イントロ(導入)
今日もなんとなく過ぎていくんだろうと思った。
感動も興奮もなく、どこかつまらない日常。
こんな日々が変わるときは、やっぱり出会いがあったときなんだろうか。
だけど、物語に出てくるような非現実で感動的な出会いなんて自分に訪れるはずがないって思っていた。
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高校の授業がおわり、一人でのコンビニ弁当の夕食を食べた後。
いつものようにコーヒーと共に家で読書に浸っていた。
辛い日常から唯一逃れることができる至福のひととき。
ここは二階で、下には赤く錆びた階段で降りられるようになっている。雨の日は滑りそうでなかなか危ない。二階には4つ部屋があり、僕の部屋は奥から二番目。僕の隣の一番奥には女子大生、一番手前には中年の男。もう一つの僕の隣の部屋の住人は見たことがないが、夜に明かりが灯っているので誰か居るのは事実だろう。
こんなに古いアパートでも入居者が多いのは、立地条件と家賃のやすさだろう。近くにのぞみのとまる大きな駅がある。高い建物が立ち並んでいてボロアパートは浮いている…いや、このアパートだけ低いので沈んでいる。
それにしても母さんの突飛な思いつきにはとうに慣れていると思っていたが、流石にあの暴挙には驚いた。
家に帰るといきなり僕だけ引っ越す旨を伝えられ、返す言葉もないままこのボロ…年季の入っていそうなアパートまで連れて行かれた。
『ブルクシュロス』という名前のアパート。何かの冗談かとも思った。
『ブルク』も『シュロス』も、どちらもドイツ語で『城』という意味。こんな城にそのダブルミーニングはまるで合わない……いやそうではなくて、急に一人暮らしをさせられることになったことについてなにかの冗談かと。
生活に必要なものは用意していたからと、そのまま一人置いていかれた。
僕は高校二年生、大学生になるまでに一人暮らしをするなんて考えてもいなかった。
今住んでいるこのアパートは六畳とキッチンにトイレ、風呂、押入れ。どれも古いけど、風呂があるだけましだ。当たり前だが、残念ながら風呂に「お湯はりをします」「お風呂がわきました」なんて僕に話しかけてくれる機能もない。
僕の部屋の前の廊下から足音が響いた。
鉄の狭いは廊下例によって錆びていて、このアパートの趣に一味加えている。
柵は今にも朽ちて崩れそうで、まあ2階建ての下は唯一の華である花壇なので落ちても問題はない。
だから直さないのか、ただお金がないのかは気にしないことにしておく。
このボロアパートに防音性などあるわけもなく、廊下の足音は全て聞こえてくる。
僕の部屋のインターホンが鳴った。
来客なんて珍しい。たまに親が来るくらいで、そのときは事前に連絡がある。
訝しんで玄関に向かう。
立て付けの悪いノブが錆びたドアを解錠し、おそるおそる外の様子を覗き込む。
外にはひと目で配達員だと分かる格好をした男の人が立っていた。ただ見たことのない業者だ。
後ろには家族用の冷蔵庫くらい大きなダンボール。この男の人が一人で持ってこられたとは思えない。
「えっと……?」
「カバーワールド社です。三沢水斗さんですね?」
「は、はい」
こんな大きな荷物に心当たりはないが、宛先違いではないらしい。
「顔認証を確認しました」
「……?」
「ではごゆっくりお楽しみください」
彼は最後まで感情のない無機質な声のまま、自然に微笑んで去っていった。
「何だったんだ……」
経験したことのないような不安。先程起こったことの全てが違和感だった。
確かにやり取りがあったことを証明する、巨大なダンボール。
とにかく中身を確認しなくては始まらない。重い箱を引きづり家の中に押し込む。
欧米化していない低めのドアになんとか入った。
ワンルームの中心に箱を置く。
カッターで慎重にテープを剥がすと、中から出てきたのは真っ白で重厚な化粧箱。
ダンボールの中にピッタリ入っていたので、サイズはダンボールとあまり変わらないまま。
黒いボタンが一箇所ある。箱に唯一の文字は、黒く「Cover World」とある。
おそるおそるボタンを押してみると、そこで起こったのは摩訶不思議なこと。
白く発光するという無駄なエフェクトをかまして箱が四方に展開し、中から人間が台座に座った状態で現れた。
「はじめまして。Cover World社の最先端技術のすべてが詰まったアンドロイド、オーダーメイドプレミアムフラグシップハイハイエンドモデル。PS-12-0968です」
溶けかけの雪のような白く長い髪。
真っ白の袖のないワンピースに身を包んでいる。白い綺麗な肌、髪、服、靴。
色があるものが瞳と唇しかなくて、思わずその煌めく深い海の瞳に吸い寄せられる。
彼女のすべてが純白で、美しさに飲み込まれそうになる。
それでいて顔立ちはまだ少し幼く、あどけなさの残る顔つき。
「……なんて?」
「復唱します。I`m an Android made from Cover World`s high technology.Older made premium flagship high high-end model,PS-12-0968」
「そうですか……」
なぜ単語を並び立てた英語。
目をこすっても頬をつねっても目は覚めない。夢ではない、らしい。
何が起きているのかさっぱり把握できないけど、とりあえずわかったのは彼女がとても可愛いってことだけ。
「ファーストカスタマイズを行います」
彼女はそういうと、しばらく動かなくなった。
僕はあっけにとられてながめているだけ。
「……本社サーバーに接続できないんですけど」
「えぇ……」
そんなこと僕に言われてもこまる。
「なんでですか!」
「いや知りません」
「そうですよね……」
急にしょぼんと落ち込む彼女。
「接続せずにできないの?」
「本来想定されていない使い方ですが……善悪判定もできませんね。仕方ないです。ただ、サーバーが止まることはありえないのですが。……ここは無人島ですか?」
「いや令和の東京ですけど!」
「……令和?」
「え、うん……まさか未来から来た、とでも?」
「そのまさか、かもしれません……今何年ですか?」
「2×××年ですけど」
「……それ、30年前ですね」
なんだこの急展開。開いた目と鼻と口が塞がらない。鼻は塞がらないか。
「なるほど、納得しました。それで水斗さんが生きているのですね」
「……え?」
不穏な空気。
「あなたは結構大きな事件で死んじゃっているんです」
「へ、へぇ、そうなのか……」
アンドロイド相手に平静を保とうとする。
「しかし困りましたね……いい吸収できそうなプログラムはありませんか?」
「windowsとか?」
彼女は気にした様子もなく話を先にすすめる。
「あ、それいいですね。ください」
適当にした発言が採用された。ちょうどあったUSBメモリを手渡す。
それを見て彼女は目を輝かせ、USBメモリを口に加えた。
「おー、なかなかこの時代のプログラムもいいですね。歴史を感じます」
「ふーん」
「よし、OKです」
「はやっ」
USB3.0の限界を超えている気がする。
「日付、時刻、GPS同期完了……私の名前はアマミです、よろしくお願いします」
「うん、よろしく……」
結局何もわからないまま、今日が終わった。
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「おはようございます」
「……おはよう」
目の前にアマミがいた。
自分はソファーで寝て、ベッドはアマミにゆずった。アンドロイドとはいえ、女の子をソファーに寝かせるのは忍びない。
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学校から帰ってきた。
「おかえりなさい!」
「うん、ただいま」
もう僕は目前に起こっている現象について考えることを諦めてしまった。
自分の家に、未来から来たアンドロイドがいる。それだけ。
掃除や洗濯をしてくれていた。自分でやるのはめんどくさく、いつも後回しにしていたのでとても助かる。
アマミがカレーを作ってくれた。とても美味しい手作りの料理は久しぶりで、温かかった。
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木曜の朝。
「おはようございます!!」
「おはよう」
「おかえりなさい!!!」
「ただいま」
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金曜。
「おはようございます!!!!」
「……おはよう?」
「おかえりなさい!!!!!」
「ただいま!」
アマミは時が過ぎるごとに感情が豊かになっていっているように思った。
そして、アマミと出会って3回目の朝。
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寝起きでぼやける視界のすぐ前にアマミの寝顔があった。
僕は驚いて飛び起きる。
「な、なんで……」
昨日も確かに自分はソファーで寝て、アマミにベッドを譲ったはずだ。
それなのに僕はベッドにアマイの隣で寝ていたようだ。
僕が跳ね起きた反動でベッドが揺れ、アマイを起こしてしまった。
アマミは目をこすりながら、
「おはようございます」
長い欠伸をしながら朝の挨拶をこちらに投げかけた。なにやら眠そうな様子だ。
「な、なんで同じベッドに……?」
「オーナーを防衛していました!」
「そうなんだ…?」
あまりにもアマミが自信満々に胸を張って答えるものだから、文句がつけづらい。
そのまま僕は恥ずかしさから添い寝の件に言及できず、
「オーナーって呼ぶのやめてくれない?」
と、関係ないことで紛らわそうとする。
「いいですよ、なんと呼べばいいですか?」
意外と乗り気な感じだったので驚く。昨日までは規定違反だと言われてすげなく拒否された。彼女にどんな心変わりがあったのか。
それは置いておいて呼ばれ方。こまったな。
「……やっぱいいや」
「えー」
なぜかアマミは残念そうだった。今までは全く興味がなさそうだったので。
「そうだ!私の名前、天に海で天海って読むことにしていいですか?」
急に思いついたように天海は口に出す。
「別にいいけど」
そんなこんなで朝の会話が終わる。今日は休日、なにをしようか。
続きを書くかはわかりません。
ブックマークが増えればモチベ上がりますのでよろしくおねがいします。