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ブサイク王子と武断の姫は将棋をさす  作者: ビーグル犬のポン太
7/13

大和

―斑鳩王子―




 興奮し叫んだことで、ぶっ倒れてしまい運ばれて寝ていた俺は、借りている室で、目覚めた。


 朝だった。


爺と姫の顔があった。


 あの時と、一緒だ……。


「若! お目覚めですか」

「すまない……あまりの急激展開で気絶した」


 こう話した俺は、リミア姫に笑われる。


 こんな笑い方、するんだ……。


 可愛い……。


「斑鳩殿、わたしは、まさか気絶されるなんて思いもしなかったのです」

「申し訳ありません……」


 リミア姫はそこでまた微笑み、爺の肩に手をおき、こう続ける。


「貴方がお眠りになられている間、彼から貴国のことをいろいろと聞きました……内情を」

「……」


 彼女は寝台の脇にある椅子に腰掛け、姿勢を正して俺をまっすぐに見る。


 俺は上半身を起こして、彼女を見た。


 なにやら、ただならぬ気配を感じる。


「斑鳩殿、貴方が戦争を嫌うことを責めるつもりはありません。質したり、考えを改めてもらいたいなども思いません。ですが、貴国の内情を知ったわたしは、貴方に、あえてこう言います」


 一番を取れと?


 でも、一番も、貴女と会えなくなるんです……。


「大和が、本当の意味でまとまるのは、斑鳩殿、貴方が大君になるしかありません。争いを嫌い、民の不幸に心を痛める貴方のような方が大君になることが、大和にとって最も良いことと考えます……斑鳩殿、なにも戦争だけが物事の解決ではありません。お支えします。交渉、調整によって、兄上様方と話をまとめ、大君になる道を探しましょう」


 リミア姫には感謝しかない。


 でも、彼女が言う方法は、火の中の栗を素手で拾えというものに近い。


 言うのは簡単だが、現実的ではないんだ……。


 あの、兄上達と、豪族が相手だ。


 とくに、豪族だ。


 藤原と、佐々木……。


 戦争で生まれた流民を雇い入れ、武器をもたせて訓練し、戦闘を専門とする集団をつくりあげたのが藤原氏。侍と呼ばれる戦闘集団は、無法者で乱暴者だが、強い。これを抱える藤原が、交渉に応じるだろうかと考えた時、否、という結果しか予想できない。


 佐々木氏は、北方のアテナイ族を雇い入れ、強力な騎馬軍団を抱えている。


 彼らの武力は、大和の王族に匹敵する。


 考え込む俺に、リミア姫が言う。


「藤原、佐々木の両家の武力をご心配なのね?」

「ええ……ご存知で?」

「彼から」


 爺が説明したようだ。


 リミア姫が、そこで微笑み俺に問う。


「それはそうと、彼の名前は? わたしには、若の許しなく教えられないとしか答えてくれないの」


 なるほど……爺は爺だ。


 たしかに名前はあるが、爺のように王族や貴族に従う特殊な技者達は、主人の許しなく名乗ることを許されていない。


 俺は、爺に主人としてみられていると思うと気恥ずかしい……。


「爺の名前は雉丸といいます……隠岐の雉丸といえば、大和では有名です」

「そうでしたか、雉丸殿、よろしくお願いします」

「は……殿下、どうか爺とお呼びください。若のお隣におられる方には、是非、そう呼んで頂きたいと存じます」


 二人で顔を赤くした……。


 爺……お前はこんな技ももっていたのか!


 この時、室のドアが叩かれ、外から声があがる。


 リミア姫の側近騎士、イダニオという人だ。


「殿下! 至急、陛下の御元に!」

「そこで述べなさい。用件は?」


 彼女は、俺がいても話せと言う。


 信頼してくれているのだと思うと、嬉しかった。


 イダニオという騎士は、迷いなく言った。


「大和、ゴートが同時に我が国に軍勢を向けております! ゴートは一〇万の軍勢! 北上中! 国境の三個軍団がこれにあたります! 大和の軍勢四万! 王子二人が指揮官として大京を進発したと! 大和内紛の影に我が皇国があり、これを誅すと大義を掲げております!」


 兄上え……


 鹿取。


 剣……


 藤原も佐々木も……


 戦争をどうしてそうも簡単に……


 リミア姫が、寝台に歩み寄ると、俺の隣に座る。


 彼女は、俺の手を握った。


 ドキリとする。


「斑鳩殿、ゴートと我が国はもともと揉めていました。ゴートが、今回の件で対立が鮮明となった大和を引き入れたと考えるのが妥当です……父上のところに参ります。一緒に、来て頂けますか? わたしの……夫になる方として、一緒に話をして頂けますか?


 可愛い。


 照れた顔が可愛い……。


 ツンとした、強い美人という印象はすっかりとなくなり、とっても可愛らしい女性がここにいる……。


 次の瞬間、戦場で暴れまくる姫を想像してしまった……。


 この人が、戦うの大好き?


 嘘だろ……


 いや、でも初対面の時は、威圧感あったな。


 俺は微笑む彼女を前に少し悩み、こんなことを考えながら、答えていた。


「お願いいたします。爺、国元の仲間と連絡は取れるか?」

「手配いたします」

「頼む」


 俺は寝台から這い出す。


 着替えを済ませるまで、リミア姫は外で待っていてくれた。


 イダニオ殿の一礼を受けて、姫に近づくと、彼女は俺の後ろにつくように移動した。


「さ、斑鳩殿、参りましょう」

「はい」


 俺は、陛下のもとへと向かいながら、途中、リミア姫と相談を重ねた。


 ひとつ、決めたことがある。


 今の俺だから、決めることができたのかもしれない。


 俺は、大和を平和にするために、大和の大君になる。


 そして、その時、俺の妻はリミア姫だと決めた。




―リミア姫―





 戦いを好むわたしは、斑鳩殿が戦を嫌う理由を雉丸殿から聞かされ、恥ずかしい気持ちで一杯になった。勝ちたい、全てを倒したいということで頭が一杯だったことを、斑鳩殿に知られたら嫌われるのではないかと情けない。


 斑鳩殿……そう、わたしは彼が好きなの。


 この気持ちは、好きという気持ちだ。


 彼から、気持ちを伝えてもらい、ようやく理解できたわたしは、胸のつかえがとれたようで、全てすっきりとした思考で考えることができる。


 だから、斑鳩殿に、大和の大君になって欲しいと思う。


 ただこの場合、わたしは彼の妻にはなれない。


 だから、せめて今だけは、妻のような振る舞いをさせてもらいたいと思い、彼を父上との席に同席させ、彼の少し後ろで、会議の場に出た。


 ここで、わたしは斑鳩を侮っていたことを思い知らされることになった。


「それぞれの利益を夢見ての同盟など、離間させれば問題ありません。また離間もそう難しくありませんでしょう。大和は所詮、ゴートにそそのかされて兵を起こしたに過ぎないと愚考しますゆえ、ゴートの軍を破れば、意気消沈して戦意はしぼむでしょう」

「しかしながら、陛下に対しての不敬は罰せねばなりませぬ。わたしと、姫に指揮をお任せくだされば、大和の者どもが敗れるは必定と存じます」

「兵力は姫の旗下にて勇戦を重ねる第七軍団一万を是非」

「新年を迎える前に、陛下に勝利の報告をいたしますことを、お約束申し上げます」


 これ、斑鳩がぜんぶ、言ったの!


 かっこいい……素敵……いつものふにゃふにゃとした物言いとは全く違う、武断なのかと思うほどの断定と声質……。


 会議に参加している選帝侯や諸侯、重臣、廷臣、軍の重役たちも皆、あれが文弱のブサイクと呼ばれていた斑鳩か? という顔で驚いていた。


 父上と、兄上だけは斑鳩を認めていただけあって、当然のように受けとめている。


「貴公は大和から亡命した身、裏切るつもりで兵を寄越せと申しておるのだろ」


 ムッカつく発言はオーリエの野郎……。


 わたしに相手にされなかった仕返しを、ここでしてくるのね……。


「オーリエ侯は手厳しい。ですが、侯の仰ることもご尤も……では、軍監として侯も大和の軍に参加されればよろしいと存じます」


 斑鳩、さすがオシロ湾の件を交渉でまとめただけあって、よく悩みもせずに反撃できたわ……


 オーリエはこれで困った。


 どうせ戦争に参加するなら、主戦場たるゴートとの戦いに行きたいわよねぇ。


 ほら、困ってる。


「私が参りましょう」


 お、アリスの母親で宰相のミレーネ選帝侯が?


 父上が口を開く。


「しかし宰相がわざわざ行く必要があるか?」

「陛下、臣は斑鳩殿下の陛下への忠が、誠であることを確かめる責がございます。陛下から、殿下と姫様の縁談を相談頂いた際、賛意を述べたのは臣でございますゆえ」


 やはりあんたか……。


 きっと、アリスの立場を宮中で強める為にいろいろと考えたんでしょうね……。


 会議は、兄上を司令官とする主力をゴート共和国の軍にあて、わたしが率いる第七軍団を大和に向けることでまとまった。大和へ向かう軍に、宰相のミレーネ選帝侯が軍監として、五〇〇の兵力で加わるとも。


 でも斑鳩、本当によかったの?


 大和を戦火に巻き込むのよ……?




―リミア姫―




 会議が終わった後、父上と兄上に話があると、斑鳩が二人に時間を求めた。


 わたしもと、誘われて、四人で会議室に残ると、彼は二人の前に移動し、片膝をつく。


 驚くわたしの前で、斑鳩が、父上に一礼し、口を開いた。


「陛下、先日の選択肢、お答えしたく存じます」

「……うん、申してくれ」

「お許しを得て、申し上げます。某、斑鳩は姫の軍と共に大和に入り、国を乱す因を排除した後、大君として、新年祭と即位祭を執り行います」


 ……斑鳩殿。


 こんなわたしを、好きになってくださってありがとう。


 大君になられても、時々、将棋を理由に会ってくださることを願うわたしは、図々しいでしょうか……


 兄上が頷き、父上が口を開く。


「承知した。先日の言葉通り、我々は貴公を助ける」

「ありがとうございます。ただ、ひとつ……ぜひともお認め頂きたいことがございます」

「……なんだ?」


 斑鳩は、よどみなく言う。


「大君となり、わたしはリミア姫を妻に迎えたく……陛下のお許しと、姫のご同意を、この場で頂きたい所存でございます」


 兄上が息をのむ。


 父上が固まる。


 これは、大和は結局、我が国の属国としてみられても仕方ないことになるのだ。それを狙って、大和を乱した犯人だと、我が国が見られても仕方ないことに繋がる危険もある……周辺国と、個別に行っている様々な交渉に影響がでかねない。


 わかっている。


 そういうことは、わたしもわかっている。


 でも、そんなことよりも、ここで、二人を前に、わたしを妻に迎えたいと言ってくれた斑鳩の味方をしたくて、答えない二人に、一緒に立ち向かおうと、わたしは椅子を蹴るように立って、叫んだ。


「同意します!」


 わたしは、父上と兄上を睨む。


 二人は、同時に笑った。


「斑鳩殿、はねっかえりだが頼む」


 父上!


「妹と喧嘩した時は相談してくれ。貴公の味方をする」


 兄上……納得いきませんがありがとう!


 斑鳩が、深々と二人に一礼し、わたしを見た。


 わたしは彼に駆け寄り、膝を折り、抱きしめる。


 父上と兄上に見られていても関係ないと思った。


 抱きしめたかったのです……


 わたしのブサイクで素敵な斑鳩を……。




―斑鳩王子―



 ギュレンシュタイン皇国の第七軍団は総勢二万人。後方支援一万人を差し引くと、戦闘に参加するのは一万というところだが、この大陸中央で、戦姫に率いられて転戦し勝ち続けるこの軍団は、不死軍団アテナトイとも呼ばれ、敬われ、恐れられている。


 隊列は整然で、ときたま、馬の嘶きがあがるが兵達の騒ぎなどない。


 騎士一〇〇〇は全て騎兵で、白銀の甲冑をまとい隊列を組む彼らを前にすると、敵は戦う前から負けを想像するという。


 そして、彼らを率いる戦姫ことリミアは、これまでのどんな時よりも、美しく輝いている。


 馬が苦手という俺は、二頭の馬で曳く戦車に乗せてもらっていて、その騎手は彼女だ。


 イダニオ殿が、同乗している。


「斑鳩殿のせいで、私は槍と弓の両方をせねばなりません」


 彼がこう言って俺をからかうのは、戦車は騎手、槍、弓の三人で乗るのが普通だから……彼は、からかってくるが、いい人だ。からかいも、親しみを感じる気持ちがいいものだ。彼は、リミアのいないところで、「私達の姫をよろしくお願いします」と、言ってくれた。


 イダニオ殿はいつも、騎兵を率いる大隊長なのだが、俺を守る為に、同乗に名乗り出てくれたとリミアから聞いている。


 指揮官たる彼女ができた人だから、その臣下の人達も、尊敬できる人達なんだろう。


 大和との国境が、見えて来た。


 平戸には、すでに大和の軍勢が入ったと聞く。


 リミアと初めて会った町だ。


 あの時の記憶が蘇る。


 俺は、手綱を握る姫に声をかけた。


「姫、戦が終われば、将棋をしましょう」

「ええ……これからは、いつでも好きな時にできます」


 肩越しに、輝く笑顔を見せてくれた彼女は、前方を指差す。


「斑鳩殿、大和に入ります」

「姫、行きましょう、俺達の国に」

「はい! お供します!」


 俺は、生まれて初めて、軍勢と共に大和へと入った。


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