山狩り III
陣を張って山賊が襲ってくるを待っていたミスティエル達。ただ、その時は案外あっけなく来た。
ミスティエルは、魔力のブレを感じた。受動型の探索魔法を見張りとして張っていて、それが反応したようだった。
「敵方の斥候です。百トルス程度向こうに、人数が二人。動きから、こちらを奇襲するつもりかと思います」
「よし、よくやった。武具を用意しよう」
火急に知らせるミスティエルに、ほかの面々は武具を構えなおし、戦う状態へと入る。
そして警戒して暫くののち、現れた一人の斥候がベルスへと斬り掛かってきた。ベルスはそれを受け止めてから、斜め後ろへと受け流す。斥候はそれで、ミスティエルたちパーティの内側に入ってしまう。四面が敵だ。
『ダィ=キフ』
その隙をついて、フリアが炎の球をぶつけて燃やした。だいぶ効いたらしく、当てられた斥候は痛みで大声を出した。
「やった!」
「危ない、もう一人いるぞ!」
喜んだフリアに、すぐ注意をするのはベルスだ。
攻撃後のフリアを狙って、茂みの陰からもう一人の斥候がフリアに襲い掛かっていた。その剣線に割って入るのはリディアスだ。
「残念だったな、名も知らぬ斥候よ。君は見通しが甘かったようだ」
斥候は盾に向かって体当たりし、リディアスをよろめかせようとする。が、これは長身の彼に対しては明らかに悪手だ。逆に自分がよろめく結果となり、リディアスのシールドバッシュで、そのまま反対側にはじき返される。
ミスティエルは目で見て納得する。なるほど、盾使いが一人いるというのは戦闘が楽になる。戦力的にはこちらが優位だ。自分ががっつり前線で戦闘しなくても、勝てるだろうと計算する。だとすれば、状態異常をばら撒いたほうが強い。
『ダィ=サルズ』
盾使いの後ろ、一番安全な位置からミスティエルはよろめいている斥候に効果をかけようとする。魔力を相手に巻き付けて、麻痺の呪文を詠唱する。
「……効かない!?」
だが失敗した。魔力が剥がれ落ちるように離散したのが感覚で分かった。魔術は発動したはず、なのに相手の動きには何もないように見える。
ちょうどその斥候と対面しているリディアス、ぎょっとするような大声で言い放った。
「クソッ、対抗魔法の刻印魔石をつけてる! これじゃ麻痺の魔法が通らねえ、どうしようもないぞ!」
なるほど、言われてみれば腰にそれらしきものをつけていた。対抗魔法とは特定の魔法を無効化するために使われるものだ。特に魔術を知らない戦士でも使えるようにしたものである刻印魔石は、魔術師に対する有効な抵抗の手段として使われる。
ただミスティエルは、それはそうとして、リディアスの発言に違和感を持った。先ほどと戦い方を変えて、盾を左右に振って叩きながら攻撃的に応対しはじめたリディアスを見る。
彼はこんな粗野な口調を使う人だっただろうか。それに、なぜここで大声で敵にもバラしてしまったのか。ここまでの少ない関わりでも、彼がそこまで躁急な人間ではないことを知っている。――なるほど。これはどうにかなるという合図か。
斥候とリディアスが触れ合う距離まで近づいたとき、わざわざリディアスは相手の下半身を払った。腰から下を盾で封じ込めているのだ。それを見たミスティエルは、再び麻痺の魔術を使う。
『ダィ=サルズ』
すると今度は魔力は相手にしっかり絡みつく。詠唱を続けて行えば、こんどこそ相手は痺れて簡単に崩れ落ちた。続いてリディアスが、脇に持っていたナイフを取り出し、崩れ落ちた敵の両脚に突き刺して無力化した。
「すまないが、手ごろな布とかないか?」
「ないですけど……猿轡代わりなら、魔法でもできますよ」
「それで頼む」
それに頷いたミスティエルは、記憶の中から口の動きを制限する魔法を思い出す。
『ダィ=サルズ・カウスト』
痛みに呻きながらもこちらを睨む斥候を蹴飛ばして、ミスティエルは言った。
「助かりました。麻痺が効かないのは、ちょっと想定外でしたね」
「対人戦闘では、相手にも知性があることを忘れちゃいけない。常に自分の思惑が失敗することを前提に動くべきだ。……ああいや、これは説教臭いな。申し訳ない」
「いえ。リディアスさんの想定外への対応で助かったので、まさにおっしゃる通りだと思います」
「まあそれに関しては、ミスティエルくんが察してくれたことも大きい。意味が通じなければそれでもいいと思ったんだが、よくわかってくれた。君はそういうところがしっかりしている」
そうして無骨な顔を少しだけ和らげて笑いかけるリディアスに、こそばゆい気持ちになる。
それでベルスとフリアのほうを見ると、彼らもちょうど勝負が決したところらしい。ボロボロになった向こうの斥候の胸に、ベルスが止めの一撃を刺した。
「お疲れ様。どうやら、俺たちの勝ちみたいだ。ここに来たのは二人だけだったが、残りはどうだろう。また来るかな」
「多分、別のところに行ってるんじゃない? 一応、状況が確認できるまではここで監視したほうがいいけどね」
ベルスとフリアがそんな話をする中で、リディアスが注意を無力化された斥候の方へと集めてから、話を切り出す。
「まだ生きているこいつから敵の情報を聞き取ろうと思う。尋問は俺がやるから、気にしなくていい。ただ、だれか記録しておいてくれないか」
そう言うと、リディアスは続けて動けなくなった斥候を持ち上げて、顔を近づけて問いかける。仲間の数、どれだけの戦闘員がどれだけの練度でいるのか、そして彼らの根城がどうなっているのか。今回の偵察の目的は何なのか。
斥候は簡単には答えない。規模は数十人だ、銅を掘り出して売っているだけなのだと、表面的な情報を小出しにして誤魔化そうとする。もちろん聞きたいのはそれじゃない。銅鉱のどこに何の罠を張っているのか、戦闘員の武器の構成がどうなっているのか、聞きたいのはそういうことだ。
そうやって誤魔化すたびに、リディアスは指の骨を折り、足の腱を切って脅しかける。少しずつ痛みに負けて、斥候は話していく。だが一番重要な情報までは吐かないのだ。そうして片目をつぶしたとき、その凄惨さにフリアが小さく悲鳴を上げた。
「もう終わりにしませんか。痛めつけるだけでは聞けるものも聞けないでしょう」
リディアスの行いの中に割って入るのはミスティエルだった。リディアスは一瞬戸惑ったが、それをミスティエルが手で制した。それで、話を続けさせる気になったらしい。
「いったんこういう事はやめにしましょう。お名前は?」
「……っ、いっ……イルマスだ」
「そう、イルマスさん。私たちも、是非にもあなたを傷付けたいわけじゃないんです。痛いのは嫌でしょう。あなたが話してくれればすぐにでも解放できます。お互いが幸せになる道を選びませんか」
そうミスティエルが優しく語り掛けると、斥候は簡単に落ちたみたいだった。なにせ苦しみの中で、その状態から解放してくれたミスティエルは、その美しく整った容貌と優しげな所作からして、彼にとっては救いの天使のように思えた。
おのずから情報を吐き出していく斥候、それを見てリディアスは、彼女の技にたいして小さく感心した。
「これからの俺たちの動きは……そうだな、偵察次第で決めるってことだった。もし冒険者の数が少なければ徹底抗戦、でも多ければ……ここは逃げて、隣の国でやり過ごすつもりだった」
「へえ。具体的には、何日後くらいですか?」
「四日後だ。それまでに、まともな貴重品を持ち出して逃げる算段が付く」
そうだ。聞きたいのはそういうことだった。敵方のこれからの動きが、一番欲しい情報だ。そうしてそれを聞き出せれば、あとは用済みだった。
十分な情報が得られたと判断したミスティエルは、会話の主導権をリディアスに戻して、その場を退いた。
「なあ、聞かれたことには答えただろう。俺を助けてくれよ、これ以上は何もない」
「いや、こいつにはもうひと働きしてもらおうと思う。ミスティエルくん、あるいはフリアくん。こいつを殺してほしい」
斥候が恐れおののいて声を上げた。続いて震え声でやめてくれと懇願する。フリアもまた突然の要求に、拒絶の反応を示す。
なんでそんなことをさせるつもりなのかと問うミスティエルに、リディアスは告げた。
「ここで君たちには、人を殺す経験を積んでほしいと思っている。もっともベルスくんはさっき一人殺したようだから、それができる人間だとわかった。だから、君たち二人のことになる」
「嫌よ。何も今ここで殺す必要はないでしょう。ちゃんと話してくれたんだし……。村の自警団に引き渡せばいいじゃない。私たちが殺す必要なんてない!」
必死になって反対するフリアの主張に、リディアスは気持ちはわかると同意しつつ、だがそれを受け入れることはない。
「そうだ、殺すのは嫌だろう? 他人への思いやり、基本的な同調の感性が真っ当にあればあるほど、人はそう簡単に他人の命を取ることはできない。殺せなくて当然だ。それが当たり前だ。大半の人間はそのようにできている」
「なら、殺さなくても――」
「戦場で優秀な戦士の条件は何だと思うか。優れた戦技か、戦況を読む力か? それもそうだが、一番は違う。人を殺せるかどうかだ」
フリアが目線を地面のほうに伏せた。ベルスは息をのんでいる。
「人を殺せない人間というのは、残酷で軽薄で人を抵抗なく殺せる人間に、簡単に殺されてしまう。これから起こる山賊との戦いは、人と人の戦いだ。だけど君たちには死んでほしくはないと思っている」
だから、どうか殺してくれないかと、リディアスは懇願した。
ミスティエルは黙り込んだままだ。フリアのほうは激しく苦悩していた。
「い、いやだ。私は、殺したくない……」
「殺せ」
そのまま時間が過ぎる。誰も動けないまま、誰もが意識するくらいには時が経っていた。嫌な静寂が場を包み込んでいる。フリアは横たわった斥候のそばに向かい合って立っていた。それでほとんど泣いていた。目を真っ赤にして、歯を食いしばっていた。
リディアスは目を細めて、いつも漂わせている柔らかい雰囲気をすべて取り払ったように、冷たく怖く佇んでいる。
「もういいでしょう。さすがにやりすぎですよ、リディアスさん。私たちは冒険者であって、傭兵ではないんです。その覚悟は強要されるべきものではない」
フリアの様子を見て、ミスティエルは理解できない苛立ちを感じた。それは、この状況を作り出したリディアスに対して、あるいはそもそもの元凶である斥候に対してだった。それで思わず、威圧するリディアスに対して食ってかかっていた。
そのあと斥候の元によっていって、しゃがみこむ。ほとんど触れあうほどの位置だ。ミスティエルがまた助けてくれたと思った斥候は、今度こそ助けられたのだと緊張を和らげて、それで感謝を述べようとしていた。
「ああ、まさにあんたは女神さまだ、感謝するよ。あんた、ミスティエ――」
そしてその言葉が、最後まで続くことはなかった。
「え? あ、……うぁ」
ミスティエルがナイフで斥候の喉元を思いきり掻き切ったからだった。その迷いのない一撃で、簡単に斥候の息の根は止まった。
怒りもなく、恐れもなかった。殺すことに抵抗はなかった。ミスティエルは思った。共感や理解が成り立つのは、対等な存在だけだ。だがミスティエルには、他人を自らと対等の存在とみなすことはできなかった。自分以外の愚民は、あまねく醜く、そして脆い。そのため最後には必ず人を裏切るのだ。
そうだ、対等ではない。私は愚民を支配する。家畜を殺すことに呵責など覚えるものか。ミスティエルは心の底で吐き捨てた。
「終わりです。これで満足しましたか?」
「……すまなかった。やり過ぎた。詫びにはならんが、死体の始末は俺がつけておく。先に帰り支度をしてもらってかまわない」
その言葉を聞いたミスティエルは、そのまま未だに緊張して震えた状態のフリアを介抱して、別の方向へと去る。
リディアスは一人になり、死んだ斥候の状態を確認する。着ていた服をほどき、そうすると服の裏にバッジが縫い付けられていたのに気づいて、毟り取る。
両の牙を誇張して模したコウモリのシンボルに、彼は嫌というほどに見覚えがあった。
「――昏き黒鉄。十年前と同じ、あの下種共か」
そうしてリディアスが射殺さんばかりにバッジを睨みつけているのを、ふと振り返ったミスティエルが目にしていた。




