真相
時はコントロールパネルを操作して、鮎里の居場所を特定し、警告付きの同意書を送付して、鮎里を研究所に移送しようと試みた。同意しない場合、「テラ」での行動が制限される旨を理解した鮎里が同意し、その瞬間、鮎里の姿が四人の前に現れることになった。怯えているのか鮎里は何もしゃべらなかったので、雪の方から質問を投げかけた。
「鮎里さん、何か隠していませんか。隠さないといけないようなこと、ありますか?」
「私は普段通りに、自分の部屋でくつろいでいただけ。なにも隠していないわ。突然警告付きで呼び出されて驚いています。」
「くつろいでいただけなのに呼びかけを断るって、以前お会いした鮎里さんらしくないと思います。」
一呼吸おいてから雪は核心に触れる発言をした。
「鮎里さんには双子の兄弟が居ませんか?あなた、鮎里さんとは別人ではないですか?」
鮎里の顔がみるみる青ざめていくのが見て取れたので、雪と葉月は正解にたどり着いたことを確信した。鮎里の姿をした人物は震える声を絞り出した。
「どうして判るのよ。私は鮎里の姉。確かに妹のふりをして「テラ」にログインしているわ。一卵性双生児だもの、生体認証もクリアできるから誰も気づかないはずなのに。」
「鮎里さんのデザインを流出させたのもあなたですね。鮎里さん自身ならデータの保護を解除することも可能だ。」
「鮎里は恵まれすぎているのよ。私はこんななのに。少し困らせてあげようとしたのに、この事件のおかげでもっと名が売れたの。鮎里の仕事は順調よ。」
鮎里のふりをしていたのは、佐友里という双子の姉だった。佐友里は鮎里が話さなかった身の上話をぽつぽつと語った。二人は産まれた直後に、離れ離れになったのだ。生みの親は貧しくて二人も育てられない、と鮎里を里子に出したのだった。佐友里は生みの親のもとで育ったが成長と共に、貧しさのあまり必要なものもろくに手に入らないという周囲との環境の格差を徐々に気にするようになっていった。一方、鮎里を引き取った家庭は子どもには恵まれなかったものの、裕福で社会的にも成功していた。鮎里は若くして育ての親と同じくデザイナーを目指すようになり、徐々に成功しつつあったところだったのだ。佐友里も鮎里も、姉や妹の存在を知ったのは成人してからだった。鮎里は直接的に自分の幸せの一部を姉と共有する方法が見つけられず、仮想世界での自分を佐友里に「貸し出して」いたのだ。仮想世界ではあっても、鮎里の環境は佐友里には全く考えられないほどまぶしく、現実での自分との違いを余計に多く感じさせられるものだった。嫉妬が彼女を狂わせ、今回の事件の素となったのだ。
「ワッフルのセキュリティを破る方法があったなんて、驚きだね。」
不正なログインは二度としないと誓わされた佐友里が立ち去ったあと、そう言う葉月に真が別の見解を述べた。
「今回の事件の本質はそんなところじゃない。鮎里さんと佐友里さんという二人の間に埋めがたい格差が生まれてしまった。同じ時に同じ環境で生まれたにも関わらず。この現実だ。」
貧困や格差の問題は二十一世紀になった現在、かつてないほど世界を覆っているのだ。各国の政府は手をこまねいているか、放置している状態で解決の糸口すらつかめていない。皮肉なことにその問題は己の利益を追求するのが目的の民間の会社が解決しようとしている。ワッフル社は市場を独占する勢いで事業を進めているが、同時に仮想世界上でベーシックインカムを支給し、貧困や格差の解消をする努力をしている。貧富の格差があまりに大きくなり、貧困にあえぐ人が食べていくのにも困るようになると世界全体の消費が落ち込み、富裕層も経済成長の恩恵を受けられなくなるとの考えからだ。世界全体の経済は富裕層の活動だけでは回っていかない。ワッフル社は極端な格差の拡大は何も利益を生み出さないという信念のもと、世界の支配を狙いながらも人類全体の利益に奉仕する方針を固めているのだ。




