慟哭
―斑鳩王子―
大和の軍勢は完全に戦意を失っている。それは結局、兵達とは関係のない戦いだからといえる。権力者同士の争いに駆り出された彼らは、一部を除く多くが戦闘をしたいわけではないと言えるだろう。
藤原の武士達は、主を失ったとはいえ戦う姿勢を解かなかったが、鹿取兄が捕縛された姿を見せれば、恭順を示した。
一夜が明けて、俺が最初にしたことは、藤原頼道の息子である道長を、当主と認め、藤原家継承を王室として保証することを発表したことだ。これで道長は内心はどうあれ矛を収めた。ただ、彼とすれば、鹿取兄への恨みは晴れておらず、殺意は道長の目を見れば語られずともわかるものだ。
「道長卿、貴公の気持ちはわかるが、彼は俺の兄だ。貴公に差し出すことはできない」
向かい合わせた床几に腰掛ける俺と彼は、お互いの目を見ている。
道長は、父譲りの品ある顔立ちでありながら、獰猛な目をしていた。しかし知恵は父を凌ぐという噂通り、事を荒立て得などないという計算で、この場では引き下がってくれた。しかし、一方でこう言う。
「その件はお任せします。ですが、私が今後、どう動こうとそれは斑鳩様のお気持ちに沿うとは限りませぬと申しておきましょう」
鹿取兄の命を、奪える機会があれば奪うぞという意味です……。
こえぇよ!
こんなん相手に俺は大君なんて務まるのか!?
なんと答えようかと口を閉じる俺の後ろで、リミアが口を開いた。
「仇を討つと申されるその気概はさすが大和の藤原殿……斑鳩殿、うらやましゅうございます」
「姫?」
「わたくしの国では……主君に面と向かってこのようなことを申す者などおりません。情けないことです」
彼女の言で、鼻を膨らませた道長は、立ててもらって感謝するとばかりに笑みを作った。
「皇女殿下の言、ありがたく頂戴いたします」
道長が一礼し去る。
こうして、俺は大和の軍勢と、姫の軍勢を連れて、大京に向かうことができた。
ミレーネ選帝侯は事の一部始終を記録し、帰路につく。
彼女は別れ際、俺にこう言った。
「我が夫は軍の要職にありますゆえ、何かありましたら私も夫も、お二方のお味方をいたします。それでは失礼」
馬を巧に操り、護衛達と駆けて去って行く隣国の宰相はカッコよかった。
だが姫はこう言う。
「言葉通りに受け取らないほうがいい相手です、斑鳩殿」
「……そうなので?」
「あのような人の良さを堂々とさらすような者に、我が国の宰相は務まりませぬ」
……腹黒ってことね。
了解……。
「姫、では大京に向かいましょう。大京についたら、両親を紹介します」
佐々木の言では、俺の両親は捕えられているとはいっても丁重に扱ってもらっているようだ。
丁重という表現が、言葉通りのものであることを願おう……。
―リミア姫―
大和は中央大陸の北端に位置していて、北の大陸と陸続きであるレノム陸橋地帯と接している。陸橋という名前の通り、陸地が北の大陸に繋がっているが、深い森林地帯と剣呑な山脈で人はそこを通過できない。エルフやドワーフ、妖精や魔族が暮らす未開拓地域になる。その彼らのひとつ、アテナイ族の騎兵を初めて見たわたしは、下半身が馬の人達を見て、また勇猛そうな姿を見て、斑鳩が将棋で勝ってくれてよかったと思った。
佐々木道元に尋ねると、彼らは自分達をケンタウルスと名乗っており、神々に与えられた姿を誇に思っているという。その彼らはエルフ、ドワーフと争っていて、ケンタウルスに火薬を提供する代償として、戦の時は兵を借りているそうだ。
佐々木家が治める紀伊領では、火薬の生産が盛んであるのはわたしも知っているが、他所に与えるほどの生産量があるとは驚きだった。
大和は小さな国だけど、実はけっこう、豊かで進んだ国なのかもしれない。
そんな予想が、確信に変わったのは大京に到着してからだった。
上下水道が整備された街並みは、将棋盤のように美しい正方形で、市内を縦横に走る街道で区画が整理されていた。道の幅員は軍勢が通過するに十分な広さで、また軍勢を出迎えに現れた民衆の姿に、暮らしぶりは豊かなのだと感じる。
衣服が汚れていない。
皆、血色がいい。
自分の国を省みて、思うところがあり、大国といって偉そうな態度が外交にも出ていることがなんだか恥ずかしい。
民衆は口々に「斑鳩様!」と叫んでいる。
彼はどうやら、皆にとても好かれているようだ。
わたしはここで、爺殿の言葉を思い出した。
彼は、斑鳩が「嘘だろ」と叫んで気絶して眠った時、斑鳩を見守りながら、わたしにいろいろと教えてくれている。
「若だけが、ご兄弟のなかで民のことを案じております」
「若は民のことを第一に考えます。それが民にも伝わっていますので、王室の中にあり、民にその名を敬われて呼ばれるのは若だけです」
「そんな若だから、藤原と佐々木に与しない豪族や貴族は、頼りにしています」
「そしてもちろん、自分も若を大事に思います。自分のような下民を、爺、爺、と呼んで懐いてくださり、今も頼りにしてくださり、対等に扱ってくれます……主従関係ではありますが、若はいつも自分に無理なことをやらせようとはしません……だから、自分は若のために、無理をします」
わたしは、少し前を行く斑鳩を見つめた。慣れない馬に緊張気味の彼は、精一杯の笑みを民衆に向けている。
ブサイクな笑みの斑鳩を、わたしはとても素敵に思えた。
民衆に向ける彼の笑みに、わたしは見惚れた。
―斑鳩王子―
大京の中心、大君が生活と執政を行う宮に入る。すでに両親は、佐々木の家臣によって解放されていた。佐々木道元は、今回の騒動の責任を取りたいと俺に申し出ると、刀を差し出し、両親と俺の前に佇む。
皆の視線が父に集まる。
「斑鳩、そちが決めよ」
父上ぇ!
逃げんじゃねぇ!
あんたがいつもそうだから! 兄上達があんなになり! 俺が大変だったんだよ!
うぅ……。
悩む。
だけど、俺はもう血は見たくない。
俺は、隣の姫を見た。
「ギュレンシュタイン皇国の皇帝陛下にお伺いを立てるのが筋ではございますが、一任頂いてもよろしゅうございますか? 姫」
彼女は、両親、佐々木、豪族たちや貴族たちが見惚れるほどに美しい笑みを作ると、優雅に一礼した。
「斑鳩殿の決めたことに、父も、我が国も異議を申し立てることなどありません」
「ありがとうございます……佐々木道元卿、面をあげよ」
宮の奥、内宮の謁見の間の中央で、佐々木道元は畏まったままの姿勢から、顔だけをあげた。
両親を背に、俺は口を開く。
「貴公の行ったことは国家を揺るがす大事であった。しかしながら、過ちを認め戦いを回避した貴公の判断こそ俺は評価している。だからこそ、何も無しには済ませぬ」
「は」
佐々木道元が深々と頭を垂れる。
「佐々木道元卿に命じる。向こう五年間、貴公は大蛇川の治水事業の責任者として現地に赴き、これを成せ。大蛇川の治水事業は、此度の混乱で進んでおらぬ。貴公はこれをすることで、責を果たし、国に尽くし、民に詫びろ」
「……寛大なるご処分に御礼申し上げます」
俺はここで、もう一人の首謀者を見る。
「藤原道長卿、前に出よ」
父は死んだが、藤原という家が起こした騒動でもあり、皆の前で言及しておく必要がある。
父親が死んで、チャラだと思っていたらしい道長が緊張した面持ちで佐々木の隣に畏まった。
「貴公の父も本来であればここで裁きを受けるはずであったが、我が兄である鹿取が貴公の父君を殺害した。まずはこれを、王室として深く詫びたい。申し訳ない」
頭を下げた俺に、両親が驚き、皆も固まった。
なにより、道長が一番、驚いていたに違いないが、俺には見ることができない。
顔をあげ、無表情で固まる道長を見つめ、言う。
「鹿取は伊豆にて暮らすこととし、王族としての権利の一切を剥奪するものとする。ただし、その生命は王室が保証するものとし、これを破るは王室への反逆ととる。ゆえに、貴公には、親の仇を討つことを禁じると共に、向こう三年、王室の軍費の三割を負担するよう命じる」
「……承知いたしました」
俺はここで、剣兄を見た。
剣兄は、捕縛された格好で、ビクリと反応する。
「大和の剣……我が兄……兄上……此度の騒動の張本人として、責を果たしてもらう」
「待て! 待てまてまてまて! 斑鳩! お前を認めるゆえ許してくれ!」
情けない……。
「兄上、何も無しでは済ませませぬ」
「わかった! わかった! 俺も大蛇川の治水を手伝おう!」
「……大和の剣、民を顧みず、鹿取兄との間で争い、次は俺の命を狙い、ゴートに乗せられ軽率な行動をとった兄上……伊豆にて鹿取兄の世話をする役目を申しつける」
「嫌だぁ! ふざけるな! 斑鳩のくせに生意気なことを!」
剣兄は叫ぶと、捕縛されているにも関わらず、近くの兵に体当たりをした。そして、俺へと突進する。
リミア姫が、すっと動き、腰の長剣を抜いていた。
「姫!」
殺すな!
そう叫ぶより早く、彼女の一閃が放たれる。
それは舞いのように優雅で、美しい。
剣は、姫の長剣の腹で殴られ、その場で昏倒する。
姫が、長剣を収め、腰をかがめて俺の隣に戻ると、片膝をついた。
「お許しください……わたしは妻となる前に、夫となる方に死なれとうありませぬ」
彼女の照れたような顔に、俺も照れた。
―リミア姫―
宴は盛大なものになった。
新年を祝う祭と同時に、即位祭が行われることを斑鳩の父君が改めて発し、次の大君となる斑鳩が、一切を取り仕切ることも公となる。
大京の民達は自然と外へと躍り出て、酒を飲み、踊り、歌い始めた。これに豪族や貴族達も刺激され、宮の中でも酒宴が開かれ、わたしの部下達も招かれ、酒やご馳走をふるまわれる。
イダニオが、魚を生で食べるなんて野蛮だと言っていた自分の発言を忘れたように、刺身というものを食べては美味しいと喜んでいた……。
『姫、大和の者は魚を生で食べるそうです。野蛮な奴らですね』
お前は過去、わたしにこう言ったのに……。
魚が苦手なわたしは、刺身を前に困っているが、イダニオも、誰も、助けてくれない!
裏切り者達め!
「姫、刺身は苦手ですか?」
斑鳩!
ああ! 貴方だけよ! わたしの味方は!
「いえ、苦手というか、生で食べたことがありません……」
「少し炙りましょう。それもまた美味しいですよ」
斑鳩の優しい申し出に、頷くわたしはここで気づいた。
宮中の女子達が、そろってわたしを見ている。
それは、珍しいとはそういう意味ではなく、妬ましさを含む視線……
一人、気の強そうな顔立ちの娘が、酒を注ぐのですよ的な表情の裏に敵意を隠して近づいてきた。
「お姫様、どうぞ」
お姫様、という発音に棘がある。大和の言葉は小さい頃から習い、困ることがないほどだがそこはやっぱり違う国なので、わたしの勘違いという可能性もあるが、先ほどの光景と、今の言い方に、嫌われているなと理解した。
それはそうだろう。
敵国の、皇帝の娘なのだから。
酒を注いでもらう。
ここに、刺身を炙ってくれと料理人に伝えに行ってくれていた斑鳩が帰ってきた。
「夢梨姫……」
夢梨という名前なのか。
彼女は、斑鳩に一礼すると、わたしに言う。
「斑鳩様は、本来であればわたくしと夫婦になるはずでした。過去、申し込まれましてよ」
え?
わたしが斑鳩を見ると、彼は気まずそうだ。
「ちょっとしたすれ違いで、わたくし達は夫婦にはなっておりませんが、斑鳩様の本心をわたくしは知っております。皇女殿下は、そのことをよくよくご理解頂きたいと存じますわ」
むかつく奴は、どこの国も、同じ口調……
「夢梨姫、そなたは俺をフったのだ。ブサイクでチビは嫌だと言ってな」
「あ! あれは照れでございます!」
斑鳩……そういえば、彼は言っていたな。
断られまくったと……。
大和の男性は、いくつの時かまでは忘れたけど、一定の年齢になった時、自分の妻となる人をみつける決まりがある。結婚を申し込み、応じてもらうまで、それは続くと聞く。
斑鳩は、全てに断られて期限切れとなり、独り身だったと知っている。
無理もない……わたしも最初に会った時、ひどいのがきたと思ったもの!
ごめん。
斑鳩、ごめん。
でも、衝撃的なほどにブサイクだもの!
そこは事実だもの……でも、貴方はそれでいい。
ブサイクでも、チビでも、短足でも、それは斑鳩という人間の一部でしかない。斑鳩という素晴らしい人が完璧な容姿だったら、神様は不公平だと皆が不満を述べるはずだもの。
わたしの素敵な斑鳩は、こういう容姿だから、わたしの前に現れるまで、誰にも取られなかった……
ふふふ……ふふふふふ
「ふふふふふ」
声に出ていた。
「何が可笑しいのです!?」
夢梨姫の大きな声に、周りで騒いでいた人々が一斉にこちらを見る。
イダニオ……その野次馬丸出しの顔、明日、酔いが醒めたら絶対に虐めてやる!
斑鳩が頭を下げる。
「姫、申し訳ない。彼女はちょっといろいろとこじらせれていて――」
「斑鳩殿、夢梨姫の仰ること、よくわかります。だからこそ、夢梨姫にお礼を申し上げてもよろしいでしょうか?」
斑鳩が、お礼? という目でわたしを見る。
夢梨姫が、お礼? は? という表情でわたしを見る。
「夢梨姫、過去、斑鳩殿からの求婚を断ってくださりありがとうございます。おかげさまで、わたくしはとても素敵な殿方と出会うことが許されました。心から、一緒にいたいと思える方の妻になる機会を得ることができました。夢梨姫のおかげでございます。ありがとう」
満面の笑みを作った私の前で、夢梨姫が半狂乱となる。
「てめぇ! ふっざけんな売女が! 野蛮に剣を振り回す筋肉女がぁぁぁぁああ!」
斑鳩がすっと立ち、夢梨姫の頬を軽くぶった。
パン、と優しい音が響くが、周りの者達も、された本人も、微動だにできない。
斑鳩が口を開く。
「この者を外へ連れ出せ。以降、宮に入れるな」
「斑鳩ぁさまぁああああああぁああわたしはぁぁああなたのぉおおおおおぉぉぉっ……」
夢梨姫の姿が消えて、声も届かなくなる。
斑鳩が、皆に言う。
「飲もう! 戦もしなくてすんだし! 佐々木! こっち来い! 詫びで注げ!」
佐々木道元が酔ってふらつきながら斑鳩のもとへと駆け付け、彼の杯に酒を注ぎながら歌う。
賑やかな酒宴は、終わりが見えない。
今夜は……将棋はさせないなぁ。
―斑鳩王子―
師走とは、師も走るほどに忙しいことから、そう名付けられた月だ。
一年の最期の月。
新年と即位の準備を進める俺は、我が国に残りいろいろと手伝ってくれている姫の軍に感謝している。彼らがいるから、俺の即位を快く思わない者達も動くことができないはずだからだ。
あの仕置きで全てが収まったと考えるほど、俺も馬鹿じゃない。
また、俺を助けてくれる姫には感謝しかない。
大和がうまく治まるように、俺は大君になったら、法も作り直そうと考えていて、それを彼女に手伝ってもらっている。
地方分権から、中央集権へと移したいのだ。
強力な権力を大君が握ることは危険だと思う一方で、大きくなりすぎた地方豪族の力を今は弱める必要があると考えている。また、帯剣を禁止する法を定めると同時に、国家が治安を維持する組織を創立する必要もあり、ここは姫の国を参考にさせてもらうことにした。
こんなことをしていると、月日があっという間に経つもので、いよいよ即位も近いという師走の中旬に入った。
その伝令は、俺と姫が、休憩を利用して将棋をさしている時に駆け込んできたのである。
三ノ宮でまだ暮らす俺は、居間で姫と向かい合っていた。
相変わらず、寝所でも色気のない俺達だが……婚前であるし……姫もきっとそう思っているに違いないと考えている。ただ、姫もこの屋敷にいるものだから……処理ができぬ!
姫! たとえば一刻だけでも、一人にさせてもらえませぬか! などと思っても言えない。きっと、どうしてですか? と美しい顔で問われ、わたしと一緒は嫌ですか? と子犬のように可愛い仕草で拗ねられるのだ……
「斑鳩殿らしくない。その銀は失敗ですよ、と」
パチン。
「あ!」
スケベなことに支配されていた頭脳のせいで、しくじった。
襖の外から、声がかかる。
「若! 大変です」
爺だ。
「入れ」
爺が姿を見せる。
彼は、俺を見て、姫君を見た時、苦し気な顔となった。
「どうした?」
俺の問いに、爺は一礼し述べる。
「ギュレンシュタイン皇国軍が、彼の国南部の戦いにおいて、ゴートに大敗! 皇帝陛下が……皇帝陛下が――」
爺を遮り、姫が彼に飛びつく。
「父上が!? 父上がどうしたのです!?」
「皇帝陛下が戦死なさいました! 皇太子殿下は負傷!」
……うそだろ。
俺は姫を見る。
彼女は動かない。
姫は、小さな声を絞り出す。
「雉丸殿……嘘でしょう? ゴートに父上が負けるはずがございませぬ」
「姫様……本当でございます……帰国のご命令が出るはずです」
「嘘……」
俺は考えるより早く、姫を抱きしめる。
そうしないと、彼女が崩れ落ちそうに感じたから。
姫は……リミアは、身体にまったく力が入らないといった状態となる。
「殿下! 殿下!」
イダニオ殿の声。
同じことを、伝えに来たのだ……。
俺が叫ぶ。
「イダニオ殿! 承知している!」
彼は、爺の背後に現れると、汗まみれの格好で片膝をつく。そして、姫の様子を見て、悟った。
姫が……リミアが、死んだように動かない。
だけど、その目から、涙がこぼれ始める。
「嘘よ……嘘よ」
「姫……」
俺は、彼女を抱きしめる手に力を入れる。
彼女が、それで俺を見た。
向日葵のような彼女から、輝きが失せている。
「姫……」
「嘘よ……嘘、斑鳩殿、嘘よ」
「姫……」
「嘘よ……嘘うそうそうそ……嘘よぉ!」
姫が叫んだ。
そして、俺にすがりつく。
俺は、震える姫を、しっかりと抱きしめる。
そして、爺とイダニオに言う。
「状況を詳しく!」
二人が急ぎ離れた。
俺は、俺の腕の中で震える姫へと視線を落とす。
彼女の白い首筋が見えた。
震えているのがわかる。
「姫……」
「うぅ……うそよ……父上が……うそよ……」
姫は、涙を流す。
俺は、キングスレイ二世陛下を脳裏に描いた。
俺を助けてくれて、俺を立ててくれて、俺に姫が嫁ぐことを許してくれた恩人で、立派な人だった。
彼の声が、蘇る。
『斑鳩殿、はねっかえりだが頼む』
陛下……。
「うそだろぉおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
叫んでいた。
―リミア姫―
父上戦死は本当だった。
わたしは、すぐに帰国しゴートを討たなければならない。
帰国準備に五日を要した。
食料など、手配してくれた大和には感謝しかない。
忙しく働くせいで、父上戦死の報が届いてから今日まで、斑鳩と顔を合わせていない。彼もまた忙しかったからだ。即位の準備に、わたし達の為の準備に奔走してくれたのだ。
斑鳩、ありがとう。
甲冑をまとい、馬に乗り、イダニオに問う。
「国元からは?」
「は、ミレーネ選帝侯を中心とする軍勢が再編成を終え、討伐に向かう手はずです」
「さすれば戦場で合流します」
「かしこまりました」
兄上も負傷とあって、皇室において軍勢の指揮を執ることができるのは、わたししかいない。
別れの挨拶をしたかったけど、今は時間が惜しい。
それに、斑鳩の邪魔をするのは嫌だった。
大京を出発する際、民衆が歓声を送ってくれる。
わたし達を、応援する声ばかりだ。
父上、大和は強い国です。
この国と、戦争をしなくて良かった。
大京の西門を正面に見た時、そこに待ち構える軍勢に驚く。
佐々木道元は遠目にもわかった。
「リミア皇女殿下にお味方いたす!」
彼の大音声。
そして、彼の後ろから、その人が現れた。
ぶかぶかの甲冑を着た、斑鳩が現れた。
慣れない馬に乗って、似合わない武者姿の斑鳩がいた。
「大和はギュレンシュタイン皇国に味方いたす! ゴートを討つ軍勢に加わることをご許可願いたい!」
斑鳩の、大きな声。
わたしは、涙でぼやけた視界で、輝く彼に見惚れた。
彼は、わたし達の準備を手伝いながら、軍勢を集めてくれていたのだ……。
「斑鳩殿!」
叫んだ。
愛しい人の名前を、わたしは叫んだ。