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サツマ・タンジェリン・マンダリン

作者: 裏側の飛鳥

よおこそ。

短編ですので気軽にお読みくださいな。

 煌びやかな街から路地裏に差し込む光を受けて、煙草の煙が青く染まった。

 左腕の袖を少しずらし、時間を確認する。

「…今回の話は時間ぴったりか。気難しい性格だな」

 発生時間は基本的にずれるものなのだが、明確に時間が記載されているとその点は厳密になる。そもそも、生みの親が『そういうやつ』だったのかもしれないが。

 ぱちり、と腕時計の分針が予定時刻を指した。振り向くと、今まで誰もいなかった路地裏の先に少女が立っている。

「よぉ、待ちくたびれたぜ」

 そう言うと、少女が目を合わせた…いや、顔をこちらに向けた。その少女には『目がなかった』。

『おじさん、だれ…?』

 恐らく反応に驚いたのだろう。まるで輪郭にノイズが走るように存在が不安定な少女がこの世のものではない声を出した。

「お前みたいなやつを閉じ込める怖い怖いおじさんだよ」

『───ッ!?』

 ためらいもなく、ジャケットから札を取り出し少女に投げつけた。札は空中に飛び出すと同時に光を帯びて一直線に向かい、少女に直撃する。

『───アアアアアアアアアァァァ!!!!???』

 紫電が少女を駆け巡り、札がその姿を吸い込むように取り込んでいった。

「まだ作りたてだったからな、楽をさせてもらったぜ」

 あっという間に札に吸い込まれていった少女に吐き捨てるようにいう。

 地面に落ちた札を拾い上げ、ポケットから一つ穴パンチを取り出して札の端に穴を開ける。

「…なかなか可愛らしい子だったな、せめてこの色にしてやろう」

 別のポケットからカラフルな細いリボンの束を取り出し、その穴にピンク色のリボンを選んで通した。

「『現世の理をもって汝の理を封ず』」

 呟きながらリボンを結んだ。

「さて、ラーメンでも食って帰るか」


───◇◇◇───


 夜中にどれだけ仕事しようと、依頼人はそんなこと知ったこっちゃない。来るときは日中深夜構わず、もちろん───

『あのー!おはようございまーす!すみませーん!お休みですかー!?』

 早朝でも関係ない。

「お休み中だっての…」

 仕事終わりにラーメンだけで済ましとけばよかったが、ついつい大将に勧められて日本酒まで飲んじまった。確かに美味かったが、頭がぐらぐらする。

 視界の端に午前6時を指す壁掛け時計を捉えつつ、おぼつかない足取りで事務所の入り口に向かうと、無骨な鉄のドアの擦りガラスの向こうに、女性のシルエットが浮かんでいた。

「はいはい、佐津間探偵事務所に何の御用でござんしょ」

「むわ!酒臭っ!」

 ドアを開けると開口一番に鼻をつままれた。そこには背中までの長さの黒髪が揺れる少女…近くの女子高生だろう。運動系の部活のバッグのようなものを肩から下げた制服姿の女子が、眉間にしわを寄せてこちらを見上げていた。

「あーん?学生が探偵事務所に何の用だ?その歳で彼氏の浮気調査とかやめとけよ。猫探しなら他を当たってくれ」

 ただでさえ眠気と頭痛でやる気がなかったところにこれでは脱力しかない。たまに学生の依頼が来るが、大体は依頼料を見てそそくさと帰っていくのが通例だ。

「ち、違います!まだ彼氏もいませんし猫も飼ってません!人探しのちゃんとした依頼です!」

「あぁ…?人探し?」

 ってか、自分で言うのもなんだが、こんだけやる気のない姿の探偵見てまだ依頼する気あるのがこええよ。

「この子!この写真の右の子を探してほしいんです!」

 慌てるようにバッグから一枚の写真を取り出し顔の前に突き出してくる。

「だぁ!ちけぇちけぇ!近すぎて見えねっつの!わーかったからとりあえず中に入れ。話は聞いてやる」

 観念してドアを大きく開いて中に通す。少女が恐る恐る中に入って行くのを見届けて、ドアを閉めた。

「あー、普通、依頼人はそっちなんだが、さっきまで俺が寝てたからこっちの方に座りな」

 散らかった事務所内におっかなびっくりしつつも、言われたとおりに一人掛けのソファに腰かける。

「コーヒー…飲みそうにねえな。カフェオレでいいか?」

「は、はひっ!」

 事務所の中をきょろきょろと見回しながらびっくりしたように返事をした。

 酔いざましに飲もうとセットしていたコーヒーが煮詰まり半分ぐらいになっていたが、カフェオレにするならちょうどいいだろう。風味も吹っ飛んでるだろうしな。

「ほれ。で、人探しってなんだ」

 一つだけあるくまさんのワンポイントが入っているマグカップを選んで注ぎ、それをテーブルに置きながら対面に座った。

「あ、ありがとうございます…!」

 先ほどの写真をテーブルに置いて、俺の方にゆっくり滑らせながら差し出した。

「こいつぁ…なるほど。しかし、なんでまたうちにたどり着いたんだ」

 写真を見てすぐにうちの事務所を選んだ理由がピンと来た。

「ネットで、こういうのを相談するにはここがいいって…」

 成る程、ネットか。最近はこの手のオカルトもネットですぐ検索できてしまうのか。

「あー、まぁ運が良かったからいいものを。そういったのはネットで調べるのはどうかと思うぜ」

 頭をポリポリと掻く。

 うちとしては客が増えたからいいが、詐欺も横行してる界隈の『眉唾モノ』の案件だ。素人が軽率に触れていい世界じゃない。

「すみません…でも!どうしても友達を探してほしいんです!みんな覚えてなくて、周りの物も全部なくなってて、気付いたらこれしか残ってなかったんです!」

 必死な顔で写真に両手を添える。その写真は目の前にいる少女ともう一人の少女が写っているのだが──

「久々に見たぜ。生みの親ごと飲みこんでるのは」

 くらくらする頭が徐々に醒めていく。

「あんた、名前は?あとこの友達の」

 煙草に火をつけたいところだが、ただでさえヤニくさい事務所だ、年頃の女子にはきついだろうと思いやめた。

「私、『満田(まんだ) (りん)』です。友達は、『丹下(たんげ) (りん)』です」

「うっへぇ」

 ますますもって奇怪な案件だ。

「りんりんコンビか。恐らくお前さんだけ覚えてるのは名前の力だろうな。いい友達を持ったもんだ」

「どういうことですか?」

 キョトンとする凛にため息をつく。

「ま、安心しな。大丈夫ってこった。多分死んじゃいねえし連れ戻せるぜ」

 そう言って写真に視線を落とす。

 そこには、確かにいるのはわかるのに『認識することができない』少女の姿が写っていた───


───◇◇◇───


 昼。

 剃り忘れた髭をさすりながら出版社を数軒回り、駅前の喫茶店で一服することにした。

 この手のオカルトに詳しい情報屋はここに潜りこんでる。あいつらは持ち込み以外にもネット専門にアンテナを張って有望な新人を漁ってる。その中にうちと同業者ってわけじゃないが、『副業』でこちらに情報を売ってくるやつもちらほらいるってわけだ。

「しっかし、大体ペンネームだから探しづらいんだよな」

 日中はまだ暑いくらいだが、もう少し時間が過ぎれば徐々に冷えてくる。戦利品の手元のリストを眺めて、今回の案件と符合する部分を照らし合わせていく。

「リストにあればいいんだがな…」

 恐らく今日一日はこのリストとにらめっこで終わることになるだろう。特に人気のない作品探しともなると骨が折れる。

 しかし、あまり気長にやるわけにもいかない。今回は『生きて連れ戻す』ことが最優先だ。人命がかかるともなれば急いだ方がいいし、困ったことに『現世の理』まで干渉されて消えつつある存在だ。放っておけば同業者が危険視してすぐさま退治してしまうだろう。そうなれば最後、丹下凛という少女はそのまま存在を封印され紐解くことができなくなってしまう。

「要点を絞るだけにしとくか」

 あとはあいつに見せて反応を窺うとしよう。

 ウェイトレスがコーヒーをテーブルに置いて結構な時間が経っていた。気がついて慌てて飲んだが、すでにぬるく香りも飛んでいる。ただの苦いぬるま湯に眉間にしわを寄せ、頭を抱えた。

「厄介な案件だぜ…」


───◇◇◇───


「Web小説?ですか?」

 約束通り、学校が終わってまっすぐここに寄ったらしい。部活は休んだのか、今朝より小さいバッグを肩に下げてきた。

「その子は小説とか書く子じゃなかったか?」

「あー…時々真剣にノートに何か書いてました。あれ小説だったのかな。絶対見せてくれなかったんだけど」

「うわ、まじかよ」

 今時手書きか!まぁ、何にせよこれで半分仕事が終わったようなもんだ。

「じゃあそのノートを探すぞ。心当たりはないか?」

 意外とあっさり糸口が見えて俄然やる気が出てきた。情報屋に払った『代金』が無駄になったが仕方ない。必要経費だ。

「えーっと…家とかですか?」

 少し考えた仕草をして凛が言う。

「いや、家族からも存在が消えかかってる以上、恐らく家にはないな。関連する物が近くにあれば多少なりとも影響を及ぼす」

「なるほど…?」

 よくわかっていなさそうだ。どういえばヒントになるだろうか。

「ふーむ。…ん?」

 いや、待てよ。

「近い事例の中に一件だけ、そのまま持って行ってたのがあったな。もしかすっとその子も持ったままかもしれねぇ」

「…えーっと?」

「その子がよく行ってた場所とかねぇか?買い物とかじゃなくて、なんつうか散歩みたいな感じで」

 話のネタにした場所。ここがわかればおおよそ対処ができる。

「ちょ、ちょっと待ってて下さい…!今思い出します…!」

 両手を頬につけて集中する凛。

「うーん…公園とか、河原とか、えーっと、神社とか…」

「神社!」

「きゃっ!」

 急に声を上げて驚く凛。

「どこだ!?そこの神社は!?」

 範疇外のも大量に集まってくるが、その手の何かと結びついてしまった可能性もある。

「え、えっとー…!?ち、近くの(たまき)神社です。あの恋愛成就の」

 成る程、確かにネタになりそうな場所だ。

「行くぞ。写真も持ってこい。そいつがないと顕現できねぇ」

 壁にかけていたジャケットを乱暴に取り羽織ると、デスクの上の仕事道具をポケットに突っ込んだ。

「急げ。場所が神社なら食われるスピードが違う」

「は、はい!?」

 ドアを開けると、まばゆい西日が冷え始めた空気とともに俺たちを突き刺してきた。


───◇◇◇───


「ここか」

 陽が落ち、()()(とき)。人気のなくなった境内に忍び込むように、音を立てずに進む。

「なにか熱心に見てたものとかないか。御神体とか御神木とか」

「あの木です」

 そう言って指差したのは、神宮の裏手にある御神木だ。

「あれか…確か恋愛成就の由縁になった木だな」

 仕事柄この辺については詳しくもなる。

「なら写真を出せ。あと今回はどういう話かわからん。先が読めない分俺も対処に手いっぱいになるだろうからな、無茶はするなよ」

「は、はいっ!?」

 よくわかってなさそうだ。

「ああ、そうか」

 そうだ、俺の方がわかってなかったのか。

「すまんな、一人で仕事することが多くてよ」

「…?」

 キョトンとする凛。

「俺は『未完の物語』に取り憑いた魔に、『紙檻(しおり)』をかけて封殺することを生業としてきた『殺魔の一族』のはしくれさ。ま、簡単に言や退魔師だよ。漫画とかでよく見るだろ?あれだあれ」

「…なるほど!」

 急にきらきらした目で俺を見る凛。納得行ったのだろうか。

「よし、進むぞ」

 凛もやる気が出たのか、先ほどのおっかなびっくりした態度よりだいぶ小慣れた雰囲気でついてくる。

 段々と空は夜の藍に染まり鈴虫が鳴き始めた。

 御神木の前の賽銭箱に近寄る。

「さて、今回はどんなお話だ?」

 腕時計をちらりと見る。時間が関係するのか、場所が関係するのか、それとも他の何かか。

「あの、『未完の物語』に魔が取り憑くってどういうことなんですか?」

 凛が傍らで聞いて来た。

「んー…そうだな、よくある事例としては、物書きが小説書いてて、完結させるまえに物書きが死んじまったりとかで物語が中途半端に終わったりすると、その物語にいろんな『魔』が集まってきて現実になろうとすることがあるのさ。そういったのは足りない部分を現実から奪って干渉しようとするから、神隠しが起きたり、普段ならあり得ん事故が起きたり、人の気が触れたりってことを引き起こす」

 ふんふん、と熱心に頷く凛。

「大体が現実に近い状況の物語でね。特に実際にある地名とか人名使ってるやつなんかは取り憑かれやすい。更に言えば知人とか友人とかを登場させてるやつなんかは───」

 …。

 ……。

 ………しまった!一番やっちゃいけねぇやつ!

「まっずい!一旦逃げるぞ!」

「えっ?ええっ!?」

 慌てて凛の腕を掴んで走りだす。しかし、次の瞬間、周囲から光が吸い込まれていくように消え去った。

「げぇ、結界持ちかよ!」

 胸ポケットから早九字を描いた紙を抜き出して地面に叩きつける。見分けのつかなかった地面に光の四縦五横の格子が浮かび上がり、俺と凛の足元に広がる。

「六根清浄急急如律令!」

 素早く叫んで頭上に五芒星を指で切る。すると、頭上から柔らかい光が降り注いだ。

 とにかく場所が場所だ、防御に徹するしかない。得体の知れないやつに振り回される前に足元を固める。

「な、なんですかこれ!?」

「何って『話餓魔々(わがまま)』の結界…っ!?」

 振り返ると、凛の足元の九字を打ち破って黒い手のようなものが絡みついていた。

 冷や汗が出る。

「まじか……よぉっ!」

 とてつもない意思で執着してやがる。

「俺の服どこでもいいから掴め!絶対離すな!」

「ふえぇっ!?」

「ぐぇ!」

 飛びついて襟元を引っ張られた。首が苦しい。

 なんとか体勢を立て直しポケットから伸縮する指し棒を取り出し、伸ばして鞭のようにしならせて黒い手を一本ずつひっぱたいていく。打たれた黒い手は霧散するが、次の瞬間には新しく生えてくる。焼け石に水だ。

「これしかねぇか!」

 凛の手を握り、ベルトに掴ませてジャケットを脱いだ。

「これ着てしゃがめ!」

「は、はひ!?」

 混乱しながらもジャケットを羽織り、そのまましゃがむ。すると、ジャケットが黒い手に触れて霧散させていく。

「そいつは強力な退魔の術式が織り込んであるやつだ。さすがにそれ着てりゃ大丈夫だろ」

 幸い、俺には黒い手が生えてこない。完全に凛だけを狙っている。

 とりあえず第一波をしのぎ、安堵のため息をついた。

 ──さて。

「『話餓魔々(わがまま)』に会うのは久しぶりだが、そろそろおじさんに顔ぐらい見せてくれよ」

 ズボンのポケットから鍵束を出し、その中から一つ、太陽の印が刻まれたものを掲げる。

「『現世の理よ、照らせ』」

 そう唱えると、照明弾のように上空へ向かって光の球が打ち上がり、空中で破裂して周囲を照らした。

「──ひぃっ!?」

 凛が小さく悲鳴をあげる。

 浮かび上がったのは、無数の目と口がついた巨大な脳から脊髄までが御神木に絡みついた姿だった。

『…ダレ…?…リン…スキ…ワタシノ…』

 落ち着いてよく見れば、巨大な脳の下に少女の裸体の首から下がぶらさがっている。その胸には、黄色の表紙のノートが抱きしめられていた。

「土着神とくっついちまったかな…なんとか体が原形とどめてるから間に合うとは思うが」

 厄介だ。本来神道とは無関係の俺の仕事だが、時折こういったのと混ざっちまうことがある。先ほどの早九字の紙も呪文も本職じゃない。

 普段ならまとめて『紙檻(しおり)』で括ってしまえば神の方が嫌がって勝手に剥がれてくれるんだが、今回はまだ生きてる人間が絡んでる。このまま括ると丹下凛は封殺されてしまう。

『…リンチャン…スキ…ホシイ…ドウシテ…』

「この声、厘ちゃん…?」

 凛が自分の胸ポケットから写真を取り出した。

「あ…!ちゃんとわかる…!」

「ん?」

 視線を落とすと、写真にはあどけない笑顔の少女が『認識』できた。存在が近くなったおかげだ。

 視線を戻すと、『話餓魔々』の様子が変わっていた。

『凛ちゃん…好き…どうして…私…女なの…』

 震えるような声だったのが、はっきりと聞こえるようになっていた。

「あー、はーん、なるほどな」

 そういうことか、と思考を巡らす。

 恐らくこうだ。

 丹下厘は満田凛を愛してしまった。しかし、同性ゆえに結ばれることはない。だからせめて物語の中で結ばれようと文をしたためていたわけだ。そして、その物語が佳境に入るのがこの恋愛成就の神社、さらにはこの御神木だったってことだ。

「いつの時代も叶わぬ恋ってのはあるもんだ。大体は自分で叶わなくしてるんだけどな」

 そう。丹下厘はここで物語を未完のまま破るなり焼くなり、葬ろうとしたのだろう。そこに付け入られた。物語の中でならば叶うはずだった恋を諦めてしまったのだ。

 しかし、これだけの強力な『話餓魔々』を形成できるほどだったのだ。よほどの大作で、完成度だったのだろう。

「丹下厘はお前のことが恋愛の対象として好きだったんだな」

 そう語りかけると、凛が写真を胸に抱き寄せた。

「なんとなくわかってたんです。厘ちゃんが、そんな顔するときがあったから。私も嫌じゃなかったから、そのうち胸を張って恋人ですって言える日が来るんだって、そんな風に思ってました…」

 最近じゃ尊い存在として周囲から拝み(あが)められる風景だが、本人たちはまだそこまで心が成長してなかったか。思春期だぜ。

「ったく、両想いじゃねぇか。さっさとバラして帰ってビールでも飲みたいもんだぜ」

 そう呟いたところで、周囲の光が急速に衰えて行く。

「光明の術式が切れるぞ。しっかりジャケット羽織ってろよ」

 鍵束から次の術式を選ぶ。

「さぁて、何とくっついてんだろうな!」

 見た目で判断してはならない。どう見ても外から見れば少女の首から上にくっついている巨大な脳と脊髄だが、あれは土着神が増幅して巨大化させている本人のものだ。あれを切り離せば物理的に丹下厘は死んでしまう。

 探りを入れねばならない。そのためには、まず自分が狙われる対象になる必要がある。

 先ほどの指し棒を足元から拾い、満田凛に向かって振りかざした。

『…!?…っ!!!!!!!!!』

 その瞬間、頭上から無数の黒い足の形をしたものが降り注いできた。それを横に転がるようにしてかわす。

『…凛ちゃん…いじめる…殺す…』

 予想通りこちらに敵意を向けてきた。視界確保も兼ねて光明の術式を『話餓魔々』に向かって打ちだす。

 急速に四方八方から黒い手やら足やらが襲いかかってくる。それを指し棒ではたき、かわしながら、『本体』を探りつつ前進していく。より激しく動く何か。大体は見当がついている。

『…殺す…殺す…殺す…』

 激しくなっていく攻撃を打ち払いながら冷静に観察を続ける。

「この神社の」

 接近していくにつれ密度の上がる攻撃。

『…殺す殺す…!』

「恋愛成就の」

 やがて一つの目玉に絞る。

『殺す殺す殺す!』

「元の話は」

 そして一気に跳躍、指し棒の射程圏に肉薄した。

『クルナァァァァァァァァ!』

「ウィンク一つでうまくいっただけらしいなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ぴしぃ!と、全力でしならせた指し棒を、一つだけ瞼を閉じている目玉に向かって放つ。

『ィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイ!!!!!?????』

 けたたましい悲鳴が空間を震わせ、巨大な脳に紫電が走った。

 すると、巨大な脳と脊髄が爆縮を起こし、一瞬で丹下厘の元の顔に戻る。支えのなくなった体が落下していくのを片手で抱き寄せ、そのまま地面に着地した。

「っと」

 間もなくして周囲の闇が本来の夜の闇にすり替わり、御神木の影から街の明かりがちらほらと見えるようになった。

 地面に丹下厘を横たわらせる。

「厘ちゃん!」

 凛が駆け寄ってきた。

「まだ終わってないぜ。土着神が剥がれただけだからな」

 神は消すことができない。そもそも目で見ることすら禁忌なのだ。そんな存在を指し棒でひっぱたいたともなれば、手痛く祟られるどころか呪い殺されかねないものなのだが、佐津間一族は太古の契約で多少の荒事は免じられている。まぁ、そうでもなけりゃこんな危ないことやってらんないからな。

「あの、どうしたら…」

 不安そうに凛が顔を覗き込んだ。

「ノートみてみな」

 強く抱きしめられた黄色い表紙のノートを腕から引き抜き、凛に渡す。

「最後のページ、なんて書いてある?」

「…えっと…あっ」

 ぱらぱらとめくっていくと、凛が声を漏らした。

「さて、どっちかだ。ここで俺が『紙檻(しおり)』をはさんで物語を封殺するか───」

 凛が俺の顔を窺う。

「おまえさんがそれに一筆足して、物語を完結させるかだ」

 そう言って、凛が羽織っている俺のジャケットの胸ポケットから、ボールペンを引きぬいて差し出す。

「安心しな、どっちにしろ丹下厘は無事に帰ってくる。あとはお前の気持ち次第だ」

 数秒の逡巡の後。

 満田凛は、俺の手からボールペンを受け取った。


───◇◇◇───


「佐津間さん!煙草吸うなら外で!」

「やーやー、妬けるほど甲斐甲斐しい通い妻ですなぁ」

「厘ちゃん茶化さないで!っていうかお茶飲んで和んでないで手伝ってよ!」

「なんでお前らここにいんだよ…」

 あれから数日。

 学生の小遣いで払える程度の依頼料だけもらって、おさらば、となる予定だったのだが、この期に及んで金がないとか抜かしやがって、挙句『バイトして払います!』と勝手に宣言してなぜか事務所の掃除に通い詰めている。しかも二人揃ってである。

「あ、おいやめろ!それ動かしたら」

「きゃーーーーーー!!!」

「…ぉぅふ、本棚が倒れるときはこうなるのだな…」

 仲良く本棚の下敷きになる丹下厘と満田凛。

「なにやってんだか…」

 頭をポリポリと掻いていると、凛ががばっと起き上って俺に人差し指を突き付けた。

「掃除しないのが悪いんです!」

「はいはいごもっともごもっとも」

 ため息とともに即答する。

 あの日、満田凛があの黄色い表紙のノートに何を書いたのかはわからないが、少なくとも物語は完結したはずである。しかし、完結したにしてはどうも腑に落ちなかった。

「あーーーーー!ここにえっちな本がある!!!」

「ほうほう、なかなかハードな。佐津間氏はこういったのがお好みで」

「あ、おい、こらやめろ!お前らが読むには5年ほど早ぇやつだ!っていうか勝手に人の仕事場漁るんじゃねぇ!」

 どたばたと一気に賑やかになった事務所。

 本来離れて行くはずだった因果の彼女たちは、なぜか今後も俺の事務所に居座り続けることになる。

 そして、あのノートの表紙には、いつの間にかみかんの絵が描かれており、無題だったタイトル部分には、太いマジックペンでこう書かれていた。


 「サツマ・タンジェリン・マンダリン」と。

最後までお読みいただきありがとうございました。

最後の意味だけわからない方いらっしゃると思うので補足させていただくと、海外での『日本のみかん』は、オレンジではなく『Satsuma』や『Tangerine』、『Mandarin』と呼ぶのだそうです。

あとは、ノートに書かれた結末は御想像にお任せします。

ではまた、違う作品で。ばいばーい。


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