19.虐められたいアン・ソフィ
立場が逆転してます。
入学式の次の日、必要な教科書等の支給を受けて、ようやく、俺様達はクラスに集まった。そして、先生の最初の挨拶と、みんなの自己紹介があった。アン・ソフィはドジっ子丸出しの自己紹介だった。
そして、先生はいきなり、自習にした。
「みんな、まあ、最初は友達作りが一番興味があるじゃろう。これから6年間、苦楽を共にするのじゃ。場合によっては一生の付き合いになる。自身と気が合う友人を見つけ出しなさい。それもこの魔法学園での、勉強の一つじゃ」
そう言って、先生は教室を後にしてしまった。やばい、俺様、基本スペックがボッチなんだ。友達作りは苦手だし、ケーニスマルケ家に打算で近づく者はご遠慮願いたい。
しかし、意外と簡単に友達ができた。というか、元々友達だったんだ!
「クリス様! これから6年間、宜しくお願いします」
「アンちゃん。俺様と友達になってくれるの本当だったんだね! ありがとう。俺様嬉しいよ」
「受けた御恩、このまま、お返しできないと、私も自身の矜持に反します!」
「大げさだな」
アンはそこで、かなり小さな声で呟いた
「このままだと、いじめのエピソードがなくなっちゃう。それは回避しないと!」
アンは俺様が転生人である事を知らない。アンの知らない悪役令嬢クリスがいる。アンにとって、悪役令嬢の俺様に虐めてもらわないと困るのだ。それが原因で、アンと王子カールの仲は進行するのだから。
しかし、俺様は自身が転生人であることを隠す事にした。アンを全て信用できる筈がない。お互い転生人であることを知るより、こちらだけが知っている事の方が有利だ。
それにしても、先日の貴族の令嬢に対するアンの対応はまずかった。俺様はアンに貴族の世界の事を教えてあげようと思った。アンはおそらく、現代日本からの転生者だ。そうでなければ、この世界が乙女ゲームエターナルラブの世界である事が知る由もない。つまり、日本の常識で生きている。それは極めて危険だ。かくゆう俺様もカール王子の求婚を断ろうとして、危うく死刑になる処だった。アンみたいな美少女の死刑なんて考えたくない。
「ねえ、アン、言いにくいだけど。アンは貴族の事をもっと勉強した方がいいよ。このままだと、不敬罪で、死刑になったり、貴族を敵に回して、酷い目に合うよ」
「クリス様まで、身分を持ち出すんですか……そんなのおかしいですよ!」
「おかしくないの!」
俺様はアンを睨んだ。あれ? アンが目に涙を浮かべている。やべぇ! これ、俺様がアンを虐めているみたいに見えない?
「クリス様は平民の気持ちがわかる方だと思ってました! 見損ないました!」
「アン、わかって欲しい! アンの為なんだ!」
そこへ、アリスがやってきた。そういえば、アリスも友達になってくれるんだった。本当だったんだ。ちょっと、口だけだったら、俺様恥ずかしいなと思っていたから、良かった
アリスは俺様とアンを見比べて、一呼吸おくと、一機にまくしたてた
「アン、貴族として平民の気持ちが分かる事と、平民の立場に降りて平民の気持ちに共感する事では訳が違うの。貴族として平民の気持ちがわかるなら、素晴らしい事よ。でも、平民の立場に降りて平民の気持ちに共感する事は違うの! それは夢しかみない世間知らずでしかないでしてよ」
アリスは決然と言い放った。そして、更に続けた。
「アン、あなたはこの魔法学園の生徒、だからこれから貴族との交友もあるわ。現に私とクリス様はあなたの友達よ。だけど、身の程をわきまえなさい。あなたが相手にしているのは一個人のクリス様とアリスでは無いの、私達はヴァーサ家、ケーニスマルク家の令嬢、一挙手一投足に責任が生じる立場だと、理解して頂戴」
アンはアリスの言葉を理解するかは分からない。反発される可能性だって大きいし、下手すると昨日の令嬢達と同類に見なされる。平民から見た身分差と、貴族が持つべき身分の区別は全くの別物なのだ。
「身の程って、何ですか……あんな事を言う相手にも笑って答える事が平民なら当たり前って事なんですか……!」
アンは声を荒げていた、傷付けるつもりで放った攻撃よりも、理解してほしいが故の説得がはね除けられる方がダメージが大きい。
ここでアンの理解を得られなければ、彼女はまた必ず同じ事を繰り返すだろう。その度に庇ってあげても根本的な解決にはならない。これから、アンは俺様やアリス、そしてカール王子と付き合う事になるのだ。
俺様はアンと友達になりたい。だが、中の人が現代日本人のアンはゲームの世界の完璧なメインヒロイン、アンではないのだ。
だからこそ、アン自身に変わって貰うしかない。理解してもらうしか、解決策はないのだ。
「もし,お二人共そうお思いなら、お二人共、間違っています!」
必死の表情で俺様達に訴えるアンは、自分はわかっていると思っているのだろう。だから、俺様達にも気づいて欲しいと・・・アンは基本的には善人で、悪を許せないのだろう。現代日本人の平均的な価値観。それは尊いものだ。
だが、その正義感には、何の力もない。これからアンが自身の正義を実行すると、いつか貴族という人種に蹂躙されるだろう。
俺様は少し、判り易く説明した。
「俺様とアンは友達だよ。だから、アンが正しいと言う事は知っている。だけど、他の友達じゃない貴族に、アンの正義を貫いたら、アンは酷い目に合うよ。力を伴わない正義は危険だよ。昨日は俺様とアリスさんの力でねじ伏せたけど。いつも俺様達、傍にいるとは限らないよ」
「でも、それは私が正しいと思ってくれたから・・・」
「違う。アンがわかっていなかったから、助けた。アンがこれからも同じ事を繰り返すなら、助けてあげられない。俺様の方が貴族世界で潰されてしまう」
「そんなの! それが貴族の本音なんですね! やっぱり悪役令嬢なんですね! クリスは!」
「悪役令嬢?」
アリスが突然出た聞きなれない言葉に???となる。だが、そこは今は無視だ。
「アン、アンは確かに正しいよ」
アンの顔に笑が浮かぶ。自分の想いが通じたのだと、正義が必ず勝つ、という幻想に酔って、何も知らない子供の様に・・・
アンの知っている正義や価値観、それは美しく、決して曇る事等無い世界だったのだろう、これまでは・・・世界が美しいままなら、どんなにいい事だろうか? だが、人は学ばなければならない時がある、正義も価値観も一つではないのだ。
アンは、正しい。その言葉に嘘は無い、ただし、平民だったなら、という条件付きなのだ。
「じゃあ、アンの正義と価値観を理解しない者は全て悪なのかな?」
正義が力なのではない、力が正義なのだ。正義も価値観も力ある者が決める事なのだ。
「え?……」
突然の、予想外の質問に、アンは戸惑った。意図がわからないし、理解できない事は一目瞭然で、必死に俺様の問いの真意を考えている。
正義の反対は悪なのか?
「アン、アンは間違っている。アンの正義感、価値観は平民のもの。でも、貴族の正義、価値観は違うよ。アンと違う正義感や価値観を持っている人も、本人にとっては正義だよ」
「でも、それは貴族の方が理解してくれれば!」
「どうして貴族が平民の正義や価値観を理解する必要があるの? 貴族は力ある者。正義が力なのではないの、力が正義だよ!」
正義の敵は正義、前世の世界の戦争、それは正義と正義のぶつかり合い。男の俺様にはわかる。だけど、このアンの中の人は女の子だろう。発想が現代日本の女の子のものだ。
「俺様もアリスも貴族、好む、好まずに関わらず、この位置にいる。俺様が貴族の考えをアンに強制する事はできない。でも、俺様やアリス、この魔法学園の貴族とうまくやっていきたいなら、理解しないと駄目だよ。そうしないと王子様となんか付き合えないよ」
アンは『ハッ』とした顔をする
「クリス様、あなたは本当にクリス様なの?」
アリスは更に???という顔になる。そこは、更にガン無視する!
「アン、広い視野を持って! たくさん歩み寄って! たくさん話して、それでも受け入れられないなら、笑顔で装って、裏で毒づいて! 俺様に言ってもいいよ。毒を!・・・俺様はいつもアンの味方だから!」
「クリスティーナ様はやはり尊いわね。悔しいけど、貴族としてより、人として、上にいる。そんな気持ちに素直にさせられますわ・・・」
アリスは俺様の悦明に好意を寄せてくれた。いや、元々アリスが言い出した事の補足なんだけどね。アリスは本当に心が尊いのだろう。だから、俺様に共感するのだろう。
「はい、アンは解りました。平民と貴族では立ち位置が違います。私の常識は全然通用しないし、立場は貴族様の方が上、私が正論を吐いても、それは通る筈がない。私は子供だった」
アンも理解してくれた。それ以降、アンが貴族にくってかかる事はなかった。俺様意外には・・・どういう事?
後日・・・
「あの、アンちゃん、なんか他の貴族達と俺様と扱いが違う様な気がするんだけど・・・」
「だから、クリス様はアンの事虐めていいんですよ!」
「いや、俺様、それは困る!」
「私も虐めてもらわないと困るんです!」
「できれば勘弁して!」
「虐めないと、虐めますよ!」
こうして、虐めてもらいたいアンと虐めたくない俺様という不思議な関係が出来上がった。アンが俺様に突っかかると、いつもアリスが仲裁に入ってくれた。なんか、逆じゃね?
作者より解説:このやり取りを静かに見つめる男がいた。それはパシフィス帝国第四王子イエスタ・メクレンブルグ。彼は乙女ゲームの世界で、アン・ソフィがクリスに虐められる事よりアン・ソフィとアリス・ヴァーサと関わりを持ち、この二人に心が傾いていく事になっていた。しかし、クリスがアンを虐めないどころか、尊い貴族の心を持つ事を知る。あまつさえ、政敵ともいえるヴァーサ家の令嬢とすら友好関係にある。なんと魅力的な女の子なのか? 彼の心は次第にクリスに傾いて行った。そして、彼は隣国 パシフィス帝国よりこの魔法学園に入学したばかりで、クリスがこの国アトランティス王国第三王子カールの婚約者とは知らなかった。クリスは、また、ジゴロぶりを発揮し、ドツボにハマっていくのである。
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