雪村楓は手をつけない
設定変更して、二年生ってことにします。
階段の踊場は少し寒い。高低差があるせいか、平坦な場所よりも空気に動きがある。
僕は腕時計を見ながら、その踊場でテストが始まる直前を待ち構えていた。
そんな中、考えていたことがある。
[なぜ、手紙ではなくメールなのだ?]
ということ。西島佳代に送られたメールの送り主である本学校の裏サイト管理人は、噂を耳にするに、下駄箱に手紙を忍ばせ、その手紙に指令の内容を綴るのだとか。だが今回の一件では、手紙というアナログな手法ではなく、電子メールというデジタルな手法を用いられた。
つまり、これは裏サイト管理人の名を騙った第三者が、西島佳代を利用して雪村楓を陥れようと目論んでいる事が推測される。
まぁ、その裏サイト管理人がもしかしたらデジタルな手法を用いることも無くはない。
「世はまさに、大デジタル時代!」
であるからな。某海賊漫画のアバンで言いそうな感じで、技術は進歩している。
だが仮定をしないことには動けない。
それに裏サイト管理人を騙った何者かがメールを使ったのも分からなくはない。管理人は下駄箱に手紙を入れる。それと同じやり方をして、もしも誰かに見られたとすれば、自分自身がその管理人だと騒ぎ立てられかねないからだ。そこまでのリスクは負いたくないということだろう。
そんな中、僕がやることは一つ。
かの雪村楓にこのペンを渡すこと。
もうそろそろテストが開始されるという時間だ。そんなに猶予が残されていない中、
僕
「ちょっちこいこい」
雪村
「何ですかーい?」
僕
「はいどーぞ筆記用具ですぜ」
雪村
「わーありがとー」
とはいかない。
仮の話だが、このクラスにその何者かが潜んでいると考えると、雪村楓との接触している所を目立たせたくない。差もなくば、僕にも火の粉を飛びかねないからだ。裏サイト管理人の名を騙ってまで行動に移したのだ。火の粉どころかバーナーの口を向けられるかもしれない。
だからさりげなく、風のように通りすぎ様にポケットを入れる。定期テストは出席番号順に席を移動させるというしきたりが役に立った。雪村は壁沿いの席で、僕はその列の隣の奥。自然にできる。
教室に入る。
だが、そしてそのまま、ささーっとペンをポケットに滑り込ませる訳にもいかない。
もしストレートにポケットに入れようものなら、
「ちょ、何触ってんの!?
セクハラ!
セクシャルなハラスメント!
変態!
死ね!」
となるのもある。つーかまじでそう言われたらどうしよう。社会の縮図から脱出して正真正銘の社会から抹殺されるのてはなかろうか。今になって手汗で滲んできたぜ。
だがそれだけではない。
さっきの通り、クラスに雪村楓を陥れようとしている何者かがいる(仮)。とすればだ、自らが送ったメールによる結果を見届けたいとと思うのが心理だろう。火事を起こした犯人が野次馬に紛れるあれだ。ちゃんと自分の行動が結果に実を結んでいるのだろうか、とフィードバックを得たいだろう。その時に僕が彼女に干渉している所を見られると、火の粉及びバーナーが飛んで来るかもしれない。
仮定が重なり可能性はより薄まるのだが、もしも、その何者かが本当に裏サイトを運営しており、電子メールという手法に目覚めたとしても、尚更見られる訳にはいかないわけだ。この時間の改竄者を突き止める前に手を引かれる恐れもある。
だからこそ、手を打っておいた。
「きゃあっ!」
明るい声と共に、ドタドタと床が小さく揺れる。
瞬間、クラス中の意識が一点に集中された。足をとられた西島佳代がすっころんだのだ。
勿論これは打ち合わせ通り。転倒した西島佳代に視線を誘導させることによって、僕から目をそらせるためだ。案の定上手くいった。これで誰にも視認される事なく雪村のブレザーポケットに入れる事ができる。
何気なく教室に入り、
近づき、
腕を伸ばし、
ペンを
入れ
た!
「大丈夫?」
「平気平気、ありがとうね」
周りの女子生徒が西島佳代に手を貸す。それを余所に、僕は早々と自分の席に戻った。
ふぅ、これで一安心だ。僕がやることはもうない。さっさとテストを終わらせよう。
雪村を見ると、ポケットの違和感に気づいたようだ。左手でポケットの感覚を確かめている。一安心の一安心だな。
黒板には、今日一日のテストスケジュールが白いチョークで綴られていた。
今日の一限目のテスト科目は...「国語」かぁ。国語なら覚えゲーってこともないだろう。出来るところはアドリブの読解力で何とかなる。余裕だな。
ガラガラガラッ!
「そんじゃテストやるぞー、筆記用具以外仕舞えよー」
力強く響かれた山本先生の野太い声は、クラスの人々を一斉に動かした。権力ってすげぇ。いや、彼においては迫力かな?
ちなみに山本先生は体育教師。角刈りで濃い緑色のジャージを身につけ、日頃から朝の正門に立ち塞がっている遅刻者の敵だそうで。僕は基本さっさと登校する派なので体育以外の面識は少ない。
そんな彼が左の列からテスト用紙の束を前列に置く。それをチャイムと同時に後ろへと配る方式だ。暇なのでその様子を目で追い、最終列まで見送っ...!?
おかしい。
キーンコーン
「はい始め!後ろに回せー」
カーンコーン
え、ちょ、なんで、おい、ペンがあることは分かっているんだろう!?
「おい、テスト」
「え、あぁ、ごめん」
前の席から送られたテスト用紙に気づかなかった。松本君はムスッとした表情でこちらを睨み、テストに向き直った。
ごめんね松本君、だがそんなことを気にしている場合じゃなかったんだ。
何故、雪村楓はポケットのペンを使わない、
何故テストを受けない?
気づいてない?
可能性はある。しかし、
僕はとあることに気づいた。
そうだ、最初からおかしかったんだ。僕は大馬鹿だ。
雪村楓は、
[最初から筆記用具を出そうとはしていなかった。]
テストを受けるとなると、予め筆記用具を用意するのが普通だ。戦場に立つのなら武器を用意するに決まっている。なのに何も武装していない。
でも理由がわからない。何故だ、んー...。
テスト監督はそんなことはいざ知らず、前回怪しいと睨んだ者に意識を集中する余り、彼女の異変に気づかなかった。
気づけよ!何のためのテスト監督だよ!
そんな様子が2、3限と続き、テスト一日目を終えるチャイムが鳴った。
くっ、全然集中できなかった。あれから理科と日本史とあったが、駄目だなこれは。勉強してみるかなぁ。脳トレにはなるかも。
帰り支度をして教室を出る。すると、廊下で雪村と西島が二人で帰ろうとしている姿を見かけた。ショートボブが西島で、ロングが雪村だ。
なんか、妙にお互い辿々しい雰囲気だ。話し合うなら、首の角度が相手に向く筈なのに、たまに向き、そして首の角度が落ちる。西島が辿々しいのは分かるのだが、何故雪村までも?
って、今はあんまり考えたくない、頭脳労働は駄目だ。僕もさっさと帰ることにしよう。雪村と西島と遭遇するとずっと目で追ってしまいそうなので、遠回りして帰ることにした。
ガタガタガタガタ!
うぉっ、何だ何だ?
音の方へと目を向ける。そこには、ある男子生徒が空き教室の椅子を外へと出している様子が窺えた。腕には何か赤いものを巻いている。あれは確か、生徒会の腕章だったか。
つーかテスト期間だろ、何で活動してるんだよ。お前あれだろ、生徒会執行「部」だろ。
と遠くで見ながら少し突っ込む。良く見ると、彼は一人で椅子を運んでいるらしい。どう見ても大変そうだ。机を運び、その机の上にひっくり返した椅子を乗せる。それをまた繰り返す。日の光が額に反射し、キラリと光った。それをポケットから出したハンカチで拭い、ふぅと一息ついている。
本当に、性分と言うか何と言うか。こういうのは放っておくと「あの時手伝っておけば、また違った世界が見えたかもしれない」という後悔が余生にべったりくっついてしまうのだ。
あの時、人を信じていれば。
「これ、そっちに運べばいいんだな。」
机と椅子を指差し、さっさと運ぶ。彼は驚いた風だったが、素直に「そう、ありがとう」と返事をしてくれた。
数十分が経過。暑い。途中ブレザーを脱いで、教室前に置いてきた荷物の場所に放り出していた。そのせいか、汗がシャツを肌に密着させた。空気が冷たい。
「助かったよ、ありがとう」
好少年はにっこりと微笑んだ。
「そりゃどーも。でも、こんなの一人でやるつもりだったのか?生徒会も執行「部」って枠組みじゃないの?」
「まぁそうなんだけどね、でも会長が俺を頼りにしてくれたんだ。それを無下にはできないよ。」
「えっ、」
いやいや、頼まれたといっても、これを一人に頼む上司って...上司って器じゃないだろう?内心ではそう考えたものの、表情には出ないよう努めた。彼本人は何の疑問も持たず、尊敬する人間の役に立てたという気持ちが勝っているようだから。
「そうか、まぁさっさと済んで良かったな。じゃこれで。」
荷物を提げて退散しようとすると、
「あ、待って。何かお礼させてよ。」
「いや本当に大丈夫だから、君も休みながら帰りなよ」
慌てて両手で制止する。彼も「そ、そう?」と半分わからない感じではあったが、何とか帰ることができた。
さっさと帰れば良かったなー。さもなくば、未来のブラック企業の従業員を見ないで済んだのに。
帰宅ーっ!!
スマホのタイマーを起動!ゴロゴロッと床に体を転がし、電気も点けず暗がりの中でアイマスクを着けて10分寝た。
10分後。
ブーブー。
作動したスマホのタイマーを切るために目をやる。
「おはよ」
にょろっと尻尾をくねらせながら、クロノは続ける。
「昼寝って10分でも足りるもんなのかい?」
「ないよりましだよ」
「で、今日のあの女の子、どうだった?」
今日のあの、友達の筆箱を燃やした西島佳代の件だろう。1秒ほど「んー」と唸ったあと、考えをまとめ話した。
「なるほど、確かにその裏サイトの管理人ってのは、この世界線の改竄者候補にしてもよさそうだね。」
「あぁ、だが今回はそいつの仕業って可能性は低そうに思えたんだ。手紙とメール、手段が違うからね」
「んー」と、クロノは頭を抱えた。
「どうやって突き止めたものか...」
「そこで、いい考えがあるんだよ」
スマホのメモ機能を使い、クロノへ伝えたいことを箇条書きで記した。
手をブンブンと左右に振り、慌てて否定した。
「え、僕がやるの?いやいやできないよ、会話だけしかできないような造りなんだよ」
「いーやできる、むしろ電脳世界にいるクロノにしかできないことだ。つーか僕の知らない間にYouTubeとか見てるの知ってんだかんな。謎解き動画とか見てたろ、通信残量食ってるんだよ。」
「うっ、それは...」
そっぽを向いて苦笑いし、観念したかのようにため息をついた。
「わかったよ、必要なことなんだろ」
「ありがとう、助かるよ」
僕は笑顔で、彼に心からの感謝を抱いた。