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いじめられっ子ニートは時を越える。  作者: こへへい
一章:怒りの使い方
8/18

西島佳代は恐怖している

ざらざらした冷たいコンクリートの壁の角を掴み、ひっそりと身を隠しながら眺める。靴で砂を踏みしめる音、ブレザーの衣擦れ音さえも殺す思いで、あの少女を観察する。


裏庭への出入り口近くで、西島佳代は泣いていた。

目を腫らして、まるで何かを後悔するように、踞り泣いていた。目の前の焼却炉が燃え盛り、上に延びるパイプから黒煙が立ち込めている。


ひとつ、何かを握りしめている。

何だあれは?棒?

その棒に何かが垂れ下がっている。何だあれは?

目を凝らしても見えないため、スマートフォンのカメラズームを使用した。


「邪魔だ」


「...!!!」


小声でそう言い、タッチスクリーンを利用して、クロノを画面の端に寄せる。何かを訴えているように暴れているが、音声を出さなければ聞こえない。


あれは、ストラップ!


大人気ゲーム『スターポケット』通称スタポケのキャラクターのストラップだ。ということは、あれはスタポケのシャープペンシルで間違いなさそうだ。僕も古いシリーズなら持っていた。


だが、何故そんなものを握りしめて泣いている?

ここからでは流石に観察しきれないな。仕方がない。スマホをポケットにしまう。


僕はこの学校において、自身の名誉の立場を理解してはいるが、この異常な光景を目に、何もせずにはいられなかった。

誰の目にも留まらず、一人で涙を流す事が見過ごせなかった。


重い足を...

前に...

出す!




「あ、あのぉ、何を...」



「え、ひっ!」



「あ、あはは、へへ」




へへへじゃねぇ!滅茶苦茶どもってしまってるじゃないか!ひきつってるんだろ?鏡見るまでもないわ!

相手も「ひっ!」だよ!

背を向けて顔だけこっち見てるよ、あの子の本能がいつでも逃げられるように出方を窺ってるよ!

こんなの初対面の人間に表す態度じゃないよ!


内心突っ込みを入れながら、自身の平静を保つように努める。大丈夫、突っ込める程度には安定してる。



「そこで何してるの?

そのぉ、何か、燃やしてる?」


「あ、貴方に関係ないですよね?」


体勢は変えない。僕ってそんなに怖いか?拒絶されるって悲しいなぁ。

だが、会話は出来ている。これはいける。


「大丈夫、僕は誰にも話さない。約束する。」


両手を腰辺りまで下ろし広げる。自分が無害であることを強調するんだ。


「で、でも、」


少女の潤んだ目が、手元のペンに落ちる。


「僕は一人だ。大丈夫、誰も見ていない。何なら壁に手をつこう。」


そう言って、手を校舎のコンクリートについた。


「ふふっ、強盗じゃないんだから、ふふっ」


よし、緩んだ。

このままいけば話が聞ける。



ボト。


「ん?」


「へ?」



スマホがポケットからずり落ちた。それだけなら良い。




か、カメラ戻すの忘れてたぁーっ!!!

画面は至近距離で地面を写しているが、シャッターボタンが画面に表示されている。



「や、やっぱり!」


西島さんはすぐさま出入り口に駆ける。まずい、このままだと話が聞けない。

そして何がまずいって、このままでは事情を聞けない以上に、また僕の社会的名誉が下げられる!

それは、まずい、メンタル的に死ぬ!

何も考えられず、僕は叫んだ!



「スタァー!ポケットォー!」



「...は?」

彼女はきょとんとした。思わず足が止まるほどに。


「それ、スタポケの筆記具だろ、僕も昔のバージョンを持っていたからわかる。そうか、君はジュピタータイプが好みなのか。良いよな、特に真っ赤に照れる時が可愛いんだよな。」


ペンに指差し、僕は話を続ける。


「スタポケは、一人の少年と一匹の星形の小さなモンスターが旅をして、共に成長していく物語だ。

特に終盤の、お互いの気持ちが通じ合って、言葉を交わさなくても行動が噛み合うシーンは、確かに魅力的だよなぁ、心が繋がっていると思えるよ。」


しかし、


「だが、そんなものは幻想だ。

僕たちは人間だ。人間は言葉で意思疏通ができる。思いが通じるなんて嘘っぱちだ。

だから話してくれ、頼む。言葉にしないと、自分が苦しいことは伝わらない。

君の悲鳴を形にしてくれ。

でないと、誰も救われない。」


頭を下げた。

何に必死になってるのか分からなくなるな。僕は一体何のために、彼女の奇行の真意を突き止めようとしているんだ。僅かに広角が自嘲気に上がる。


女の子の涙のためか?

僕はそんなに主人公だったか?

いや違う。


僕は嫌だ、ここで悲しむ人間を見捨てる事は、過去に自分に手を差し伸べなかった人間と同列になるから。

僕は助けを求めなかった。その他の人間すべてを信じられなかったから。

人が助かるためには、時には伸ばされた手を掴む勇気がいる。そして、その掴む力は自分が出さないといけない。


だけど、

時に人は自分自身で自分を追い詰める。一人になろうとする。孤独であろうとしてしまう。

自分を救うためには、自分の力が必要なのに。


僕はそれを知っている。

だから、



「君が助かるために、その手助けをさせてほしい。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



熱意というものを信じていた訳ではなかった。強いて言えば完全なる自己満足からの行動だったのだが、僕の思いはどうやら西島佳代に通じたらしいことはわかった。


「今朝、こういったメールが届いたんです。」


恐る恐るメールを見せてくれた。

見せられたスマホ画面を覗く。

西島佳代

雪村楓の筆記用具を

10/19の朝、廃棄せよ。


達成されなかった場合、裏の裁きが下るだろう。


裏サイト管理人



「うらさいとかんりにん?

誰それ?」


うーんと、西島に向かって首を傾げる。だが西島はえっ!?ときょとんとした。


「知らないんですか?この学校の噂」


「噂...」


天を仰ぎ、思い出す。

はて、そんなの...


あったわ。そういえば。

時を越えてからの数週間、聞き込み調査(陰口調査)を行ってた時、そんなのを小耳に挟んだ記憶が微かにある。

ターゲットの下駄箱に指令の手紙を入れ、誰かを貶めさせるあれだ。

その時は気に留めていなかった。何分手がかりが無さすぎて、何が手がかりなのか分からなかったからなぁ。「生徒会長には裏の顔が...」とか、

「人の心を見透かす占い師が...」とか、

そんなまことしやかな噂が行き交っているんだ。砂漠に落ちる一粒の砂金を引き当てるのと同じだな。無理ゲーだよな。


学校裏サイトとは、学校非公認のサイトである。内容は主に胸くそ悪いものばかりなので、聞かない方が良いだろう。

でも調べたい!といった、「押すなよ!」なボタンを押したくなる、「怖いもの見たさ」という人間の本能を駆り立てる存在である。

そんな裏サイトがこの学校に存在していたとは。あったのは微かに記憶にあったが、そんなの見たくないじゃん?「検索してはいけないワード」並みに調べたくないじゃん?


「はぁ、なるほど。このメールに従ったわけだ。確かに、これは下手に話せないわな。」


自分は手を下さず、他者を利用して目的を果たす、か。なかなかの悪じゃあないの。やり口が汚いのを度外視すれば、この手腕はそこそこ悪くない。


それに、

顎をに手をあて考える。

この管理人は、僕の考察していた「影響力のある人間」に該当するかもしれない。時空を歪ませた改竄者かもしれないのだ。正体を突き止める価値はある。


つまり、彼女の問題を解決することは、僕の目的とも合致する。好都合だ。


ま、もしかしたら違うかもだけれど、その時はその時だ。まずは行動しないと、何事も進展しないだろう。


考え事をしていると...しまった。西島さんをほったらかしにしてしまった。会話経験の乏しさがここで出たか。ポケーっと固まっている。コミュニケーションをとらねば。


「え、あー、おっほん。」


とりあえず話す内容を考えるために、適当な感嘆を入れたのだが、うわー、わざとらしい。心のなかで自嘲しつつ、僕は目を見て不敵に笑う。


「ちょっと考えがある。」




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