絶叫
―リミア姫―
「リミア様が本当にお気の毒ですわ! あの顔に、あの身長だけでもお気の毒なのに、くわえて短足! 短足なんですもの!」
「お可哀想! リミア様が不憫!」
「皇帝陛下も少しはお考えあそばしては如何かしら?」
「本当に! リミア様のお隣に彼では、吊り合いが取れませんわ!」
ご令嬢たちとの食事会で、同情を装う攻撃の的にされて心はズタボロになった……。
斑鳩は見た目じゃない! と反論すればするほど、わたしは……
「リミア様のそのご献身こそ称えられるものでしょう!」
「夫となる方を守ろうとなされるなんて、まさに淑女の鑑!」
「わたくし達も見習いましょう!」
クソ女どもぉがぁぁぁぁぁ! 剣を持て! 斬り殺す! としたいほどに腹が立っている!
急いで室に戻り、窓を全て閉じ、「馬鹿ぁああああ!」と叫んだ。
ドアが叩かれ、そっと開かれる。
「どうしました? イダニオ」
「いえ……とてもお怒りになって室に入られたのを見たもので……」
「なんでもありません。一人にしてください」
「は……」
バタンと閉じたドア。
わたしも、寝台にバタンと倒れた。
何が、「わたくし」よ。「なんとかですわ」「なんとかかしら」「なになにあそばして」て、舌がまわりそうな気持ち悪い言葉で上品ぶった顔で下品な本性を隠しやがって!
勝ちたい……。
悔しがらせたい!
「リミア、いいか?」
兄上だ。
返事をすると、兄上が姿を見せた。
兄上……その素晴らしい容姿の一割を、斑鳩に分けてあげてください……。
「相談があってな……」
「わたしに? ですか?」
「斑鳩殿のことだ」
「なんでしょうか?」
「彼と父上が、話し合いをしたが、仲介したのはお前だろ?」
そう。
斑鳩から、父上と今後のことで話がしたいと言われて、セッティングしたのはわたし。
昨日、二人は話をしたはずだ。
「父上から、その件で今、聞かされてな」
「なにをです?」
「斑鳩殿は、大君になることを辞退し、大和に帰国し、伊豆というところで監視をつけられて暮らすという条件を、大和の王子たちに打診したいらしい」
馬鹿!?
いや、斑鳩は頭がいい。
考えに考えてのことだろう。でも、なんでそうなるの? それに、彼が仮に伊豆というところに行くことができて、そこで生きることができたとしても、いつか必ず、消されるに違いない……そう、殺される可能性があるから、斑鳩の側近であるあの老人は、父上に亡命を申し出て、彼は今、ここにいるんじゃなかったの?
「父上はなんと?」
わたしの問いに、兄上は困った顔のまま答える。
「認められないと……斑鳩殿をみすみす死地に帰すことはできぬと」
父上は、わかっておられる。そして、その裏にある本音もきっと、斑鳩に死なれては困ることがある。
父上は、斑鳩を大君につける為に、軍を大和に向けるつもりだ。
その指揮をぜひ、わたしに!
その戦争! わたしのもの!
「兄上、斑鳩殿と話をします」
「説得してくれ。無謀なことはせぬようにと……リミア」
「はい?」
「お前、可愛くなったな」
は?
「わたしは可愛くて美しくて強いと自認していますが?」
「ちがう。斑鳩殿の名前を口にする時、可愛くなる」
わたしは、逃げるように自室を出て、斑鳩がいる迎賓館へと向かった。
迎賓館は、内庭を通っていかねばならず、花々が彩る一帯を進む。
この時、名前を呼ばれた。
「リミア様」
立ち止まり、くるりと振り向く。
オーリエ殿がいた。
若くして選帝侯の一人となり、皇国南部に領地をもつ諸侯の一人。
そして、わたしが縁談を断った過去がある相手だ。
それ以前も、それ以降も、国の要職にある彼とはなにかと顔を合わせてきたが、このように彼から声をかけられたのは初めてかもしれない。
「これはオーリエ卿、今日は空模様も穏やかで過ごしやすいわね」
「まことに……あの……」
彼は何か決意をしたような表情で歩み寄ってくる。
美丈夫で、高潔な彼は皆からとても人気がある。わたしが縁談を断った時、家族だけでなく皆から驚かれ、アリスには喜ばれた……。
お断りをした理由……父上に勝手に決められて、オーリエまですっかりとその気になり、わたしを妻にしたように振舞うから苛々したの。
「リミア様、お相手の方、拝見しました」
「え? ああ……斑鳩殿をですね?」
「ええ……それで、私めはどうしても納得がいかず、こうして参ったのです」
「なんでしょうか?」
「斑鳩殿との縁談を断り、ぜひ、私の妻に!」
「申し訳ありません。お断りします。急ぎますので、失礼します」
つまらないことで立ち止まらせないでよ。
アリスに求婚してあげなさいよ……彼女は貴方に惚れているから、二つ返事で承知しますよ! と思いながら足早に離れた。
それよりも斑鳩と話を急がねば……彼のことだ。あの老人に命じて、動き始めかねない。
この心配は杞憂だったと、彼を訪ねた際に判明した。
「まさか。陛下のご許可を得ないうちに勝手に動いたりしません」
緑茶の湯気を眺めながら、穏やかな口調でこう言った彼は、ほっとするわたしに微笑む。
「しかし、心配してくださりありがとうございました」
「当然です。ただ……」
わたしは話してもいいものか悩んだが、聡い彼はきっとわかっているだろうと思い、それを確かめるためにも、伝えることを選ぶ。
「父上はきっと、貴方を大君にする為に動くことで、大和を掌握したいという気持ちがあるでしょう。それは我が皇国の国益に通じるもので、貴方一人のことではないのです」
もちろん、わたしも戦争に行きたい!
わたしの問題でもある!
「姫、話してくださりありがとうございます。ただ……いえ、俺はたしかにそれを案じたというのはありますが、今の俺に、承知もなにもないと思いますゆえ、従うしかないのですが……本音は、争いとは無縁の生活をしたいと思い、できるなら慣れ親しんだ祖国でと思ったのです……爺」
迎賓館の、斑鳩の室の隅っこに、すっとあの老人が現れる。
彼は、畏まっていた。
あいかわらず、気配を消しているのね……
「爺の部下達のこともあります」
老人が、一礼した。
「彼は隠岐組の長で、隠岐というのは地名です。俺がこのままの状態であれば、隠岐に兄達の手が伸び……粛清が始まるのではという心配があります」
「皇国に、呼び寄せることはできないのですか?」
「一人、二人ではないですよ」
好都合じゃない。
この老人の技を見るかぎり、とても役立つ者達だとわかる。
斑鳩が言葉を続ける。
「それに、これが最も大きな理由ですが……」
「なんでしょう?」
彼は、どう言おうかと困った表情で固まる。
老人が、応援するような視線を彼に向けていた。
何だろう?
斑鳩の顔が、照れたような、表情になり……顔を赤くして……緊張している?
ちょっと……待って。
もしかして、その伊豆というところに、想い人がいる……?
彼の沈黙が怖い。
聞きたく……ない。
「実は……」
「待ってください」
わたしは、彼を遮った。
口を半開きにして止まった斑鳩を前に、わたしは早まる動悸を落ち着かせようと胸に手をおき、口を開く。
「その理由を聞けば、わたしは父上に報告せねばならない立場上、父上にも伝わります。聞かないほうがいいでしょう」
「……そうですか」
「はい……では、失礼します」
彼の室を辞し、部屋に戻ろうと内庭を通過すると、オーリエ殿がまだいた。
「リミア様! お聞きく――」
「失礼します」
さっさと自室に戻り、窓が全て閉じられていることを確認し、「やめてぇえええ」と叫んだ。
斑鳩、もしかして、好きな人、いるの?
いや、彼だって男性だ。
二〇歳だもの。
いるわよ。
普通は、好きな相手、いるわよ……わたしだって……いない。というか、剣や魔法が楽しくて、舞いこむ縁談は邪魔くさいとしか思わず、会う男性はいずれもくだらないと思ってしまい……好きな人、斑鳩にいるのか……うらやましい。
……あれ? 斑鳩って、二〇だっけ……一個下か!
……物腰が穏やかで、いつもわたしの我儘につき合って将棋をさしてくれるから、年上だと勘違いしていた……。
う~ん……
寝台の上を、右の端から左の端へとゴロゴロする。
なんだろう? この嫌な気持ちは……。
斑鳩が、その人にフられて欲しいと願う意地悪な希望はなんだろう……。
―斑鳩王子―
姫が俺を訪ねてきた日の翌日、夜のこと、陛下から呼び出しがかかった。
例の件かと予想し、参上すると酒に誘われた。
陛下の書斎に通して頂き、かしこまる俺は、笑って誘われて席につく。
ギュレンシュタイン皇国第二十一代皇帝キングスレイ二世。齢六十となり、大国の皇帝にふさわしい人格と風格を備えた立派な方だと思う。ご子息のウィリアム殿下もすばらしい人格者で、余所者の俺にとても親切だ。
そして、これが最も素晴らしいと思うのは、ギュレンシュタインの皇室は皆、とても仲が良い。
陛下御夫婦が気を配り、親族間で揉め事を起こさないようにとしておられるのがよくわかる。側室も、子を産めば暇を出して追い出すのは、皇妃陛下のお立場を守るためと、揉め事の火種になるのを防ぐ目的なのだと理解できた。それまでは、側室を追い出すなんてひどい人だと思っていたが……。
「娘とはどうか? 難しい娘ゆえ、苦労かけてすまぬな」
「とんでもありません。姫にはとても親切にして頂いています」
「あれは……珍しく縁談を断らん。実はな……そのことで招いた」
……結婚、か。
しかし、姫が縁談を断らないのは、きっと俺のことを心配してくれているからだろう。あんなことがあり、今、縁談まで断られたとあっては、俺の立場がなくなると思ってくださっているからだろう。
「こちらから縁談を申し出ておきながら恐縮だが……」
陛下は、そう言うとブランデーを舐めるように飲み、俺にも飲めと勧めてくれる。
うまい酒だ。
陛下が、俺に「うまいだろ?」と言い、話を続ける。
「……貴公には複数の選択肢があると思い、選んでもらうのが良いと考えた。ウィリアムとも話して、貴公に選んでもらおうということになった」
「はい……」
「貴公が大君になりたいと申すならば、我々は支援する。が、娘との縁談はなしだ。これは、貴公の妻に娘をつけることで、結局は我が国が支配するのだと周辺国……とくに大和の民にそういう印象を与えかねない。騒乱の後、国内を穏やかにしようと動くはずの貴公の邪魔になる」
この方は……立派だ。
「次、希望通り、軟禁状態でも祖国に戻りたいと申すならば、我が国が貴公の後見人となり、その安全を保障し、ご兄弟との交渉をしよう。帰国後も、我が国が貴公を守ろうと思う。これを承諾してもらわねば、反対する。もちろん、この場合、娘との縁談はなしだ」
感謝に言葉もなかった。
「最後は、この国で暮らす。貴公には、皇室に加わってもらい、以降は予の相談役として、各国との調整や交渉にあたってもらいたい。婿としてな……この場合、大和における貴公の権利は全て放棄する旨、貴公のご兄弟に使者をたてて説明する」
陛下は、どれがいいか? と俺を見る。
迷うことなどない。
……迷うことなどないはずなのに、俺はとても困っている。
どうしよう……。
心は二番だ。
俺は、大和で戦争を起こしたくない。一番は、戦争になる。陛下の仰る支援とは、つまり軍勢を派遣し、兄達を倒し、俺が大君になることを意味している。つまり、駄目だ。戦争は、大和の民を苦しめる。大和の国土を荒れたものにする……戦争で物事を解決してきた人達は、戦争を美化するが、その影で、死に、苦しみ、のたうちまわる多くの人間がいることを見てみないふりをしている。失念している……乞食にまで身をおとし、恵みにすがることでしか生きていけない流民を多く生む……戦に敗れた側の不幸が、これまた大量に発生するのだ……強者の論理に従わせる暴力でしかないと俺は思う。
一方、この国で暮らすというのは、あるようでない。俺はきっと、いつか思うはずだ。
祖国に帰りたいと。
二番だ……。
伊豆は、大和において王族が問題を起こした際に流される土地で、専用の屋敷もある。外に出られないが、暮らすことはできる……大和の端っこだが、大和の四季の中で暮らすことができる……でも、そこには、姫はいない。
答えられない俺に、陛下が言う。
「決められんか?」
「お恥ずかしいかぎりです……正直に申し上げます。私は、国に還ることと、この国で暮らすことの二択で迷っています……ですが、どうしても……姫ともう会えなくなることに耐えられるという決心がつきません」
陛下が微笑む。
「斑鳩殿、娘を想ってくれて感謝する」
「いえ、感謝するのは私のほうです。二〇になっても妻を娶れない私に、陛下が大事にされるすばらしい姫君をと申してくださり、とても感謝しております。その情に、図々しく乗った私は……姫と会えなくなることを恐れています……」
言った。
言ってしまった。
これは姫に伝わるだろう……。
この勘違いブサイク! と責められる……。
またか……また、ブサイク、チビと言われて、断られるのか……。
陛下がそこで、室外に声をかけた。
ドアが薄く開き、騎士が一人、立つ。
「リミアを」
おい!
今! 呼ぶなよ!
速攻でフられる俺という図を作るな!
損した!
あんたを立派な人だと思って損した!
やめてくれ!
「斑鳩殿、その気持ちを、是非リミアに話してくれ」
話せるか!
昨日、勇気をふりしぼって、かなり遠まわしに伝えるべく悩んだが、姫に遮られて伝えていない今、二度と、あの緊張は味わいたくないと思っているぅ!
「……陛下、しかし姫におかれましては、私からお伝えしたところで、ご迷惑なだけではありませんか?」
精一杯の抵抗。
「いや、あれは迷惑には感じぬだろう」
おーい!
抵抗がスルーされた!
ドアが叩かれ、室内に、姫が現れた……。
美しい。
夜の装いとあって、落ち着きのある服装で、湯浴みを終えて近いらしく、少し濡れた金色の髪が煌めいて、しっとりと、流れている……。化粧を、この為に急いでしたらしく、口に紅をさしただけなのだろうが、見惚れるほどに、綺麗だ。
「リミア、斑鳩殿が、お前に話があるそうだ。予は邪魔をしてはいかんと思うゆえ、二人で話せ」
おーい!
おい! 爺! 二人にすな!
お前! えらいのぶっこんできたな!
リミア姫の為に、俺は椅子を譲り、立った。
陛下が、自分のソファを使えと言ってくれたが辞退し、立つ。
……やばい。
嫁探しの一年を思い出す。
断られたら、どうしようと不安になりながら、精一杯の勇気をふりしぼり、申し込み、爆死を連発した過去のせいで、胃の中のものが口から出そうだ……。
「斑鳩殿、お話というのは?」
姫、そんな目で俺を見ないでください……。
将棋をしようと誘うわけじゃないんですよ……。
せめて……断られるにしても、せめて他の理由にして……そうだ。戦争が嫌いな男など無理、程度にして。姫なら、その理由はある!
「実は……」
俺は、陛下から差し出された三つの選択肢を姫に説明した。
姫は、瞳を激しく揺らしている。
動揺している。
ああ……この国で暮らしたいと言わないで、という目ですね?
わかります……。
「俺は、二番と三番で……迷っています」
正直に伝える為に、隠すことなく言った。
姫が、胸を手でおさえ……苦しそうだ。
もう……言ってしまえ。
ここで断られて、姫を楽にしてさしあげろ!
斑鳩、お前は男だろ!
……そう、ブサイクで、チビだけど、姫を苦しめるのはいかんのだ。
俺は、片想いの相手が困らないよう、一切を終わらせるつもりで口を開く。
「姫、俺は伊豆に引き籠った場合、貴女と会えなくなるのがつらく、迷っています……姫、図々しい俺は、すっかり貴女に、魅かれてしまいました……お許しください」
言った……。
終わった……。
よし!
ドンとこい!
断り、恐くないこわくない……。
こえぇよ!
早く言って!
そ……そんなに見つめないで……見つめたってブサイクは治らないから。
貴女に見えているブサイクは、見間違いじゃないから……
真っ赤になるまで怒っておられる……。
せめて……斬らないでほしい。
帯剣なされていないことが救いか……
「斑鳩殿……」
「はい! はいぃ……」
「リミアは、斑鳩殿のお気持ちに従います」
「……?」
「わたしは……ギュレンシュタイン皇国の皇帝の娘リミアは、斑鳩殿のお気持ちに従います。なので……どうか、三番をお選びください」
彼女は言い終え、微笑み、俺をまっすぐに見て、こう続けた。
「将棋をしてくださる斑鳩様と、もうお会いできないのは、つろうございます」
リミア姫が、うつむく。
……。
…………。
うそだろ……
「うそだろぉおおおおおおぉおおおおぉぉぉおお!」
叫んでいた。