駆け出し I
鳥の鳴き声が聞こえる朝。早くもミスティエルはベルスとフリアと共に冒険者ギルドの中にいた。
三人はそろってカウンターの前に屯している。まだ人は少なく、それでも邪魔にはなっていない。
というか、実際のところを言うと、むしろ見知った受付嬢が彼ら三人を呼び出して話をしていたのだった。どうやら、ミスティエルたちに頼みたい依頼があるらしいのだ。
受付嬢は依頼書を差し出す。
「これを見てもらえるかな」
そう言われた三人は首を伸ばしてそれをのぞき込み、しばらく読んでいる。
「ナイトウルフの討伐、ですか?」
ミスティエルは聞き返した。カウンターを挟んで、受付嬢が答える。
「そう。町からちょっと出たところにある牧草地で羊とか放牧してるんだけど、最近襲ってくる魔獣が多くて困ってるらしいんだよね」
「で? なんでわざわざ俺たちに頼んできたんだ? いつもみたいにそこらへんに張り出しとけばいいじゃないか」
ベルスが当然の疑問を挟むと、受付嬢は投げやりに言いかえす。
「それがそうもいかなくて。畜産ギルドから強く頼み込まれてて、付き合いもあるから解決を長引かせるわけにもいかないし、張り出すのはね。それで困ってて」
「うわぁ、聞くからに面倒ね……」
いろいろと事情があるらしく、よく見れば受付嬢も憔悴している。
「いつもなら『銀の羽』のメンバーに頼むんだけど、今ほかに外せない仕事があるらしくて。任されてほしいんだ」
お願いのように言ってはいるが、冒険者の世界では受付嬢はじめ事務の人の立場はだいぶ高い。
断るということはそうそうできない。ミスティエルたちの共有認識だ。これからのことを考えれば、明らかに依頼を受けたほうが得なはずだ。
それに、受付嬢もミスティエルたちの実力を評価して依頼していた。本人たちからしても、この依頼なら危険は少ないだろうという判断もある。
「それじゃ、受けるけど、ちょっとくらい報酬ポイントに色を付けといてよね」
結論は出ていた。フリアはそう答える。それで依頼を受けることにした。
クズ魔石に、薬草と毒を用意して、それから緊急時の手当てを手配しておく。
そんなことをしていると外から人の喧騒が聞こえ始める。もう早朝という時間でもなく、本格的に町が目覚めはじめたのを感じた。
三人は町のすぐ外で羊飼いと待ち合わせている。そこから放牧地に向かうことになっていた。道を急ぎ、街の門へと向かう。
さいわい彼らが先に着いたようだった。羊飼いをしばらく待つ。
そうして現れた羊飼いは、すでに羊を連れているようだった。
さっそく出発し、彼らの移動に従ってミスティエルは付き添って歩く。
「本当は夜も森の奥で放牧してたんだけどね。暗くなると容赦なく魔獣が襲ってくるからねえ、今は夜こうやって町の内側に匿ってるんだよね」
「なるほど」
「多少の期間なら仕方ないけど、ずっとこうだとねえ」
「それは大変ですね、特にこれから夏ですし、夜に外に出せないのは大変でしょう」
ミスティエルがそうさり気なく同調すると、愚痴を言っていた羊飼いの一人は意を得たりと強く声を上げた。
「いやあ、そうなんだよ! よく知ってるねえ。暑くなってくると、こいつらも昼のうちに草食ったりする気力なんか無くなるし、夜に外出せないと困るんだよ。なのに、冒険者ギルドは腰が重いんだよなあ。ああいや、君たちを責めてるわけじゃあないんだが」
「なかなか職種が違うと、どうしても齟齬が出ますよね」
「でもって、お嬢ちゃんはよく知ってるみたいだ。冒険者さんだろ? 暴力一辺倒のイメージあるけど、こう知的な奴もいるんだなって、いたく感心するよ。こんなに若くて綺麗なのになあ」
どうやらだいぶミスティエルは気に入られたようだった。
「ミスティエルって、なんでも知ってるみたい。本物の魔術師は博識ね」
フリアは間抜けた声でほめている。ベルスは「まあ俺は知っていたけどね」と小声でつぶやいている。諦めが悪い。
本人はといえば、少し踏み込みすぎたかと思っていた。最近思い出した謎の知識のせいで、どこまでが一般常識なのかもわからなくてミスティエルは地味に困っていた。というか、ミスティエルはそもそも一般には箱入り娘というやつで、常識に疎い面があるのは自分でも気づいていた。
――真っ当の統治者なら、少なくとも自領にある家畜と穀物の特性くらい反射で出てくるべきだな。
もう死んだ祖父のレイトスが、生前そう言っていたのをふと思い出した。だがそれは、貴族としての常識であって、市民としての常識ではないのかもしれないと、そう今更ながらに思った。
しばらく山道を進み、羊飼いに付いていくと小屋が見える。羊飼いの反応を見る限り、この小屋を基地にして放牧を行っているらしい。
「やあ、到着したよ。だいぶ険しい道だったけど、ここまでお疲れさん。まあ、冒険者じゃあこの程度は屁でもないか、はは。とりあえず落ち着こうか」
そういうと小屋のすぐ側、年季の入ったテーブルと椅子が転がるところにミスティエルたちを呼び込む。まず羊飼いが椅子を一つ立てて座り、続いてミスティエルたちも同じようにして腰掛けた。
「それじゃあ、今回の依頼のことについて詳しく話をさせてほしい」
羊飼いは全員が座ったのを確認すると、一転して真剣な顔になって、話をはじめた。
「ここ一か月で、出てくる狼の数が大きく増えてね。目を離した隙に羊が食い荒らされる、なんてことが頻発してるんだよ」
羊飼いはうんざりしたようにそう言う。フリアは聞き返す。
「毎年、冒険者ギルドの方で定期的に狼狩りをやってると思うけど、もしかして今年はやらなかったの?」
「いや、今年もちゃんと頼んでやってもらったはずなんだがね。だからこそ、ここまで多いのは不思議なんだが、実際に狼に襲われるんだからしょうがねえ」
「うーん……もしかすると、冒険者ギルド側の手落ちかも」
気まずそうにフリアは返した。
羊飼いはそれを見て否定するように、庇うように言い返した。
「いや。多分、ちゃんとやってくれてたとは思うんだがな」
「どういうことだ?」
「食い荒らされた羊の死骸とか、たまに襲ってくるのを追い払うときにも思ったことだが、どうも習性からして元々居た奴らとは違うような気がするんだ。よっぽど、より魔物としての姿が強いというか」
「なるほど。別の群れって可能性のほうが高いわけですか」
羊飼いの言うことに納得するミスティエル。つまり言っているのは、一口に狼といっても、それらがすべて同じものを指すわけではないということだった。
魔物と動物の区別は曖昧だ。ミスティエルは魔物に対する学術的な理解を知識から思い起こしていた。
かつては魔物と動物は明確に違うものとされていたが、昨今の認識では違う。魔物というのは、特定の形質によって魔力に適応し、魔力を用いて生きることを選んだ動物の一種なのだといわれている。
今回の例に当てはめよう。
ここら辺にいる狼は、ナイトウルフと呼ばれる黒い甲冑の皮を持った夜行性の魔物だ。だが一方で、そのルーツは単なる狼でもある。より動物に近いのか、より魔物に近いのかは、群れによって、受け継いできた血によって異なる。
つまるところ、狩りの仕方だったり、捕食でどれだけ魔力を得ようとしているかを見れば、そいつがどれだけ魔物として強いのかがわかる。そこからその狼がどのグループに属するものなのかを、素人ながらに推測できるということだった。
「まあ、そこは君たちに見てもらうのが早いだろうよ。なんたって、本職の冒険者さんたちだろう?」
皆が黙り込み、しばらく考えが煮詰まったのちに、羊飼いはおどけるようにそう言う。
「ああそうだな。さっそく羊の護衛に回ろう。しばらく見守ってれば、狼の方から顔を見せてくれるだろう」
呼応するように、ベルスはそう言葉を返して、おもむろに立ち上がった。




