出会い I
ガタンと馬車が揺れる音がして、目が覚めた。ミスティエルは、馬車に積まれた荷物にいた。
何事かと思って外の気配を探ると、魔獣が群れているのがわかる。なるほど襲撃か。町から外れた峠道を進んでいることを考えれば、不思議ではない。
もちろん馬車には護衛がついていたはずだし、ミスティエルはバレないように息をひそめていればいいだろう。そう無責任に考えながら、戦況を見守っていた。
……だがどうやら雲行きが怪しい。
襲ってきたのは、数十匹にも及ぶゴブリンの群れだった。ゴブリンは単体ではブロンズ級の戦闘力にランクされる。つまりある程度の技量を積んだ冒険者なら労せず倒せるくらいの生き物なのだが、知能がそこそこ高いため、群れると一気に戦いづらくなる。
馬車に付き添っていた護衛も、見たところ弱いわけではなかった。だがたった数人では、対処には無理があったらしい。
運が悪かったのだ。ゴブリンの群れにしては、今回はだいぶ規模が大きい。このままなら、護衛は負けてみな殺され、馬車はここで朽ちることになるかもしれない。
それはミスティエルからしても困る。山道を長々と歩きたくはない。
ミスティエルなら、この程度のゴブリン相手なら勝てると確信していた。とはいえ、このまま出ていっては金も払わず馬車に乗り込んでいたのがバレてしまう。だから、一計を案じる事にした。
ゴブリンにバレないように、ひっそりと馬車を降りたミスティエルは、近くの茂みに隠れた。
馬車の護衛は奮闘していて、一人の剣士がゴブリンの一匹を斬り捨てたところだった。だがまずい。その隙を狙って、後ろから別のゴブリンが殴りかかろうとする。剣士はそれに気付いて振り返る。
しかし、もう間に合いそうにない。
『ダィ=ボスプ・マスト』
ミスティエルは魔石を握りしめながらと、落ち着いてそう唱えた。そして引き出される魔力を急いで流し、ゴブリンの方へとひきつけて放す。
ゴブリンは見えない力で攻撃を受けて吹き飛んだ。その体は首元のあたりであらぬ方向にねじ曲がってて、おそらく絶命している。
剣士は目の前で突然起こった事実に困惑して、探るように周りを見回す。そして、ちょうど茂みから顔を出したミスティエルを見つけた。
誰だかは知らないが、救援に入ってくれたらしいと、剣士は助かる可能性が出てきたことに安堵した。
「大丈夫ですか! たまたま通りかかったのですが、苦戦していたようなので助けに入りました」
そう白々しくミスティエルは主張する。剣士はとりあえず信じたようだった。ミスティエルに話しかけながら、さらに襲い掛かってきたゴブリンを剣士は余裕をもってたたき切った。
「ああ、本当に助かった。ここはこれで全部だ。だが向こうで仲間がまだ戦っているんだ。申し訳ないが、助けてもらえないだろうか」
「ええ、もちろんですよ」
剣士は馬車の反対側へと向かい、ミスティエルもついていく。
すると確かに護衛が十匹近いゴブリンと戦っていた。護衛の一人は盾使いのようで、大きな盾でゴブリンをひきつけて殴ったり殴られたりをしている。もう一人は弓使いで、盾の後ろからゴブリンを一匹ずつ間引いている。
役割どおりには動けている。とはいえ、情勢は良くなさそうだった。盾使いは明らかに疲弊して動きが鈍っていた。
「遅れてすまん! 向こうは全部片付いた、俺も手伝おう」
「私も加勢します!」
そう言うと、剣士は近くにいるゴブリンに剣を向けて、戦闘を始める。ミスティエルも続いて魔法の準備に取り掛かる。
幸い、ゴブリンの注意は剣士や盾使いに集中していて、全くこっちに向いてない。一見して非力な少女であるミスティエルに、構うつもりもないのだろう。だから、一人で戦っていれば使えないような、多少手のこんだ魔法を使う隙があった。
『バィ=サルズ・マスト・オルタス』
ミスティエルの知覚の中で、魔石から引き出した魔力がうねうねと進み、ゴブリンたちにまとわりつくのを確認する。そうしてすぐ、麻痺の魔法を発動して、ゴブリンを崩れ落ちさせた。
「一時的に動きを止めただけです、まだ死んではいないので、油断はしないでください!」
そう言うとミスティエルは、盾使いのもっていた短剣をひょいと奪い取って、ゴブリンたちを次々と刺し殺していく。剣士も同じように、ただもっと効率的にとどめを刺していく。一通りやり終わってから、ミスティエルは真っ黒な返り血を浴びたまま振り返った。
「これで終わりです。大丈夫ですか」
ミスティエルはそう声をかける。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと疲労が限界なだけで、少ししたら動けるから気にしないでくれ」
盾使いは絞り出すようにそう答えて、後ろにいた弓使いも首だけ振って同調した。
「いやー、危なかったよ。君がいなかったら、俺たちは本気でヤバかった」
「いえ、私のほうも馬車を見つけられてとても助かったわけで、お互い様です」
あの戦いの後しばらくして、馬車が動き出して、その車に乗りながらミスティエルは護衛たちと話をしていた。
峠で遭難していたという嘘をついた。それで商人を騙して、魔物を倒した対価として正式に馬車に乗せてもらったのだ。
「君は俺たちの命を救ってくれたわけで、その対価が馬車に乗せるだけってのも悪い気がするんだよな。そもそも俺たちの馬車じゃないし」
「本当にお構いなく。えーと、私も駆け出しの魔術師なんで、そんな偉そうにできる立場じゃないですから」
ミスティエルは見た目だけ謙遜する。
実際は出発地の罪人を運ばせているわけで、対価としてはむしろミスティエル側が釣り合っていない。だからこんな反応にはなるのだが、もちろんこっちから言い出すわけにはいかない。
そんなわけで、護衛の三人組のうち、弓使いの女がびっくりしたように言い返す。
「いやいや、駆け出しってレベルじゃないって。すごい魔術だよ、ええと……」
「ミスティエルです」
「そう、ミスティエルさん。私もまあまあ冒険者やってきたけど、こんな正確に魔術使える人初めて見たし」
そういうと、ほかの二人もそれに同意して頷いた。
「それはどうも。ところで冒険者ってことは、皆さん冒険者ギルドの所属なんですか?」
「そうだな、俺たち三人は普段からパーティを組んでてな。今向かってるリーフティオスの町を本拠にしてるんだ」
何気なくそう返した剣士に、ミスティエルは食いつく。
「私も最近冒険者になったばっかりでして、リーフティオスで落ち着こうと思ってたんですよ」
「それで旅して、遭難したのか」
すかさず突っ込んだのは盾使いの男だ。こいつが一番お調子者だった。ミスティエルが不満そうに装って言い返す。
「迷うつもりはなかったんですって!」
「いやいや冗談だって。本当に君のおかげで助かったからね」
「はは」
あいまいに返したミスティエルに対して、剣士が話に割り込んできてこう言う。
「そうだ、このあたりで冒険者をやる気なら、多少は面倒見るよ。まあ年齢差もあるし、同じパーティにってことはないだろうけど、俺たちもギルドの知り合いに口利きしたりくらいなら出来るからさ」
「それ思いっきり瀕死のところを助けられた私たちが言ってもあれじゃない?」
「はいはいそういうこと言わないの」
護衛のメンバーの中では剣士が一番リーダーっぽい。ちなみにいま茶化したのは弓使いだ。剣士は一度仲間をなだめて、言葉を続ける。
「見ず知らずの人にここまでしてもらうのは、ちょっと悪い気がしますけど」
「ほら、馬車に乗せるっていうのは商人からの報酬だろ? 俺たちが一番助けられたのに、何もしないってのも気分が悪いしさ。借りを返すってことで、そこはどうかな」
「それじゃ、お世話になりますね」
ミスティエルはそれならばと快諾する。弓使いが食い気味にかぶせる。
「うんうん。そういうの抜きにしても、こんな可愛くて強いなんて凄いよ。そりゃ世話焼きたくなっちゃうよね」
「普通にそういうの気持ち悪いと思うぞ」
「やめて」
盾使いが突っ込み、弓使いはうなだれる。
ふざけたことを言っている仲間にため息を一つついて、剣士はミスティエルに語りかける。
「まあほら、俺たちもいろいろ知ってるからな。なにせずっとリーフティオスでやってきてるし。だから遠慮せず何でも聞いてくれ」
「そうなんですか」
ミスティエルは流れに逆らわず頷いておいた。
それからしばらくして、ミスティエルは馬車を降りていた。さっきの護衛たちの口添えもあって、特に悶着もなくリーフティオスの町には入れて、正体がばれることもなかった。このことに関しては、特に運がよかったと思う。
用事があるみたいだったので、護衛とは別れた。その代わりに道を聞いて、この町の冒険者ギルドへと向かっていた。
しばらく歩く。町の奥のほう、職人たちのいる区画と歓楽街の区画のちょうど境界あたりに、見覚えのある剣と盾の吊り看板が見えた。
どうやらこの町の冒険者ギルドを見つけたらしい。