第一話、学生と訪問者
大学四年の二月、僕は非常に緩慢な生活を送っている。
卒業論文は出し終え、就職活動も終え、残りの学生生活をどのように過ごそうか考えるだけ考え、体は動かない。このような生活を経験したことがある学生は数多く存在するであろう。僕はまさしくその真っただ中にいる。特に興味のない職場へ就職する未来をおびえながら日々を過ごしている。このようなことは無い内定を得ている学生からすると贅沢な悩みなのかもしれない。しかし、妥協せずに就職活動を続けた結果が無い内定であるのならば、そちらもまた贅沢なのではないかと思う。などと考えながら過ごすうちに今日も、もう夕方である。結局何もしなかった。
「あー、あー、あー、動くぞー、立ち上がるぞー」
一人暮らしというものは独り言が多くなる。それに最近は自分を鼓舞するがごとく言葉を発しなければ体を動かすこと自体面倒になりつつある。今となっては最後に走った記憶さえ遠い昔のように感じる。
ブー、ブー。
電話の着信だ。母親からだ。
「もしもし?」
「今日は一日何ばしよったとね」
母の一言目はいつもこれから始まる。
「ゲームやら、ゲームやら、ゲームやらで忙しかった」
「いつものゲーム三昧か」
あきれたようにため息交じりの言葉で言われた。
「うん」
「まあええわ。あんた今度から転勤族やろ。銀行口座新しく作ったりとか、引っ越しの準備をしたりとか早うからやっとかんね」
言う通り、僕はこの春から全国転勤ありの素敵なな職場で働くことになる。僕が就職に対して沈んだ気持ちになる要因のひとつがこれだ。
「しようとは思っとるんやが、なかなか行動に移せなくてなー。まあ近々やっとくわ」
「あんた、先延ばしにせずテキパキとしんしゃい。最近隣に引っ越してきた、あんたと年がそう変わらん子なんかな荷物もしっかりとだして、あいさつもしっかりして、本当ええ子やったわあ。あんたにも見習ってほしいわあ。そしてな、その子はな・・・」
「わかった、明日から精進します。期待していてください」
そう言って強制的に電話を切った。いやはや、口うるさく言われたがすべて突き刺さる言葉であった。反省しなければならない。そして言葉の通り精進する。気持ちだけはある。あとは体よ、お前が動くのみだ。
「か、ら、だ。ふぁ、い、と」
そう鼓舞の言葉を発していると扉をたたく音が鳴った。
「宅急便でーす」
「そうだ、今日は荷物が届く日だったな」
僕は大手通販サイトのプライム会員であり、ヘビーユーザーである。そして今日は注文しておいたお茶一ケースが届くのであった。自ら引きこもりの道を進んでいると思った方々がいるだろう・・・・・、許してくれ。
さておき早く荷物を受け取りにいかなければ。これを逃したら、うちから飲み物はなくなる。そしてわが根城は二階だ。何度も宅急便の人に上らせるわけにもいかないからな。
「こちらのほうにサインか、ハンコお願いしまーす」
「わかりました。ありがとうございます」
手慣れた手つきでサインを書き、受け取り完了。軽く会釈をし、扉を閉めようとしたとき、階段を全速力で登ってくる音が聞こえた。そしてその音は部屋の近くまで迫ってきた。
「騒がしいな」
そう言っていよいよ扉を閉めようとしたその瞬間、閉めようとする扉の間に足を滑り込ませて来た。
「ひっ」
足を滑り込ませてきたのは美しき少女であった。
「いったーーー!!早く扉を開けなさいよ!痛いじゃないの!」
「え、いや、えっと、うちは宗教には興味ないです!あと新聞はとってません!受信料は払ってます!」
とっさに扉を閉め、出た言葉がこれだ。某通信料の支払いの件で似たような手段を使われたのがフラッシュバックした故のことである。
「私はそんなんじゃないわよ!別の用事があってきたの!」
「へっ?」
僕は気が抜け扉を閉めようとする力がゆるみ、彼女は滑り込ませた足を引っ張ろうとした反動でしりもちをついた。
白である。何がとは言わない。ヒントは上げよう。彼女はスカートである。
「いたた、何で急に閉めようとするのよ」
「いや、急に大きな音を立てて迫って家に侵入しようとする人が来たら閉めますよ」
本当誰だってびっくりしますよ・・・。すべての文句は受信料徴収の奴に言ってほしいところだ・・・。
「しょうがないじゃない。最近の大学生は宅急便以外の知らない人が来たら出ない傾向にあるじゃない。これは電話にも当てはまるわ」
「ぐぐっ、」
本当にその通りだ。何も言い返せない。
「とにかく私は早く用を済ませたいの。」
「えっと、とりあえず分かった。急に閉めようとしたことは謝る」
「わかればいいのよ」
はあ、とりあえずこの場は何とか収まりそうだ。早く用事を終わらせて帰ってもらおう。
「あの、立てますか?」
「大丈夫よこれぐらい。痛っ」
どうやら彼女の足へのダメージは大きいものみたいだ。びっくりして力を入れてしまったからな。こればかりは申し訳ない。
「あの、うちにシップあるので、痛みが和らぐ間休憩していきますか?」
これくらいはやって当然である。これも精進するための一貫である。
「悪いわね。そうしてもらうと助かるわ」
そう彼女は足を気にしながら答えた。
久々に人を家に招くな。いざというときのために片づけておいてよかった。というよりすることが無くて掃除だけはしていた、というのはここだけの話である。そうだこの名も知らぬ女性に紳士としての振る舞いを見せつけておかねば。部屋に招き入れることに何の下心もないというアピールをする必要がある。
「立てますか?手を貸しましょうか?」
「結構よ」
即答であった。そう言って彼女はよっこらせという感じで立ち上がり、部屋へと向かった。
「それじゃあ、適当に座っておいてください。僕はシップを探してきますから」
「ええ、お言葉に甘えるわ」
そう言って彼女はまだ足が痛むのか挟んだほうの足を前方に伸ばすようにし座った。彼女はまっすぐな黒髪で、目鼻などの顔立ちは美しく整っており、腕は白くすらっとしており、膝くらいまであるスカートからは健康的な美しい足が伸びている。総合的にいうとまさに容姿端麗の美少女というべき存在が、このような腐った生活を送っている学生に何の用事があってきたのだろうか。とりあえず、シップを探してその用事とやらを聞くとしよう。
たしか物置棚の一番上にあったはず。台に乗らないとよくわからないな・・・。
「おかしいな、この辺にあったはずなんだが」
「シップはあったかしら?」
そう後ろから彼女は話しかけてきた。
「はい、この辺にあるんでもうすぐ見つかると思います」
「そう。そういえばここに来た用事の内容を言ってなかったわね」
おっ、今言ってくれるのか。気になっていたし早めに聞けて何よりだ。果たしてどのようなことなのだろうか。まさか一目惚れしたというまいな、まあ、そんなわけないか。このような麗しき美少女がこのような野郎になんてあるまい。
「用事というのはね」
少し間を置き、まっすぐな口調でつづけた。
「あなたから私の母の形見を受け取りに来たの」