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ブサイク王子と武断の姫は将棋をさす  作者: ビーグル犬のポン太
12/13

手紙

―リミア姫―




 新年祭りを執り行う為に、斑鳩殿は明日、帰国する。


 そして今日は、皇帝選挙の日。


 弟が皇帝に就くだろう。


 一応、わたしにも皇位継承権はあるが、これまで皇帝に女性がなったことはない。理由は単純だ。


 お産で命を落としかねないから。


 皇帝となると、子を多く設けないといけない。今回も、兄上が死んでしまったが、弟がいるから皇位は次へと継がれる。


 父上は子供が多くいるが、皇室に残っているのはわたしと弟と妹だけだ。それは、兄上が立派になられたことで、他の兄弟姉妹が外に出されたのだが、まさか兄上が戦死なされるとは誰も思っていなかった。


 いや、戦に出るかぎり、絶対に大丈夫ということはない。


 斑鳩殿は、自分が二人を前にカッコつけたから、二人も高揚して戦場に出てしまったのではないかと案じていたが、杞憂に過ぎない。


 二人は、大事な一戦の為に戦場に立つことを選んだ。


 まさに、わたしの父上と兄上だと、今はとても誇らしい。


 国葬も終わり、母上は肩の荷がおりたように静かに過ごしておられる。幾度か、選帝侯達と話し合いをされていたが、弟が継ぐことを内示されたのだろう。


 わたしは目覚めて、支度をすませて斑鳩を訪ねた。


 しばらく会えないから、会いたいと思った。


 宮中は選挙と、新皇帝戴冠式の準備を進めて忙しそうだけれど、わたしには関係ないことだ。


 斑鳩殿がわたしを迎えてくれた。


 卓上には将棋盤と、駒が入っている箱が置いてあった。


「姫、しましょうか、将棋」

「ええ、ぜひ」


 二人で卓をはさみ、運ばれた緑茶を啜りながら、駒を動かしあう。


 パチン。


 パチン。


 パチン。


 パチン。


 この音が好きだ。


 斑鳩殿の、盤を眺める顔が好きです。


 ブサイクだけど……。


 勝負は中盤に入った。


 わたしは、斑鳩殿が導いてくれていると感じる。


 ここに、その歩を進めて。


 ここは、銀をあげて。


 こんな感じで誘われているようだ。


「姫、しばらく会えませんが手紙を書きます」


 斑鳩殿の言葉に、わたしは頷く。


「はい、すぐにお返事を出します」

「頂いたら、俺もすぐにお返しします」

「ええ、届いたその日に書きますから、斑鳩殿もそうしてください」

「もちろん……」


 会話が止まり、勝負が進む。


 パチン。


 パチン。


 パチン……パチン。


「姫……」

「はい?」

「昨夜、皇妃陛下に呼ばれて、少し、話しました」


 知らなかった。


「わたしの悪口でしたら許しません」


 冗談を言ったわたしに、斑鳩殿は微笑む。


「いえ、とても愛されていらっしゃるということが、わかりました」

「……改めて言われると照れます」

「素晴らしいご両親ですね、姫」

「斑鳩殿のご両親も、すばらしいお二人だと思いますよ」


 パチン。


 斑鳩殿の角を、歩で受ける形を取る。


「俺の両親は……まったく素晴らしくありません。為政者として……という意味ですが……でも、きっと両親は、為政者の前に両親であることが強かったから、俺達はおかしなことになったのだと、今は感じます」

「……」

「いつか、仲直りしてくれるだろう。兄弟なのだから、仲良くしてほしい……そういう希望願望は、親であれば当然でしょう……しかし、俺達はそうはできなかった……」


 斑鳩殿が、盤上から視線を転じて、わたしを見つめる。


 わたしは、彼の唇を見てしまい、恥ずかしくて、うつむいた。


「姫、ご家族をお支えください」

「……はい、だから、待っていてくださいね」


 わたしは、椅子から立ち、斑鳩殿に近づく。


 そして、チビでブサイクで短足だけど、わたしだけの彼を抱きしめた。


 斑鳩殿は、驚いたようで固まる。


 でも、背中に手を回してくれた。


 二人で、しばらく抱きしめ合う。


 静かで穏やかな時間を破ったのは、扉を叩く音。


「若! 道元でござる。イダニオ殿がリミア殿下をと」

「通してくれ」


 離れたわたし達は、佐々木道元に連れられて現れたイダニオを見た。


 イダニオは、騎士の正装をまとっており、わたしのところに来たとなると、選挙の結果を伝えに来てくれたのだろうと思う。


 弟を支えてあげなくちゃ。


「リミア殿下、皇帝選挙が終わりました」

「はい」


 イダニオは、片膝をつくと一礼し、言った。


「新皇帝は、キングスレイ二世陛下のご息女であられるリミア殿下が継承することとする! 選帝侯全員が賛成いたしました」


 ……。


 わたしは、斑鳩殿を見る。


 彼は、微笑んでいる。


 昨夜、母上から聞いていたんだ……。


 わたしは、頭を払う。


「嫌よ!」

「姫……リミア」


 斑鳩殿が、わたしを抱きしめてくれた。


 イダニオがいる前なのに、わたしはされるがままだ。


 斑鳩殿が、わたしの髪を撫でてくれながら、優しい声色で囁く。


「リミア、皆の為に……俺も、支えるから」


 嫌です。


 わたしは、皇帝になりたいわけじゃないの!


 わたしは……斑鳩殿の隣にいたい。


 声にならない。


 漏れるのは、嗚咽だけだ。




―斑鳩王子―




「若、よかったので?」

「佐々木、よいもわるいもないぞ。隣国のことに、俺が口出しをするわけにはいかないだろう?」


 帰国の途上、もうすぐ平戸という頃、佐々木が姫の件を口に出した。


 俺は馬を操るのが苦手で、皆が俺に付き合ってくれるからゆっくりと進んでいる我々は、他人には気楽な旅のように見えるだろう。


「しかし、あれだけの女性、二人とおりませんぞ」

「……だから、彼女は皇帝になったのだよ」


 戦場での勇名は知らない者はおらず、臣下や部下に公平な態度をとることは皆が知っている。


 求心力もある。


 皇国は、この難局をのりきる為に、姫を頼るしかなかったのだ。


 わかる。


 とてもわかる。


 だから、お母上君から聞かされて、頼まれて、謝罪された時、俺は悲しくて、切なくて、情けなくて、でも、これしかないと思った。


 姫を裏切ってしまったが、十年後、二十年後、その時の皇国が、今の選択が正しかったことを証明してくれるに違いないと信じている。


「しかし、若の嫁選びをまたしないといけません……大蛇川の治水より難しい」

「お前……飛騨を取り上げるぞ」

「お許しください」

「しばらく妻帯する気はおきないな」

「わかります。しかしながら、若は大君になられますゆえ、妻帯はして頂きます」

「夢梨はいやだ」

「……はい、かしこまりました」


 平戸の方向から、騎兵が接近してくるのが見える。


「出迎えですな」


 佐々木の言葉に頷く。


 藤原道長が、自ら出迎えに現れてくれた。


「ご無事でなによりでございます! 新年祭、滞りなく執り行って頂ける手配を済ませております」

「ご苦労、道長」


 藤原は、そこで破顔する。


「妻をもたない大君様……は大和史上初でござる! めでたい!」

「お前! 主君をからかうな」


 佐々木も笑う。


「若、歴史に名が残ります。誇れませい」

「そんな残り方は嫌だ!」


 俺達は皆で大笑いする。


 一団は、賑やかに進んだ。


 でも、俺は心で泣いている。


 忘れることなど、できるわけがないだろ。


 姫、チビでブサイクな俺の妻になりたいと言ってくださって、ありがとうございます。


 まだ、諦めることができていません。


 いつか、諦めることができるなんて思いません。


 それでも、俺達は、それぞれに生きねばなりません。


 悲しいですが、俺達は、俺達だけのことを考えてはいけないのです。


 おちついたら、手紙を書きます。


 どうか、お返事をください。


 待っています。




―斑鳩王子―




 大和の南に広がる亜人種達の支配地域に、ゴート共和国が侵攻を激しくおこなっている。北方で暮らす亜人種達の依頼を受けた大和は、抵抗する南の亜人種達を支援することを決定した。


 大君となって、初めての大きな仕事だ。


 エルフ族、ドワーフ族、ホビット族、半獣族。


 彼らの暮らしを、ゴートは脅かしている。


 ギュレンシュタインとの戦争を休戦で収めたゴートは、亜人種達へと狙いを変えたのだ。


 元老院議員の中でも、数名しかいない執政官のキルケーは危険な人物という噂を聞くが、ギュレンシュタインに対する謀略といい、亜人種達への態度といい、噂通りの人らしい。


 物資、兵を送り出す準備に忙しい日々の中で、俺は手紙を書いた。


 隣国の皇帝陛下にだ。


 手紙の最後に、悪戯をした。


 2六歩、と書いた。


 それからしばらく経ち、藤原に亜人種支援の軍勢を率いる命令を出した日、ギュレンシュタインから手紙が届いた。


 皇帝陛下からだ。


 封を乱暴にやぶり、便箋をつかむ。


 読むと、大変な日々の中でも充実していること、ゴート共和国とは休戦を結んでいるので戦えないが、経済的な支援を我が国にするという内容が記されていて、最後に、3二銀、と書いてあった。


 将棋盤を取り出し、駒を置く。


 その後、俺と隣国の皇帝陛下は、対ゴート共和国の件で手紙を何度もやりとりする。同時に、将棋勝負も進んだ。


 相手の手が届くまで、どんな手をさしてくるかなと考えるのが楽しい。


 皇帝陛下も、同じ気持ちなら、こんなにうれしいことはないと思う。




―斑鳩王子―




「大君、使者殿がお見えになられました」


 佐々木の報告に、俺は筆を置き、腰を浮かす。


 大君となり一年が経とうとしている。


 亜人種支援の戦いは激しく、ギュレンシュタインからの支援がなければ大和は国庫が空っぽになっていたに違いない。


 今日は、ギュレンシュタインからの使者がやって来る日なのだ。


 多大な支援を頂いているので、良質の鉄を献上したお返しを届けてくれたのと、今後の打ち合わせが目的と聞いている。


 謁見の間に入ると、使者はイダニオ殿を筆頭に三名だった。


 イダニオ殿だけが顔をあげている。


 懐かしくて、俺は笑った。


「イダニオ殿」

「大君様、ご無沙汰しております」

「堅苦しい挨拶や礼儀はいらない。こっちに」


 俺は玉座の隣に椅子を運ばせ、彼を招く。


 しかし彼は一礼で辞した。


 そうだろうなと思っていると、お付きの騎士が一人、立ちあがり、その椅子にストンと座る。


 顔を隠す冑を脱いだ。


 俺は、息をのんだ。


「斑鳩殿、抜け出してきました」

「姫……」

「手紙では、我慢できなくなってしまいました」


 美しいリミア姫の、照れた顔がそこにはある。


 手を伸ばせば、届く距離に彼女がいた。


「斑鳩殿……いえ、あなた、将棋をしましょう?」

「……ええ」


 俺はこらえきれず、彼女を抱き寄せた。


 姫が、甘えてくれる。


 佐々木やイダニオ殿がいる前だというのに、俺は彼女を離さない。


 姫も、俺から離れない。


 彼女が、俺の耳元で囁く。


「帰国は明日です。ですから、今晩、ずっと将棋ができます」


 俺は笑う。


 姫も、照れたように笑った。


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