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ブサイク王子と武断の姫は将棋をさす  作者: ビーグル犬のポン太
2/13

再戦

―斑鳩王子―




 顔合わせから三日が経つ。


 あの日、姫が縁談を断るつもりだと知って幸運を神に感謝した。


 たしかに、それもそうだなと納得もした。


 俺だけでなく、あちらも嫌だったのだ。


 いや、あちらこそ嫌だったに違いない。


 それはそうだろう。


 なんせ、俺なんだから……。


 しかし、戦争したいと言われては、はいそうですか、と帰らせるわけにはいかない。


 とりあえず、戦争は回避できたし、あとは予定通り、断ってくれたらあちらの顔も立つし、縁談もなくなる。同盟の条件に俺達の縁談が削除されて皆が幸せになれる。


 にしても、ビビッた。


 すごい美人だったなぁ……胸もあって、腰なんてキュっだった。うちの国の女性陣は身体を隠す衣服だから、あんな服装を、とんでもない美人がしていると緊張していかん。


「若」


 爺の声。


「なんだ?」


 彼は、俺の書斎の隅っこにいた。


 爺はいつも、気配なく現れる……。


 もしかして、見られたくない場面を見られているかもと、爺が現れる度に心配になる。


「お求めになられていた情報が届きました」

「見せてくれ」


 爺は、諜報を専門とする部隊の長だ。小さい頃から俺の面倒をよく見てくれて、俺が懐き、今も頼りにしているから、こうして俺の屋敷にいさせてもらうよう父に頼んだ。最初は広い屋敷を与えられて寂しかったというものが強かった。なにせ、十二の時に一人暮らしを強要されるんだもの……でも今は、爺が近くにいて良かったと思う。


 周辺国の情報や、国内の動向を探って、俺に教えてくれる。


 爺の出身地、隠岐から名を取り、爺たちを隠岐組と呼ぶ。


 今回、調べてもらったのはギレンシュタイン皇国のことだ。


 軍勢を引き上げているが、あの姫の戦好きはあの場の発言だけではなかろうと思い、国境にまた兵を集めていないかと心配だったのだ。


「あれ? 兵を集めていない……な」

「はい……静かなものです、ただ……彼国は南の国境に三個軍団を派遣しており、そちらは派手にやっていますが」

「ゴート共和国相手になら存分にやって共倒れになってもらいたいな」

「……このまま情報を集めます」

「ああ、頼む」


 爺はいつもならここで去るが、この時は何か言いたげに佇んでいた。


「どうした?」

「若、国外よりも、国内が騒がしいようで」

「豪族たちが動いているか?」

「というより、兄上様方が……」


 俺は腕を組む。


 長男、次男、三男と俺達は三人兄弟で、俺は末っ子だ。


 長男の鹿取かとりは俺より十歳年長で、三〇歳。父上の跡継ぎは鹿取兄で間違いない。両親の血を継いでいるのに容姿は悪くなく、詐欺だと思う。


 次男のつるぎは俺と同じくブサイクだが身長は高く武芸に秀でており、名前の通りになったと皆が喜んでいる。二十五歳だ。


 爺が言う兄上様方とは、この二人のことで間違いなく、どうして爺が憂いているかというと、仲が悪いのである。俺はいつも間を取り持つ役割だ。


 長男、次男の仲の悪さに、国内の豪族がそれぞれに味方し、父上の次の代で権力を握ろうと画策しているのは赤子でなければ誰でも知っている。父上がちゃらんぽらんだから、国がおかしくなる。そもそも、オシロ湾の件も、父上が最初の対応をちゃんとしてれば、大事おおごとにならなかったに違いないのだ……。


 俺は爺を誘って庭へ出た。


 大和の都、大京は一〇万人が暮らす大きな都市で、周囲を山々に囲まれた盆地に築かれている。北、東、南、西の四つの門で外部と繋がっているこの都市の中央に、父上と母上が暮らす宮があり、その北東に俺の屋敷がある。三ノ宮と呼ばれているのは、俺が三男だからだ。


 料理長、使用人二人、爺、そして俺の五人で暮らすには広い屋敷だろう。もっと小さなものでよかったが、子供の頃に意見するなどできなかった。


 桔梗の花々を眺めながら、もうすぐこの可愛らしい花達ともお別れだなと思い、冬が始まる頃には縁談の結論が出ていればいいと考えた。そして、同盟もきちんと結ばれていますようにと祈る。細かな打ち合わせはこれからだから、少しばかり時間がかかる。それでも、大枠が決まっているから、あとは父上がしてくれるに違いない。


 苦労したよ……。


 にしても、ギュレンシュタインの皇帝は意外といっては失礼だが、話のわかる人だった。あの人から、あの娘か……ものわかりの良さが似てくれれば良かったのに……


 俺は花達を眺め、こんなことを考えながら歩き、庭の岩に座る。脇に爺が立ち、二人は小川と池を眺めた。


「爺、今、国内ががたつくのはよくないと思う。鹿取兄さんなら、まだ話せるから会ってみようと思うけど、どう思う?」

「そうしたほうがよろしかろうと存じます。両兄上様におかれては、周囲の豪族に吹き込まれた噂であれこれと画策している模様。鹿取様につく藤原殿、剣様につく佐々木殿は、ともに自分達が優位に立ちたいと、兄上様方を操りたいご様子で……大蛇おろち川の治水をどちらがやるかで揉めており……しかし民は水害を早く解決してもらいたい一心で……お偉い方々の思惑で何事も進まぬ状況に武器を取ろうという者達もちらほら……」

「大蛇川の件、お二人でして頂くのが良いと申し上げよう。競争すれば民にもわかりやすいと申してな」

「それがようございますな」

「爺、兄上に使いをやってくれるか?」

「かしこまりました……あと、これはご報告すべきかと迷いましたが……」

「まだ何かあるのか?」

「隣国のお姫様は、将棋の達人と言われる御仁を雇い、あれこれと教わっている様子。再戦を挑まれましょう」


 嘘だろ……


 また、将棋で戦争するかどうかを賭けなくちゃならんの?


 てか、さっさと断りを入れてくれよ!




―リミア姫―




 夏も過ぎ、秋になろうかという季節はとても好きだ。


 山々の色合いが美しい。


 緑と紅、入り混じる光景は世界の息吹をたしかに感じさせてくれるものだと思う。


 ああ……最高。


 ……ふふふ……ふふふふ……あはははは!


「あはははははは!」


 笑ってしまった。


 はしたない。


 でも、嬉しいの!


 勝った!


 将棋で勝った!


 斑鳩に勝った!


 この日は、前回の緑茶をご馳走になったお礼にと、彼を皇国側の国境の町サンデールに招き食事をと誘った。もちろん、食事もお礼もどうでもいいことで、目的は再戦。


 将棋の再戦よ!


 盤上で、詰みまであと五手というところで、斑鳩が降参したの!


 ブサイクな顔を悔しそうに歪めて!


 これよ! 


 わたしは勝ちたいの!


 戦争も、将棋も、何もかもに勝ちたいのよ!


「いやぁ……お強い。先日は手加減してくださったのですか?」


 斑鳩の言葉に、わたしは笑みのまま答える。


「いえ、本気でした。ですので、こうして勝てて嬉しいのです」

「完敗です。ミスらしいミスはしてないのですが……」

「この飛車の動かし方がよくなかったわね」

「ああ……迷ったんですよ」


 わたしは、前回とは違って感想戦をする余裕すらある。


 楽しい。


 感想戦も、勝てば楽しいのよ!


「再戦を挑まれるのであれば、受けてたつわ」


 わたしは機嫌よく言い、将棋の駒を片付ける。


 彼は苦笑し、次に微笑み、こう言った。


「いえ、勝てる気がしません」

「あら、諦めるの?」

「勝てない戦はしないのです……将棋で負けましたが、戦争を仕掛けるのは無しにしてもらえませんか? 他のこと……私にできることなら姫のご命令に従いますので」


 は?


 何を言って……ああ……前回、将棋で賭けたことを言っているのね。そんなことはもうどうでもいいのに……。


 待てよ……わたしの言うことなら何でもきくと言ったな、このブサイクは。


「いいでしょう。では、来月の五日、再戦です」

「……は?」

「もう一度、戦いましょう」


 これで一勝一敗だもの。


 まだ五分だから、次、勝ち越せば完勝!


 完勝……素敵な言葉。


 斑鳩が困ったように言う。


「五日は……もうすぐじゃないですか……」

「そうよ、戦争がないから暇なの」


 嘘だ。


 あれこれと忙しいから、それから逃れる為の理由にもなると思ってのことなの。


 だいたい、舞踏会、食事会、お茶会、とか立て続けにされると疲れるのよ。


「爺、来月の五日、空いてたか?」


 ブサイクの側近らしい老人が、一礼して歩み寄ると、私の前に片膝をつき、斑鳩へと向きを変えて述べる。


「来月……神無月の五日は収穫祭です」

「あ……そうだった。姫、申し訳ありません。十日にしませんか?」

「収穫祭を欠席すれば良いだけのこと」

「できません。私が式を執り行うのです」

「……それは朝から夜までずっとあるのですか?」

「いえ、朝だけです」

「なら、夜に会いましょう」


 わたしは側近を呼ぶ。


 戦場でもわたしが頼りとする騎士のイダニオが一礼した。


「来月の二日から、八日までの予定を全てキャンセルして」

「……姫、しかしながら」

「戦争もない。舞踏会くらいしか入ってないのでしょ?」

「さようですが……」

「二日、都を出て、四日は斑鳩殿の屋敷に入ります。五日に再戦し、終わったら朝になるのを待って帰路につきます」

「……我が皇都と、大京を往復六日とは強行軍ですぞ」

「そう。だから馬車はやめる。馬で移動します。駆けます」

「……陛下が何というか」

「婚約者と会えと言ったのは父上よ、文句はないでしょう」


 ふふふ……次もコテンパンにしてやるんだから。


「姫……姫、さすがにまずいです。婚前の男女が一夜を同じ屋敷で過ごすのは」


 斑鳩の訴えに、わたしは首をかしげる。


 彼は、説明が足りないと思ったのか続けた。


「もちろん、私は姫に手を出そうなどと考えもしませんが、周囲がそうは思いません。姫、縁談云々ではありませんよ」

「……そうね、たしかにそうだわ」


 あっさりと認めたわたし。


 たしかに、誤解されたら面倒だ。


 しかし、次の戦いは絶対にしたい!


 そうだ!


 今、すればいいんだわ!


「では、これからもう一局!」


 目を丸くしている斑鳩を見て、わたしは微笑みを返した。


 三度目の戦いにも勝利した私は、幸せを感じながら、可哀想なブサイクを慰めてあげようと食事に誘い、どうでもいい会話の相手をしてあげた。


 どうでもいい会話……楽しかったの……。


 こいつ、ブサイクのくせに音楽や絵画に詳しい。


 知識で負けそうだったので、得意な戦争に話を変えたが、彼の話はおもしろかった。


 戦いは、逆算によって成り立つという斑鳩の説、聞き入ってしまった。


 たしかに、その戦争をした結果、どうあっていたいというものから逆算し、戦争を進めるのはおもしろいかもしれない。


 目の前の敵を叩き潰す快感に、描いた図面通りに物事が収まった時の喜びが加われば、もっと戦争が楽しいかも……。


 この日、おもしろい話ができたお礼に、わたしはお気に入りの耳飾りを彼にあげた。


「また将棋をしましょうね」


 わたしが彼を送る際に伝えると、斑鳩は不思議そうに首を傾げる。


「どうしました?」

「いえ……姫、縁談をお断りになられるんですよね?」

「そのつもりですが?」

「会う必要がありますか?」

「将棋をするには、会う必要がありますが?」

「……」

「……何です?」


 こいつは、将棋をしたくないの?


 あんなに楽しそうなのに。


「あの……」


 斑鳩が何か言おうとして、止めた。


 気になるから、発言を促す。


「何です? 言ってください」

「……いえ、何でもありません! ありがとうございました! 失礼します」


 そそくさと馬車に乗り込んだブサイク。


 わたしは馬車が見えなくなるまで見送る。


 イダニオがわたしの傍らに片膝をついた。


「姫……お帰りの準備は整っております」

「……ええ、わかりました」


 なんだろう。


 寂しい。


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