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【完結】百合なペットと二人暮らし  作者: くもくも
1章 私のペットは女の子
2/17

2. 二人暮らしの始まり

 しばらくして女の子は結局、唖然としてほとんど何も言えなかった私を置いて、そのまま部屋を出ていき、どこかの自分の棲みかに帰っていった。


 少し待っててね、ご主人様、という言葉だけを残して。


 私はさっきまでのその子の言葉が頭の中をぐるぐる回って、しばらく玄関に立ち尽くしていた。


 だけどそのうち、さっきまでこの部屋に、私以外の誰かがいたということ自体が、全部私の妄想のように感じてしまい、彼女が残していった飲みかけのペットボトルや、お風呂場が確かに使われたような形跡を、何度も繰り返し確認してしまった。


 今、私に何が起ころうとしているのだろう。


 1ヶ月前にこの世を去った猫のキナコのこと、そのキナコにどこか似ているあの綺麗な女の子のことが、ずっと頭から離れなかった。




 時間がたち、ただそのまま時が過ぎ、何もできないまま土曜日の太陽が沈んでいく。

 ベランダの外からは、近くの公園で遊んでいた子供たちの声も聞こえなくなっていた。


 人の気配が薄くなっていく夕方と、キナコがいないこの部屋に、苦しいくらいの寂しさが押し寄せてくる。



 あの子は、今なにをしているんだろう。


 あの子は、本当にこの部屋に戻ってきてくれるつもりなのだろうか。

 それとも、やっぱり冗談で、今頃は他の誰かと、楽しく夕飯の準備でもしているのだろうか。


 冷静に考えてみれば、まあ、戻ってはこないだろう。

 楽しいリップサービスというやつだ。

 そもそもあの子には、わざわざこんな行きずりの女のところに戻ってくる理由がない。



 今日の出来事は、きっと天国のキナコからの私へのプレゼントだったのだろう。


 キナコがいなくなってからは、毎日自分自身、生きているのか死んでいるのかもわからないような生活をしていた。


 キナコがいたあの頃と同じように、毎日仕事に行って、ご飯を食べて、お休みの日には部屋をきれいに掃除して。

 だけど、そこに幸せを感じる瞬間はなかったのだ。


 心があんなに落ち着いた朝は久しぶりだったし、こんなに自分の心が動いたのも久しぶりのことだった。


 しっかり生きていかないと。

 キナコが私に、そう言ってくれているんだろう。



「よし、ご飯でも作るか!」


 私は気持ちを切り替えるためにキッチンに向かった。

 これからも、きっと昨日までと同じような毎日が続いていくのだから。



 食材も少なかったので、常備している材料で簡単にパスタを作っていく。


 沸いたお湯の中に、多めに塩を入れて、それから二人分の乾麺を広げ入れた。

 二人分なのは、お腹がすごくすいているから、たくさん作るというだけだ。


 少し固めに茹でた麺を取り出す。

 明らかに、私一人では食べきれない量だった。


 フライパンにも、いつもよりだいぶ多くのベーコンを入れて炒めていく。


 もしあの子が帰ってきたら、お腹がすごくすいているかもしれないから。



 涙がまた溢れて、あわててコンロの火を消す。


 寂しい。ひとりぼっちは寂しい。

 

 キナコに会いたいよ。

 またあの子に会いたいよ。



 ふと、玄関の外から、何かの物音がした。


 あきらめたつもりだったのに、心臓が、きゅっと縮んだように痛んだ。


 チャイムの音がする。


 私は玄関まで大急ぎで駆け寄り、震える手で、鍵もかけ忘れたままのドアノブを下げた。



「どうしたのおねーさん、そんな顔して。ふふ、もしかして寂しかったんですか? ……ただいま、ご主人様」


 きな粉色の髪が揺れて、私は思わずその子を強く抱きしめていた。




 彼女は自分の荷物を、前の棲みかから持ってきたのだという。

 段ボールに二箱しかない家財道具を、2階のこの部屋まで頑張って運んできたらしい。


「一応、このアパートの前までは、友達に車で乗っけてきてもらったんですよ。新しい男でも見つけたのか、なんて聞かれちゃった」


 一つずつ分担して、あまりにも少ない荷物をリビングに運びながら、女の子は言った。


「もしかしたらおねーさんが部屋に入れてくれないかもって考えてさ。少し不安になってたんですけど。へへ、でも良かった。待っててくれたみたいで」


「なんで? 普通、戻ってこないでしょう? 正直、待ってたけど、戻ってこないだろうなって思ってたよ」


 女の子は、特に答えず、リビングの隅に段ボール箱を置いた。

 私もその横にもう一つの箱を並べて置く。

 すごく軽いけど、一体何が入っているのだろうか。

 箱の中身もそうだし、この子が考えていることを、少しでも知りたいと思う。


「お? さっき抱っこしてくれたときも思ったけど、なんか美味しそうな匂いがしますね。わたし、あの後なんにも食べてなくて、お腹ペコペコなんですよ」


 女の子はくんくん鼻を動かしながら、キッチンの方を見つめた。




 腹ペコの女の子に私は、途中まで準備していたパスタを急いで仕上げ、テーブルに並べた。


「はい。ごめんね、自分用だと思って作ってたから、手抜きだけど」


「ありがとう。いただきます。ふふ、おねーさんって大食いの人なんですか? そんなこと言いながら、明らかにこの量、わたしの分も作ってくれてたんだよね」


 ニヤニヤしている女の子の細められた目は、まるで撫でられているときの猫みたいだ。


「うわ、うまあ! なにこれすごい! ほらこのベーコンとかすごい厚切りだし!」


 夢中でパスタを口に運ぶその子を見ていると、猫のキナコにエサを上げたときのような、ほんわかした気持ちになってくる。


「ねえ、今さらだけど、あなたのこと何って呼べばいいかな。あの、あなたの名前は?」


 私の言葉に、女の子は首をかしげた。


「わたしの名前? ……キナコでしょ? ……あれ、違った? ぼたもち? おはぎ? ……いや、やっぱりキナコでしたよね」


 この子、本当に猫のキナコの代わりになろうというのか。

 それとも、何か自分のことを隠したい事情でもあるのか。


 どちらにせよ、私にもそれ以上、細かいことを聞いていく理由もなかった。


「……わかったよ、キナコ。私は三条つばめっていうの」


 もちろんこれは本名。キナコと違って、私には隠したい何かがあるわけでもない。


「つばめちゃんかあ! なんかかわいい名前ですね」


 キナコを名乗り始めた女の子は、手に持っていたフォークを置いて、こちらにふんわりと笑いかける。

 いつのまにやら、その子の皿の中身はすごい早さで空っぽになっていた。


「ご馳走様でした! ありがとう、すごく美味しかった! 暖かい手料理食べるのって、本当に久しぶりでしたよ。 あ、そうだ。明日はできればオムライスがいいな」


 オムライスか、まあいいけどさ。

 明日。

 またこの子と過ごす、ひとりぼっちではない明日があるのなら。


「ねえあなた、結局昨日って」

「キナコだよ? ご主人様」


 女の子、いやキナコは、コップのお茶を飲み干して私の言葉をさえぎった。


「じゃあキナコ、結局昨日って、何があったのか教えてくれない?」


 コップにお茶を追加してあげてから、私はキナコの透き通った瞳を見つめた。 


 キナコはテーブルにだらしなく体をあずけながら、ニヤニヤと笑った。


「ふらっと居酒屋に入ったら、なんかきれいなおねーさんがカウンター席でぶっつぶれてたんですよ。で、横に座ったらエンエン泣いてるから、ちょっと話聞いてあげてたら、ペットが死んじゃったとか、わたしがそのペットに似てるだとか絡んできてさ」


「な、なんかごめんね……」


 私としたことが、とんだ失態を。


「ふふ、面白かったからいいですよ。で、しつこくわたしの頭撫でてくるから、好きにさせといたら、しまいには、早く一緒におうちに帰ろうって言い出したんです」


 キナコはほっぺたをテーブルにペタりとくっつけながら笑う。


「本当にごめんね……。あなたの髪の毛、前に飼ってた猫のキナコに色とか感じがそっくりで……」


「あなた、じゃなくてキナコって、ちゃんと呼んで下さいよね。で、一人で帰したら流石に危なそうだったから、しょうがなく一緒に帰ることにして、つばめちゃんに案内されるまま、この部屋まで来たってわけです」

 


 ようやく状況はわかった。


 奇跡みたいな何かがあったのかも、なんて期待もわずかながらしていたのだが、実際には何もかも私のせいじゃないか。


「昨日は本当に申し訳ございませんでした」


「いいですよ。こうしておいしいご飯も貰えたし。きれいなお部屋で眠れるんだし」


 キナコは、背伸びをしながら言う。

 細くて綺麗な体は、本当に猫みたいだ。


 裸で一緒に寝ていた理由までは、ちょっと聞き出す勇気は出なかった。


「ねえキナコ、もしかしてここで暮らすつもりなの?」


「え、そりゃ、そのつもりですよ。わたしはつばめちゃんのペットなんだし、いつも一緒にいたいですけど?」


 本心かどうかなんて、さっぱりわからないけれど、キナコの一つ一つの言葉に、胸が暖かくなってくる。


「じゃ、じゃあそこのロフトは自由に使っていいよ。空いてる部屋は無いんだけど……」


 うちのアパートは1LDKロフト付き。一部屋は寝室として使っているので、空いているスペースはわずか3畳ほどのロフトしかない。


 やっぱり、私が寝室を譲ってあげるべきなのだろうか?

 わざわざ私のために一緒にいてくれるというキナコに、少しでも快適な環境を与えてあげたいのだけれど。


「わ、結構広いねこのロフト! わたし、こういうスペース落ち着くんですよ」


 私の心配をよそに、キナコはロフトに転がってゴロゴロとはしゃいでいる。

 ロフトには、元々お客様用の布団を置いていただけだった。

 もうずっとお客様なんていなかったけど、ちょくちょく干したりはしていたから、そのままキナコに使ってもらうことにする。


 その後二人がかりでロフトに持ち上げた、わずか段ボール二箱の彼女の家財道具に、布団なんて入っているわけがなかったので。




 その夜、なんだか心地よい疲れを感じながら、私は早めに寝室のベッドに潜り込んだ。

 同じ家のなかに誰かがいるという気配に、また胸がいっぱいになる。


 キナコが実は、私の預金通帳などを狙った巧妙な泥棒で、明日の朝にはいなくなっていたとしても、もう私はそれで満足だ。

 今、私の近くにいてくれるという充足感を与えてくれただけで、もうそれは、私の何を捧げてもかまわないくらい、ありがたいことだと思えるから。


 そのとき、寝室のドアが静かに開いた。

 キナコは、私がまだ起きているのを見て柔らかく微笑み、そして私のシングルベッドにちょっと強引に入り込んでくる。


「ちょ、ちょっとキナコ? 何を……」

「何って。ふふ、そっか、昨日のこと本当に覚えてないんですもんね」


 狭い布団の中で体が何ヵ所もぶつかり、キナコの甘い感じの匂いがする。

 柔らかな肌の感触と、暖かい体温のせいで、朝リビングに散らばっていた私達のしわくちゃな衣服が急に頭に浮かんできて、思わずいやらしい気持ちになってしまった。


 キナコは固まっている私の肩に自分の顎を乗せて、そのまま頬擦りをしてくる。


「だってわたし猫だから。好きなときに好きな場所で寝ます。今日はつばめちゃんのお布団が寝床だね」

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