Prologue 人間のメイルと猫人のチャコ
メイル・ポスターレは背中まで伸ばした赤い髪を右手で軽くかきあげると、宝石のように美しい炎色の瞳を細め、隣に座る友人を睨み付けた。
金色の短髪で猫耳が特徴的な碧眼の十七歳、チャコ・トランはその視線に気付くと、そっぽを向いた。
「チャコ。分かっていると思うけど、勉強しに来たんだからね」
「分かってるにゃあ~」
インディゴ色のダンガリーシャツを羽織ったチャコは、心ここにあらずな表情で、賑やかな商店街ばかりに目を向けていた。
メイルは、お洒落なうす青色のボタンダウンシャツの袖を捲ると、腕を組んでチャコをもう一度睨んだ。
だが、今度は何も反応しなかった。
メイルは思わずため息を漏らした。
およそ三十分ほど前、交差点角にあるカフェに着いてから、チャコは賑やかな商店街に目を輝かせるばかりで、丸テーブルに置いた教科書を全く開かなかった。挙げ句の果てには、教科書をコースター代わりにするかのように、ココアの入ったカップを置いてしまっている。
「みんな楽しそうだにゃあ♪」
「そうね」
メイルはそう言って、チャコの視線の先に目を向けた。
丈の短いTシャツを着て健康的なおへそを見せているセクシーな猫人が、猫耳と尻尾を機嫌良さそうにピクピクさせて、ソフトクリームを舐めながら海側へと歩いて行く。直角に折れ曲がった黒光りする角を左右に二本生やした小悪魔な少女が、黒い蝙蝠型の翼を小刻みにばたつかせてちょこちょこと進んでいく姿も見えた。その小悪魔と手を繋いで頬を赤くして歩く犬耳の男の子。
ソプラノの透き通った歌声が聞こえたので、魔具屋とパソコン屋のある方に目を向けると、パソコン屋の入り口横で天使の輪を頭に浮かべた三人の天使が愉快に歌い始めていた。日焼けした人間がその歌声に足を止める。すると、天使たちの周りに人が集まってくる様子が見えた。
「綺麗な歌声だにゃあ~」
メイルは何も言わずにチャコの脇腹を指で突いた。
チャコは小さな悲鳴をあげて、苦笑いした。
「にゃはは……、分かっているにゃ」
そう言ってチャコは天使たちの方を向いて、楽しそうに微笑んで言った。
「勉強するにゃ。あの歌が終わったらにゃ」
メイルはため息を一つついた。
「約束だからね。このままだと、クビになっちゃうんだから」