接触
―リミア姫―
大勝利に沸く都に帰っても、わたしの気持ちは晴れない。
いつもなら、笑顔で民衆の喚声を受けているはずだけど、今日は違う。
父上の葬儀は、まだ終わっていない。
国葬の準備は、母上が進めてくれている。
兄上の葬儀も、同時に行う。
気丈な母上を見て、わたしは支えてあげなくちゃと自分を励ます。わたしだけが不幸なのではない。わたしより、母上のほうがつらいはずだ。
父上に嫁いでから三〇年も連れ添ってきたのだから。
……という大変な時だというのに、選帝侯達は次の皇帝を誰にするかに懸命で、母上を会議に引っ張り出す。母上は精神的につらいのに、断りもせず、付き合う。
ミレーネ選帝侯が、ファンデベーグ選帝侯の孫を推すという図に、他四名の選帝侯もまとまりつつある。
次の皇帝は姉上の子供で、わたしの甥っ子がなりそうだ……。
まだ一歳と少し……。
わたしは皇室の一員として、甥が困らないようにしてあげなくちゃ……。
はぁ……疲れた。
帝都に帰還し、母上の代わりにあれこれと働いていると、すっかり陽が落ちた。
斑鳩は姿を見せない。
彼は軍勢を本国に帰還させ、佐々木道元を伴いわたしに付き従い帝都に入ったが、その後は迎賓館にこもりっぱなしだ。護衛も少数だけで、とっても我が国に遠慮している。
すぐにでも帰国したいだろうに、葬儀に参列するという意志を、留まることで示してくれている。
疲れた身体をひきずるようにして自室に入ると、姉上がいた。
「姉上……」
「リミア……ちょっといい?」
いつも明るく優しい姉上も、今は見る影もない。疲れ果てて、目は充血していて……皇帝の母になろうとしていることと、父上と兄上を失ったことが、一度に起きてしまっている現実に押しつぶされそうなのだろう。
わたしは姉上を寝台に寝かせ、椅子を傍におき腰掛ける。
「どうしました? いえ、大変なのはわかりますが」
「リミア……どう説明したらいいか……」
「お気持ちはわかります、などと言うつもりはありません。姉上はわたしよりもずっと大変だろうと思います……」
「違うの……違うのよ」
姉上は寝台の上で深い溜息をつき、何度も瞬く。眠れていないらしく、こうして横になり、わたしが隣にいることで安心したせいか、眠くなってしまったらしい。
「姉上、お眠りになって。わたしはここで姉上がお目覚めになるのを待ちますから」
「いえ……うん、ごめんなさい。少しだけ」
姉上は、そう言うとすぐに眠ってしまった。
わたしは、姉上の髪を撫でる。
昔、よくこうしてくれた姉上を想う。
いつも、わたしの味方をしてくれる優しい姉上だ。
姉上の為にも、可愛い甥っ子の為にも、力になってあげたい。
……でも、わたしは大和に嫁ぐのか。
新年まで、もう半月もない。
思えば、こんな短い期間で斑鳩と。
わたしは恥ずかしくなって、姉上から手を離すと、窓へと歩く。
ガラス窓に、自分の顔が映った。
斑鳩……。
―リミア姫―
肩を揺すられ目を醒ますと朝方だった。
わたしもいつの間にか眠っていたらしく、姉上の笑みが視界に入る。
「ごめんなさい、すっかり眠ってしまって」
姉上の言葉に、わたしは椅子に腰掛けたまま眠っていたせいで痛む身体を伸ばすと、欠伸をした。
「リミア、斑鳩殿の前で欠伸は駄目よ」
「……はい」
「夫婦生活がどれだけ長くなっても、欠伸やおならは駄目よ」
「……おならはしません!」
「ふふふ」
姉上が微笑む。
ようやく、姉上らしい顔を見ることができた。
わたしは侍女を呼び、歯や顔の手入れをする道具を運ばせる。その後、姉上と朝食をとろうと思っていた。
でも、侍女が道具を抱えて現れるより早く、イダニオが現れる。
「姫! あ……失礼しました」
彼は姉上に片膝をつく。
……わたしにはないの!?
いつも、省略されていたのね……。
「イダニオ、リミアの相手は大変でしょう?」
姉上のちゃかしに、イダニオは苦笑しつつ、報告がと口を開いた。
「申し上げます。ゴート共和国から使者が参ります。到着は明後日。皇妃陛下がお会いになるとの由」
「休戦ね」
わたしの言葉に、姉上が表情を曇らせて口を開いた。
「昨日、言えなかったことがあるの、リミア」
「?」
そういえば、姉上はわたしと話があって、待ってくれていたんだっけ。
「なんです?」
「……イダニオも聞いてちょうだい」
姉上はそう言うと、道具を抱えて現れた侍女を追い出してしまった。
口をゆすぎたい……。
「実は……」
姉上が話を始めようとした瞬間、わたしの室の扉が激しく叩かれる。
「カルティナ! いるのか!?」
姉上を呼ぶ声は、姉上の夫のチェーザレ。ファンデベーグ選帝侯の息子だ。
「あなた……」
姉上が驚き、直後、扉が開かれる。
チェーザレ卿はわたしを見て、イダニオを睨み、姉上を眺めた。
「探したぞ。この大変な時に何をしているのだ? 来い」
「あなた、待ってください。リミアと――」
「ピョートルが泣いている! 子供を放って!」
つかつかと室内に入ったチェーザレが、姉上の手を掴む。
わたしは夫婦間のことに立ち入るつもりはないのだけど、自室に、無遠慮に入られては抗議をしてもいいと思う……
「チェーザレ卿、わたしの許可なく勝手な振る舞いは許しません」
彼はわたしを睨み、だけどすぐに視線を姉上に転じた。
「来い」
脅すような怖い声色を出したチェーザレ卿は、姉上を連れて退室する。
「姫」
「イダニオ、宮中で剣を抜いては駄目」
腰の剣に手を伸ばし、わたしの許可を求める部下を諌める。そして悩んだ。
チェーザレ卿は、どうしてこんな無礼を?
大変な時だから余裕がないのかもしれないけど、それにしても……。
この時、廊下で悲鳴があがった。
室から飛び出ると、姉上が廊下に倒れている。
チェーザレ卿は、自分の頬を手で押さえて、姉上を睨んでいた。
夫婦喧嘩……の域を超えていると思う。
「姉上!」
わたしが姉上に駆け寄ると、チェーザレ卿がずいっと割り込み邪魔をする。
「リミア殿下、夫婦間のことに口出し無用」
「選帝侯のご子息とはいえ、姉上の夫とはいえ、妹として無視はできませぬ」
「傍観すればよろしい。ともかく、妻は連れていく」
相手を睨むわたし。
わたしを睨むチェーザレ。
姉上の声が、緊張を解いた。
「待って……リミア、将棋の邪魔をしてごめんなさい」
姉上はそう言い、立ちあがると、夫に微笑む。
「参りましょう」
「あ……ああ」
去る二人。
二人の距離が、主張している。
修復はできないと。
侍女達が、見守るように固まっていた。
「着替えます。支度を」
わたしの声で、侍女達が動きだす。
室内に入り、姉上の言葉を反芻した。
将棋の邪魔をしてごめんなさい。
将棋……斑鳩と話せということ?
「イダニオ」
「は」
わたしは顔を侍女に洗われながら、歯を磨かれながら指示を出す。
「ひぃきゃるぐあひぃはいはいほひって」
「は!」
イダニオが室を出て、斑鳩のもとに向かった。
……向かったわよね?
通じているはず!
―斑鳩王子―
リミア姫が迎賓館の俺を訪ねてきた。
将棋に誘われるような時ではないと思っていると、どうやら姉君に、俺と話すように促されたらしい。
何があったのかと尋ねると、身振り手振りで教えてくれたが……怒っておられる。
「信じられない! 妻を廊下に倒したのよ! バーンと! バーンと倒したの!」
「……それは許せませんね」
「許せません! 絶対に許せない!」
怒っている姫を見て、正直、俺は安心した。
ふさぎこんでいるのではないかと心配していたから。
「で、姉上君が俺と話すようにと仰ったのはどうしてでしょう?」
「……わからないわ」
「……」
「……」
俺達は同時に、室の隅っこを見る。
爺が、すっと姿を現した。
「控えております」
「爺、リミアどのの姉上君のこと、何か掴んでいるか?」
「とくに……しかしカルティナ殿下がそうお考えであるのはきっと、大和に関係していることがあるのかもしれません。此度の一連の流れに……」
「……佐々木を呼んでくれ」
爺が室を辞す。
二人となった俺と姫は、同時に緑茶を飲み、湯のみを置く。
「姫」
「はい?」
「今回のことで、姫は大変でしょう。婚儀はしばらく伸ばし――」
「嫌です」
「……」
「……と言いたいところですが、実は相談があります」
俺は頷き、姫の発言を待つ。
彼女は、申し訳なさそうに俯き、両膝の上で手を揉み合いながら口を開いた。
「新しい皇帝には甥がなると思いますが、しばらく手助けしたいのです、母上を」
「当然です」
「……冬ではなく、夏まで、待って頂けないでしょうか」
「もちろんです」
姫が微笑む。
う……美しい……かわいい……。
いかん……下半身がもぞもぞしてきた。
忙しくて怒涛の日々の中で……ここにきて欲望が……
「若! 入ります」
佐々木の声で、俺は煩悩を追い出そうと頭を払う。
「まかりこしました」
「佐々木、教えてもらいたいのだが……」
「なんなりと」
佐々木は片膝をつく。
俺は爺に目配せをした。
爺が素早く室内を調べ、部屋の外も見回る。そして、問題はないと俺達に伝えた。
「姫の姉上君の夫……ファンデベーグ選帝侯の家に関して、何か知っていることはあるか?」
「……ファンデベーグ選帝侯、若の疑惑をお聞きした時に出た名ですな?」
「そうだ」
姫が、『疑惑?』という顔で俺を見るが、佐々木を優先する。
彼は首をひねり、「はて」と言う。
「何も記憶にないか?」
「はい……いや、待てよ……若、そういえば、今になって考えると、おかしいのです」
「言ってくれ」
「ゴート共和国の使者が、某や藤原を訪ねて来た際、よく来れたなと思ったのです……若を、その……倒そうとしていた時のことです」
いやな記憶を、俺達は共有したように顔を歪めあう。
リミア姫が、どういうことかと佐々木に尋ねた。
「ゴートと我が国は、ギュレンシュタイン皇国を通過するか、亜人種どもの支配地域を抜けるかのどちからしか道はありませぬ。亜人種達はゴートと対立しており、決して使者の通過を認めぬでしょう……となると、ギュレンシュタインの領地を抜けるしかありませんが、その領地とは、最短距離を通過するとなると、ファンデベーグ選帝侯領ですな」
「通過を許したな?」
俺は疑問形で口にしていたが、確信があった。
繋がった。
大和からギュレンシュタインへと軍を出させた際、ギュレンシュタインは俺を大和に差し出すという選択肢があるが、実際はない。それは、大和に負けたと宣伝するようなものだからだ。
戦争になる。
となると、ゴートと大和の両方を同時に相手にすることになる。
普通、強国であるゴートには主力であたるだろう。そこに、皇帝はいるはずだ。その軍勢に、姫を参加させたくない……
俺という駒があった。
いや、用意されていた。
俺という駒は、玉取りの為に、用意されていたのだ。そして、ギュレンシュタインの飛車である姫を、主戦場から切り離す駒にも使った。
考える。
今回、ゴートにとって計算通りであったことと、計算違いであったことがある。
皇帝の傍に姫がおらず、皇帝を倒した……計算通りだ。
しかし、大和の内乱はあっけなく終わり、俺と姫が反撃に出たのは計算違いだったはずだ。だから佐々木を使った謀略に、あんなに見事にひっかかったのだ。計算違いのことがおきて、どうしようかと迷っていたから、佐々木の申し出に飛びついてしまったのだろう。
「つまり……ゴートにとって計算通りに動いた前半に焦点をあてると、陛下がお倒れになり……皇帝を選ぶ選挙が始まったことまでが、彼らが描いた図だ」
声に出していた。
姫が、強張った表情となる。
「この策略の始まりは、俺という駒と、姫を会わせること……最初だ。最初、俺と姫の間を推薦した選帝侯がいましたね?」
俺の問いに、リミア姫はその者を口にした。
「ミレーネ選帝侯」
「彼女は、俺達と兄上との戦いについてきた……なるほど、あのような決着のつけかたなど想像してなかったのだろう……戦闘が始まれば、ミレーネ選帝侯は、俺達の情報を兄上達に流すつもりだったのではないか。佐々木、どうだ?」
「……いえ、某にはそのようなことは入ってきておりません」
「では、奴らはお前達を舐めていたのだな。仲間にしておきながら、仔細を伝えぬというのは、どうにでもできると思われていたのだ」
佐々木が腹立たしさを表情に出す。
歯軋り、こえぇ……。
とにかく、これでミレーネ選帝侯とファンデベーグ選帝侯はつるんでいたことは想像がついた。
「爺、証拠がいる」
「承知しました」
俺の指示で、爺が室を辞す。
「若、お許しくだされば選帝侯どもを斬り伏せて――」
「駄目だ、佐々木。戦争になる。俺達は外様だ。ここは、姫の為に情報を仕入れることに集中しよう」
「は……」
「さがっていいぞ」
「失礼つかまつる」
姫と二人となり、また同時に茶をすすった。
冷めてしまった……。
なんと声をかけるべきかわからない。
おたくの臣下がゴートと組んでましたよ。
こんなことを目の前で言われたようなものだもの……。
「斑鳩殿」
「はい……」
リミア姫が、湯のみを起き、まっすぐ俺を見つめる。
……綺麗だ。
「この御恩、どのような形でお返しすべきか見当もつきません」
「姫、まだ終わっておりませんよ」
「……ですが、全く関係のない我が……いえ、敵であった我が皇国の為に――」
「ちがいます、姫」
俺は湯のみを置き、美しい姫君をまっすぐに見て答える。
「俺は、妻となる人の国が、おかしくなってほしくないだけです」
「斑鳩……」
「それに、貴女のお父上を、俺はとても尊敬しています。恩を受けたと感じています。姫と、お父上の為に、お力添えいたします」
姫が、大粒の涙をこぼした。
―リミア姫―
出るわでるわ……。
証拠というものがこんなにも……。
選帝侯による皇帝選挙を明日に控えた今夜、自室で雉丸殿から届いた証拠を眺めるわたしは、ミレーネ選帝侯とファンデベーグ選帝侯による帝国乗っ取りの計画を全て知ってしまっている……。
雉丸殿からの手紙には、『姉上君におかれては、夫の家の領地をゴート人が通過していたことを近しい者から聞いていた様子。そこから、姉上君は立場を利用して家中を調べて、何がしらの疑惑を抱いた結果、それを夫に悟られたのだと推測します。よって、姉上君の御身も危なく、こちらで保護いたしますゆえご安心ください』と書かれていて、半刻前に姉上の姿が消えた理由を知った……。
華麗な人さらいに、文句も言えないどころか感謝してる!
皇帝選挙を前に、帝都は姉上を探す兵達で賑やかだ。
宮中もうるさく、眠れないといって妹がわたしを訪ねてきた。
「姉様、もうチュウチュウした?」
「チュウチュウ?」
チュウチュウとは?
「あのおチビな王子様とキスはしたのってこと」
ませガキめ……接吻など、夫婦間でしか認められない行為よ! いかがわしい!
「アンネクローゼ、そなたは大人ね?」
「ふふふ……まだなんだ」
あたりまえでしょ!
脳内で、斑鳩とチュウチュウをする光景を描いてしまった……。
そして、その後のことも、想像してしまった。
「姉様、お顔が真っ赤よ」
「恥ずかしいのよ」
「チュウチュウが?」
「……そう」
「でも、男の人はチュウチュウしたいって思ってるわ」
……我が妹ながらとんでもないやつ。
五歳にして、この物言い……。
「アンネクローゼはもう誰かとチュウチュウはしたのかしら?」
「したわ」
!?
!!!!!????
「グレーテルとしたの」
……犬じゃないの!
たしかに、アンネクローゼは犬好きで、とくにグレーテルはとても大事にしていて、グレーテルもアンネクローゼに懐いている。
その口で、わたしの頬に口づけをしていたの?
妹の口が、とても怖い……。
「でも大丈夫なの。グレーテルは犬だから、チュウチュウしても子供はできないの」
「……好きって伝えたかったのね?」
「うん!」
チュウチュウで子供ができると思っているなんて、まだまだ可愛い……くない。
はしたない!
「姉様、あの王子様と一緒に他の国にいっても、時々、帰ってきてね」
「アンネクローゼ……」
わたしは妹を抱きしめる。
……チュウチュウ。
斑鳩は、わたしとチュウチュウがしたい?
……男の人は、チュウチュウがしたいのか。
斑鳩だって、男性だ。
チュウチュウがしたいのか……。
また、想像してしまった。
わたしは、妹を室から出して、イダニオに命じて寝室まで送らせる。
そして、部屋の窓を全て閉じ、誰もいなくなったところで叫んだ。
「チュウチュウはずかしいよぉぉおおおおおおおおおおおお!」
―リミア姫―
選挙が始まった。
これまでの流れから、当然、甥が皇帝になる。
わたしが何もしなければ……ね。
わたしは、閉じられた扉を蹴破る。
選帝侯達が、何事かと椅子から腰を浮かす。
母上も驚いていた。
武装したわたしと、騎士達が雪崩のように室内に入れば、驚くのも当たり前だ。
「何事です!?」
「母上、お許しください」
わたしは騎士達を従えて、母上に一礼した後、選帝侯達を眺めた。
そして、ミレーネ選帝侯とファンデベーグ選帝侯を睨む。
「キングスレイ二世の娘リミアが問う。ミレーネ選帝侯! ファンデベーグ選帝侯! これらの証拠を前に、申し開きができるならばしてみせよ!」
私の背後からイダニオが進み出ると、大量の書類を床にぶちまけた。
ミレーネ選帝侯とファンデベーグ選帝侯、そしてゴート共和国の元老院議員達が繋がっている証拠の数々だ。
慌てふためくファンデベーグ選帝侯が、書類をかき集めようとして足をすべらせ転倒する。
ミレーネ選帝侯は、冷静さを装っているが、手の震えを見れば内心は明らかだ。
オーリエ選帝侯が、書類のひとつを掴み、声に出して読んだ。
それは、ミレーネ選帝侯がファンデベーグ選帝侯の孫を皇帝に就かせることに承知した内容で、宛先はゴート共和国元老院議員のキルケーだった。
騎士達に捕えられて運ばれる選帝侯二人。
宮中を進むわたしは、母親が騎士に捕縛されていることに驚くアリスを見た。
彼女もわたしを見る。
何があったのか理解できないという顔だ。
ごめん。
これから、貴女も捕えないといけないの。
ミレーネ選帝侯とファンデベーグ選帝侯の家族は、全員捕縛。
そして……。
喧嘩ばっかりだったけど、残念よ、アリス。
―斑鳩王子―
皇帝選挙の場で、選帝侯二人が捕まり、一族も捕縛された。彼らは死罪になるだろう。
このことを、報告に来てくれたリミア姫は、軍服姿だが美しく、しかしどこか、悲し気である。
国葬は明日だ。
新しい皇帝が、喪主となる予定だったが、新皇帝即位はさらに伸びるだろう。
ともかく、国葬が終われば帰国する。
それを伝えた俺は、リミア姫を慰めようと、彼女を誘って迎賓館の庭に出た。
雪が降っていたせいで、庭は白い。
池は表面が凍っていて、そこにまた雪がかかっている。
今は止んでいた。
空気が冷たい。
姫が言う。
「国葬の後、四人の選帝侯が皇帝を選びます」
「誰になるのでしょう?」
「さぁ? でも、弟がいますから、弟でしょう」
リミア姫の弟君は、シュトラウス殿だ。
十一歳の皇帝。
姫が、しばらく手伝いをしなければならない状況は変わらないな。
「斑鳩殿」
「はい」
「ありがとうございます。貴方のおかげで、助かりました」
「いえ、姫のお役に立てて嬉しいです」
彼女はここで、陰気を払うように伸びをすると、俺の左手をそっと握る。
手を……つないだ。
この……恋人握りというやつ、めっちゃやばいんだが……。
姫、いい匂いがする……。
「斑鳩殿」
「は……はい」
「半年ほど、待って頂けますか? 必ず、貴方のもとに帰りますから」
「ま……まままま待ちます」
彼女は微笑み、俺を見つめる。
至近距離……
見上げるのは、俺のほうが背が低いからだ……。
いや、それでも姫は俺を選んでくれ……え?
姫が、少し屈む。
俺は、その綺麗な顔に見惚れた。
姫が、目を閉じた。
唇に、柔らかい感触……
一瞬の触れ合い。
彼女は、パっと俺に背を向ける。
茫然とする俺は、振り返った美女を見た。
「半年ほど、待ってくれるお礼です!」
照れた顔で、立ち去る姫を眺める。
俺は、指先で、自分の唇に触れる。
……キス、されたよね?
視線を泳がすと、葉をすっかりと落とした木々の影に、爺がいた……。
爺が、大きく頷き、姿を消す。
……。
「うそだろおぉおおおぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
叫んだ。




