出会い III
翌日、ミスティエルはギルドに顔を出した。
まだ日が明ける前なので、まだ昨日話した二人は来ていないようだった。
寝る前に宿で聞いた限り、パーティに新加入する冒険者のテストに使われるのは、小型の魔獣の群れを狩るものが多いらしい。例えば、ミスティエルが昨日聞いたウサギ狩りなんかもそれだ。連携ができるかどうか、効率よく動けるかどうかを見るのに、これが最適だというのが冒険者の中での常識らしい。
そんなわけで、今日やる仕事も似たようなものになるだろうと思う。ミスティエルは、ギルド近くの冒険用品店で適当に買い物を済ます。
時間が空いている。ギルドのテーブルを見渡すと、待合室には冒険者らしい奴らが屯している。その中で昨日助けた盾使いが一人で酒を飲んでるのを見かけた。
……朝っぱらから酒かよとミスティエルも思わないことはないが、まあ個人の自由だからしょうがない。
「ちょっといいですか? ウォラスさんですよね?」
「ん? 誰だ? んあー! おーお前ミスティエルちゃんじゃないか! いやー昨日の今日で仕事しに来たのか、いやー精が出るなあ!」
完全に出来上がってる気がする。ミスティエルは既に、話しかけたことを頭の片隅で後悔しはじめている。
「顔を見たので、ちょっと話しかけただけですよ」
「んで、こんな朝から仕事なのか?」
「昨日出会ったパーティに入れてもらえることになりまして、それで今日は顔合わせというか、実地試験みたいな感じなんです」
「それで張り切ってるわけかー。何やるんだ? やっぱウサギ狩りか? それともイノシシ狩りのほうか?」
「まあまだ決めてないんですけど、たぶんそれのどれかだと思います」
そこでミスティエルは思った。一応知識の中ではホーンラビットだったり、イノシシことホワイトボアの詳しい生態は知っていた。ただ実際と合致しているかはわからない。念には念を入れるべきだとも思うし、少しそいつらについて聞いておこうと思ったのだ。この男はちょうどいい。
「ホーンラビットとか倒しに行くとして、ウォラスさんなら何に気を付けます?」
「難しい質問するねえ、うーん。そうだなあ、気配を悟られないようにすることかなあ。あいつら隠れるのうまいからなあ、強くはないけど。それと臭いも気をつけたほうがいいね」
「臭い消しとかですかね」
ミスティエルの答えに頷いて、それから他に言うことはないかと、ウォラスは手で顎をさすった。それで言葉を続ける。
「あとウサギならツノ、イノシシならキバだけど、まあ強い部分での一撃は気を付けたほうがいいわな。あいつら動きが早くてとにかく攻撃が多いから、弱い攻撃だけ受け止めるようにしないと段々とこっちが弱らされるからなあ。俺ほら盾使いでしょ? 少しずつダメージ来るしさ、ああいうやつら地味に嫌いなんだよなあ」
「なるほど」
「まあミスティエルちゃんは相手の攻撃避けながら魔術ガツガツ当ててくタイプっぽいし、俺よりは相性よさそうだけどな、うらやましいよなあ」
盾使いの言ってることは、ミスティエルの知識からしても合っているように思える。多少は信頼性が増した。偶に来る強い攻撃と潜んでからの奇襲について気にすればいいということだろう。
「おはよう、ミスティエルさん。遅く来ちゃったみたいだね、待たせてごめん」
そんなこんなで話し込んでいたら、また後ろから声をかけられた。さすがに聞き覚えのある声で、今度は正体がわかる。昨日会ったベルスだろう。
「それで、そちらの人は?」
「この街に来るときに知り合った冒険者の方です。普段はほかの人とパーティを組んでいるんですよ」
ベルスの当然の疑問にミスティエルは答えた。一方の盾使いのウォラスのほうも、ミスティエルの新しいパーティメンバーが気になるらしい。
「へえ、君がねえ。確かに若くて強そうだ。うん、悪くないね。……おっと失礼、俺の名前はウォラスだ。一応『銀の羽』ってパーティでやってるんだけど、知ってたりする?」
いきなり逆に質問しだしたウォラス。さすがに知るわけないだろうとミスティエルは思う。そう思ってベルスのほうを見るが……。
「なんと! あの『銀の羽』の盾役とは、失礼しました、私はベルスです。名前だけでも記憶にとどめてもらえればうれしいです」
思っていた反応と違う。
「あの、ウォラスさんって有名なんですね」
感激しだしたベルスに対して、間抜けに感心した声をミスティエルは上げる。
「それはもう、このリーフティオスの冒険者じゃ知らない人はいないくらいだよ」
「そうなんですか、実は強かったりするんですか?」
さり気なく失礼な事を言うミスティエルに、ウォラスは気にせず言う。
「いや弱い弱い、知ってるだろ? ほんとに十年以上現場でやってるってだけよ。ただ冒険者ってえのは、十年も続ける前におっ死んじまうからな。有望な奴は上の立場に行くか騎士団辺りからスカウトされるし、平凡でも賢いやつは死ぬ前にやめるから。俺達みたいなのは珍しいのよ」
「若手からすると、本当に有り難いんですけどね。実入りの少ない依頼なんかを取ってくれるし、街の防衛にも率先して出てもらって、指導書や体験談を分かりやすく、冒険者向けに書いてくれたりしてくれて。ここの冒険者はみんなそう言うと思いますよ」
ベルスがフォローする。ウォラスは素直な賞賛に頭をかいた。
「俺たちはやたら運がいいんだ。ミスティエルちゃんに助けてもらったのもそうだけど、割とああいうこと多くてな。変な所でだけ神に愛されてるんだろうなあ、まあありがたい事よ」
「ミスティエルさんが、『銀の羽』を助けたんですか?」
「そうそう。いやー明らかにおかしい数のゴブリンが湧いてな、今回ばかりは死ぬかと思ったけどなあ。こいつが助太刀してくれて、いやほんと強いんだよ、命の恩人ってやつ。俺からも頼むよ、ほらパーティに入れてやってくれないか」
「まあ元から入れるつもりではあったので。ただ、そんな活躍をしてたとは……。ほら、見た目は華奢な女の子で、あまり戦えるようなタイプには見えなかったので」
ミスティエルを無視して話が進む。自分の代わりに売り込んでくれるとは非常にありがたい。まさかそんな人を助けたとは、ラッキーだったなと思う。
「こいつは凄いぞ。普通に敵にバシバシ当たってくタイプの魔術師さ。今どき珍しいくらいのなあ。な?」
「ええ、多少は戦えますよ」
ミスティエルも忘れずに自己アピールはしておく。ベルスは感心するように頷いた。
「それじゃあ、戦うところも見せてもらいたいかなぁ」
「もちろんですよ」
そう言った辺りで、ベルスの向こうから同じく昨日話した女、フリアが近づいてくるのが分かった。片手には依頼書を持っている。
「ああ、フリアには良さげな依頼を頼んでたんだ」とベルスは説明する。ミスティエルが直接内容を聞こうとすると、フリアが依頼書をよこした。
『ホーンラビット二十匹分の角の採取、報酬三百ポイント、アイアン級から受けられて、預り金と期限はなし』
なるほど。一人あたり百ポイントとしても、まあ悪くはない。
「本当はもっと条件の良い依頼もあったんだけどね。一応お試しパーティってことだし、細かい制限とか気にしないほうがいいかなって。ポイントも割り切れるしね」
フリアはそう解説した。ミスティエルもそれはもっともだと思った。
じゃあそろそろ行くかと、ベルスの一声でギルドを出ることにする。
「ミスティエルちゃんなら万が一もないと思うけど、まあ頑張れよな?」
去り際、ウォラスからは気の抜けたような送り文句で応援されていた。こいつやっぱり酔っぱらってやがると、ミスティエルは思った。