遭逢
―ブサイク王子と武断の姫は将棋をさす―
太古の昔。
人類が今よりもずっと神々の存在を近くに感じることができ、不思議な力が現実におき、人に姿が似ているが違う種族の者達が数多くいた時代は、危険な生物たちもまた多く、魔の力も神々と同じく近くにあった。
その時代は今よりも危険だったかもしれないが、人々は確かに暮らし、国や都市といったものが築かれていた。
中央大陸の大和王国に生まれた斑鳩王子と、ギュレンシュタイン皇国のリミア姫は、そんな時代を生きた二人。
双方ともに、望んで出会ったわけではなかったようです……
―斑鳩王子―
気が重い。
いろんな意味で、とても怖い。
敵国の姫とお見合いだ……。
しかもその姫は剣を好み、魔法も得意で、馬に乗れば配下の者たちをおいて行ってしまうほど巧く、軍を指揮すれば負け知らず……熊のように巨大で強い女性ではなかろうか……。
ギュレンシュタイン皇国のリミア王女。
我が国で、彼女の名前を知らない者は子供くらいのものだろう。
隣国で大国の敵国たるギュレンシュタイン皇国の憎き敵将……その女性と見合いなんて楽しく思えるわけがない。
先に到着して、相手を待っているけれど、このまま来ないでくれたらって思ってる……リミア王女は舞い込む縁談の全てを断りまくって戦に生きていると聞くので、今回もそうであればと期待しているが、来てしまった場合、会わないといけない……。
会った瞬間、斬られるのと違うか?
オシロ湾の騒動の時、彼女は開戦を唱える急先鋒だったと聞く……ギュレンシュタインの皇帝と俺が話し合いをしたことで、オシロ湾での漁師たちの争いから始まった対立は沈静化したのだけど、彼女は最後まで戦争だと叫んでいたらしい……。
そんな人と、見合いなんてしたくないって思うのは当然じゃないか!
……はぁぁあああああああ! 気がクソ重い!
これも……俺が未婚だからいけないのか……。
仕方ないじゃないか! モテないんだもの! ブサイクなんだもの! 嫁探しの儀では悉く断られまくったんだもの!
妻を娶らないまま二十歳となって、成人してしまった……俺は妻探しの一年間で、誰も承知してくれなかった過去があり、国中から「あいつは半端な奴だ」と影口を叩かれている。大和の男として、二十までに相手を見つけられなかった者は、そういう扱いを受けるのだが、王族であるから表では言われない。でも、影で言われる……
思い出しただけでも嫌な気持ちになる。こちらは王族だぞ、とひけらかすつもりはないにしても、あんな断り方をすることないじゃないか……ブサイクは嫌だ、チビは嫌いだ……ひどいと思う。
申し込んだ全員に、同じ理由で断られた……。
俺の、男としての自信……もともと小さなものだったけど、それは完全に無となった……。
顔の作りは、俺のせいじゃない!
しょうがないじゃないか……両親がブサイクなんだもの……。
身長もしょうがないじゃないか! 遺伝なんだもの!
俺は……悪くないのだ。
「若、お着きです」
爺の声で、俺は姿勢を正した。
庭が一望できるテラスで、俺は相手を待っている。
両国の国境付近にある我が国側の町、平戸の町長屋敷を借りていた。
脇に控えた爺が言う。
「話題に困ったならば、将棋の話をしてみては如何です?」
「将棋? しかし彼の国では、将棋や碁は女性がするものではないという扱いを受けていると聞くが?」
「ギュレンシュタイン皇国の皇妃陛下は碁と将棋がお好きです。母親に似たのでしょうな」
「そうか……ありがとう」
「では、爺は離れて見守っております」
爺は頼りになるよ!
えっと……準備は大丈夫のはず。
テーブルに用意された緑茶は、最高の玉露だ。我が国が誇る輸出品のひとつ!
見合いは嫌だし相手は怖いけど、ここは穏便に進めて、リミア王女から断って頂くという形をとってもらえば問題ないのだ。
それが、俺の今日の目標……どうあっても、我が大和はギュレンシュタイン皇国には勝てない。兄上たちは戦で勝てばいいと平気で言うけど、負け続けてきたくせにどの口がと嘆かわしい……戦って勝てないから、俺が苦労してあれこれと手を回して……とやっていたら、こんな縁談が寄越されてしまったんだよなぁ。
「貴公はまだ妻帯しておらんのか? 大和では珍しいな。なるほど……断られた? ハッハッハ! 俺の娘たちにも相手がいないのが幾人かいるが……困っているのがいる。だが、貴公とは似合いかもしれないな」
オシロ湾の漁業権交渉の席において、長い話し合いの最中に挟まれた休憩時間、ギュレンシュタインの皇帝と会話をした際、こう言われていた。
その時は冗談と思っていたが、後日、申し込まれた。
まさか本気だったとは……。
まぁ……俺がこの時間を耐えればいいのだ……だから! ここでは斬りつけてこないでね!
「失礼します」
使用人の声とともに、室内から、テラスに通じる扉が開かれる。
俺は席を立ち、直立して相手を待った。
緊張している。
そしてこの緊張は、現れた相手がとんでもない美女であったから、さらに強くなった……。
―リミア姫―
はぁ、情けない。
いくら政治の為とはいえ、可愛い娘を外交の道具で嫁に出そうとするかな?
しかも、相手はついこの前まで争っていた大和の第三王子……第三ってのがまず気にいらない。一番じゃないんだもの……それにその王子はブサイク短足低身長という噂がある……なんで美しくて賢くて強いわたしがそんな相手と見合いしなきゃいけないのよ!
殺し合いなら望むところなのに!
斬って帰ればおもしろい展開になりそうだと思っていたけど、出発前に母上から「父上の名を汚すことがないようにしなさい。いいわね?」と真顔で言われ、頭の中を読まれている! と思って斬る案は封印した。
母上は、父上よりも怖い……怒らせたら怖いもの。
でも、大和を併合できる大チャンスだったのに、父上はどうして話し合いで解決させちゃったんだろう? 南のゴート共和国が攻勢を強めてきたから、北東部の国境を接する大和とは手を打っておこうという計算?
でも、そうだとしても、あの斑鳩はないじゃない! と言いたい。
もっと他の方法で、関係を修復してよ!
クソ宰相の入れ知恵かな?
あいつ、ずる賢いもんね。
ああ、馬車は揺れるわりに遅いわぁ……馬でさっさと駆けて到着したほうが楽なのに。
だいたい、このドレスはなによ。
動きづらいったらこの上ない。いざって時、戦えないじゃないか……。
走る馬車の外から、側近騎士のイダニオが話しかけてきた。
「姫、先方はすでにお待ちです。これから屋敷に入ります」
「わかりました」
外からの声に、わたしは返事をしつつ脚を組む。
欠伸もした。
さっさと会って、難癖をつけて断ってやればいいわ。
大和なんて、ちゃちゃっとやっつけられるんだもの。
あ……わたしが相手に無礼を働かれて、それが理由で戦争を仕掛けるってのもアリかも……頭いいなぁ。
よし、これでいこう。
「姫、停まります」
馬車が停まり、しばらく待つと外で用意が整ったと声があがる。
扉が開き、わたしはツンとすまして外に出る。
大和とギュレンシュタインの国境付近にある平戸という町は大きくない。ここは現在、大和王国の統治下だ。国境の町になっているが、ここがそうなったのは二年前、ギュレンシュタインが大和の領土を戦争で奪ったからである。
本当はもっと西に国境があった。
町長の屋敷で待つという相手の為に、わたしはハイヒールを鳴らして邸内に入った。案内され、扉が開かれると、斑鳩がいた。
会ったことはないが、すぐにわかった。
それは、彼に関する噂で、まさにその通りにチビでブサイクだった。
いや、噂以上のヒドイのがいた!
剣も乗馬も苦手で、身体も弱くて病気がちと聞く。
先月の、オシロ湾での漁業権を巡る攻防では、戦争嫌いなこのおぼっちゃんが父上に手紙を出して、その内容に興味をもった父上が彼と会ってしまって……戦争になることはなかった。
戦うのが怖いなんて情けない奴。
その、情けないチビブサイク男が口を開く。
「お美しい姫君をお迎えできこれ以上なく光栄でございます。顔合わせの儀、受けてくださりありがとうございます」
「いいえ、我が父が申したことですので……座ってよろしいかしら?」
「もちろん。今、お茶を淹れます」
おや?
自分でお茶を淹れてる。
これはこれは……可哀想に大和では自分でお茶を淹れないといけないくらい人手不足なのね?
緑茶か……苦手なんだよね。苦いんだもの……。
「どうぞ」
斑鳩が差し出した杯は、わたしの国では見られない形と大きさで『湯のみ』というらしい。
熱いが、心地よい温度。
にが……くない。甘くて、渋さが気持ちいい。苦味は少しあるかもしれないけど、そのせいで甘味が舌に残る感覚が愛おしく感じる。
美味しい……。
「玉露です。貴国でも楽しんで頂いているお茶ですよ」
「わたしは普段、緑茶は頂きません」
「苦手ですか?」
「はい……あ、失礼しました。しかし、これはとても美味しく頂きました」
「よかったです」
微笑む彼は、ようやく席に着く。
わたしは、緑茶のせいで苛立ちが消えていることを自覚した。
彼も緑茶を啜り、庭を眺めて口を開く。
「貴国の皇帝陛下より、父にこのお話がありました時、私のような者が相手では姫がご不満でありましょうと思いましたが、私から断るのはさらに無礼でありますから、ここはお会いして、断られたほうが良いと考えました。それでも、しばらくはお茶の相手をして頂いてもよろしいでしょうか?」
わたしは、物腰の穏やかな斑鳩をまじまじと眺め、細い目と団子鼻に苦笑し、分厚い唇へと視線を止めて頷く。背はわたしの肩ほどで、座れば身長差が縮まることから、脚が短いチビというのは気の毒なこと、と思う胸中を完璧に隠した返事をする。
「お気遣い頂いて恐縮です、王子殿下。ただ、わたしはこの縁談を断りますが、それは貴方に不満があるからではなく、貴国と同盟関係になりたくはないと思う考えからです。ですが、お茶にお付き合いするのはやぶさかではありませんよ」
「……お礼申し上げるべきでしょうか?」
彼は戸惑いを浮かべ、わたしから視線を逸らして緑茶を啜る。
うん、顔はブサイクだが目の色は綺麗だ。星空のように思えるのは、黒い瞳が珍しいからだが、彼の国では当たり前のものなのかもしれない。
彼は、躊躇いながら口を開いた。
「戦場にあって、戦姫と兵から敬われる貴方の言であるからこそ、私は心配です。大和をお取りになりたいと?」
「わたしは狩りも好きです。狩りにおいて、強くて速い獲物は狩るのが難しいものです……貴国は強兵ではないですが、金や銀が採れるゆえ、狙いやすい獲物でありつつ、得るものが大きいです」
「湾の漁業だけではご不満ですか……困りました。しかし、これ以上の戦火は貴国の民も望まぬものと考えます」
「民草のことまではわかりません……わたしは、戦って勝って、全てを国が頭を垂れることを望んでいますので……その為に、金や銀は欲しいと思います」
さ、怒りなさい。
このような場で侵略の意思を露わとするか! とか言って怒りなさいよ。
怒った彼に、わたしはわざと脅えて泣いちゃうのよ! そして、無礼を働かれた! キー! て怒って戦争よ!
て……あれ?
困った顔で考え込んでいる。
期待した反応と違うんですけど……。
わたしは、相手の言葉を待とうと決めて緑茶を啜る。
うん……この緑茶、熱いけど、ちょうどいい。美味しい。
「戦争は……避けたいです」
斑鳩は微笑んで言う。
ブサイクな顔だけど、その笑みは可愛らしいものだった。
彼は、無言のわたしを見つめ、続ける。
その瞳は、彼の意思の強さをわたしに伝えた。
「しかしながら、姫がどうしてもと願うのであれば、戦いましょう……爺」
彼は、彼の側近を呼ぶ。
庭の植栽の影に隠れていた老人が、一礼し姿を現した。
気配を消していた……ただ者じゃないと感じる。
「爺、将棋の用意を」
将棋?
キョトンとするわたしは、彼の笑みを見る。
「今日のところは、将棋で勘弁してください。私が負ければ、金を差し上げます。どうです?」
呆れた。
でも、ひさしぶりに将棋をさせるのか……。
わたしの国では、将棋は男がするものなんて言われて、子供のころは大目にみてもらっていたわたしの趣味も、今では絶対禁止とされてしまっている……。たまに母上や兄上、姉上に相手をしてもらうくらいで……悲しい!
さしたいのに、誰も相手になってくれない。
十二歳の時に、十五歳以下の大会で優勝をしたのを最後に家族以外とは将棋をできていないんだ……。
将棋盤が運ばれてきた。
ああ……つやつやとしたいい盤!
嬉しい。
でも、その将棋で戦争と金を賭けるなんて……。
ふふふ……将棋が弱いと思っているな?
わたしは強いのよ。
ここは、コテンパンにしてやって、恥をかかせてやったうえで、縁談を断ってやろう。
わたしは、満面の笑みで口を開く。
「かまいませんよ。では、負けたら縁談を受けます」
―リミア姫―
帰路の馬車。
わたしは、不機嫌だ……。
負けた。
将棋で負けた。
しかも……
「私の勝ちですが、縁談はお受け頂く必要はありませんよ。姫のお気持ちに、私は従いますから」
という、相手の余裕を目の当たりにしてしまったー!
腹立たしい!
くそ……。
これは帰って、将棋の研究をして、次は絶対に負けないんだから!
次は勝つ!




