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第二話 ペンダントとの出会い

 一ヶ月後には新学期が始まる。魔法の基礎を理解できぬまま二年生になれば、当然、授業についていけなくなる。分からないことが多くなれば、チャコはますます勉強が嫌いになるだろう。これ以上嫌いになれば、最悪、学校すら行かなくなり卒業すら危うくなる。

 そう考えると、チャコが約束通り勉強しないからといって、苛立っている時ではない。メイルは打開策を考えるためにチャコの様子をちらりと見ると、チャコは俯いたまま微動だにしなくなっていた。

 完全に殻に閉じこもった状態ね……。

 こんな様子では全く身につかない。メイルはまずはやる気を出させるのが先だと思った。

「じゃあ、基礎魔法の十五ページ目から。指先に炎を灯す原理を学ぶのが今日の目標」

 そう言って、メイルは右手を軽く挙げ、親指と人差し指の指先を合わせてチャコに見せた。

「魔法発火。条件なし」

 そしてマッチを擦るように親指で人差し指を軽く擦った。 

 小さな破裂音とともに、人差し指の指先に赤い炎が灯る。

「おお!」

 曇っていた瞳が一瞬で輝きを取りもどした。

「にゃ! メイルすごいにゃ!」

 感嘆した様子で見つめるチャコに、メイルが言った。

「これができるようになるための勉強。分かった?」

 そう言うと、チャコは人差し指に灯された炎にゆっくりと手を近づけた。

「暖かいにゃあ……。癒やされるにゃあ~」

「あのねぇ……。さっさと勉強するよ!」

「嫌だにゃ♪」

「こ、こんにゃろ……」

 メイルは人差し指へ乱暴に息を吹き灯火を消すと、チャコに怒鳴った。

「ここなら勉強できるって言ったのはチャコでしょ!」

 魔王城の静かな学習室では眠くなって勉強できない、かと言ってチャコの自室では好きな物がありすぎて気が散ってしまう。駄々をこねるチャコに、どこなら勉強できるのとメイルが訊いたとき、得られた回答が港町オルラレーヌだった。

「でもにゃあ、ここは賑やかすぎて勉強には向いていないにゃあ♪」

 しれっと言ったチャコに、メイルは息を少し吐いて苛立ちを抑え、静かに言った。

「チャコ……、春休み明けのテストで最下位を取りたいの?」

「それはやだにゃあ。魔国のお姫様なのに、最下位はどうかと思うにゃあ」

「恥ずかしいでしょ。せめて平均点は取らないと」

「そうだにゃあ。だからまた家庭教師を付けられたのだにゃあ……。けどにゃあ……」

 クシャクシャにセットした金髪の毛先を指先でつまむと、今度は気怠そうに首を回し、そして何か不満げそうにちらっとメイルに視線を向けた。

「何よ」と言い、メイルはチャコと視線を合わした。

 何も言わずにぷいっと、チャコはそっぽを向いた。通りの向かい側にある魔具屋をしれっと見つめながら、鼻歌を歌い始めた。

 ふざけはじめたチャコに、メイルは言った。

「何が言いたいの?」

「勉強、つまんないにゃ。チャコ、今度も最下位でいいにゃ♪」

「あんたねえええええ!!!!!」

 赤い長髪を逆立ててメイルはテーブルを叩いた。

 家庭教師を任されてから二週間。二週間、散々駄々をこねてあちこち行っては勉強せず、やっと教科書を開くようになったと思えば、ついに飛び出たチャコのリタイア宣言。

「努力もしないで最下位でいいとかふざけんじゃないわよ!」

 怒りに身を任せてチャコの胸ぐらを掴もうと詰め寄る。

 その気迫に悲鳴をあげて驚いたチャコは、椅子を飛ばすように勢いよく立ち上がって逃げた。

「さよならにゃ!」

「待て! あ!?」

 尻尾を掴むよりも早く。

 チャコは一目散に逃げ去っていく。

 猫のように行き交う人々の隙間を器用に抜けて行き、向かい側にある魔具屋の扉を開けて逃げ込んで行った。

「どーして店に逃げ込むのよ! 買う物もないのに!」

 急いで自分とチャコの教科書を白の肩掛けカバンに詰め込み、チャコを追いかける。

「メイルさん! 今日も頑張ってくださいね!」

 交差点の角にある花屋からそんな声が聞こえ足を止めて振り向くと、小柄な人狼の女の子が手を振っていた。

 思わず嬉しくなり手を振り返すと、花屋にいたお客さんが笑いをこらえてこっちを見ていた。

周りを見れば、激怒したメイルに気を引かれた人々がメイルのことを見て笑い、歌っていた天使たちがメイルを向いて祈りを捧げていた。

 まったく……、恥ずかしいったらありゃしない。

 早足で向かい側の魔具屋にたどり着く。古びた木材の甘い匂いがする扉を開けて店内に入ると、来客を告げるベルの音が耳に入ってきた。

「え……」

 正面カウンター下のショーケースに飾られたいくつものペンダント。

 その中にひときわ大きく真っ白に輝く宝石のペンダントに、メイルは思わず言葉を失った。



「いらっしゃいませ。メイル様」

 緑色のエプロンをかけカウンター越しの椅子に座り店番をしていた、メガネをかけたお婆さんが言った。

「チャコ様は裏口から逃げて行きましたよ」

「え、そう……。それよりも……」

 魔法の杖、帽子、グローブが店のあちこちに飾られた少しうす暗い店内。

 入り口正面に見えるカウンター下のショーケースに飾られた真っ白に輝く宝石のペンダント。それはメイルが昔、祖国の王立図書館の図鑑で見たことがあった、はるか昔に盗まれたとされる高純度の魔素水晶のペンダントだった。

「き、きれい……」

 チャコのことなど忘れ、メイルはショーケースに手を当てて覗き込もうとした。

 すると、背後からチャコの声がした。

「メイル、旧魔王城公園でフリーマーケットやってるにゃ♪ 行ってみようにゃ」

 悪びれた様子も無く声をかけてきたチャコに、メイルは言った。

「うん、後でね。

 お婆さん、これ、どこで手に入れたのですか?」

「にゃ……。軽くあしらわれたにゃ」

「あ、ごめんね」

 振り返るとチャコは不満そうに眉間に皺を寄せていた。気分を害してしまったことにメイルは再度謝り、そして店主のお婆さんに向かった。

「お婆さん、これmブライグラル王国の印が裏側に押されていますか?」

「押されているねぇ。さすがメイル様、価値を知っているようだねえ?」

「ブライグラル王国? どこにゃ? それ、そんなにすごいものなのにゃ?」

「すごいなんてものじゃないわよ!」

 本物だと分かり興奮を抑えきれなくなったメイルが言った。

「チャコ! ブライグラル王国っていうのはね! はるか昔にノルスハーフ大陸の半分を領地として治めていた王国なの! その王国が滅んだ後は国が四つに分かれて、その一つが私の国、ポストポート王国よ。ブライグラル王国が滅んだのは今からおよそ二百年前だから、えっと……」

「歴史じゃなくて、そのペンダントがどうすごいのか教えてくれにゃ」

「歴史が重要なのに! まあ、いいけれど。

 ブライグラル王国は優秀な魔術師が多かったのね。 国王は特に優秀な魔術師たちを直接雇用して、国の発展と治安維持のために魔術機関をつくったの。その魔術機関の一つに魔具を作成する集団があって、そこで作成した魔具の代表的なものが、このペンダントなの」

 メイルの説明にチャコは首をかしげて言った。

「お高いってことかにゃ?」

「まあ、当時でも一般庶民が手を出せないほどお高いものだけど……。値段は別にどうでもよくて、このペンダントの優れたところはあらゆる魔素を貯め込めるだけでなく、SML(STRUCTURE Magic Language)も記録できたの」

「隣のパソコン屋に行けば全て解決だにゃ」

「二百年前はパソコンもスマホも無かったの! 魔術書に記載されたSMLを暗唱して魔法を発動していた時代なの。そんな時代にSMLも知らない一般人がこのペンダントを使えば簡単に魔法を使えるようになった。原理は全く違うけど、今の情報科学魔法の元祖のようなものなのよ」

「にゃ……、つまりにゃ……」

 チャコは首をかしげ、視線を天井に向けると、一人勝手にポンと手を打って頷いた。

「なるほどにゃあ。それにしても綺麗な水晶だにゃあ」

「本当に分かっているの?」

 メイルがそう言うと、チャコはショーケースのガラスに両手を当てて顔を近づけた。

「お高いにゃ。買えそうにもないにゃ」

「相場で十五万リルラはしたはず。とてもじゃないけど、今の私には買えないわ……」

「十八万するにゃ」

 メイルはその額を聞いて肩を落とした。相場は十五万リルラと言ったが、これだけ純度の高い水晶のペンダントなら二十万リルラでも安い。このペンダントの価値を知っている裕福な人がこの値段を見たら即決で購入してしまうに違いない。

 欲しいなあ……。

「にゃ? これ、一万八千リルラにゃ」

「は!?」

 値段が十分の一に下がったことに驚き、メイルはチャコを横に押しやった。

「本当だ……。嘘でしょ……。

 お婆さん! これ、値段を間違えてない!?」

 メイルがそう言うと、朗らかな表情を崩さぬままお婆さんが言った。

「それでいいんだよ。昨日、お得意さんから貰ったものでね、お互いに持っていても宝の持ち腐れになるから、その価値が分かる人に売るべきだろう、ってなってね」

 椅子に座っていたお婆さんはゆっくりと立ち上がると、カウンターの出入り口へと歩きながらぼそぼそと話した。

「知り合いの鑑定士に調べて頂いたら、ペンダントの効力はすっかり失われている。魔素もSMLも入らないとさ。そんなものでもアンティークとして価値はあると言われてねえ」

 メイルの隣に立つと、メイルと目を合わして言った。

「買うかい? まあ、お高いものだけどねぇ……」

「買いたい。けど……」

 メイルは視線を落として言った。

「いまの私には……、そんな金はない」

 いくら安く売られているとしても、メイルにはお金がなかった。三日前に始めたチャコの家庭教師の月収だって千五百リルラ。十ヶ月欲しい物を我慢してやっと買える値段。

 ペンダントを見ると、先ほどより水晶が輝いているように見えた。手に入らないと分かると、なお美しく見えてしまう。

「お婆さん。一年ほど待ってもらえない?」

「それは無理だねえ。現金即決、商売の基本だねえ」

「そうだよね」とため息をついて、メイルは言った。

「チャコ。行くよ」

「うにゃ。気分が落ち込んだときは、フリーマーケットに行って憂さ晴らしするにゃ」

 快活に出口へと歩き始めたチャコにメイルが言った。

「何言ってるの、勉強でしょ」

 チャコの足が止まった。

「メイル……」

「な、何よ……」

 チャコがゆっくりと振り向く。少し目を潤ませて、メイルのことを見つめていた。

「フリーマーケットに行きたいにゃあ」

「ダメ。もし行きたいなら勉強してから」

 メイルの即答にチャコは肩を落とした。

「うにゃあ……。厳しいにゃあ。褒めて甘やかしてお菓子をあげて教えるということをメイルは知らにゃいのかぁ」

「グチグチ言わないの。ほら、帰るよ」

「うにゃ。フリーマーケットに行くにゃ」

「わがまま言わないの! 帰るよ!」

「うにゃあ! 嫌にゃあ! フリーマーケットに行きたいにゃあ!」

「子どもじゃないんだから! ほら、行くよ!」

 じたばたするチャコのシャツの襟首を掴み、メイルは無理矢理店から連れ出していった。


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