体は資本だ!
手始めに運動だ!
と意気込んだものの、運動よりも大切なことがあることを思い出した。ダイエットは運動だけではない。否、運動よりも大切なことがある。
「これだ。これがいい。」
あるものを台所から自室に運び、クロノに説明する。何のためかって?特に意味は無いのだが、強いて言うならば、声に出すことで記憶に定着させると言っておこう。人に教えることが自分のためにもなるあれだ。
「えっと、これは何?」
「僕の朝ごはん」
疑問を呈するクロノに、水の入ったボトルと茹で玉子を持って答える。
「大丈夫なの?頭働くか?ていうか今現在働いているか?」
「おいおい、まさかお前
「朝ごはんは大事だよ」
とラーニングしているのかい?朝ごはん教の信者なのかい?」
「ボクは別に人間の食生活を正すための内容は学んでない。日常会話を重視されたロボットだからね。」
顔を渋らせジトっとこちらを見るクロノ。こういう反応もできるあたり、とても人間臭いやつなのだと思わせる。
「それなら仕方がないな。つっても僕も受け売りなんだ。」
『リーンゲインズ』
一日の食事時間を制限することで、一時的な飢餓状態を引き起こす。この飢餓状態を数週間体に慣らすことで、体内から分泌される食欲ホルモン「グレリン」の生成が矯正され、結果取り入れるカロリーを調整できるというもの。
食事する時間は男性なら八時間、女性なら十時間が目安と言われている。午前十時にご飯を食べたのなら、その日男性なら午後六時、女性なら午後八時以降の食事を禁ずるのだ。ちなみに水はノーカンだ。
「ほえ~、人間って面白いなぁ」
「だろ?だが今の僕は成長期だ。ソシャゲでいうなら経験値2倍キャンペーンみたいなものだ。だから最低限茹で玉子でも食べておこうと思ってな」
『プロテインレバレッジ』
タンパク質の摂取量が増えれば増えるほど、一日の総摂取カロリーが減少するという考え。
「それでも、朝ごはんは食べなくていい理由にはならないだろう?」
クロノの疑問も最もだ。食事時間を制限するリーンゲインズ、タンパク質摂取による食欲抑制を起こすプロテインレバレッジだけでは、朝ごはんを否定することにはならない。
「あぁ、それなだが、そうではないんだよ。
まず、朝ごはんが大事である根拠がないんだ。
確かにテレビではそう言われている。
新聞でもそう言われている。
コマーシャルではそう言われている。
世界がそう声を大にしてそう言っている。
だが、その根拠がどこにもない。」
あれは人間が人間を食い物にするためのものだ。
バレンタインにチョコレートを送る風習が根付くように、
年越しの季節にそばを食べる風習が根付くように、
朝ごはんにはコーンフレークを食べる風習と共に、朝ごはんが神格化されたのだ。
朝ごはんは、胃のなかに物を流し込むことで、内蔵への刺激を与えて覚醒を促す。そして胃の消化エネルギーを使わされる分、朝の活動を阻害する。だから朝にご飯を食べる意味はなく、内蔵刺激による覚醒だけなら水で十分なのだ。
「まぁ茹で玉子は半分妥協だな。だってやっぱり食べ物を食べるのは好きだからさ。妥協は大事だぜ?自分を許すことになるからな。」
指を立ててクロノに話す。自分を許すことこそ、人生において真に大事なことなのだ。今後の人生でずっと付き合う「自分」を許せないなんて、毎日が気が気でないからな。
「自分を許す、ねぇ」
スマホ画面のクロノが、どこか俯いているように見えた。額は陰り、自嘲染みたように、僅かに口角が上がっている。
「なんだ、何か変なこと言ったか?」
「いいや、何でもないよ」
首をかしげて質問するも、すぐに屈託なき笑顔で返された。
さてと、やっと運動だ!
灼熱の太陽を一身に浴びながら近くの公園にやって来た。ベンチにクロノが入ったスマホを立て掛ける。暑い!死ぬ!
僕が日頃からやっているのはバーピージャンプ。朝の習慣として身に付けてから毎日やっている。だるいときは回数を減らしたり、「お、これいけんじゃね?」って時には少し回数を増やしている。
そのバーピージャンプのステップは大まかにこんな感じだ。
ステップ1
振動が気にならない場所を選ぼう。
そして前後に何もない事を確認。横幅もある程度(両手を広げても何も手に当たらない程度)は必要だ。
今回は近くの公園をチョイス。周りの目が気になるのなら、人目の少ない場所を選ぶしかないだろうな。
ステップ2
まずはしゃがみ、両手を足の爪先よりも前に、そして腕立て伏せをできるくらい離れさせよう。
ステップ3
手で体を支えた状態で、両足をピン!と後ろへ。腕立て伏せの状態を作るんだ。
ステップ4
そして腕立て伏せを...
「んんんぬぉぉああああああ!!!」
ドサッ。倒れ込んだ。
「腕立て伏せを、するんだよな?何倒れてんだ?」
無自覚に気分を逆撫でする奴だな。
「忘れていた。
そうだったよ、
僕の体は鈍りきった高校生時代の体だった。
あの頃は筋トレなんてしたことなかったから、
腕立て伏せや腹筋はダメダメなんだっ
た。ハァハァ...」
「ありゃま、じゃあどーするの?止めるか?」
「いやぁ止めないよ、
初めは誰でも無理なもんさ。
お前も、
何も学習していなかったら
そこまで口達者じゃ
なかったろ...
だからここは、妥協する!」
ステップ4
腕立て伏せはしない!ただ両足を後ろへやるだけ!
ステップ5
足をステップ2に戻して、そのまま曲がった足を伸ばしてジャンプ!このとき、腕は万歳だ!
「よし、妥協すれば続けられる!このまま10回だ!」
数秒後
「10回でこれとはな、
どんだけ怠けてたんだよ過去の僕!
バカじゃねーの?運動しろよ!
何か腹立ってきたわ!ハァハァ」
膝に手をついて地団駄を踏む。いやごめんなさい地球!僕如きが地団駄を踏んでしまってすみません!
「自分を許すんだろ?」
「うるせぇ!
過去の自分と今の自分は別キャラなんだよ!
他人だ他人!」
にへらとバカにするクロノに指をさし睨み付けた。
二週間と数日が経過した。日出が遅くなり、朝焼けと共にする散歩が可能になる季節がやってきた。
時刻は八時を回ろうとしている。そろそろ支度して学校に行かねばならない。伊達に三年間通っていただけはある。時間感覚が染み付いているせいか、行かないといけないタイミングが直感的にわかる。
自宅に戻った僕たちはそそくさと制服を身に纏う。懐かしい気分なのに、やはり気が乗らない。本当に行かないといけないのか、あんなの時間の無駄だろうに。
しかし、過去の自分はそれでも学校には通っていた。世界が僕を否定しようとも、そんな奴らのために僕が自らの勉学の機会を無くすのは間違っている。そういったモチベーションから、僕が一応は通っていた。
玄関のドアのぶを握るが、捻る前に考える。
...。
もしかしたら、この経験によって過去を振り替えることで、何かしらの発見があるかもしれない。僕が見て見ぬふりをしてきた中で、価値あるものが欠片でもあるかもしれない。この考え方を過去に持っていたとしたら、もっと違った未来があったのかもしれない。
その虚数の彼方な可能性に身を委ねるのは気が引けるが、不登校になるのも両親が悲しむので、一応の一応は通うことにした。
それまではダイエット生活を重点的に日々を過ごすとしよう。体のスペック次第で勉強やその他の意思決定にも影響するからな。まるで体はパソコンだ。
「行ってきます」
玄関を潜ると同時に、両親に告げる。いや、これから自分自身の生活を変えるために、その掛け声として。
さて、今が2年生の9月だから、だいたい5年ぶりの登校だ。楽しもうじゃないか。
待っていろよ、社会の縮図と唄われた学校社会。その華々しい青春を、
「お兄さんが土足で踏み荒らしてやる。」
リーンゲインズ
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S095528630400261X
プロテインレバレッジ
イギリスのオックスフォード大学のシンプソン博士が2005年に提唱した仮説。タンパク質の摂取量と食欲が逆相関の関係にあることから説かれている。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1467-789X.2005.00178.x