第二話続きの続き
船隠一会の朝は早い。暖かな布団に包まれ、朝6時にドアをたたく大きな音ともに目覚める。それはそれは、借金の取り立てにでも来たのかというくらいの大きさである。やがてドアをたたく音は止み、しばらくするとカギとチェーンを掛けておいたはずのドアが開き、一直線に我が寝床に向かってきた黒髪の少女に「いつまで寝てるのよ」と起こされる。なんと素敵な朝だろうか。世の健全な男にとって、なんとも羨ましい光景だろう。しかしよく考えてみよう。不法侵入である。そして普段、船隠一会の朝は早くない。
「ひっ・・・、ひ、光さん。どうやって入ってきたんだ・・・」
僕自身、朝はあまり得意なほうではないのだが、この時ばかりはベッドから跳ね起きた。
「どうやってって、管理人さんに鍵を貸してもらったのよ。まあ、チェーンは秘密の方法で開けさせてもらったけど」
そう光はカギに付属しているリングに人差し指を入れぐるぐると回しながら答えた。
「秘密の方法てなんだよ・・・。手練れか?手練れなのか!?」
「そんなことはどうでもいいのよ。ほら、早く起きてハンドクラップおじさんの情報を探しに行くわよ」
「ハンドクラップおじさん?」
「不審者のあだ名よ。手をたたきながら近いてくるからハンドクラップおじさん。あだ名があった方が分かりやすいでしょ」
確かにそうだが安直だな・・・。まあしかし反論はやめておこう・・・。
「情報を探しに行くのはいいが、何かあてはあるのか?」
「そんなのはないわ。捜査は足で稼ぐのよ。そうどっかの刑事が言ってた気がするわ」
光はそうすましつつも少しわくわくしたような表情で言った。
「お前、少し楽しんでるだろ・・・」
「そ、そんなことは無いわ。世の女性が被害にあってるのよ。私はいたって真面目よ。決してなんだか本当の刑事っぽくてなんだかわくわくするなんてこれっぽっちも思っていないんだから」
わくわくしているようですね・・・。しかし、あてがないとはどうしようか。
「さすがに町中の人に不審者について聞きまわるのは果てしないな。何とか場所を絞って情報を聞き出せればいいのだが」
「何か策はないの?」
「そうだな・・・」
僕はベッドから立ち上がり八畳の部屋中央にある机の上から携帯電話をとり大学からの不審者情報のメールを開いた。
「この不審者情報に関するメールは基本、僕が通う大学の学生支援課というところから届くんだ。もしかしたら不審者による被害にあった女性の情報を聞くことができるかもしれない」
しかし個人情報に厳しい世の中だ。被害にあった人物を特定するのは難しいだろう。だが、少しでも不審者の情報へと近づけるはずだ。
そう考えていると、彼女はなんだかそわそわしているようだ。早く捜査をしたくてたまらないのだろうか。しかし大学の事務関係の窓口が開くのは九時からだ。今はまだ六時過ぎ。今出向いても寒空の下震えながら待つだけだ。
「光よ、そわそわとしている中すまないが、まだ大学へは行かないぞ」
光はぎくりとした表情で僕から目をそらした。やはりわくわくしているようだ。
「そわそわなんかしてないわよ!その、学生支援課ってところはいつになったら開くのよ」
「九時だな」
「じゃあその時間に間に合うよう行くわよ!」
*
朝の騒動も終わり、僕は大学へ行く準備をし、久々の朝食をとった後、光と部屋をあとにした。今日は徒歩で大学へと向かっている。普段は生意気にもバイト代をため購入させていただいたスポーツタイプの中型バイクで通学するのだが、二人乗りはしたことは無くそれにヘルメットが一つ足りない。美少女を後ろにのせるというまたとないチャンスだったというのに。
そうこう考えるうちに大学へと続く大通りへと到着した。あとは道なりに歩いていくだけだ。久々に大学へと向かうが、今日の空は灰色の重苦しい雲で覆われており、天気のせいか、何となく足取りは重い。対して光はそこだけ空間が違うかのように景気よく歩いている。
野球の練習をしているのだろうか。左手のほうにあるグランドからバッティング音や掛け声が聞こえる。グランドが見えたということは一つ信号を渡り、少し歩いたら大学に到着である。道中は光と取り留めのない会話をしながら歩いたため、そこまで距離を長く感じなかった。話し相手がいるのは案外よいことなのかもしれない。
そして僕たちは大学に到着した。正門をくぐり、すぐ左にある建物に学生支援課はある。
「ここが一会先輩の通う大学ね」
光は少し不服そうな顔で言った。
「もう少し広い場所にあるものだと思っていたわ」
立派なものじゃなくて悪かったな。まあ確かにうちの大学は他の大学と比べると規模は小さいかもしれない。しかし四年も通えば愛着も沸く。他の大学に劣らない場所だと今は感じる。もう九時を回っている。気を取り直して学生支援課へ向かおう。
建物内に入ると制服をしっかりと着込んだ警察官が一人受付の前にいる。何かまた事件でも起きたのだろうか。受付が終わり学生支援課の方へ警察官が向かおうとしたが、それを光が呼び止めた。
「そこの警察官の方、少しいいかしら」
「はい、本官のことでありますか」
警察官は硬い口調で答えた。今の一言でこの人はすごくまじめなのだろうと感じる。警察官は言葉をつづけた。
「本官の事でありますのならば、本大学学生支援課への用事を済ませてからでよろしいでしょうか。もし、あなた様の要件が緊急を要するものであれば今すぐ承りますが」
すごく丁寧なのかよくわからないが、すごく堅苦しい。光は特に気にする様子もなく答えた。
「そうね。緊急を要するといったらそうかもしれないけど後回しでも構わないわ。」
警察官は、承知しました、と一言、そして帽子を取り一礼をしてから学生支援課へと向かった。
「それじゃ、警察官の用事が終わるまで待ちましょうか」
そう言って光は暇つぶしだろうか、壁に貼ってあるポスター類を眺め始めた。僕は見慣れた場所でやることもなかったので、特に邪魔にはならないだろうと思い、ポスターを眺める光に話しかけた。
「警察官に不審者の件について聞くのか」
ポスターを眺めながら光は答えた。
「ええ。警察官に聞いた方が事件の詳しい情報を聞けるかもしれない。それに生真面目なタイプは質問を続ければ口を滑らせてさらに詳しい情報を引き出せるかもしれないし」
「なるほど」
僕よりも若いのによく人を見ているというか、恐ろしいというか。出会ってまだ時間的に一日も経たないが、この子は大人っぽいと感じるときの方が多いが、子供の無邪気さを感じる時もある。普段の状態から無邪気さが漏れ出す感じだ。母親が亡くなり、自分をしっかりさせようと無理をしているのだろうか。それとも生来このような性格なのか。光について少し興味がわいてきたが、このようなことを聞くのはまだ失礼だし、言いたくないこともあるだろう。
数分経ち、学生支援課のある部屋の扉をガラガラと開き、警察官が出てきた。やっと出てきたかと言わんばかりに光が素早く反応し警察官のもとへと向かった。さあ、いよいよ質問攻めタイムの始まりだ。