~君の声が聴きたくて~
「はぁぁあ」
「なんだよ。朝からだらし無く欠伸零して」
「朝だからこそ欠伸するんだろー」
いつものゆったりとした道のりを幼馴染の雄馬元気と歩く。
天気は晴れ。穏やかな住宅街をゆっくりと学校に向かって歩く。
中学の頃とはあまり変わらない毎日を過ごしていた。
「なーんかさー、暇じゃねー」
唐突な事を言い出す元気に「暇って事は平和って事だろー」と突っ込む。
お前はいつも平和でいいよなー、と嫌味ったらしく零した愚痴を聞こえないふりをして「そういえば」とわざとらしく話題を変える。
「転入生の噂って本当なのかな」
「あーねー。さぁ」
興味ないとばかりに空を見上げながら適当な返事を返す男。
その事にイラッとしながら「やっぱこんな時期の転入生はないか」と独りでに呟く。
涼しさと共に薫る真新しい若葉が風に乗って首を撫でる。
「あ、」
いきなり、止まり出す元気に戸惑いつつ「あってなんだよ」と問いただすと……。
「俺ら帰宅部じゃん?」
「ま、まぁそうだけど」
「……」
「……」
「……俺の言いたい事、分かるな?」
うん、嫌な予感しかしない。
大事な事だからもう一度言う。
嫌な予感しかしない!?
そして、なんで今になってそういう事を思いつくんだ!
そんな俺の気持ちとは裏腹に、ザ・悪ガキとばかりにイキイキとした表情を浮かべている。
「い、今更部活に入るなんて手遅れだろ。高一始まったばっかだけどもう5月の中旬だぞ!?部活入らないで勉強に専念するっつったのお前だろ!!」
「チ、チ、チ。練馬瑠癒君、そうじゃないんだ」
人差し指を立てて左右に揺らすという、若干……否、とてもイラつく事をして放った次の言葉に俺は驚きを越えて、絶句した。
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ガムテープで汚い字で書かれた文字。
それを引き戸にベタりと貼って「よしっ」と頷いているコイツは……。
使ってもいい、という許可が下りた教室は大変素晴らしいと言っていいほど汚い。
あのガムテープに書かれた字といい勝負だ。
埃が積もりに積もった床。
使えないとばかりに捨てられた壊れた学用品。
蜘蛛の巣と化したロッカー。
壁は塗装が剥がれてお化け屋敷状態。
もう、とにかく言ったら止まらないくらいの酷い教室。
怒りをこらえつつ元気を睨む。
「マジで、元気ぃぃぃぃいいい!?まずは掃除…」
「ん?どうした?」
これって。
一つだけ、この場とは不釣りあいなほど綺麗な状態の椅子があった。
「誰か、この教室使ってるのか?」
「えぇー、こんっなボロくそな教室使う奴いないだろ。最近壊れたからって持ってきたヤツじゃね?」
ああ、なるほどな。
てか汚いって自覚あるなら掃除じゃ!掃除!!
「じゃ、まず掃除からだ!」
「出たー、るっちゃんの潔癖症ー」
これくらい掃除すんの普通だろ。
こんなとこにずっと居たら喘息なっちまう。
てか何さらっと人の事変なあだ名で呼んでんだよ。
心の中で悪態を吐きながら、掃除用具を取りに1-Cへ向かう。
出た際に、貼ってある文字をじっと睨むように見る。
「……誰がこんな字読めるかよ。しかも『偵』って漢字にんべんじゃなくて言偏なってるし」
はぁとため息を零しつつ、おんぼろ教室を後にした。
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「よしっ、元気病院行くか」
「何で?」
「元気の頭の検査をしてもらうんだ」
「はぁぁぁあ!?冗談じゃねー。俺様のこの天才的な頭に傷がついたらどうしてくれんだ」
ああ、お前の頭は“違う意味”で天才だ。
脳がどうやって、どこから指令してるのかを教えて欲しい。
きっと、普通の人とは大分思考回路が違うんだ。
じゃなきゃ、「部活を作る!」なんて自信満々に言わないだろ。
「あーあ、瑠癒がうっせーからもうこんな時間じゃん」
「は!?元はと言えば元気が、って時間がー!!?」
あと5分で授業が始まる!
走っても間に合うかどうかが怪しい。
「走るかー、瑠癒おんぶしてー」
両腕をこちらに開いておんぶアピールをしている。
きっとこんな焦っていなかったらこいつの事を殴り飛ばしていた。
「自分で走れよ!さっさと行くぞ!」
えぇケチー、などと小言を無視して全速力で学校へと向かった。
───現在、放課後の職員室前
本気で部活を作るつもりか…。
そして、この俺はまだどんな部活をやるか聞かされていない。
ハラハラしながら元気を見守る。
その手には部活を作るにおいての許可をもらうための用紙が握られていた。
「よしっ」
心の準備が決まったのかそう呟き、職員室のドアを開き少し緊張気味に先生を呼ぶ。
こっちの心の準備は“違う意味”で決まってない。
そんな俺の気持ちを汲み取る事もなく、少し離れた場所で自由に先生と話を進めている。
時折訊こえる単語から意味を推測しようと奮闘するが、俺の思考回路では処理しきれずあっという間にその努力はなき物となった。
暫くして、固い表情のまま戻ってきた元気。
結果は聞かなくても感じ取る事ができやっぱりな、と心のどこかで思った。
たまには思い通りにいかない時があってもいいかもしれない。そしたら、少しは自分の計画性のなさに気付くだろ。
「旧校舎側の2階の教室使っていいんだってー」
「……、?」
ソーリー、イマ日本語ノ理解ガデキナカッタ。
「もう一度お願いします」
俺の言葉にキョトンとしながらも、さっきと同じ言葉を繰り返す。
「……て事はつまり、」
「おぉ!俺の考えた『探偵部』が今から活動だー!?」
スミマセン、日本語ノ(以下略)。
え、今『探偵部』って……。
たん、てい?
弁当をちゃんと食ったはずなのに、頭が働かない。
なぜなら…………パニックだから。
もう叫びたいんですけど?
パトカーの上に乗ってる赤いクルクル回るヤツ頭につけてコイツを今すぐ羽交い締めにしたい。
「いいだろ?俺の考えた『探偵部』!!悩み事とかを解決するんだ!」
さっそく部室にレッツラゴー!、などとテンションアゲアゲ状態の元気を止めるすべはない。
もう、受け入れるしかないんだ。
こうなったら悟りを開こう。
そう決意して部室となる教室へと重い足取りで向かった。
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そして現在、5時過ぎ───
「なぁ」
「ん?なんだ?」
ふと疑問に思った事を口に出す。
「なんで、こんな部活を先生は許可したんだ?」
そう。
俺の疑問はそこだった。
なぜ、こんな部活を許可したのか。
「んー、なんかさー『ちょっとはその大変さを体験しなさい』って言ってた」
「……」
なるほど。
先生もきっと呆れたんだろうな。
そこに気付いてないのも元気らしい。
ため息を吐いても仕方がないことを一番知っているのはこの俺だ。
ここは、コイツが諦めるまで従うしかない。
「ま、とりあえず」
気を取り直してっと。
「掃除!」
「えぇぇ、やーなこった」
「あ、元気!逃げようとすんじゃねぇ」
教室から逃走しようと、元気がガラッと教室のドアを開けた。