャーハンを用意する。

 野菜たっぷりのスープも手際よく準備して添えた。

 ペットの食生活を管理するのは、飼い主の大切なお仕事だし。


「うわあ、美味しそう! じゃ、いっただきまーす」


 料理ができるのをうろうろ歩き回って待っていたキナコは、スプーンを高く掲げて嬉しそうに笑った。

 お行儀が悪いけど、素直に喜んでくれるのを見ると、仕事で疲れていたはずの心が柔らかくなっていく。


 ペットとの生活、ほんと最高。


「うま……つばめちゃんは本当にお料理上手ですねえ」


 キナコは幸せそうな顔で、口にいくらか食べものを残したまましゃべっている。


「そう? 昔、本当は料理の道に進みたかったんだ。親にも反対されてて、結局今はただのOLだけどね」


 若かったころの無謀というやつだ。今はそれなりの年齢にもなり、現実も見えて、現状の仕事にも満足している。


「キナコは……その、お仕事とかはどうしてるの?」


 なんとなくフリーターっぽいとは思っているが、これまでキナコがどうやって生活してきたのかは、結構気になる。

 私は自分とキナコのコップにお茶を追加しながら尋ねてみた。


 キナコは、ちょっとためらうような間をあけたが、すぐにお茶を一口飲んで話し出した。


「わたし? ……実は売れないモデルさんやってるんだ。まあ、たまにしか仕事無いし、そもそも仕事って言えるほど収入もないんですけどね。だからお金も無くて、こないだまでは友達の家にお世話になってたんですよ」


 モデル。

 確かに見た目いいしなあ。スタイルいいし。美人だし。

 これでも売れないというのが、やっぱり現実の厳しさなんだろうけど。


 お世話になっていたお友達というのは、多分男の人なんだろうなあ、とは思うけれど、なんだかモヤモヤするのですぐに思考から外した。


 キナコはまたガツガツとチャーハンを食べて、ニコニコしている。 


「だから、つばめちゃんに拾って貰えて、実はすごくラッキーだったんだ。清潔なお部屋。美味しいご飯。優しい飼い主。ペットにとってはここは天国ですよ」


 笑顔がほんとにかわいい。

 喜んでいただけるなら何よりです。


 かなり大盛りのチャーハンをペロリと平らげたキナコは、ご馳走様でした、と最後だけはお行儀よく手を合わせた。


「そう言えばつばめちゃん。暇だったからお昼にお風呂洗っておいたんです。良かったら一緒に入りませんか?」


 なんていい子でしょう! かしこいペット!


 が、ちょっと待って。

 一緒に入る? キナコと私が?


 ちょっと、ちょっとそれはなんか、おかしなことになりそうというか、なんというか……。


「ね、猫はお風呂は嫌がるものじゃない? べ、別々に入りましょう。そうしましょう」


 日和った。わけのわからない理屈で。


 無理だ。

 最初だけ見たキナコの裸が頭に浮かんで、なんだか悶々としてしまう。


 女の子同士なのに、私はなんてことを考えてるんだ。

 今日は無理。またの機会に。ぜひまた次回チャンスを。


「ふーん。じゃあ、寂しいけどとりあえずお湯張ってきますね」


 するりと席を立つキナコのしなやかな後ろ姿に、私はすでに後悔しはじめていた。


 ああ……キナコと一緒にお風呂か……。きっと楽しかったんだろうなあ……。



 後悔はしばらく続いた。


 しかしお湯が溜まり、キナコに促されて先にお風呂に浸かるまで、やっぱり一緒に入りたい、とは言い出せなかった。

 だって、なんかいやらしい感じの言い方になっちゃいそうだし。



 ……が、天使はいた。


 悶々としながら浴槽に浸かり体育座りをしていると、浴室の扉が急に開いて、一糸纏わぬ姿のキナコが突撃してきたのだ。


「やっぱり一緒に入りますね。おじゃましまーす」


 キナコは体を軽く流してから、私が入っている浴槽にするりと入り込んでくる。


 あまりにも綺麗な体に、ちょっとおかしいくらい心臓がばくばくいって、直視できない。

 けど目を離せない。


 キナコは体育座りで固まったままの私の外側に、足を広げて伸ばした。

 ダメだよ見えちゃう! 大切なところが!


「ふふ、つばめちゃんかわいい。顔真っ赤だよ。照れてるんでしょ。ペットをいやらしい目で見るなんて、よくないですねえ」


 キナコは私の顔に自分の鼻が当たるくらい近づいて、ニヤリと笑っている。



 ダメだこれ。


 色々当たってるし、かわいいし、やわらかいし、もうダメ。


「チガウヨ、キナコチャン! ワタシ、ノボセチャッタ! サキニアガルネ!」


 機械みたいにぎこちなく、私は浴室から逃げ出した。

 髪も体もきちんと洗っていないが、もう諦めて明日の朝にシャワーでも浴びよう。


 さっきまで触れていたキナコの肌の感触が体に残っていて、思わずぞくりとした。

 心臓の激しい鼓動は、ちっとも収まらない。



 ……嘘でしょ? わたし、そっちの気はないと思ってたのに。


 ガチ恋じゃんこれは。学生のころ以来だよ、こんなにドキドキするの。


 いや、きっと欲求不満なだけだ、うん。

 いい歳しておいて、ここしばらくは彼氏もおらず、体がなんか勘違いしちゃってるだけだ。


「キナコはペット。キナコはペット。キナコはペット……」


 自分に言い聞かせるように呟きつづけたが、それはそれで異常なセリフだったので、思わず私はクスッと笑ってしまった。



「もう、つばめちゃん逃げないで下さいよ。ペットの髪の毛洗うのはご主人様の務めでしょ」


 からすの行水でお風呂場から出てきたキナコは、体を拭くタオル一枚で、他には何も身に付けていなかった。


 私はすっと反対の方に顔を向け、その綺麗な裸から視線をそらす。


「キナコチャン、ヤメテヨー! ワタシ、モウダメダヨー!」



 もう、認めます。

 私、この子のことを、性的な目でも見てます。



 その日寝る前、もうやるしかない、自分に正直になるしかない、とベッドで目をギラギラさせて待っていたのだが、キナコはなかなかやってこなかった。


 辛抱たまらず見に行くと、キナコは自分のロフトに布団を敷いて丸くなって寝息をたてており、私は意気消沈して自分のベッドに戻っていった。


 こういう気まぐれなとこ、猫の悪いとこだよね、ほんと。

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