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第二話、部屋荒らしと不審者

 今日は本当に寒い。現代人らしくネットで天気予報を見たところ、今冬一番の寒さらしい。特に夜は冷え込み、時折雪も降るだとか。こんな日は部屋に引きこもりこたつの中でゆっくりしたいところだ。しかし、その願いはかなわない。なぜなら、我が根城は散らかり放題、荒れに荒れている。まさに足の踏み場もないくらいに。なぜこのような状況になったかは、大体一時間くらい前に遡る・・・・・。



「あなたから私の母の形見を受け取りに来たの」


黒髪の少女はあまりにも唐突な言葉を発したため、僕の思考は一瞬固まった。

形見?そんなものたいそうなもの預かった覚えはないぞ。尋ねる部屋を間違ったのではなかろうか。


「すまない。君は部屋を間違えたのではなかろうか。僕は君のお母さんの形見を預かってはいないぞ」


間を開けず黒髪の少女は答えた。


「そんなことは無いわ。この遺書にしっかりと、このアパートの二階二〇七号室の住人に『大切なもの』を預けたと書いてあるわ」


そう言って黒髪の少女は僕に遺書を見せつけてきた。こんなに遺書を堂々と見せつけていいものかと思ったが、確認のため目を通すと、確かに僕が住むアパートの住所が書かれていた。黒髪の少女はこの部屋に遺書にある『大切なもの』があると確信し尋ね、もとい押しかけてきたようだ。


「確かに僕の部屋の住所だな。」


「間違いないでしょ?ということで早く渡してもらえないかしら」


「それはできない。本当に何も知らないんだ。それに僕がこのアパートに引っ越してきたのが去年の四月なんだ。すまないが、君のお母さんが亡くなったのはいつなんだ」


黒髪の少女はまだ痛むのか、シップの上から扉で挟んだ足をなでながら答えた。


「母が亡くなったのは去年の三月よ。」


「なるほど、その期間だとやはり僕に『大切なもの』を渡すことは不可能なんじゃないか?渡したとするなら僕より前に住んでいた住人になるぞ」


僕の言葉を聞き、黒髪の少女は残念そうにうつむいたがすぐに顔を上げ口を開いた。


「前の住人から何か聞いたりはしなかったの?」


「残念だが前の住人との関りは全くない。ああ、しかし管理人の人が前の住人は四年間留年しており、この部屋は四年契約のはずだったが結局八年間借りてもらっていた、とは聞いた。まあ、ここまで言ってみたが『大切なもの』を預かった人が一つ前の住人とは限らないからな。生前、君のお母さんが『大切なもの』を託した人はもうひとつ目の住人かもしれないし、さらにもっと前かもしれない。だから僕にはこれ以上どうすることもできない」


黒髪の少女には悪いがこれで納得してもらおう。いつか『大切なもの』を預かった人がこの子に渡しに現れることを願おう。


「いえ、そんなことは無いわ」


黒髪の少女は何か希望を得たようにはっきりと答えた。


「母は生前、自分の職場にアルバイトとしてきた、留年している学生の話を一度だけしたことがあるわ。その学生はアルバイトを掛け持ちしていてそれが原因で留年したんじゃないかとか話をしてきたわ。その学生はかなりまじめで、母も信頼していたみたい。まあ、そのまじめ過ぎるがゆえに仕事を断れず学業に支障をきたしてしまったんでしょうね。あくまで想像だけど」


一呼吸おいて黒髪の少女は続けた。


「とにかくこの部屋に形見を受け取った人がいたという確証を得ることができたわ。もしかしたら何か形見につながるヒントを残したのかもしれない。あわよくば形見をこの部屋に隠したかもしれない。」


黒髪の少女は肩下まである髪をヘアゴムを使い後ろでまとめ僕を指さし、きめセリフのごとく言い放った。



「この部屋、少し荒らします!」



というのが事の発端である。発言通り少し程度ならよかったのだが大荒れである。ベッドの布団は剥ぎ取られ、本棚からは雪崩が起き、今はクローゼットを絶賛荒らし中である。


「何か手掛かりは見つかったか?」


僕は荒らされたものを片付けながら黒髪の少女に尋ねた。


「いえ、それらしいものは何も」


黒髪の少女は荒らし中に手に取ったのであろう布を悔しそうに握りしめながら答えた。

む?よく見たらあれはただの布でなく、僕のお気に入りのボクサーパンツである。これは教えてあげるべきだろうか。ここはちゃんと教えたほうがよかろう。教えなかったら「なんで教えなかったのよ!そうやって幼気な少女に自分のパンツを握らせて興奮してたんでしょ!この変態!」というような馬頭を浴びせられて警察のお世話になりかねないからな。

そう思い僕は黒髪の少女に話しかけた。


「すまないが、心して聞いてくれ」


「なにかしら」


黒髪の少女は忙しそうな顔で答えた。


「その握りしめている布は僕のお気に入りのボクサーパンツだ。申し訳ないが返してくれないだろうか」


二人の間に一瞬の静寂が流れ、そして黒髪の少女は我に返ったかのごとくハッとし言葉を放った。


「あなた・・・、なんでもっと早く教えなかったのよ!そうやって幼気な少女に自分のパンツを握らせて興奮してたんでしょ!そしてその姿をなるべく時間をかけて見ておきたかったから注意するのも遅くなったんでしょ!この変態!ど変態!」


黒髪の少女は顔を真っ赤にし、予想以上の馬頭を浴びせながら僕の脛を思いきり蹴ってきた。


「痛っ」


さすが弁慶の泣き所といったところか。こんな力のなさそうな少女に蹴られてもすごく痛い。


「いったあああい!」


どうやら僕よりダメージを受けている人がいるようだ。床に転げて悶絶している。扉で挟んだほうの足で蹴ったのだな。


「えっと、大丈夫か?」


「だ、大丈夫よこれくらい」


大丈夫ではなさそうだな・・・。今日はこれくらいにして帰ってもらおう・・・。


「今日のところは足もそんな感じだし出直したらどうだ。家は近くなのか?もう日は落ちてるし送るぞ」


黒髪の少女が家宅捜索をしているうちに、すでに夜の八時半だ。紳士たるもの世の暴漢どもから守りつつ送り届けるのが義務であろう。


「そ、そうね。今日のところは帰るとするわ」


痛みが引いてきたのか、すくっと立ち上がった。そして先ほど後ろでまとめた髪をほどきながら続けた。


「送り届ける件はその親切心だけ受け取っておくわ。私はバスでここまで来たから大丈夫よ」


バスでここまで来たのか。確かにこの周辺は近くの大学に通う学生がほとんどだからな。大学生とまではいえない見た目のこの子が住んでいる可能性はあまりなかったのかもな。


ブー、ブー。


「ん?」


僕の携帯にメールが届いたようだ。



タイトル:O町にて声掛け事案発生!

本文:一月ごろから、O町において、帰宅中の女性が男から手をたたきながら近づき「君か?」と声をかけられ、腕をつかまれそうになる事案が発生しています。

声をかけた男性の特徴は以下の通りです。

・年齢五十~六十くらい

・中肉

・黒系統のダウンジャケットとニット帽

携帯電話の操作やイヤホンで音楽を聞きながら歩くと不審者の発見が遅れますので避けましょう。

危険を感じたら大声で助けを求め、直ちに110番通報をしましょう。

防犯ブザー等防犯機材を携帯し、有効に活用しましょう。

暗い夜道の通行は避け、明るい場所を通りましょう。

不審な人がいたら、急ぎの場合は「110番」へ

またはA警察署 電話番号:△△△△―△△―△△△△ に通報してください。

※チラシを学生会館にも掲示しています。



なるほど物騒なものだな。これは無理にでもバス停まで送り届けよう。


「これを見てくれ」


そう言って、メールを黒髪の少女に見せながら続けた。


「不審者が先週から出没しているらしい。時間も時間だし、せめてバス停まで遅らせてくれ。」


黒髪の少女は黙ったまま、まじまじと携帯の画面を見ていた。そして僕の顔に衝突するのではないかという勢いで顔を上げ言い放った。


「許せないわ。女性を驚かせるようなことをして、さらには腕をつかもうとするなんて・・・」


黒髪の少女にスイッチが入ってしまったようだ。先ほど部屋を荒らされる前のような雰囲気を出している。そして、彼女の中で気合を入れるときは同じルーチンワークがあるのか、先ほどと同じように、髪を後ろでまとめ僕を指さし言った。


「この事件、私が解決します!」



第二話続く

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