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捨てられ姫は竜狂い  作者: 兎の毛
冒険者編
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旅立ち II

 ミスティエルが店の中に入ると、壁を覆うように設置された棚と、そこら中に置かれた用途不明の魔法器具が、彼女を圧迫するように出迎えた。

 そこには魔術に関する様々なものがおかれている。杖、ローブ、そして魔石に、魔術書もある。品ぞろえは極めて豊富だ。侯爵家の屋敷にすら、品質はともかくこれだけの種類はなかったように思う。右に左に目が惹かれる。

 そうしていると、奥のほうからこの店の主人が出てきたようだった。ミスティエルは慌てて姿勢を正した。


「おや、ここに自らの足で訪れる客がいるとは珍しいことだね」


 そう言いつつ扉の向こうから現れたのは、いかにもお伽噺の魔女のような風貌の老婆だった。

 顔に深く刻まれた皺と浮き出た骨格は、むしろ剥き出しの叡智を示すかのように顔立ちを美しく形作っていて、凄みを感じさせた。深く羽織ったローブに三角帽子は、全く戯弄的に感じさせないくらいには似合っている。

 そんな老婆は興味深そうにミスティエルを眺めている。


「それでお前さんは――ああ、フルミヴェンのところの無能の娘か。ここ最近の話も聞いているが、なんだ。どんな手でここに来たんだ」


 その正体に気づき、あからさまに失望して拒絶の意を示す老婆に、ミスティエルは怯んだ。

 先ほどの大男や視線を向ける町人と違い、この老婆は明確な強者なのだと感じ取れた。おそらく、今戦えば勝てない存在だと感じていた。

 でも、ここで引くべきでないともミスティエルは判断した。断固としてミスティエルは老婆を見つめ返した。


「ご存知のようですが、ミスティエルと申します。突然お邪魔したことをお詫びします。ここに来たことに、何らかの目的や意図があったわけではないのです。私は無知の身です。ただこの刻印魔石の導きに沿って歩んだところ、ここに辿り着いておりました」


「ほう……」


 刻印魔術についての言及を聞くと、老婆はわずかに目を見開いた。何かを考え直したようだった。


「まずは不躾な態度を詫びよう。そしてこの刻印魔石のコインは、そうだな、早い話が魔法の招待状のようなものだ。私の認めた客が、だれか信頼に足る者に私を紹介したいとする。その時に客は私にこのコインを作らせて、それを招待したい者に渡し、招待された側は魔力を込めることでこの店までたどり着く」


「それでは私は、だれかの客人のものを掠め取ってしまったのでしょうか。それは申し訳ないことをしました」


「ああ、いや。それは間違いなくミスティエル、お前さんのものだ。そいつはね、招待された本人以外が魔力を引き出しても、正しく魔法が発動しないように作ってあるのだよ」


「しかし、私はこれを知りません」


 そこまで言い合うと、ミスティエルの返事を聞いて魔女はおどけるように肩をすくめた。どうやらその凄絶な見た目よりは彼女は明朗らしい。


「そうだろうね。お前さんはそのコインの意味を知らないと言った。そもそも、知識無くそれを見て、刻印魔石だと気付ける方がおかしいのだ。それに理解もなく魔力を注いで、そのまま導きを具現化させるなど……」


「はあ」


 ミスティエルは適当に受け流した。


「いや、それはこちらの話だ。すまないが、そのコインを見せてくれないかね。中身を見てみるまでは、対応に困るのだよ」


「はい」


 特に断る理由もない。コインを差し出す。老婆はこれを受け取ると近くの作業台に座って、なにやら固定された魔術レンズのようなものでコインを確かめている。


 ミスティエルはといえば、手持ち無沙汰であった。近くの魔術器具を色々としばらく眺めていると、しばらくして老婆が机にコインを置いて、その硬い音が聞こえた。どうやら、コインの検分は終わったらしかった。ミスティエルの意識が向いたことを確認してから、老婆は話し始めた。


「はっきり言ってだな、まったくわからん」


「偽物なのでしょうか」


「いや、間違いなくこれは本物だ。お前さんがいつどこで、誰に招待されたのかもわかった。そこは安心してもらっていい。しかしこれが正しいとして、それがおかしい話なのだ。道理に合わない。これだから貴族関係の案件は嫌なんだ。ごく稀にこういうことがある」


「そうですか」


 何やら複雑なことがあるらしいが、考えても詮無きことだろうとミスティエルは割り切っている。


「とりあえず、お前さん実家から捨てられたんだろう、これからどうするつもりなんだ?」


「冒険者にでもなろうと思っています。魔術を使うことに関しては、優れているようですから」


 ミスティエルは淀みなく返答した。


「ああ、それでいい。もしもそれ以外のことを言ったならば、無理にでもそうさせていたところだ。これは私ではなく、依頼主(・・・)の意図だけどね」


「依頼主って誰なんですか」


「それは言えない。ただお前さんの思っているよりも、ずっと近くにいる存在だとは言わせてもらうよ」


 誰なのか、気にはなる。ただ明かせない理由があるのならば、無理に依頼主を知る必要はないだろうと考え直す。


「それで、依頼主はお前さんが魔術師になることを望んでいる。そのために私に、装備品を揃えるように頼んでいた。もちろん無理にとは言わないが、冒険者になるのなら施し(・・)を受けるのも手なのではないか。この私が信用に足るかは知らないが、これは怪しい提案でないことは保証しよう」


「わかりました。提案を受け入れます」


 ミスティエルは即答した。良い機会だと思った。魔術師になるには金がかかるのは確かだし、そんな金は今のところなかった。それに、もし老婆に悪意があるならばこんな面倒な手は使わず、さっさとミスティエルを魔術で呪っていることだろう。老婆はあまりに強大な相手だったので、逆に信じるのは容易だった。

 老婆は答えを聞くと、一度店の奥のほうに入っていった。そうして戻ってくるときには、その手に魔術師向けのローブと魔石の絡みついた杖を持っている。どちらも見るからに良質なものだ。ミスティエルは驚いた。


「あの、このようないいものを頂いても、何もお返しできません」


「それなら関係ない。依頼主から、支払いはもう済んでいるからね」


 ミスティエルは息をのんだ。それから渡されたローブを着て、杖を握りしめる。それは不思議なほどにしっくりとくるものだった。


「お前さんが目指すつもりなら、遊撃型の魔術師あたりがいいだろうと、依頼主からの伝言だ。今はわからないかもしれないが、覚えておくと良い。これは私も同感だよ。少なくともこの魔術道具の一式も、軽量で応用がきくモデルを選んだ。その分ピーキーだが、お前さんなら使いこなせるだろう」


「はい、覚えておきます。しかし……とても親切にしていただいて、本当にありがとうございます。本当なら、教えを請いたいくらいです」


 ミスティエルが思わずそう言うと、老婆は目を細めた。


「光栄なことだが、私にはその役目は重いな。なぜならお前さんの師は他でもない――」


 老婆が口をつぐむ。


「いや、なんでもない。とにかくお前さんは十分な知識を覚えているはずだ。一つだけアドバイスをするならば、よく自らの知識に耳を傾けることだ。そうすれば、その根源にいる偉大なる存在は、常にお前さんに力を貸してくれることだろう」


 それを聞き終わると、ミスティエルは立ちあがって、老婆に向き合う。そうしてもう一度軽く礼を述べると、店の外へと立ち去って行く。


 老婆はまだ複雑な表情をしていて、一人つぶやいていた。


「まあ、道の幸運を祈るくらいはしてやろう、ミスティエル。かつての恩人の孫娘にして、その唯一の弟子よ。それにしても、今回ばかりは驚いた」


 ――まさかこの私に、未来の自分自身(・・・・)を紹介する依頼主がいる、とはね。


 そうして老婆は、小さく笑った。



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