出会い II
冒険者ギルドを見つけたミスティエルは、その中に入る。
入口の近くは開いていて、奥に受付があって、奥にテーブルと椅子がたくさん置いてある。フルミヴェンの冒険者ギルドと比べると、雑多な感じだった。活気があるともいえた。
入ってきたミスティエルに中にいる冒険者たちは一瞬目を向けるが、何事もなくそのまま無視された。多少長く見つめてくる人もいるが、単に若くて美しい女が冒険者ギルドに来た事に目が向いてるだけだと判断できた。ミスティエルは予想通りではあったが、これに安心した。
まあ下層の人は、別の町の貴族など知らないだけのことだ。あの街のように注目されては生きづらいから、ミスティエルからすればこのほうが良い。
一通り冒険者ギルドの中を流し見てから、さて受付の人と話をしようとミスティエルは思い立った。となれば特にためらう理由もない。
「すみません、ここで冒険者をしたくて来たんですけど、名前をここに登録してもらいたくて。お願いしてもいいですか?」
「構わないけど。経験者?」
「経験者ってほどではないんですけど、別の町で登録だけは済ませてます。ギルドカードはこれです」
受付の女は気だるげだった。親切とは言い難いが、ミスティエルとしてはむしろ好印象だった。このくらいの人間のほうが付き合いたいと思う。
それで、ギルドカードを差し出した。冒険者ギルドをはじめとしたギルドは基本的には領主の権力とは独立していて、一つの組織が国中に根を張っている。だから冒険者はどこに行っても冒険者だし、必要ならばギルドから庇護を受けることはできる。庇護を与える価値がギルドから認められれば、の話だが。
まあそれはともかく、ギルドの女が手続きをしているのをミスティエルは眺めていた。なんだか暇だったので、ふと尋ねてみる。
「何かおすすめの依頼とかありますか。紹介してもらえると助かるのですが、あっ魔術とか使えるんで、多少ラフなことはできると思います」
「それ、受付嬢の管轄外。フルミヴェンから来たみたいだけど、あそことは違うから。依頼ならあそこに沢山貼ってあるでしょ、あれ好きなの選んでいい。達成した時だけここにきて」
「それで受付のカウンターの数が少ないんですね」
脳内でフルミヴェンのギルドを思い浮かべ、一人納得するミスティエル。
それでも来ている依頼を張り出して公開するとは正直すぎるとも思うけど、まあそれでやってきてるらしいし、何とかなってるなら大丈夫なのだろうと思う。
「ウサギ狩りがいいよ。この近くにはホーンラビットが沢山いて、ツノなんかは安定した値段で売れるから。新入りはみんなやってる。アンタもそれくらいならできるでしょ。……はい、手続き終わり。ギルドカードは返すね」
ぶっきらぼうにそう告げる受付嬢。どうやらおすすめの依頼を教えてくれたらしい。何だかんだで優しいじゃないかと、ミスティエルは少し見直した。
「ええと、ありがとうございます!」
「せいぜい死なないようにね」
ほら行きなさいと、手で追い払われる。別にミスティエルも長話の趣味はないので、素直に追い払われることにした。
ミスティエルはさっき言ってた依頼のある掲示板の方へと向かって、依頼なんかを眺めていた。もう夕方だし、今すぐ出かけるというわけではないが、どんなものがあるかくらいは見ておきたいのがあった。
「あ、ホーンラビットの依頼があるみたい」
探せば同じような依頼がたくさんある。薬屋からの依頼、兵舎からの依頼、それにこれなんかは行商からの依頼もあった。ホーンラビット狩りが初心者に人気というのも本当なのだろう。アイアン級から受けられるし、報酬は角一本で十ゴクスくらいもらえる。確かにこれはいいなと思う。
うーん、これは単価が安い、これは依頼量が多い。なかなか似たような依頼を見比べるのも面白い。
そんなことをしていると、ミスティエルは後ろに気配を感じて、振り返った。
「邪魔してごめん。新しく来た人だよね。魔術師やってるの?」
若い冒険者の少年が話しかけてきた。短めに切りそろえた髪と人好きのする顔立ちが印象的で、しかし冒険者らしく体つきはよく鍛えられている。
それにしても若い。せいぜい十代後半か、ミスティエルより少し上くらいの年齢だろう。ただその割に、いい意味で冒険者にすれているような気がする。安心する雰囲気を持っていた。
「ええ、そうですが……それがなにか?」
「今俺たちのパーティで、新しい魔術師を募集してるんだ。見たところ一人だったみたいだし、ちょっと気になって」
はて、これが平民の世界でよくあるナンパというやつか。ミスティエルは思った。そういったタイプの男には見えないが、人は見かけによらないともいうし、警戒しなければ。
……とそこまで考えていて、少年を追って後ろからついてきていた少女が顔を出した。
「何やってるのよ、ベルス。その子困ってるじゃない」
「いやほら、魔法使えるメンバーがいたらなって話してたでしょ? 一人みたいだから、パーティに勧誘しようと思って」
「それで警戒されてたら意味ないでしょ。完全に怪しい誘いだと思われてたみたいだけど?」
そういって、ミスティエルのほうに視線を投げる。
「そこまでではないですけど。ただ、ちょっとびっくりしてました」
「ほら見なさい。ベルスは反省すること。いいね?」
少女はふんと鼻をならす。少年のほうはどことなく落ち込んでいる。
「あ、でも怪しい勧誘とかじゃないのよ。私たちが魔法使えるメンバーを探してるのは本当なの。どうかな、興味ない? ベルス……あ、この男はまあこんな感じで抜けてるけど、悪い奴じゃないわ」
ミスティエルは悩んだ。ただ、今後のことを考えるとパーティを組むのは悪くない選択肢に思えた。少なくとも悪い人ではなさそうだし、年も同じくらいだ。
「興味はあります。まだ決めたわけじゃないですけど、一度一緒に狩りに行きませんか?」
それを聞いた少女は、満足げにうなずく。
「よし、決まりね。私はフリア。それでこのバカはベルス。今は二人で活動してるの。あなたの名前は?」
「ミスティエルと言います」
少年、ベルスがそれを聞いて割り込むように言った。
「それじゃ、ミスティエルさん。君は俺たちの仲間だ。よろしくな!」
「あ……」
にこやかに歓迎するように笑いかける少年を見て、ミスティエルは視界がぶれたような気がした。ガンと頭を殴られたような気がした。
情景が、強烈に、ミスティエルを苛んでいた。
既視感のようなものを感じて、目の前の少年が何かに被るのを感じた。自分と世界が曖昧になるような気がして、その中で記憶だけが確かなものとして自らのうちにあるようにすら思えた。
――もう大丈夫だ、ミスティエル。これからはお前は一人じゃない。俺がお前の仲間になってやる。
幼い自分に、優しく話しかける声が聞こえた気がした。姿が見えた気がした。見覚えのある、この少年の名前は。
「……ノイ、なの?」
にっこりと満面の笑みを浮かべて、ミスティエルは虚ろな目で目の前の空間を見上げる。
そこにいた少年と少女、ベルスとフリアは唐突なミスティエルの混乱に面食らったように顔を見合わせた。
「おい、大丈夫か?」
「ねえ、ちょっとあなたおかしいわ」
揃って問いかけられて、ミスティエルはようやく正気に戻った。
「っ、すみません。変なことを言ってすみません。何でもないんです。本当ですよ、気にしないで下さい」
「べ、別にそこまで気にしてないわ」
慌てて弁解するミスティエルを見て、フリアも慌てて慰める。ベルスは何かを考え込んでいたようだった。
「ええと、ミスティエルさん。それじゃ一緒に依頼を受けよう。ええと都合のいい日とかあるかな?」
「明日以降なら大丈夫ですよ」
「じゃあ早速明日だな。日が昇ったらここで待ち合わせよう。共に戦えることを祈ってるよ」
そうしてベルスはフリアを連れてどこかへと向かっていった。どこへ行くのかと目で追うと、外はもう暗くなっていた。
もうそんな時間なのかとミスティエルは驚いた。なぜかとても、とても疲れたような気がした。
明日に備えて、宿に向かうことにする。
彼らに宿の場所と食事処くらい聞いてもよかったなと思いつつ、それを探しがてら冒険者ギルドを後にした。