78話:匠の技を見た。(チラシ配り)
先日、街をぶらぶらしていたら、あっちの建物からこっちの建物へと、移動を続ける人を見かけました。
不審に思い、多少『見ているぞアピール』もかねてじっと見ていたのですが、すぐに『ああ、チラシ配りをしている人か』と理解できました。
そういや、チラシを配っている人をちゃんと見たのは初めてかも……などと、好奇心が疼いてしまい、暇だったこともあってなんとなくあとをついていったり。
うん、この時点で私のほうが不審人物と化しているのですが、そこはおいといて。
それほど長いあいだ観察していたわけではないのですが、いやあ、なんというかすごいのです。
アパートのような集合住宅では、チラシというとたいてい郵便受けに突っ込まれていて、少数が各戸のドアの郵便受け(?)に差し込まれているというのが私の認識ですが、この人は後者でした。
一軒家なら、門の郵便受けではなく敷地内に入ってドアのところまで(この動きが、私に不審を抱かせたもの)、集合住宅では戸別にドアの前まで行ってチラシを差し込んでく。(厳密に言えば、敷地内への不法侵入。チラシの配布そのものは違法ではないが、そっちで逮捕も可能)
速いというより、とにかく無駄がない。
既に折ってあるチラシを、歩いて通り過ぎながらスタ、スタ、スタ、とよどみなくチラシを差し込んでくのです。
ドアのところの郵便受けって、開いてから差し込まないと跳ね返されるようなイメージがあるし、家に帰って試してみたら実際そうだったので余計にすごいと思ったのです。
差し込む時にチラシが折り曲がらないような折り方、角度、力の入れ方……それを、ドアの前に立ち止まるでもなく、歩いて通り過ぎながら片手でスタ。
差し込んであればいいじゃないかと私なんかは思うのですが、アパートの奥まで行って帰ってくるときにちょいちょいとチラシに指先で触れていく時があるのは、本人なりの美意識のようなものか、もしくは仕事上定められたルールのようなものがあって、差し込む長さか何かを調節しているのでしょう。
いやあ、良いもんみたなあ……と、家に帰って感心しながら、ふと考える私。
チラシはあくまでも新聞に挟んであるものとしか認識していなかった子供の頃。
今でこそあたり前だけど、そもそも郵便受けのチラシの存在って一人暮らしを始めるまで無縁だったよなあと。
郵便受けを開く……と、溢れ出るチラシの山。
大学生になって一人暮らしを始めた私にとって、それは驚きに満ちた経験でした。
私にとって郵便受けは、その名のとおり郵便物と新聞だけが突っ込まれているものでしたからね。
うはあ、都会(あくまでも私の認識)ってすげえわ、わざわざこんなコストをかけてもリターンが見込めるほど人がいるんだなあ、と。
裏が白紙ならメモ用紙にでも使おうと思いつつチラシをチェックしてみると、量は多いもののおおよそ2種類に分かれていることがわかりました。
1つは宅配ピザなどの、というか、とにかく多かった宅配ピザのチラシ。
まあ、正直私にっては無縁のものなのでそのままゴミ。
そしてもう1つは、アダルトなビデオのチラシ。(笑)
10本でいくらとか、タイトルがズラズラ並んでるわけで。
まあ、今の時代と違って当時は1本1万数千円……みたいな状況でしたから、その金額で10本以上買えるときたら、これはもう違法ダビングによる違法販売で、看板を掲げた違法団体の収入源になっているんだろうなぐらいのことは、世間知らずのおのぼりさんだった私にもすぐ分かることで。
色々と残念なことに、私がビデオデッキを買ったのは大学生活5年目になってからだったし、そもそもテレビを買ったのも1年目の終わりの頃でした。
つまり、この手のチラシはタイトルを見ていろいろ妄想するぐらいしか使い道がない。(笑)
もちろん、2年も経てばこうしたチラシの量にも無感動になり、ただ捨てるだけの繰り返しになってしまいましたが。
『チラシお断り』の紙を郵便受けに貼ったがなんの効果もなかったなどと知人が嘆くのを聞いて、私は初めて思ったのです。
もしかすると、この手のチラシってバイトがやってるのか、と。
当時の私の認識では、宅配ピザならそこで働いている人間が手分けして配っているんだろうなと思っていたし、アダルトなチラシに関しては、やましい背景があるだろうから当然関係者が手分けして……と思っていたのです。
うん、特に後者に関して私の世間知らずさが露呈してますね。(笑)
お金はないが、時間と若さだけはあるという当時の大学生が集まると、基本的に暴走します。
まず、法学部の人間が色々と語ります。(当時と今では、法体系が変化してる可能性あり)
郵便物に関しては、未開封状態で『受け取り拒否(拒絶?)の文字とハンコ、もしくはフルネームの記述』の紙を貼り付けて送り返すのもあり。
でもチラシの場合は、法律的にはアレなんだよなあ……と。
じゃあ、チラシ集めて、広告元に送り返そうぜ。
当然、送り主の記述なし、切手もなしだあ。
いや、郵便という名のインフラに負担をかけるだけだろ、それ?
相手への仕返しじゃなくて、無駄なチラシがいらないというか、そもそもゴミの始末が面倒くさいってのが大元にあるんだろ?
喧々諤々。
そんでもって私と知人。
そもそも、チラシお断りって貼ってあるのにチラシを入れていくということから、広告元とチラシを配っている人間の利害が一致していないことが考えられるよね?
チラシを配っている人間は、チラシを配るのが仕事で、おそらく何千枚とかいうノルマを課せられた上でのお仕事のはず。
広告元に苦情を入れて、ピンポイントで自分たちだけチラシを配られないようにするのは無理。
チラシを配る人間に、そんな情報が行き渡るわけないし、そもそもそんな指示は無視する可能性が高い。
あー、ちなみに、広告元への苦情じゃなく嫌がらせは、威力業務妨害に問われる可能性が……。
さらに、喧々諤々。
(一部のチラシを除いて)おそらく広告元は、チラシが有効だと理解した上で展開している。
チラシを配る人間は、仕事のノルマをこなすことだけを考える。
と、いうか、チラシを配る人間にとって、自分たちの考え方は仕事の邪魔をする敵。
この時点で、みんな『あ、だめだこれ……』と理解してしまいました。(笑)
だが、私たちみんな若かったのです。
とりあえず、チラシ集めて送り返してみようぜ。
これに賛同する者は、郵便受けにチラシお断りの紙貼って(法的強制力は無し)その上で配られたチラシを集めて、書面を同封して送り返してみようじゃないか。
法律云々の話になるとあれだから、法学部のお前が責任者な。(笑)
今になって思うと、かなり時代を先取りした対応だったというか、企業も世間の評判とかより重視するものが多い時代でしたから。
基本、スルー。(ひとつだけ、お詫びの電話がかかってきたそうな……電話だけで、対応はなし)
チラシの量変わらず。
まあ、ある意味予想通りの展開というか結末となったのでした。
時は流れて、21世紀。
チラシの数は減ったのか増えたのか、同じ場所で住み続けない限り比較できないから何とも言えませんが、私の感覚的には減ったように思います。
少なくとも、アダルトなチラシに関してはいわゆるピンクチラシの規制もあってほとんど目にすることはなくなりました……その代わり、不動産とかピザ以外の宅配業者とかが増えましたが。
さてさて、チラシという広告形態がどうなっていくのかはわかりませんが、ただ、あのチラシ配達の匠の技は……なくすのは惜しい気がします。
どんな作業にせよ、無駄のない動きはとても美しく見えます。




